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ローマの食糧サミットでは150カ国もの代表が演説をした。ブラジルのルラ大統領は予定の5分を大幅に超え、20分近くもしゃべり続けた。その直後が福田さんである。300人ほど米国などを刺激しそうな部分をわざわざ省いて、短めに終わった。誰の反発も買わない、大人しい語りはほとんど報じられなかった。会議の片隅に目をやると、官僚が20人もの日本人記者を集めて会議内容を逐一伝えていた。国際会議で必ず目に刷るこの光景を、以前は異様と思っていたが、少しはなれて眺めると、その集団は大声一つあげず、壁の絵のようにある。近付けば、ささっと資料を手渡してくれる。国際会議で日本の代表には自分の言葉で語り、もっと目立って欲しいと思った時期があった。でも最近は、何も無理しなくて良いと思うようになった。場の邪魔にならず、誰とも対立せず、決して目立たない。それはそれで一つの持ち味で、良いのではないかと思う。-

私も全国有化に向う日本経済や、多様性を許容しない日本文化を憂いた時期もあったが、それが日本だ、変わらなくていいし、日本でそのままやっていれば良い、ただ、俺はそれに付き合わないだけだと思うようになった

サミットは、もうやめたらいいのではないかと思う。いまだにその効力を信じているのは、莫大なカネを費消するのもいとわない主催国のトップと、遠路もいとわないで押しかける、反対派だけではないだろうか。洞爺湖サミットが日本ではどのように報道されたのかは知らない。知りたいとも思わない。どうせ記者クラブという、「官」によるリークに好都合なだけの制度を通してもたらされる、微温的な報道と総括で終わったに違いないのだから。それにしても、サミットがこうも機能不全であるという現実をさらしたのは、日本にとっては実に残念なことであった。なぜなら、サミットは日本にとって、他のどの国の顔色も気にせず正規のメンバーでいられる唯一の国際的な「場」であるからだ。しかしこの絶好の機会を、しかも毎年一度は必ず訪れるこのチャンスを、活かせなかった責任は日本にもある。いや、日本にこそある。アメリカとイギリスとフランスとロシアは、国連の安保理の常連理事国という「場」をすでに持っている。ドイツとイタリアにはEUという「場」がある。カナダはアメリカと他のどの国よりも強い結びつきを持っている。日本だけがサミットしか「場」を持っていなかったのだ。それなのにその日本が、サミットの機能不全に最も力を貸してしまったのである。
もともと欧米的な考えの持ち主が集まる場に、ロシアを加えたこと。日本も欧米ではないけれど欧米的な考え方をする国と思われている。欧米的とは「法」つまり強制する場合に必要な「国際ルール」を尊重しあうということだ。多くの国が強制するために不可欠な「法の精神」を共有しない国でも入れるようになったということだから、サミットでの討議の結果が実行力を伴わなくなったのも当たり前であった。

七生ちゃんの「欧米的」の定義に対して、私もその背反的な存在である「アジア的」を定めているが、この定義がまた驚くほど一致している。アジア的とは、法や規則は存在していても誰もそれを気にせず、感情と感覚の共有で社会秩序が形成されている状態。つまり欧米的な法の精神や論理は、日本を含むアジアでは通じないと言っているのだ。日本は、法治国家・資本主義というカラをかぶった、欧米的国家体制をしているフリをしているだけのアジア的な国家である。

日本を囲む大洋と違って常ならば波おだやかな地中海では、北側に位置するスペインやフランスやイタリアには南側のモロッコ、アルジェリア、チュニジア、リビアから不法に侵入してくる人々は常にいた。だがこの十年来、この来たアフリカ人に加え、ナイジェリアをはじめとする中央アフリカからの難民が激増したのである。難民仲介人の手引きで、ボロ漁船やゴムボートに乗って先進国の海辺を目指す。しかも海辺にたどり着くまでもなく領海内に入ればケイタイでSOSを発し、自国の領海内でアップアップしている人を見殺しにはできないという先進国の悩みがある。西欧はルネサンスから始まり啓蒙主義を経た500年をかけて、人種の尊重、自由、平等、民主主義という輝かしい成果を上げて現代に至っている。これらの文明を現代の欧米人は、自分達の優越性を主張する理由にしてきたのだ
忘れてはならないのは、彼らは出稼ぎではなく、難民であることだ。ゆえに目指す国の好不況はまったく関係ない。それどころか、先進国が不況になったために国際的な難民救済機関に入るカネが減り、それでなお食べていけなくなった人が増えて、その人々が砂漠を越えて北を目指すようになったのだと、その機関に属す人までが言っていた。彼らは先進諸国の地に足をつけるやいなや、先進諸国の人たちと同等の権利を要求する。。職を与えすむところを紹介し医療まで保障せよ、というわけだ。ところが先進諸国のほうも不況とて、自国民にさえ保障で来ていないことを、難民にまで保障する余裕は無い。政府にとっても悩みの種だが、不況で苦しんでいる庶民となると、それが怒りに変わる。
古代のローマには、難民問題もなければその結果である人種差別問題もなかったことを思い出した。それは古代のローマが階級社会だったからである。上から順に、皇帝を頂点とする元老院階級、騎士階級と呼ばれた経済人、平民、解放奴隷、奴隷そしてその両脇につく感じで、属州民と外国人も加わってのピラミッド型の社会を構成していた。ただし、現代と比べても階級間の流動性は高かった。何しろ現代ならば国籍に当たる「ローマ市民権」の取得からして、生まれた土地よりも両親の人種よりも、本人がなしつつある実績のほうが重要視されていたからである。このような社会に難民が入ってきたらどうなるか。奴隷ではないから衣食住の保証は無い。また、ローマ市民権所有者では無いので小麦法によって貧民には保障されていた、小麦の配給も受けられない。要するに社会の最下層に入って働くしかないのだが、やはりこの場合でも特技を持つものは得だった。医者や教師をすれば、直ちにローマ市民権が与えられた。ローマ市民権とは、ローマ法によって守られることの他に、所得税は免除されるという特典がある。特技がなくても、ローマ軍団の補助兵になるという道があった。在職中の衣食住が保障されることに加え、25年の満期除隊峙にはローマ市民権をもらえたからだ。古代のローマでは皇帝でさえも生粋のローマ人はネロまでで、その後は出身地も生まれも多種多彩。アラブ人の皇帝までいたほどである。

私も人権の保障や民主主義に反対はしないが、それがベストだとは思っていない。やはり冒頭の七生ちゃんの文が一番良いだろう。
亡国の悲劇とは、人材が欠乏するから起るのではなく、人材はいてもそれを使いこなすメカニズムが機能しなくなるから起るのだ。 「『ローマ人の物語』を書き終えて」より
おっと、”彼”も同じようなことを言っていたな。どんな政治形態だろうが、ことの本質は一つだ。
最良の憲法と国家形式は、民族共同体の最良の頭脳を持った人物を、最も自然に確実に、指導的重要性と指導的影響力をもった地位につけるものである。 我が闘争より
【海外の差別被差別構造】
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