月: 2014年9月

許永中日本の闇を背負い続けた男 2/4~フィクサーたちとの交流

太田は幼名を新太郎という。1925年、清蔵の長男として生まれ、1947年東京大学経済学部を卒業。いったん東京電力の前身である日本発送電に入社する。それからハーバードビジネススクールへ留学した後、1953年に東邦生命入りし、30歳を前にして重役となっている。1977年太田家6代目として東邦生命の社長に就任した新太郎はその後、清蔵を襲名した。福岡出身の太田清蔵は、地元選出の自民党代議士、太田誠一とは従兄弟同士にあたる。太田誠一の叔父が元衆議院議長の桜内義雄である。そんな太田家の影響力は、地元福岡の金融界はむろん、県内の鉄道や流通業界にまで及んだ。福岡だけではない。太田の実姉は関西の鴻池家13代目当主、鴻池善右衛門に嫁ぎ、姻戚関係を結んでいる。300年の歴史を持つ鴻池家は旧三和銀行を設立した名家だ。さらに太田の叔母はヤマサ醤油の濱口家に嫁いでいる。清酒「菊正宗」の造り酒屋である嘉納家や百貨店「松坂屋」の伊藤家とも姻戚関係にある。太田清蔵の率いた東邦生命は、前身を第一徴兵保険といい、富国強兵の国策として軍備増強に邁進した明治政府が、福岡の太田家に依頼して設立した。文字通り、徴兵される兵隊のための生命保険会社だ。


許永中日本の闇を背負い続けた男 1/4~大阪スラムと和歌山

許永中の生まれ育った大阪市北区中津は、戦中から戦後にかけ在日韓国・朝鮮人が住み着いた地域である。いわゆる朝鮮部落ではないが、貧困にあえぐスラム街といえた。許は自らの歩んできた歴史をこう表現した。「レールの無い真っ暗なトンネル」
21歳の頃、許にとって事業に目覚める最初の転機が訪れた。西村嘉一郎という怪人物との出会いである。西村は経営コンサルタントとして、和歌山を中心に活動し、右翼や同和団体など幅広い人脈を築いていた。1938年生まれの70歳だ。西村は産経新聞の記者から独立し、その後、裏社会に足を踏み入れた。表向き「東洋通信社」というミニコミ誌を発行する出版社の経営者である。だがその裏で企業調査や警備会社のオーナーとして、和歌山県内の企業の機密事項をつかみ、にらみをきかせていた。西村の名前は、バブル景気前後の経済事件にもたびたび登場している。バブル期に計画された和歌山県の「フォレストシティ建設計画」というリゾート開発でも、その名前が取り沙汰された。県内最大手の地銀である紀陽銀行が、600億円も投入してぶち上げた開発計画だ。1993年に大阪地検特捜部が紀陽銀行幹部を逮捕し、当時の頭取が辞任に追い込まれた。また副頭取が自宅前で射殺されるという、ショッキングな出来事で知られる阪和銀行の事件でも、一部で西村と銀行との関係が噂された。阪和銀行は1996年に破綻し、翌年に和歌山県警が銀行の不正融資を摘発する。
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日本人へ 国家と歴史篇 2/6~女を語る七生ちゃん

女には冷たいという非難に答えて
歴史を書いて40年になるが、昔から非難されてきたことが1つある。それは私という作家は同姓に対して冷淡で、女の立場に立って書かないというのだ。女の作家ともなれば同姓を書くほうが商業的に有利であるというのは、出版界の常識であるらしい。実際、そう主張する編集者の意見を入れて書いた最初の作品は『ルネサンスの女たち』だから、女が女を書くのが私のデビュー作ではあったわけだ。だが、商業的には有利であろうと、その路線は第一作のみで捨てた。なにしろ、中世のイタリアも古代のローマも、男達の時代なのである。男の世界での女は所詮は脇役で、歴史の脇役を書きつづけているといずれはゴシップに落ちる
> これいいな、歴史とか女とか抜いて、これをパクろう。
> 「脇役に言及し続けると、いずれはゴシップに落ちる」


意外に身の程を知っている可愛い愛人達

「カネを送ってくれ」と要求してくる愛人が後を絶ちません(泣w
しかし、「おう、お前が困っていて、お金が欲しいというのならばわかった、では・・・
1)具体的な金額
2)銀行名
3)口座番号
4)名義人(アルファベット表記)
5)SWIFT Code
6)銀行の住所(アルファベット表記)
7)オフショア通貨が存在しない国(インドネシア、中国、フィリピンなど)の場合、USD送金したら、どうなるのか? コルレスバンク指定が必要なら、その銀行名。
を教えてくれ。これらの情報が無いと、こちらからカネを送ることはできない。」という至極当然の質問をして、この答えが愛人達から返ってきたことは一度も無い。具体的な金額を含みで、カネ送ってくれと言ってくる愛人も居るのだが、2~7の質問をすると、無言になるか、「すいません、ちょっと甘えてしまいました。」と言ってくる。俺はカネを送ると言ってるのにだ!
アジアの銀行は、このような常識的な送金フォームを必要としない地下銀行的な送金に対応している。海外(日本以外)にある日本の銀行に行けば「リテール対応していない。日本は日本、ここはここ」と完全切り離されているだろう? ところがアジアの銀行、出稼ぎが多いフィリピンだけでは無い。中国でもタイでも良い。リテール対応していて、本国との連結も完璧。例えばシンガポールで稼いだシンガポールドルを持って訪れれば、その場で為替交換と送金を同時に行い、本国の口座に振り込まれる。私の経験ではT+0だった。一応、シンガポールの中国系の銀行では、マネーロンダリング防止で、口座名は送金者本人と同じ名義ではないとダメというルールがあったが。


ジャカルタ潜伏 4~借金して車を買うことの正当性

プラザインドネシアの牛角で、先輩とそのインドネシア人の友人と3人でお食事です。日本人相手のインドネシア語の先生をしているので、日本語は大丈夫です。一人焼肉に躊躇は無いのですが、単純に一人で食べられる量が少ないので、一種類で終わってしまうのがちょっと悲しい。3人居ると良いですね。日本に比べると少し高いですが、アジア平均の料金、一人あたり300,000IDR(3000円相当)です。
インドネシア人「職業投資家ですか。私にも投資教えてください。」
よくある質問だw 必負法はあっても必勝法はない。「これは絶対儲かる」と言うヤツは、基本的な法的知識が無いのは確実な、低レベルの詐欺師である。こちらから教えることは、これだけはやるなという禁止事項だけであまり面白くないので、逆にこっちが聞きたいのだが、「私には欲しい物が無い。だからあなたが欲しいと思っているものを教えて欲しい。家と車が挙がると思うが、どんな家(マンション)に住みたいのか? 立地が重要だと思うが、なぜそこに住みたいのか? その理由を聞きたい。私にはこの広いジャカルタのどこの地域が価値があるのか判断がつかないからだ。」
もちろん、初対面なので、こんな詰問ではなく笑顔でもう少し平易な言葉で質問したのよw
しかし、話していて面白かったのが自動車購入について、私もこの便利なジャカルタで、バスもありタクシーも安いのになぜ車が必要なのか? と厳しい質問をしてしまったが、インドネシア慣性系では、車を購入を正当化する一つの理由を発見した。私の先輩が、「借金して車を買って、その金利負担が非常に高い。」と言ったのがきっかけだった。USD慣性系でみればIDRは年間10%以上下落しており、実質インフレ率も10%ある中では、預金よりも借金が戦略的行動である。確かに金利は高いかもしれないが、給料が去年と今年でいくら上がったか? あるいは物価がどのくらいあがっているかを考えたら、悪くない行動だ。しかも、インドネシアでは車の減価償却、中古車市場での値下がりのカーブが緩く、車の下取り価格が、10万km走行なら75%、20万kmなら50%と高い価格で売れる(もちろん年数や状態なども影響するが中古車市場の目安として)。インドネシアルピアが年間10%値下がりする慣性系なので、3年で25%減価なら、現金保有より優れているという、まさに高度経済成長と悪性のインフレなのである。これは我々世代の日本人にはとても理解できない感覚だからこそ、ジャカルタに来て学ぶべきことなのである。
(相手がインドネシア人なので、「通貨の信認という超基本的な社会インフラさえないインドネシアだからこそ、通貨の価値、バリュエーションについて改めて思いを馳せ、先進国市場に還流させるという発想なのだ!」というインドネシアを悪く言うような表現・難しい単語は避けました。)


中国の地下経済 3/3~国は頼りになる?

09年に入り日本のメディアは、中国の2月危機説を一斉に書きたてた。旧正月の休みで帰省していた農村からの出稼ぎ労働者が再び都会に戻ってくる2月に、多くの企業が夜逃げ・相産することで大量の失業者を吐き出すことを、いわゆる二月危機説として書きたてたのだが、実際には大きな混乱が起きることはなかった。その理由は、実は、中国はその1年前にすでに危機を体験済みだったからだ。当時、日本の一部では、「シンセンなどでは毎年起きていることだから問題ではない」と夜逃げを軽視する声も上がった。混乱が何とか収まったのは、労働者の怒りが一過性だったために多少の妥協で折り合えたことや、多くは出稼ぎ労働者で農村には彼等の買える場所もあったこと、そして彼等の問題を吸収してくれる世界が背後に存在していたからにすぎないのです。これこそが本書のメインテーマである地下経済である。
世界金融危機に襲われる1年以上も前にすでに東莞市虎門鎮がこうした問題に直面していたことの背景には、すでに中国が、労働者をやすく使い捨てることができ、なおかつ汚染物質も垂れ流せるという、経営者にとって夢のような国ではなくなったことがある。地方政府と経営者が結託して、労働者の賃金が上がらないよう、数年後とに新しい労働者と入れ替えるシステムを作った。だから現場は常に経験の浅い労働者ばかりになった。そのため、広東省だけで毎年3万人ほどが職場の事故で腕や指を切り落としてしまうというほど、事故が頻発した。企業はそうした人間を使い捨てればよいのだが、国はそうはいかない。それが08年1月から施行された、労働者の権利を強めていくための労働契約法にもつながっていったのです。同時に中国は、持続可能な経済発展というスローガンの下、環境問題にも力を入れ始めた。
出稼ぎ労働者の問題では外資の夜逃げばかり強調されますが、中国国内の企業が海外に逃げ出す動きも激しくなっていました。余裕のある企業はベトナムやミャンマーを目指しましたし、そうでないものは広西チワン族自治区や江西省、湖南省などに工場を移転し始め、それさえできない企業は静かに工場を畳んだのです。工場は移転すれば生き残れるが、労働者はそうはいかない。特に最大の被害を受けたのが四川省、安徽省、河南省などから来ていた出稼ぎ労働者たちだった。その多くは何の前触れもなく自分たちが働いていた工場が消えてしまったり、酷い場合は数か月分の未払い給料を残してオーナーが消えてしまったケースもあるという。安価で手頃な労働力を利用することで潤ってきた地方が、逆にその労働者によって悩まされる時代を迎えたことを世界の工場が実感し始めたのがこの年だった。失業した労働者のエネルギーは、決して政府にだけ向けられたのではなかった。真っ先に悪化したのはこの一帯の治安だった。09年4月末、中国の人気週刊誌『中国新聞週刊』が子供の誘拐事件が増えていることを受け、東莞市で「子供を誘拐された親達による被害者同盟」が結成 街頭でデモンストレーションを敢行 「子供を1千万元(約1億3000万円)で買い戻したい と呼びかけ というショッキングなタイトルで報じている。
推測では、ここ数年だけでも東莞市で少なくとも1000人以上の子供が誘拐の被害に遭い失踪したと考えられる。連れ去られた子供の多くは、2歳から6歳の幼児で90%が男の子であり、被害に遭った子供の90%が出稼ぎ労働者の子供達だ、という犯罪の傾向も記している。誘拐の多くは売買目的で、子供を取り戻すために生まれた民間団体・宝貝回家志願者協会が09年3月に子供の奪還に成功した事例から分かったのは、子供を買っていたのは、山東省や福建省、そして広東省の潮州・汕頭地区などの経済的に恵まれた成功者達だったという。彼らの考え方は保守的で、子沢山こそが幸せと信じ、女の子よりも男の子を尊ぶといった古い考え方に基づいて男の子を集めていたことが分かったという。子供に付けられた値段の相場は、男の子が1人25000元、女の子はわずか1人700元だ。地下で需要と供給が結びつく。これも地下経済がもつ恐ろしい負の側面だ。
山賽携帯電話のブーム再来 「山賽」とは本来、山賊の砦を意味する言葉だが、商品の前に付けて「山賽○○」と使われる時は、海賊版とかコピー商品という意味で使われるのが一般だ。安いモノでは正規品の1/10という製品まであり、正規品に手が出なかった貧困層や学生たちの間で爆発的に普及していった。ちょうど北京オリンピックと重なり動画やテレビ機能のついた山賽携帯に特需の風が吹いたのだったが、その勢いはコピー商品でありながらインドや東南アジア向けに堂々と輸出されているほどである。だが山賽携帯が急速に普及したといっても、その結果として正規品の市場が大きく侵食されたわけではない。もともと正規のメーカーが歯牙にもかけなかった購買層を相手に売上を伸ばしたに他ならない。中国の銀行が中小企業を橋から相手にしていないのと同じように、大きなメーカーは最初からそうした人々をターゲットとして想定しない。こう考えた時、日本人が中国の将来を有望視する時に語る”13億人の市場”という言葉が、いかに虚しいものかが分かるのだが、中国ではその両者はくっきり区別されている。
温家宝の宣戦布告
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日本人へ 国家と歴史篇 1/6~賢者は歴史に学ぶ

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自分で自分を守ろうとしない者を誰が助ける気になるか。 -ニコロ・マキアヴェッリ
亡国の悲劇とは、人材が欠乏するから起るのではなく、人材はいてもそれを使いこなすメカニズムが機能しなくなるから起るのだ。 「『ローマ人の物語』を書き終えて」より
> いきなり、重いなぁ。七生先生。だが、確かに重要だ。そして何十年も外住みしているので、やはり外から日本を見ている私と驚くほど一致する意見が多い
歴史上、最高の後継人事と私が思っているのが2つある。第1は、イエス・キリストからキリスト教会の初代教皇となるペテロへのバトンタッチ。第2は、歴史上の順序は逆だが、ユリウス・カエサルから、ローマ帝国の初代皇帝になるアウグストゥスへのバトンタッチ。


中国人民解放軍の内幕 3/3~軍系企業の系譜

リストラ人員の受け皿としての役割や兵器を裏で支える技術力、そして武器輸出と言った角度から対象にきりこんでみたいと思う。1つは、その歴史がもっとも古く、兵器など人民解放軍の装備を技術面から支えてきた機械工業部の系列である。兵器製造と販売にかかわる企業は、たいていがこの系列からの派生企業である。2つ目が、これを源流として生まれた新潮流で、中国が武器の輸出に乗り出すのと同時に生まれた、兵器輸出を手掛ける軍系商社である。そしてこの新潮流のさらに支流として誕生したのが3つ目の、保利グループなどの四総部系国有企業である。
この四総部系企業グループは鄧小平が世界に向け公約した人民解放軍兵員の大幅削減である”百万大栽軍”(1985年6月4日発表)が実施されるのに合わせてリストラの受け皿として設立された企業である。その代表が保利グループであり、その他にも中国新興集団、中国新時代集団といった軍系国有企業が有名だ。鄧小平による軍のリストラによって、解放軍は四百万人を越えていた当初の兵力を二百万人まで縮小した。リストラの初期には公安部や鉄道部などがその大きな受け皿として機能していたのだが、それでもキャパシティを越えて大量のリストラ兵士が吐き出されえてくる。その処遇に困った党中央が、国務院、軍委との共同批准によって誕生させたのが上記の三大軍系企業グループなのだ。


ジャカルタ潜伏 3~独立記念パレード

インドネシアの独立記念日は8月17日。2日ほど前に日本では終戦記念日だったが、なんか近いな・・・、と思った諸君は東南アジア史を勉強なさいw 偶然近いのではなく2つはつながっている。いつの時代も大国の動乱は他国にも波及する。日本の敗戦の決定は2日でインドネシアに伝わったのだ。だから、アジア一国一愛人構想なのだ。わかるか?
8月18日は、MONAS(独立記念碑)の傍で記念祝典パレードが昼過ぎくらいから行われる、との情報が先輩から届いた。暑いし、一人だしなー、プラザインドネシアで日本飯でもついでにとも思うんだけど、朝飯食べちゃったし、昼飯いらないんだよなー。と気が乗らなかったので、日本市場の終わりはインドネシア時間では13:15であるから、そこで〆て14時前くらいに出発した。タクシーで行けば50,000IDRで到着するのだが、それが高い気がしてきたので、民バスに乗る。民バスとは、窓なし・ドアなし・冷房なし・バス停なしのボロボロのバスなので、バスが来たら手を挙げると速度を落としてくれるので、飛び乗る。料金は3,000IDRだ。これでまずBlok Mまで移動。
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ただ、バスに乗る前に、Blok M Square(Squareが汚い方で、綺麗な方がPlaza Blok M)で買い物だ。アジア・ファッションのインドネシア版ペチ(Peci)=インドネシアの偉い人がかぶっている帽子だ。そして、これを東京で着用するのが私の目的だ。タイやフィリピンではペチの宗教的意味も通じるので、ペチを被ってバーで酒を飲むという矛盾が格好悪く、またイスラームがマイノリティなので面白くない。宗教のことなど誰も知らない日本では、このファッションの宗教的意味合いが殺され、単なるアジアンテイストになるという高次元のお洒落の追求なのだ。
頭にペチ(インドネシア)、ネックレスはワットポーで買ったリクラインニングブッダ(タイ)、ブレスレットは天珠虎目(中国)に身を包んだアジア的ファッションwは、イスラーム・仏教・風水と宗教も滅茶苦茶で、ある意味冒涜的なファッションでもあるのだが、「信じるものは巣食われる、これマーケットの真理なり」という投資家らしい主張を貫きつつ、アジアが香る抜群のファッションセンスなのである。
インドネシア・ファッションの代表格はバティック(Batik)というシャツがあるのだが、日本語で言うとガラ・シャツのような感じで、これらをすべて組み合わせると東南アジアのヤクザ? みたいに東京では思われてしまいそうなので、バティックは敢えて外す。ペチはブレスレットやネックレスに比べると圧倒的に存在感あるので、バティックまで着用するとインドネシアに偏りすぎ、バランスが崩れてしまう理由もある。私ももう少し顔がよければ、バティック+ペチで東南アジアのエリート・ビジネスマンと言ってもらえる風貌になるのだが、整形でもしない限りその組み合わせは、電車で周りが空いてしまいそうで嫌だ。


中国の地下経済 2/3~中国は貧乏な国なの?

「北京や上海は”建築の国際見本市”と呼ばれるほど奇抜な形の高層ビルが多い。これらは決裁権を持つ官僚や施主である経営者の多くが、デザイン重視で個性的なビルを建てたがる傾向を持っていたからだが、問題は『その後のメンテナンスをどうするのか』だった。デザイン性が高く形状が複雑なビルは清掃用ゴンドラも吊るせない構造の者が多いから、作業員の安全を守る正規の業者は敬遠するんだ。そうなればビル側は、危険を承知で仕事を請け負ってくれる闇の業者に仕事を依頼するしかない。闇のビル清掃業者とは、いま中国で”黒スパイダーマン”と呼ばれる人間達さ。いまでは作業中に落下して死亡する黒スパイダーマンが続出し、社会問題になっているよ」
問題発覚後、政府は違法な清掃業者の規制に乗り出したものの、黒スパイダーマンの数は逆に増える一方だった。記事によれば、スパイダーマンの日当はこの10年間で、30元から50元、80元、100元、120元、150元と上がり続け、今年09年はとうとう300元を超える者まで現れた。その裏で、北京市内の死亡事故だけでも07年が48件・死者49人。08年29件・死者31人であると報じている。つまり黒スパイダーマンは、北京のどこかのビルから10日に1人の割合で転落死しているのだ。


中国の地下経済 1/3~陰と陽が同居する中国

高級デパートには2万円の値札のついたTシャツが当たり前のように並び、4万円もするスニーカーが無造作に陳列されている一方で、そのデパートを一歩外に出れば北京のタクシーは初乗りわずか10元(約130円)で乗ることができ、屋台で売られている茹でトウモロコシは、安ければたった1元(約13円)で食べられるのである。こうした相反する事象やニュースは、「中国」の中で共存し、外から中国を見るものを惑わせる。本来なら2つの異なる国の事象であるべき両極の現実を一つの国につなぎとめているのも、実は「地下経済」の存在を抜きには説明できない。地下経済は毛細血管のように中国人の暮らしの中に入り込み、日々の生活と切っても切れない関係を築いてしまっているからだ。「およそ中国で暮らしているものであれば、地下経済とまったくか変わりなく生きている者などいない」。地下経済の取材を始めてからであった専門家や識者、そして実際に地下に生きる者たち、旧来の友人・知人まで、彼らが共通して語ったのがこの言葉だった。
地下経済のドン、中国の高級車「紅旗」
「車のナンバーを見てみるんだ。最初の文字が『京O』から始まっているだろう。あのナンバーの意味は、車が公安の持ち物だっていうことだ。軍や公安の幹部は、表向き国産の高級車に乗るように指導されている。でも、本当は乗りたくないから公安には『紅旗』が余っている。そういう車を公安と関係の深い人間に回しているんだ。だから、あれにうっかり追突でもしようものなら、ちょっと厄介なことになるんだ」


新オプション取引戦略の考案 3/3~時間と供に変化する損益曲線

カレンダー・プット・スプレッドの集合は結局、上がっても下がってもダメな典型的なガンマショートポジションなのに何が暴落対策なのだ?という質問に答えよう。
キーワードは”維持”である。
上昇相場で踏まれてマイナスが出るポジションは維持が難しい。維持するためのトレーディング=新規ポジションの積み重ねについては既に述べたが、さらなる維持によってこのポジションがどのように変化していくか? 想像して欲しい。常に短いオプションを売り、長いオプションを買いながら積み上げているので、短いものは満期を迎えていく。するとどうなる? 単純にカレンダー・プットスプレッドだけしかないポジションの場合、売りと買いの枚数の和は常にゼロだったのだが、売りが満期を迎えると同時に、徐々に買い越しに転化していく。長いアウトのプットの素ロングが少しずつ立ち始め、損益曲線の下方が立ち上がり始めるのである。
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実際に取引すると、長期が取引しやすいDECやJUNにポジションが集中する。それが一気に満期を迎えるとリバランスが面倒なので、1年を切っていて、ポジションが集中した場合は、それより短い期間のカレンダー・プット・スプレッドを組んで散らしていく。例えばDEC16 +10、DEC15 -10と入っていたら、MAR15 -5 DEC15 +5を組んで、さらにDEC14 -3 MAR15 +3、とOCT14 -1 DEC14 +1というように相場変動や時間の経過と供に、上昇相場の場合は、ストライクは上方に動かしながら、カレンダーの期間を短くして、集中したポジションは散らしていく。


中国人民解放軍の内幕 2/3~後回しにされ続けた中国海軍

1950年朝鮮戦争、中国軍の死者数は米軍のおよそ10倍。アメリカ軍の空軍力のすさまじさ。まずは空軍力の強化。
中国は経済や軍事技術の分野で、兄貴分・ソ連に大きく依存してきたが、その関係が急速に悪化し、1959年にソ連は、中ソ新技術協定の破棄を中国側に通告。
1989年天安門事件、西側からの制裁対象、軍事交流が厳しく制限。当時の中国が空母建造に際し、最も期待を寄せていたのがフランスでした。
空母建造計画を、最終的に政治決断でゴーサインを得たのは北京オリンピックを成功させた2008年。
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中国の第一声は2009年梁国防部長「大国で空母を持っていないのは中国だけだ。永遠に中国が空母を持たないわけにはいかない


ジャカルタ潜伏 2~次なる成長が難しいインドネシア

遊蔵へGo!
とりあえず、ドンッ。チャンギ空港で買ってきたウイスキーをボトルキープ用に遊蔵に納入。インドネシアでは、酒類の入手が難しいので、持込に寛容です。
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東南アジアのとがり顎にDiorのお土産を渡します。どうやら私が買ったのは伝統的なEau De Toilletでしたが、ご希望は新バージョンのEau Fraicheだったようで、少し怪訝そうな顔をしています。「銘柄の別、株数、売買の別、値段。これは注文の基本4か条だから!」などと説教しても誰も笑ってくれそうも無いので心でつぶやきました。
1年ぶりのジャカルタ、友人と遊蔵の女の子に、長く伸びすぎた髪の毛をつっこまれますw 長い髪の毛は女性に評判悪いですよね。私のあだ名は、
ハゲ坊主->
モーツァルト(長い髪の毛で毛先が巻いていたため)->
ライオン(縮毛矯正後の毛先がまっすぐで、最近伸びてきた根元がカールしているため)
に変化しており、ライオン君で頑張ってますw 辮髪、愛新覚羅溥儀まで伸ばしたい気持ちもあるものの、その途中の過程で、「宗教家」っぽい怪しい髪の毛になりそうなので、肩のちょい下くらいまでで止めましょう。


グーグル秘録 完全なる破壊 7/7~対マイクロソフト

マイクロソフトのヤフー買収失敗
マイクロソフトがヤフーを求めたのには理由がある。理論的には、当時わずか9%だった検索市場におけるマイクロソフトのシェアを高め、200億ドル以上というグーグルの足元にも及ばない。わずか32億ドルのネット広告売上高を拡大手段となるはずだった。ディスプレイ広告でグーグルをリードするヤフーの勢いに便乗する狙いもあった。マイクロソフトのポータルサイトMSNのEメールサービスをヤフーのそれと統合し、圧倒的な市場シェアを握る手段にもなる。グーグルのクラウド・コンピューティングという攻撃に対して守りを固めるための策でもあった。ヤフーは不器用に抵抗した。ヤフーCEOのジェリー・ヤンと取締役会は当初、マイクロソフトの申し出を断ったが、やがて関心を示した。しばらくすると再び興味は無いと表明し、買収者に重い負担を課すようなポイズン・ピルを自らに埋め込もうとした。1万4000人の従業員に対して、マイクロソフトとが買った場合に退社すれば、2年間に限って高額の離職手当を受け取れる権利を与えようとしたのだ。だが最終的に、ポイズン・ピルの導入は、断念に追い込まれた。その後ヤンと取締役会はマイクロソフトに対し、1株当たり37ドルであれば買収を受け容れると通告し、しばらくして条件を33ドルに下げた。またしばらくすると、今度ヤフー全体ではなく、検索エンジン事業のみを売却を検討すると発表した。
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中国人民解放軍の内幕 1/3~解放軍の体制

過去20年、中国人民解放軍(以下=解放軍または軍)が常にその存在を強く意識し、警戒を続けた国があるとすれば、それはアメリカ合衆国をおいて他にない。なかでもアメリカが中東地域で発動した2つの戦争(1991年湾岸戦争と2003年のイラク戦争)の果たした役割は大きい。その精緻な作戦遂行能力と圧倒的な破壊力は、解放軍上層部に鮮烈な驚きと恐怖をもたらすと同時に共産党政権にとっても潜在的な脅威を呼び覚ますのに十分な役割を果たしたと言えるだろう。
> 解放軍だけでなくて、世界が震撼しただろ。あれは…。戦闘機で爆撃からミサイルへと、時代が変わったことを象徴するような戦争だった気がする。


ジャカルタ潜伏 1~KOST(アパート)の様子

ジャカルタ、スカルノハッタ空港着。シンガポールからわずか2時間。時差がシンガポールと1時間、日本とは2時間あります。空港から信頼のブルーバードタクシーで、Blok Mから徒歩15分の秘密の潜伏場所まで、140,000IDR+高速代13,500IDRなので、色をつけて180,000IDRほど渡しておきました。
リアルジャカルタ パサールの前
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日本ではなじみの薄いグロスミッチェル種、フィリピンのキャベンディッシュ・バナナと違いが分かりますか?
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すごい通りです。メインストリートからのわき道、幅わずかに4~5mくらい道ですが、車と人が激しく行き交い、違法駐車の車があったりすると、すぐに渋滞して人も通れないような状態になります。両脇に野菜を売っている屋台がズラッと並び、野菜くずを道路に捨てているので、蝿が飛んでいます。ジャカルタの定番、道の脇で臭いを放つドブ。来たナー、ザ・ジャカルタ、これぞインドネシアのエマージングのかほりです! ホテルムリア(ジャカルタ)、バリ? ビンタン? そんなもんはインドネシアじゃねぇ!


新オプション取引戦略の考案 2/3~基本はカレンダースプレッド

前回、暴落対策というのがプロ・アマともに如何に厳しいか示したのだが、長い上昇相場に耐える暴落対策はいかなる形になるかの答えを言おう。
※今回は、かなり内容が難しく、単語はWikipediaに載っているはずですが、実戦経験による前提知識の説明が足りてないかもしれません。わからないことがあったらコメントかツイッターで質問してください。
GreeksがDelta Long, Gamma Short(Theta Long)となっていて、かつ、イントリンシックバリューによる損益曲線の下方が左肩上がり(=右肩下がり)になっていてプラスにまで突き抜けている形である。後に分かることだが、この形は必然的にVega Longを伴う。プット・レシオスプレッドで頑張ればなんとかなるかもしれないけど、暴落してもホントに儲かるの?ってくらい、あるいは中途半端に下げたらクソ損するほどに、手前を売らないといけないので、仕上がりとしてはけっこう厳しいでしょ?


グーグル秘録 完全なる破壊 6/7~多角化

携帯電話にも進出
携帯電話はもはや単なる電話やPDAではなくなっていた。インターネットへの接続手段が持ち運びできるようになることは、グーグルにとっても有利だった。ネットに接続する人が増えるほど、グーグルの収益にプラスになるのだ。だが自社のプログラムの多くが、携帯電話ではまともに作動しないことに、グーグルは不満を感じていた。消費者ではなく、電話会社が携帯電話で使えるアプリケーションを決めていることも不満だった。「パソコン用には機能的にユーザーに役立つソフトウェアを問題なく作れるのに、携帯電話ではそれが難しい」とペイジはこぼした。マイクロソフトやアップルで働いてきたアンディ・ルービンは、独立してアンドロイドを創業し2005年にグーグルに売却した。アンドロイドをオープンソースOSに変え始めた。


グーグル秘録 完全なる破壊 5/7~新たなる敵

SNSに不安を抱くグーグル
グーグルが2007年からフェースブックの存在を警戒し始めたのは、その本質を理解していたからだ。フェースブックのユーザーが、個人的なネットワークを通じて情報を集めるようになれば、インターネットにおける彼等の検索エンジンやナビゲーターは、グーグルではなくフェースブックになってしまう。メディア企業がグーグルやユーチューブのほうがより多くの視聴者を獲得していると気を揉むのと同じように、グーグルもフェースブックに不安を感じ始めた。フェースブックのウェブページが、ユーザーにとって時たま訪れる場所ではなく、ずっと腰を落ち着ける場所になってしまったらどうするか?グーグルにとって望ましいのは、より多くの人がネット上をウロウロすることだ。両社の緊張関係は2007年10月、マイクロソフトがグーグルに競り勝ち、フェースブック株の1.6%を手に入れただけではなく、サイト上の広告販売を引き受けたことから一段と高まった。