オーケストラはウィーンの観光誘致ではなくインフラなのである

自分の好きなオーケストラ曲を聞くことができる世界で唯一の都市ウィーン。7~8月は楽団員の休憩期間。ウィーンに行くなら9月~6月だ

ちょっと乱暴な表現なので、詳細に解説していこう。

私が聞いたウィーンフィルのチャイコフスキー交響曲6番は確かに良かったのだが、私が強調したいウィーンでオケを聞くメリットは、個別の演奏や指揮者によるものではない。一般には、指揮者と楽団名を主体としてコンサートに行くようだが、私が一番重視しているのは演目だ。ある一つの曲、交響曲6番なら6番を、ベルリンフィルは、ウィーンフィルはどう演奏するのか、どう振るのか?の差が面白い。極端な話、音大生オケでも十分楽しめる。一方、日本を含むアジアでは、楽団名と指揮者で聞きに行くので、「ベルリンフィル来るのか…、ブラームス? 俺あんまり好きじゃないからパス」 なーんて言っていたら、永遠にベルリンフィルを聞くことはできない

ウィーンで最も多い作曲家は当然ながらモーツァルトだが、モーツァルトの曲でぜひ聞きたいと思う曲はない。モーツァルトを除外し、

ウィーン オーケストラ・オペラ チケットサイト(日本語対応)

で、好みの曲を探すと…、まぁ、いくらでも出てくる。(どのくらい出てくるかは後ほど記す) ウィーンは音楽を除けばなんの取柄もない田舎町なので、優先順位一番で調べ始めたが、その3時間後、私はコンサート会場に居たのである。

「俺の好きな曲、聞いてみたいな~」

2週間以内で複数個の候補が出てくる街って、ウィーンが初めて。ベルリンとかもできるかもしれないが、パリは無理、演目は妥協せざるを得ない。

パリでもオーケストラやオペラなどをいつでも聞くことができ、値段もアジアほどは高くない。
オーケストラやオペラなどの”自分のお気に入りの曲”をいつでも聞くことができるのは、世界でもウィーンくらいであろう。

この2文の違い、重要ね。開催数が違いすぎる! 俺も日本でオーケストラのコンサートに数千~数万円使ったものだ。自分の好きな曲とは限らないコンサートのためにだ! しかし、今の俺にはそんな”贅沢と無駄遣い”はできない。パリだと価格はアジア比では安いが、演目で妥協せざるを得ない部分がある。ウィーンはパリより価格が安く、自分の好きな演目を選んで行けば良い。この違いは非常に大きい。

そして、ウィーンフィルの立見席、驚愕の値段は5ユーロだ。日本公演でウィーンフィルがいくら取ってるか、1万円弱~2万円くらいだろう。香港・シンガポール公演だと日本のように国内複数個所は回れないので、単価はさらに上がる。それが5ユーロ! 650円ですからね!

1.毎日開催 アジアでオケのコンサートを聞きに行ける日なんて、年に数回だけだ。
2.演奏件数が多い 例えば今日だけで見ても、オペラ 3 オケ 20弱
3.価格が安い 立ち見価格は異様だから除外するにしても、通常席で、1/5~1/2くらい。
4.会場が狭い 臨場感あり。ラスベガスでUltimate Fighting Championshipを見た時も会場が狭く良かったが、チケット価格は500USDだったw
5.街が小さい すぐ行ける。近い。今日開催している演奏にはこのホテルから30分以内で全部到着可能。

Music is

of the people 毎日、気軽に
for the people 庶民的な価格で
by the people 民による演奏(※オペラ座近傍のレストランなどでは音大崩れのアンちゃんによるバイオリンだピアノ演奏付きがいくらでもある。今のところ、私は直接の経験はないが。音大崩れといえども、おそらく、運悪くウィーンフィルの議席を得ることができなかっただけで十分な腕前を持っているだろう。)

アウエルスペルク宮殿(モーツァルトがマリアテレジアに求婚した宮殿)、クアサロン(ヨハンシュトラウスゆかりと言いながらもルネサンス・イタリア調)、シェーンブルン宮殿(ハプスブルグ家の離宮)など、挙げればきりがないが、そのような宮殿でのディナーショーがわずか50~100ユーロ程度だ。レストランでの食事とのスプレッドはゼロにも等しい。

オーストリア、海のない国

海のない国…世界中にはたくさんあるが、東アジア、東南アジアだとモンゴルとラオスくらいだ。いずれも行ったことがないので、初めての経験だ。世界地図を見れば、国々は海岸線を奪い合うように国境線が引いている。戦いに敗れた国は、乏しい海岸線をわずかに恵んでもらい、交易が制限され貧しい。これが私の固定観念だが、ヨーロッパではどうだろうか? 多分大体合っていてスイスという例外が存在するといったところだろう。

シャルルドゴール空港、免税店。タバコ
、赤マル、50ユーロ(1カートン)。ただし、オーストリア行きのボーディングパスを見せると、80ユーロだ。節税失敗。EU圏内の移動では無理か…。

ウィーン着。到着口に免税店は…ある! タバコ、赤マル、55ユーロ(1カートン)。ボーディングパスのチェックなし! 一箱当たり2.5ユーロの節税効果はあるものの、絶対金額5.5ユーロは、まだ高い。インドネシアなら2ドルで…、止めよう。そのことを言うときりがない。

ガーン…、実はオーストリアのタバコ(赤マル)の市中価格は5.5ユーロ。一箱8ユーロのパリで買わずに、5.5ユーロのオーストリアで買っただけ。節税効果ゼロッ!残念。

電車4.1ユーロ、30分以内に市内に突入。パリの10.3ユーロの50分と比較し、空港を含めた都市としての規模が小さそうなことが分かる。

銅羅湾の人混みに比べてパリは人口密度が低い…って言い方は無いよな。これでようやくまともな比較対象ができた。ウィーンの人口密度は、パリよりさらに低い。街の構造がパリとウィーンなら比較しやすい。パリは高速道路で囲まれていて市内に、高速道路がない。ウィーンも同様にパリよりもかなり狭い範囲が高速道路で囲まれている。そして、まだ地図だけ見ている状態だが、パリと同様ウィーン市内にも車両侵入規制が存在しそうと想像させる、都市設計が地図上の道路にあらわれている。

私のホテルは、環状高速道路の外。ウィーンは街が小さいので、それでも十分に利便性は高いが、いわゆるど真ん中の観光地ではない。住所はウィーン市だが、輪の外。それだからか、ホテルの前の一般道路の幅が広く、ものすごいスピードで走っている。エレベーターの閉まるボタンを誰も押さないほどのんびりしているヨーロッパだが、ドイツなどは高速道路の運転スピードは150~160kmとかなり早めと言われている。一般道路でも複数車線の道路だと、アジアでは見たことないくらいのスピード、80km弱?で走っている

メインの一般道路の脇道、駐車している車両はまばらに数台、人通りはゼロ。ただし、メインの通りには飲食店が立ち並び、オープンテラスで飲んでいる人はたくさんいる。ホテルから歩いて5分くらいの範囲で日本食の店が3つもあるくらいの大都会だ。ただし、入る気が起こらない露骨な偽物日本食だが。

スーパーも4つくらい5~7分のところにある。パリだと1~2分だったが、それはしょうがない。閉店時間が19:30とか20:00くらいの店が多いので、夕食前に買い物は済ませておいた方が無難だ。でもパリと同じく、20:00くらいでも、みんなまだ飲んでるだけ。そこからお食事なので、かなり遅い晩飯のようだ。しかし、日曜休業の弊害がある。パリでも日曜になると全てのお店が閉じてしまい…、ということを聞いていたが、大手のチェーンは日曜開業。ところがウィーンは日曜閉店率が極めて高い。4つのスーパーは全滅だ。カフェは開業しているので食べ物には困らないが、1ユーロ以下のビールは買えない。

タバコ同様、酒もさらに安い。パリ・マイナス1ユーロの分布。ワインは何と1.9ユーロくらいから始まる。ばっちりドイツワイン(オーストリア・ワインかもしれないが、とにかくドイツ語)、そして期待通り、ビールが500ml缶で1ユーロ(0.8など)を切り始める…。あっ、キタ。水より安いビール(一番安い水よりは高いが、高い水より本当に安い)。

ヨーロッパを一つの地域と捉えた場合のパリの都市としての価値

ヨーロッパ時間の生活

世界中どこにいようが、メインが米国市場のオプション取引、サブでアジア市場の日本株、というのは変わらない。もちろん、ポジション次第でどこにフォーカスするかは流動的だが、当面は不変である。今となってはEUR SWAP Rateなど気にもしてないので、この時ほどではないが、

2008/05/29 ドイツの気になること 

ヨーロッパ時間で生活するとアジア市場が止まって見える(実際、株式市場は止まっているのだが、デリバティブ市場、先物、SWAP、為替は取引されていても、やはり止まって見える)。一方、米国市場を中心に考えるとアジア時間では、夜から未明にかけてのトレーディング、ヨーロッパ時間では昼過ぎ~夜(深夜前)となる。私はアジアでは深夜過ぎくらいに寝て、昼に起きる(市場環境によって米国市場を最後まで見たり、途中で寝てしまったり)ような生活だが、ヨーロッパでは、米国市場は最後まで見る傾向が強くなる。それでも23時くらいには寝ることになるので次の日は早朝に起きることになり、アジア市場も見ることができる、という意味では、アジアに居ようが、ヨーロッパに居ようが、市場に合わせて同じ時間に寝ていることになる。

ヨーロッパ在住の友達

パリで遊んでまーす、というような投稿をSNSにあげていたら、予想に反して、男友達の反応が多かった。一般に、欧州は女遊びは充実していない。欧州観光=女と思い込んでいたのだが、そうでもないらしい。まぁ、彼等は観光ではなく住んでいるのだが、いずれにしても欧州=女が行く所、という固定観念は改めるべきであろう。

「俺もパリ行くからその時に」、「バルセロナ行くけど来たら?」、「ウィーンはオケ安いよ」、「ロンドンには寄らないの?」などなど、多くの誘いをいただく中で、欧州在住の彼等は、EU圏を一つの国より、もうちょっと狭い、週末なので横浜から浦安まで遊びに行こう、の感覚で、EU圏主要都市間移動を考えていることが伝わってきた。郷に入りては郷に従え、すぐに彼らの思考を採用しよう。

SNSのお陰で生活が豊かになる。ウィーン在住の先輩がいるのだが、彼は僕に対して「ウィーンのオケは安いから来てみたら?」と言ったわけではない。私がパリでオペラ・オーケストラを探していて、プッチーニ65EUR、うーん、まぁ、安いよな…と妥協しかけていたところに、彼はSNS上で「久しぶりに3ユーロでオケ立ち見@ウィーン」とポストしたのである。私も普段ならスルーする投稿なのだが、ちょうどオペラを探していたので、たった一言のポストが、私の行動を変えたのである。

パリはやっぱりオケは高いんですか?と聞いてみたら、バスティーユ、あるいはガルニエのオペラでも5~20ユーロで当日券・立ち見があり、朝から並べば不可能ではないということだ。だが、10ユーロ以下でオケ・オペラなどはアジアではありえない価格だ。だからオケを見にパリからウィーンへ、とその時即断即決した。従来1か月だけパリでアジアに戻るつもりだったが予定変更だ。

せっかく時差を乗り越えて、ロングフライトでアジアからEU入りしたので、1か月で退散してまた来るのは効率が悪い。観光で滞在できる最長期間3か月弱をEU圏内の3都市くらいで滞在してしまおう。今年から始めるが来年以降も、4~10月の3か月をヨーロッパ、数か月日本、残りをアジアで過ごすようにしよう。

ヨーロッパ最大の都市パリをアジアの都市と比較するのは難しい

パリは好印象だが、初めての1か月滞在でも困ったことや文句が極めて少ない。つまり国際都市として洗練されているということがわかるが、パリのどういう点が優れているのか?というのが弱い。「初めてでも困らない」という消極的な評価となる。次のウィーンと比較すれば、来年以降のパリの過ごし方が変わってくるだろう。ウィーンはパリに比べれば都市機能やご飯のレベルが下がるというのは想像に難くないが、どの程度違うのだろうか? ヨーロッパに数か月滞在するならば、パリでしかできないこと、パリの価値というのは、ヨーロッパの他の都市との違いを明確に認識している必要がある。

その上であえて、香港やシンガポールとの比較だが、パリの物価は高くない。アジアの都市の中では、香港やシンガポールは物価が高い都市だ。パリとロンドンは、他のヨーロッパより物価が高いのは当然だ。そんな思い、来年を布石と思ってオーストリアに移動しよう。

日本食屋で日本人がバイトしている

海外だったらありそうな風景と思われるかもしれないが、アジアではほとんど見かけることは無い。日本食の経営や店長、あるいはホテルの寿司などの高級店だとバイトは、いる。だが、私がパリ・オペラ地区南部にあるリトルトーキョーで見たのはラーメンや食堂といった大衆店だ。アメリカのニューヨークやカリフォリニアでも見たことあるような気がするが、アジアでは皆無。

どうして、パリでは、日本食屋で日本人がバイトしていて、アジアでは居ないのだろうか?

現地人の給料が日本人より高い。それは香港やシンガポールでは当てはまらない。だから香港・シンガポールでは外国人、主として中国人やマレーシアなど周辺国からの外国人労働者が飲食店の基本だ。

では、どうしてパリでは、外国人を呼ばないのか?

多いのはアフリカ系移民であり、中華系と違い、日本料理の作り方などを教えるのに時間がかかる、あるいは不可能。ダシの概念が中華には…とかそういう細かいことじゃない。箸も使うことと、味噌や醤油などの発酵食品を使うこと、米を食うこと、乳製品が無いこと、など大きく見れば日本料理もアジア料理の特徴である共通項が多い。だから、パリの偽物日本食屋のオペレーションは中国人が行っている。

それならば、厨房に日本人を使って、サービスはアフリカ系でも良いじゃないか? ところがサービスも日本人である。パリでは日本人のきめ細かいサービスが求められている? 絶対違う。露骨な片言のフランス語と、サービスもアルバイトレベルなのがわかる。クレジットカードを切ったら、カードリーダーの使い方も知らない素人レベルだったぞ。俺もカードリーダーの使い方など知らなかったのだが、フランスではカードリーダーは自分でスキャンするので、2日目で覚えたよ。つまり、クレジットカードを持ってないような日本人だってことだ。

この現象で需給が分かった。学生、ワーホリ崩れ、芸術志望?現実逃避など、理由は様々だろうが、憧れを抱いてやってくる日本人がいる。一方、職の供給面で、特殊能力の無いワーホリ崩れが現地で職を得ることはできない。別にフランスだからではなくアジアでも同様なのだが、誰でも持っている特殊能力は、海外では日本語が話せることだけになる。そこで対日貿易量が絡んでくる。

http://www.jftc.or.jp/kids/kids_news/japan/country_tmp.html

ヨーロッパだとドイツ、イギリス、オランダなどが上がっているが、ヨーロッパトップ3国であってもシンガポールやタイにも劣る貿易量なのだ。ましてや、フランスとなるとほとんど付き合いが無いに等しい。よって「特殊能力である日本語」を駆使して日本企業に勤めるという規模がシンガポールよりも少ないのだ。「憧れてくる日本人の数≫日本企業の日本人求人枠」なのである。香港シンガポールで供給が絞られているのは、単に憧れが少ないとも言えるが、それだけでなく、香港大学やNUSなどは必要とされる学力も高いので、ワーホリ崩れの学力では相手にされず、カネだけで入れる美術系の専門学校も皆無であることから学生がいないことも大きいだろう。

フランスの労働基準法上ではバイトという概念は無く正規雇用のみ。解雇が難しくフランス経済の足を引っ張っている元凶だ。私が生活しているうえでもこの上なく迷惑、電車、飛行機などの移動手段がストで止まる・延期などの被害がある。中国では人民解放軍が空を支配し、民間の移動を妨害してくるが、フランスだと労働基準法とストが移動を妨害してくるw パリ市内の電車だけでなく、エアフランスや長距離電車など国際移動も入るので要注意だ。

ただし、零細の飲食店などは労働基準法のお目こぼし対象なので、パリの日本食屋はそれをチャンスに生き残っていくしかない。フランスの労働基準法に則らない、日本流のブラック方式で、バイトを雇っているのが現状だろう。

香港やシンガポールに比べて、マニラやバンコクは物価が安い。どうしてコスト削減のためにそっちに住まないのか? 現地人に文句はないがね、そこに住んでいる日本人を含む外国人と話が合いそうにないからだよ。

香港やシンガポールにおいて、「デリバティブ」と言えば、金融業界以外の弁護士や会計士、あるいはまったく別の業界であっても、「デリバティブとは何か?」を説明する必要ないことが多い。だが、バンコクやマニラでは、デリバティブなんてのは日常用語たりえない。デリバティブなんて時代遅れなものを今となっては知らなくても気にしない。

じゃ、日本人が大好きな小説に話を合わせよう。罪と罰、ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフの殺人を正当化する論理についての議論にしようか。バンコクやマニラでドストエフスキーを読んだ上で内容論じられる日本人って探すの相当難しそうじゃない? パリで探すのはどうかって? 聞くなよw 俺がワンピース読まないと話に入れてもらえそうにねーよw

生活から推測するフランスの法と規制

私はそもそもフランスの法を積極的に学ぶ気はない。一方、ボトムアップ方式、普通に生活していく中で、どのような法律になっているのか? 規制があるのかを推測してから、調べ始めるのは、どこの国でもやっていることだ。税制や規制による制限が、市場を歪める。それは株式市場だけでなく、日常生活や消費活動でも起こっている。それを発見し、自分に都合よく利用することだ。また、様々な国を見ていると、その平均は大きな母集団から計算されたより精度の高い平均(世界標準)となる。世界標準たる平均から外れているものが異常値で、その中に規制による歪みがある場合がある。

例えば、私が買っているもの、世界標準で考えて不当に割安なワインやハムやルーブル美術館は、おそらく政府の補助金が入っている。ヨーロッパを代表する大都市にもかかわらずパリ市内に高速道路・立体交差がない。その状態でも渋滞が発生しないのはなぜか? なんらかの車に対する交通規制、パリ市内に入るための制限があるはずだ。と考えるようになる。

農産物支援、芸術支援、交通規制は歪みだが、アマゾンプライムがAmazon Primeより安いのは価値観の差であって歪みではない。私が知らないだけで日本がアマゾンに極端に優位な法制度となっているなら別だ。Amazonの国家間節税政策に対して、日本は特に牽制せず有利だから、というのならそれは歪みとなる。うーん、ちょっと例が不適切だが…。

パリでプラプラ街を歩きながら生活する中で見つけた歪みを紹介していこう。

八百屋、肉屋、酒屋などの零細店舗が存在する。

日本・香港・シンガポール・タイなどでは零細店舗は、ローカルの巨大チェーンスーパーに飲み込まれてほとんどが姿を消した。程度の差はあれ、地方都市だけではなく東京でも起きていて、八百屋や肉屋に限らず、個人商店は20~30年で見れば、どこであっても激減しているはず。街の電気屋さんはヤマダ電機、古本屋やブックオフ、タバコ屋は酒屋同様にコンビニ、地方都市のシャッター通りはイオンへと変貌した。昔ながらの市(イチ)・複合店舗、香港なら外市、シンガポールならウェットマーケット、パリならMarcheという形は存在するが、いわゆる街の八百屋ではない。

ホテルから歩いて1分以内、これは偶然にしても徒歩圏5分以内に八百屋、肉屋、酒屋が複数店舗ある。一方、パン屋、携帯ショップ、雑貨屋、スタンド(新聞や飲み物を売るキオスクKiosque)などは、香港やシンガポールでも見受けられる。昔のパリは日曜になるとほとんど全ての店が閉じてしまい、何もできなかったそうだ。今は、巨大チェーンスーパーがあるので特に困らないが、パン屋は法律で「日曜でも営業しなければならない」。

ということは…、パン屋は日本で言うタバコ屋と酒屋と同じ。免許制を取っているかどうかは知らないが、政府に届け出が必要ということになる。その制限の分だけなんらかの税制優遇もありそうだ。さらに想像を拡大させ、消えた零細店舗である、八百屋や肉屋がパリの至る所に存在する、のはなぜか。これもパン屋と同様、なんらかの税制優遇や法的保護を受けていなければ、チェーンに飲み込まれて消えていくのが、市場原理と時代の変化の当然の帰結だ。

パリ在住で外食を経営している友人に聞いたところ、零細の八百屋を保護をしているのではなく大手チェーンをいじめる規制をしている、ということだ。零細の八百屋が存在する社会的意義はほとんどないであろうから、この規制はヨーロッパがアメリカより大きく成長率が劣る要因で、経済的に良い規制だと思わない。

2018年初頭、日本滞在時に、日本ではキャベツ、レタス、白菜などの葉物野菜が例年の4倍ほどに跳ね上がっていたことを思い出した。香港やシンガポールにおいて、これほど激しい野菜の価格変動を見たことがない。日本よりはるかに少ない人口で、食糧自給率などゼロに近いような環境でも、ほとんど価格変動しないのである。これは輸入、市場規模が大きいのだ。対して日本の葉物野菜は国産、しかも業者などの取り分を除いた余りを一般消費者市場に回しているので、1億人以上の人口を有しながらも市場規模を異様に小さくしているためだ。フランスでは業者用と一般消費者で価格差はほとんどなく、価格変動もそれほど激しくない。

八百屋と肉屋の存在は、フランスは農業国と言われるが、食肉や穀物を大量輸出しているアメリカに対して、フランスの保護政策は、地産地消・国内消費にフォーカスを当てている結果であろう(その意味では日本に近い)。最終消費、販売を重視する戦略には同意できる。日本も農林水産省と農協を中心に、生産制限・買取・販売価格統制はしているものの、販売保護はしていないだろう。需給変動を変銃的に一般消費者に押し付けた野菜の激しい価格変動やコメの先物がいつまでも盛り上がらないのが、販売を軽視している証拠だ。最後の販売によるエグジットを確保しない生産の保護が、赤字・売れないコメが倉庫に積み上がるような事態を引き起こしている原因であろう。

実はコメの先物化は日本だけでなく、グローバルにもあまり成功していない。詳しくは、この本に書かれている。ちなみに著者はフランス人なので、アメリカ中心の農業事情ではない視点が面白い。

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水揚げ港による魚のブランディング戦略でも、同じことを感じていて、最終消費と販売はあまり意識してないように思える。魚の場合、鮮度を保つのが難しいため、地産地消を国内のさらに小さな地域で主張もできて、東京に輸送するまでの時間とコストの分だけ、この漁港では、安く良い品が手に入る、とアピールするのがエグジットを意識した「漁港のブランディング」だと思う。

2018/05/24 何が価値か?呼び名にもこだわり

で既に詳しく述べたことだが、これについてホリエモンが同じことを言っている。

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小さな店なら使う量も知れているだろうから、少ししか獲れない貴重なものを送ってくれたり、走りの素材、ときには「ほかの人は使わないけど、実はおいしいんだよ」と、チャレンジアイテムもよろこんで送ってくれる。これは、大規模経営では不可能なやり取りだ。直接のやり取りがヒントを生むコスト以上にうれしいのが、生産者と直接コミュニケーションを取れることだろう。激戦の築地で仲買と仲よくなるよりも、産地と直接LINEやメッセンジャーでやり取りする。電話ももちろんありだが、漁師さんが「こんなのあるよ」と、魚の写真を送ってきてくれることもあるだろうから、LINEなどのほうが早いしわかりやすい。わからないことがあったら、「試してみたいけど、どうやって食べるとうまい?」と聞けば、きっと新しい料理のヒントをくれる

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日本はそもそもロジスティクスに強い国だ。インターネットを駆使し、コミュニケーションツールを持つ世代には、前時代の料理人や生産者には真似できない広い世界が広がっている。

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ここで思うことはカギを握っているのが、生産と販売の間にある中間業者、農協や市場の仲買人であることだ。一方、超優良企業の損益計算書では、その中間を一切省いて高収益を上げている。企業会計では販売=売上が逆に入り口になる。エグジットは純利益や株主資本で、上場や売却という意味ではなく、株主利益や時価総額を増やすことがエグジット。日本企業の場合は、顧客サービス、従業員、銀行のご機嫌を伺う経営は垣間見えるが、相変わらず株主は軽視されたままだ。

フランス人は嫌な奴? アジア人に対する差別

10年程前までは、「フランス語以外は話す気ないよ」という態度だったらしいのだが、現在はそんなことは全くない。メルシーとボンジュールだけで生活できてしまう。フランス語がマイナー言語だという認識がフランス人にもあり、外国人=英語あるいはスペイン語で話しかけておく方が無難という低姿勢ぶり。私が泊まっていた11区あたりでは観光客がいないので、フランス語で話しかけられたり、英語が話せない人がいたりするが、観光スポットではないので当然だ。また、差別はあるのだろうけども、私は感じない。ある気配はするが、あっ!と思うほど露骨には存在してない、というのが正確な表現か。

レストランで注文しようと手を挙げていて、店員と目が合ってるのに無視して注文を取りに来ない。これ、差別? そう感じる人もいるかもしれない。でも、ごめんね、これ香港の話なんだわw わかるかね? 同じことが起きても香港はアジアだからサービスが悪いで、パリだと差別だと思うの? 飲食店のサービスなんてそんなもんだと思えば、多少、注文を取りに来るのが遅い、対応が悪いのがグローバルスタンダードで、それを標準とすると、日本のサービスが過剰なだけなのである。いつも言ってるようにマクドナルドの店員が笑顔だったり、コンビニの店員が品揃えと配置を記憶しているなんてことはない! 偶然、そういう店員もいるかもしれないが、原則、そんなことを期待するものではない。シンガポールのマクドナルドなんて店員がおばあちゃんでポスを打つ手が震えてるほどだw

日本と比較してもしょうがないので、アジア比でサービスを比較すると、アジアで食事をしていて、私が不快に感じるのは、片付けの速さである。明らかにまだ食事が残っていても、店員と目が合えば、”Can I clear?”と言ってくる。「あっ、スプーン落としちゃった」と拾って目を上げたら、もう皿が片付けられていた、などという高速クリアーも聞いたことがある。なぜかというと、異様な人口密度による高い不動産価格だから、回転率を上げることが必須なのだ。注文受ける、料理出す、早く追い出して次の客、というのが原則だ。それから日本人のようにご飯粒一つ残してはならないという道徳観はない。だから、ホーカーセンターなどの屋外では、野鳥が残飯をついばみに来る。野鳥と店員が残飯を片づける競争しているのだ。

一方、フランス…、全体的にスロー。片付けも同じ。シンガポールでは店員が、野鳥の如く、皿を狙っていて、片付けのチャンスを伺っていると、仮に食べ終わっていたとしても、せかされている感じがして嫌なのだが、フランスではそれはない。それからシンガポールあるあるで、22:30ラストオーダーの店だとしたら、22:00過ぎるともう危ない。お得意の”Close already”、とにかく片付けも含めて早く帰りたいので、ラストオーダーの時間は嘘であることが多い。逆にフランス、ラストオーダーの時間はあるが、その時間を1時間近く過ぎてダラダラ飲んでいても追い出されない。店にいても良いけどレジを閉めたいからカネだけは早く払えという請求もない。もちろん、店員たちは店の片づけをしているが、とにかく、のんびりしているのだ。

アジアも東南アジアはのんびりなので、東アジア、日本・中国・香港・シンガポール(華僑の国なので)は、明らかにせっかちだ。エレベーターの閉まるボタンは連打だし、オプションはプットを売ってリターンを最初に見せないとダメだ。コール買ってお楽しみは後程って発想はアジアでは流行らない。その近視眼的な目線や忙しなさに嫌気がさしたら、東南アジアかヨーロッパでのんびりするのも良いだろう。

パリのラーメン屋、フランス人客が多いと食べるのが遅い。食い終わっても延々スープ飲む、しゃべってる、みたいなインターネット上の投稿を見た。俺はラーメン屋経営してるわけじゃないから、あー、アジアはこの感覚なんだと思う。食い終わったらとっとと出てけ。香港やシンガポールでせかされている気がして不愉快、と思っていたのだが、ラーメン屋も同じだ。俺も当然、日本人だからラーメン屋なら食ったら出ていくけどな。でも、レストランだと思って食ってて、「食ったら早く出ろ」は、不愉快だろ。

日本人の認知

帰り際に「ありがと」とか言われることがある。俺はフランス人とドイツ人とベルギー人の区別はつかない。彼らは日本人と中国人をどのように見分けているのか分からないが、「ありがと」と言ってきてるということは何かで見分けているはずだ。ドバイなどは日本人は皆無なので無条件で「ニーハオ」と言われたが。

「ありがと、さよなら」以外で珍しい声かけ言葉、というか初めての呼ばれ方は「ヤクザ?」

言葉の意味をわからずに使っていそうだが、そう呼ばれる原因は、
北野映画の影響で、スーツ着ている日本人=ヤクザ
ビジネス街のラ・デファンスがパリ市外にあり、パリ市内ではスーツマンはほとんど見かけない。高級店などではジャケット着用の事というドレスコードがあると聞いていたので、夏物スーツの上着だけ持ってきたのだが、ジャケットすらもほとんどいない印象である。上下で揃えてないし、ノータイでリラックスした感じにしてるんだが、それでもスーツを着ている東洋人=北野映画なのである。

世界中どこにでもいるのだが、変な日本語が書いたTシャツを着ている現地人もいる。地下鉄の壁広告で日本の漫画の広告があった。ただ、奇面組など、連載停止した古いマンガの絵もあり、その広告が何の広告なのか意味は分かっていない。

パリ市には高速道路がない

国別、車と歩行者の優先順位
タイ>香港>シンガポール>インドネシア>中国>日本>フランス

車優先社会

1.タイ、バンコク
車は左側通行で交差点で赤信号でも左折することができる。その際、歩行者の青信号と必ずコンフリクトが発生するが、その際は車は遠慮なく突っ込んでくる。

2.香港
銅羅湾周辺の狭く入り組んだ通りで人が多すぎてまともに走れないので、「そこのけそこのけ、フェラーリ様が通る」とばかりにクラクションを民衆に向けて鳴らす。

3.シンガポール
信号のないところでの道路横断において、車が譲ることは無い。確か、歩行者は横断歩道以外を横断してはならないという法律があったような…

車と歩行者平等社会

4.5.インドネシアと中国、パリのガルニエ・オペラ前
歩行者と運転手はアイコンタクトをかわし、民がヒョコヒョコと横断していくのが一般的だ。車と人が集中しすぎ、発展が急速すぎて、信号を設置するペースを超えている。また国土が広すぎて、信号を密度高く設置すると国家予算が破綻する。車と歩行者の関係には両国はほとんど差がないが、深圳・羅湖駅前のバスやタクシーなどは、歩行者をかなり優先する傾向にある。ガルニエ・オペラはモータリゼーション時代以前の都市設計を保存しているのだろう。またパリで多くある放射線状道路とラウンドアバウト。代表例はガルニエ・オペラ(ここはラウンドアバウトじゃないんだが)とエトワール凱旋門だが、ガルニエ・オペラの中心だけ(少しでも外側には信号がある)は信号がない。

歩行者優先社会

6.日本
ご存知の通り。バンコク帰りの日本だと、横断する時に、思わず車が通りすぎるまで止まってしまう。私を認識したバスが親切にも止まってしまい、迷惑をかけてしまうことも。

7.パリ
歩行者は赤信号でも安全と踏めば渡たる。アジアで慣らした私も本来そうなのだが、右側通行に慣れず。横断の際は左右両方見て…どっちから車が来るんだっけ?とか考えているうちに青になる。

パリの内部では、アジアの主要都市で必須の高速道路と立体交差を見たことがない。数百年前の都市設計のままで、これだけの人口集中をさばけるのは凄い。地下鉄の導入が、近代社会対応のインフラと言え、地下鉄の駅は普通1km間隔だが、パリは500m以下間隔である。かつ普通3~5分間隔の運行だが、パリは2分…いや、もっと短いかもしれない。パリの地下鉄の駅間隔・運行間隔が短く便利なのは確かだが、地下鉄だけで渋滞を解消できるとは思えない。ぐぐろう。

大気汚染とステッカーによる車両交通規制。だよなぁ…。世界の大都市がみんな高速道路で対応している中で、モータリゼーション以前の都市設計で渋滞が起こらないはずがない。良かった良かった。

パリの違法駐車は香港・大阪並みにひどい。路駐も二重駐車もあたりまえ。大阪はなぜだか知らないが、香港とパリは昔から変わらない道路で、駐車場設備などを作ることができないから。

食と文化の謎 7/7~最善採餌理論

ミルク・ゴクゴク派と飲むとゴロゴロ派

ロバート・ロウイーの本に出会うまで、私はミルクについて何も知らないも同然だった。彼は有名な人類学者で、人間の「気まぐれで不合理な」食慣習の事例をいろいろ集めるのが好きだった。ロウイーは「中国人、日本人、朝鮮人、インドシナのひとびとがミルクを飲むことに深い嫌悪感を持っているという、驚くべき事実」を発見した。私もびっくりした。中華料理の愛好家であり、よく食べに行く私としたことが、中華料理にメニューにミルク料理が一つもない、ということに全く気が付かないでいたのである-魚や肉料理にクリームソースが使われていない、チーズものっていなければスフレもない、野菜、麺、ご飯、まんじゅうにバターが使われていない。

ラクターゼ不受容の地理的分布を眺めてみれば、中国人やほかの東アジア、東南アジアの人々がなぜミルクを嫌悪するのか、まったく自明なことのように思われる。つまり、彼らはラクターゼ欠乏であり、消化できないからミルクを嫌ったのだ。この点に関して中国人はなぜインド人と違っていたのか。東洋で酪農を嫌った地域ではインドの農耕システムのような動物を使ったスキ耕作に依存しない、集中的灌漑農耕が行われていた。インドのように大量の使役動物を村の中や近くに飼っておく必要のなかった中国では、雄牛を生ませるために大量の雌牛を飼う理由などなく、それゆえ、動物を農耕に使う副産物としてそのミルクを利用しようなどという気は、まったく起きなかった。

昆虫栄養学

生態学者は、最善採餌理論というものを考えだした。この理論は、動物は、手に入れられるものの中でもっともコスト/ベネフィット比のよい「お徳用」食料を選んでいることを言っていると同時に、特定の食物がどういう条件になるとコストがかかりすぎるようになって、採集したり捕まえるのに割が合わなくなるのかを正確に算定する方法も示している。最善採餌理論によれば、狩猟者、あるいは採集者は、捕獲採集に費やす時間に対して、獲得できるカロリーの比率が最も高い種類のものだけを、捕まえたり集めているであろう、という。

実例で説明すると、いま、ある森に野豚、アリクイ、コウモリの三種だけがいるとする。さらにその森で探し回っての豚を見つけるのに4時間かかり、処理(しとめ料理その他にする)に2時間必要で、カロリーが2万だと仮定してみる。さてアリクイの処理時間も同じく2時間で、しかしカロリーの見返りは1万だけの場合、狩人はアリクイに出会ったら追いかけるべきであろうか。

4時間の探索で野豚しか得られなかった場合、狩人のカロリー収益は

20000カロリー/(4時間+2時間)=3333カロリー/時間

狩人がアリクイも捕まえることにしたら

(20000+10000)/(4時間+2時間+2時間)=30000/8=3750カロリー/時間

3750カロリーは3333カロリーより多いのだからアリクイを見逃す手はない。コウモリの場合はどうか。コウモリの「処理時間」も同じく2時間、しかしカロリー収益は500だけだとすると、狩人はコウモリを取るべきか。

(20000+10000+500)/(4時間+2時間+2時間+2時間)=30500/10=3050カロリー/時間

ダメ。アリクイかの豚を追いかけるのをやめてコウモリをつかまえることにしたら、「時間の浪費」になる。この説は、ある食品-たとえば昆虫-の多寡が、食物「リスト」のなかで占めるその食品の位置にどんな影響を与えているのか、という問題を考えるとき、とくに興味深いものがある。全体のカロリー収益率を下げるような食品は、それがどんなに豊富になろうと、リストに加えられることはない。上位の食品の多寡のみが、そのリストにのる食品の数をかえる。

昆虫は捕まえやすく、重量当たりのカロリーとタンパク質の収益率は高いかもしれないが、大型哺乳類や魚に比べて、また、げっ歯類、鳥類、ウサギ、トカゲ、カメなどの小型脊椎動物とくらべても、大部分の昆虫の場合、それをつかまえ、料理して得られる益は非常に小さい。それゆえ、大型脊椎動物を手に入れる機会が少ない社会ほど、食物品目の幅が広く、そして昆虫類をたくさん食べるのではないかという予想がたてられる。

人肉食の原価計算

人間を食べる人たちが獲物の人間をどうやって調達しているのか、という問題をまず処理しておかなければならないのだ。基本的に食用の死体を手に入れる方法は2つある。食べる人間が食べられる人間を強制的に狩り集め、捕獲し、殺すか、自然死した縁者の死体を平和的に獲得するか、のどちらかである。暴力的手段による死体の獲得は、戦争の一側面である。

多くの部族社会や村落社会で葬制の慣習によって親類の遺体の一部を食べなければならないといっても、それは、たいてい、死者の灰や炭状になった肉、あるいは臼でひいた骨粉である。そんなわずかな量では蛋白質やカロリーの足しにはほとんどならない。もっとも熱帯地域では、骨や灰の摂取は、希少ミネラルをリサイクルする重要な手段であったろう。平和的に獲得する死体が潜在的に持つ食料としての価値に無関心なのは、一つには、そのような食糧の非効率性と健康に対する有害性のためだと考えられる。非効率であるというのは、自然死の場合、たいてい死ぬまでに体重をかなり減らしており、肉があまりに少なく、料理するのにかかる費用を賄えるほど残っていないからだ。健康に有害であるというのは、そういう死体は伝染病の病気にかかっていることがよくあるからだ。これと反対に、戦争で殺したり捕獲したものは、そうした運命に遭遇するまで、良い栄養状態、健康でいた可能性が高い

どの社会でも厳しい制裁があることが、第一次集団内の成人成員が互いに殺し合い食べたりしないようにする防波堤になっている。実際のところ、近親者を殺して食べてはならないというタブーは、人間が集団で暮らし、日々助け合っていかなければならないとしたら、最も基本的な前提条件である。このタブーは、カニバリズムが力ずくで捕獲した死体に対して行われるのであるなら、その死体は社会的に遠い人間-よそ者や完全な敵-のものでなければならない、ということを必然的に意味している。

戦争カニバリズムのコストとベネフィットの予備的概算を少し行ってみよう。戦争を肉獲得のための組織された一つの狩猟形態として見てみると、コストがベネフィットをはるかにオーバーしている。人間は大型動物ではあるが、数匹を捕まえるだけでも莫大な労力がかかる。狩られるほうも、狩るほうと同じくらい機敏で逃げ足が速く、狩についてよく知っている。また獲物動物として、人間はもう一つユニークな特徴を持っている。バクや魚やイナゴとちがって、人間の場合は、その数が狩人の数より多くなればなるほど、獲物としての魅力は減る。それは人間は地球で最も危険な獲物だからであり、狩人に殺されるのと同じくらいの可能性で狩人の何人かを殺すことがあるからだ。最善採餌理論にしたがえば、狩人が出会った人間をとらえることなど、普通はあり得ない。そういうものはパスして、ヤシの木につくイモムシやクモをとったほうが、よっぽどよい

しかし戦争カニバリズムを行う人々は、人肉を目的とする狩人ではない。戦争にいった副産物として人間の肉を手に入れるのだ。だから捕虜の肉を食べるのは、コストとベネフィットの観点から見て、まったく合理的なことだった。非のうちのどころのない上質の動物性食物源をあたら無駄にするのとは全く逆の、栄養を考えれば実に賢い、もう一つの選択肢であり、しかも、フォレ族の場合のような罰則は何も伴っていないのである。捕虜の肉は、余禄の動物性食物として、とくにふだん肉の割り当てが少ない人たち、とりわけ女たちに喜ばれたに違いない。女性はたいてい、肉に飢えていた。そのため、トゥピナンバ族やイロコイ族の女たちが、人食いの宴会を伴う諸儀礼で目立った役割を演じるのである。

捕虜を捕まえ、戦場でそれを食べ、家まで連れ帰るのが軍事的に容易になればなるほど、戦争カニバリズムの程度と規模も大きくなるのではないか、と予想されるだろう。この予想が当てはまるのは、首長制の社会発展段階までである。国家という政治組織形態が登場するとともに、戦争カニバリズムは突然という感じで行われなくなる。国家レベルの社会と、部族あるいは村落レベルの社会との間には、根本的な違い3つある。国家レベルの社会は、第一に、農民や労働者が大量の余剰食物その他生産できる生産力の高い経済を持っている。第二にそういう社会は、征服した領土と人民を一つの政府の傘下に置くことができる政治組織を持っている。第三にそういう社会には、平民や従属民から貢物や税を取り立てることによって政治的及び武力的な力得ている支配階級が存在する。国家レベルの社会の農民と労働者は、一人一人が余剰の生産物と労役をうみだすことができるので、国家の人口が多くなればなるほど余剰生産物の量が増え、税と貢物の基盤が大きくなり、支配階級の力が強固になる。これとは逆にバンドや村落社会は、大量の余剰物を生産できない。バンド社会や村落社会には、打ち負かした敵を中央政府のもとに組み入れられるような軍事的、政治的な組織がないか、あるいは、税の徴収による駅にすがっている支配階級がない。それゆえ、バンド社会や村落社会にとって、勝利者に最も益をもたらす戦略というのは、近隣集団の人間を殺すか、追い散らして、資源に対する人口圧力を低めることである。余剰物を生み出せない捕虜を、奴隷に使うために連れてきても養わなければならない口がもう一人分増えるだけである。捕虜を殺し、食べてしまうということは当然考えられる結果である。

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食と文化の謎 6/7~牛肉とハンバーガーの法的定義

牛肉はどうして最後には王者になったのか。それは、牛肉生産と市場システムの変化があいまってのことであり、それが第二次世界大戦以後に出現したライフスタイルにうまくあっていたからである。20世紀が進むにつれて、アメリカ合衆国の牛肉生産において放牧地が果たす役割は縮小するばかりだった。「肥育用牛」の飼育にかける時間と仕上げ肥育にかける時間がどんどん短くなっていった。品種改良、人工的な牧草栽培、科学的経営によって、肥育用牛は、今や4か月で400ポンドに育てることが可能だ。それらは牧場主から肥育業者に売られ、そこで生コントラックのような機械で最適温度に温めて日夜与えられる混合飼料をなかば強制的に食べさせられる。なかには高蛋白大豆、魚粉、高カロリートウモロコシ、ソルガム(アワの一種)、ヴィタミン、ホルモン、抗生物質が配合されている。牛たちは日がな食べ続け、夜を昼に変えるまばゆいばかりの照明の下、夜通し食べ続ける。かれらがどんなに食べようとかいば桶はいつも餌であふれ、ここでの4か月でさらに体重を400ポンド増やし、解体処理を待つばかりとなる。

牛肉の生産方法の変化とともに重要だったのは、牛肉の消費形態の変化である。まず最初に、郊外に家を持つ階層が育ち、庭を調理と客のもてなしに使うようになった。都市から郊外に逃れてきた人々にとって戸外での炭火焼きは、鬱積したリクレーション願望とグルメ願望の成就に他ならなかった。裏庭の炭火焼きは、食堂も鍋もいらない便利さの上に、手早くできる料理なので、夫が主人役を務め、昔の首長のように祭を主催し肉をふるまうという大役を演じることが多かった。そして、このような裏庭の肉分配者が網に乗せたのは牛肉だった。裏庭料理では豚のひき肉を使うのは技術的に難しかった。豚肉のパテを網で焼けば下に落ちてしまうし、フライパンで焼くのでは、わずらわしい台所仕事からの解放という意味がなくなってしまう

それより大きな問題は、豚肉には寄生虫の恐れがあるために、牛肉よりも長い時間をかけて料理する必要があることだった。信じられない話だが、合衆国農務省は豚肉の寄生虫検査を行っていない。豚肉の中のセンモウチュウを探すには顕微鏡検査しかないが、その方法では時間と費用がかかるわりには十分な効果が望めない。その結果、アメリカ人の約4%は筋肉中にセンモウチュウが住みつき、症状が出た時にも、軽い風邪ぐらいに思い過してしまう。顕微鏡検査はしないかわりに、1930年代、農務省の公衆衛生局とアメリカ医学協会は、豚肉はピンクから灰色にかわるまでよくよく火を通すようにという徹底した教育活動を行った。この警告に従って灰色になるまであぶると、豚肉はすっかりかたくひからびてしまうので、豚の厚切り肉の炭火焼きは影をひそめることになった。バーベキューやスペアリブは脂肪が多くよく焼いてもやわらかくて肉汁も残るので手軽な解決策だが、ハンバーガーやステーキよりも肉がずっと少ないうえに食べづらく、パンにものせられないので、便利な食べ物としてはハンバーガーよりも分が悪い。

郊外への人々の移動に続いて、ほどなく他の社会変化も起こり、それがまたアメリカ人の牛肉好きを助長した。それは、女性の社会進出、共稼ぎ家庭の形成、フェミニズムの台頭であり、しだいに強まる女性の鍋、流し、レンジに対する反感の増大だった。このような社会変化は戸外での盛大な牛肉パーティーの舞台をしつらえただけでなく、アメリカが世界の料理になした最大の貢献、すなわちファーストフードのハンバーガーを登場させることになった。賃金獲得者が二人いる戦後の新世代の家庭にとってファーストフード・ハンバーガーのレストランは-たとえ持ち家がなく、裏庭でバーベキューができなくとも-戸外で食事し、台所仕事のわずらわしさから解放される機会を与えてくれた。しかもその費用は、家庭でほどほどの料理をつくったばあいと大して変わらない額で済んだ。とくに、働いている女性がよくするように、主婦の家事労働をお金に換算するなら、十分見合う金額だった。

私に言わせれば、ファーストフード・レストランの台頭は、少なくとも社会的には、人間を月に送り込んだのと同じくらい重大な出来事だった。かのエドワード・ベラミが、社会的反響をよんだユートピア小説『ルッキング・バックワード』の中でした予言が思い起こされる。彼は社会主義の医大の業績の一つは、資本主義的な食事をやめさせることだと言っている。ベラミの小説中の主人公は。1887年に眠り、夢の中で目覚めると、そこは2000年の世界だった。色々な驚きに出会う中で、彼にとって最も印象深かったのは、アメリカ人がここに買い物をし、料理を作って食事をすることが無くなっていることだった。そのかわり彼らは、新聞に出たメニューをもとに注文を受けて地域の調理場で作られた料理を気持ちの良いクラブで食べるのだ。マクドナルドもウェンディーズもバーガーキングも、ベラミが思い描いたような高級料理や豪華なサロンこそないが、快適に外で食事するという夢の実現に、かつて例を見ないほどに使づいて見せた。資本主義のただなかで成長をとげたマクドナルド、ウェンディーズ、バーガーキングは、中央集権化、効率化、共同化という条件が意味をなさない-食べものは安くて栄養がある上に、いくらでも即座に食べられる。誰も待つ必要はなく、皿その他の食器類は使い捨てだから洗う手間もいらない。

豚肉をファーストフード・レストランのブームに組み込むためのてっとり早い解決策は豚肉と牛肉を混ぜたハンバーガーを売ることだった。現に、フランクフルトソーセージは牛豚あいびき肉の製品で、しかも長らく豚肉産業を支えている屋台骨の一つだ。しかし、どのファーストフード会社も、今のところ、そのような商品を売り出そうとはしていない。合衆国で売られているハンバーガーはすべて、フランクフルトとは違って、牛肉だけでできていて、他のものは一切混ぜていない。たいていのアメリカ人は知らないが、そのわけは簡単だ。法律上、100%ビーフ以外のハンバーガーは存在しないのだ。合衆国農務省令は、牛肉以外の脂身をふくまないひき肉のパテをハンバーガーと定めている。もしごくわずかでも豚肉かその脂身が入っていれば、それは「パテ」、「バーガー」、「ソーセージ」とは呼べても「ハンバーガー」とは呼べない。言い換えれば、政府の定めるところによって牛肉産業は、アメリカでもっとも人気の高いコンビニエンス・フードの特許権ないしは登録商標をもっているというわけだ。現行法規(連邦法1946年、319・15のB)には次のようにある。ハンバーガー 「ハンバーガー」とは、生と冷凍、あるいはそのいずれかの細切れ牛肉に、ときによって牛の脂身、そして調味料を加えたものとする。それには30%以上の脂身、水、リン酸塩、つなぎ、増量剤を加えてはならない。牛のほお肉は、本条の(a)項で定めた条件にしたがって、ハンバーガーの調理に使うことができる。

豚のひき肉は食べても差し支えない。牛のひき肉もしかり。しかし、両方を混ぜて、それをハンバーガーとよんではいけない。それでは、まるでレビ記の再現のように、うさんくさい話だ。しかし、本来の豚肉タブーもそうだが、ある面では無意味にみえるものが、別の見方をするときわめて実際的な意味を持っているものだ。この規定の核心は、牛ひき肉の脂肪含有率はひくまえの肉そのままであるのに対し、ハンバーガーは100%牛肉製品でなければならないと言いながら、30%まで脂身をまぜてハンバーガーが作れるわけだ。次に牛ひき肉について定めた法規を上げ、関係箇所に傍点を施した。

牛こま切れ肉、牛ひき肉 「牛こま切れ肉」あるいは「牛ひき肉」は、生と冷凍、あるいはそのいずれかの牛肉をこまぎれにしたもので、調味料を加えても良いが、牛の脂身を添加してはならない。また脂身は30%を超えてはならないし、水リン酸塩、つなぎ、増量剤を加えてはならない。

この難解な定義と不可解な禁止が意味するところは、つまり、どちらも片方だけでは売り物にならない成分-ある種の牛肉とある種の牛の脂身-を混ぜ合わせたものがハンバーガーであると、連邦政府がお墨付きを与えたということだ。いつの時代も、一番安い牛肉は、仕上げ飼育のできていないやせた放牧去勢牛だ。しかい、この肉をひいてそれだけでハンバーガーを作ろうとしても料理の途中で崩れてしまう。放牧牛でハンバーガーを作ろうとすれば、万国共通のつなぎ剤である脂肪が必要なのだ。そのばあい、動物性であれ、植物性であれ、どんな脂肪でもその役目は果たすだろうが、パテやソーセージではなく、ハンバーガーを作ろうというのだから、それは牛からとった脂肪でなければならない。ここで話は、飼育用地と、そこで4,5か月も1日24時間トウモロコシ、大豆、魚粉、ビタミン剤、ホルモン剤、抗生物質を取り続ける牛に移る。こういう牛は太っていて太鼓腹をしていて、解体した後でそれをそぎ落とさなくてはならない。つまるところ、飼育牛の脂肪と痩せた放牧牛が産業用ひき肉機のなかで合体し、やがて国民的な食糧であるハンバーガー用肉に変身して姿を表すのだ。もし、ハンバーガーを、豚肉と牛の脂身、または牛肉と豚の脂身でつくったなら、あるいは肉と脂身を別々の牛からとることが禁止されたなら、牛肉産業自体が一夜にして崩壊してしまうだろう。

ファーストフード企業は、安いハンバーガーを作るのに飼育牛の無駄な脂身が必要だし、飼育牛業界は、飼育牛のコストをさげるためにハンバーガーが必要なのだ。その関係は象徴的で、あなたがステーキを食べれば、他の誰かがハンバーガーが食べられるようになるし、その逆に、あなたがマクドナルドでハンバーガーを食べると他の誰かがリッツで食べるステーキに助成金を出していることになるのだ。豚肉と豚の脂身がハンバーガーからしめだされたのは、豚肉生産者よりも牛肉生産者のほうが政界に大きな影響力を持っていたからではないかと思われる。牛肉産業は長い間比較的少数の大規模な牧場主や飼育会社に支配されてきたのに対し、豚肉産業を担ってきたのは比較的多数の中小規模農場だった。二者のうち、集中化が進んでいる分、牛肉産業のほうが農務省の法規に対して影響力を持てるのであろう。

厄介な問題が残っている。脂肪の少ないハンバーガー用肉の最も安いものは、オーストラリアやニュージーランドなど、人口密度が低く牧草地が豊富な諸外国にある。ファーストフード・チェーンは、放っておいたら肉のほとんどを外国から買ってしまう。そういうことにならないように、連邦政府は、牛肉輸入を制限する割り当て量を定めている。それでもアメリカ人が消費する牛ひき肉のほぼ20%は外国産である。外国産の牛肉がどのようにして消費者の胃袋に入るか、詳しいことはだれにもわからない。ひとたび税関を通過してしまうと、それがどこをとおり、加工業者はそれをどう処理したか、記録を残している仲介業者はいない。ファーストフード・レストラン・チェーンのなかには、自社のハンバーガーは100%牛肉かつ100%国内産であると強調するものもある。しかし、一方では沈黙を守るものもあって、アメリカ人の肉事情にさらに一つ謎を加えている。

結局のところ牛肉は、100%ビールのハンバーガーの影響によって、つい最近になって豚肉より優位になったということだ。仕上げのできていない放牧牛の肉と、飼育牛の余分な脂身をむすびつけることによって、ファーストフード・チェーンは、穀物を肉に変える変換器として豚肉のハンバーガーを分類上の変則物として禁止したことは、レビ記のタブーと比較的類似以上の意味を持っている。

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食と文化の謎 5/7~牛肉出世物語

アメリカ人は一人当たり年間150ポンドの「赤身肉」を食べる。その重量の60%はビーフと子牛肉(ヴィール)、39%が豚肉、1%が子羊肉(ラム)と羊肉(マトン)で、ヤギ肉の量はあまりにわずかで数字にならない。

1632年、プリマス植民地には、6頭のヤギ、50頭の豚、そしてたくさんのメンドリがいた。ようやく翌年になってやってきた牛は肉用ではなく乳用だった。初期の居住地ではどこでも、牛よりも豚やヤギや羊のほうが大切な肉減だった。1633年、マサチューセッツ・ベイ植民地について記述したウィリアム・ウッドは、「4000人の住人に対して、牛は1500頭、ヤギは4000頭、豚は無数にいて、とても貧しいなどといえようか」と言っている。1634年のジェイムズタウンでは、「良家」が食べる「赤身肉」は豚肉と子羊肉だけだった。植民地の夕食テーブルから最初に締め出された「赤身肉」はヤギだった。乳牛が植民地のミルクの需要を十分に満たすようになるとすぐに、ヤギはめったに口にされない肉になった。植民者はヤギを主にミルクの供給源として飼っていたから、肉は副産物だったのだ。ミルクと肉の供給源としてヤギが牛に勝てるのは、牧場が小さく草が乏しいときに限られる。しかし、植民地アメリカにあったのはそれとは正反対の条件だった。

羊肉の場合はどうか。羊肉は-とくに子羊肉-は味覚の点でヤギ肉よりかなり上位にランクづけられているが、牛肉や豚肉よりはるかにしただ。羊肉もヤギ肉が衰退したのと同じ理由で、食べるに悪く、考えるに悪い肉となった。羊肉や子羊肉が副産物である場合には、羊は大量に肉を供給する効率よい動物となりうる。それだからこそ、伝統的なイギリス料理で羊肉や子羊肉が重んじられるのだ。羊毛用の羊飼育の副産物だった。アメリカ人がヤギと羊を飼育し食べることに興味を失ったのは、一つには、それにかわるものとして豚肉、牛肉、子牛肉がたやすく手に入ったからだ。植民地時代の生態学的・人口学的条件下では、ヤギや羊に比べて豚や牛のほうが効率よい肉源だったことが最近まで豚の牛の二つがアメリカ人の最も好きな肉の首位の座を巡って争うことになった理由なのだる。

うっそうとしたアメリカの森林は、豚飼育に特に好都合な環境だった。植民者がインディアンとオオカミを追い払い、どんぐり、ブナの木の実、ハシバミの実をひろったあとの森に「森豚」とよばれる頑強な品種の豚をはなすと、ほうっておいても自力で生きた。北部の植民地では、豚は放し飼いにされ、自分で餌をあさって生き、冬には囲いの中に入れられた。ヴァージニア以南ではメス豚がトウモロコシを餌に囲いの中に呼び込まれる狩集の時期を除いて、1年中放し飼いだった。殺す前の一か月ほどもトウモロコシを与えれば、肉がしまり、すばやく体重が増すことを農民は古くから知っていた。1700年にはすでに、トウモロコシでの仕上げは市販用豚生産の方法として確立していた。豚とトウモロコシの結びつきは、まさに神の恵みだた。豚牛の5倍の効率でトウモロコシを肉に変えることができる。

農業のフロンティアがアレゲーニー山脈を越えて中西部に進むにつれ、豚、牛、トウモロコシ生産の中心地も一緒に移っていった。土壌と気候は、トウモロコシに理想的だった。道路網が未発達で馬車での輸送には多大な経費がかかった当時のオハイオ盆地では、売り切れないほどのトウモロコシがたやすく収穫できた。余剰トウモロコシをさばく最良の方法は、それを豚や牛に食べさせ、育った家畜を、東部海岸の諸都市まで山を越えて歩かせることだった。(本当を言えばバーボンにして瓶につめ、船で輸送することだったのだが、連邦政府は蒸留酒製造業者に課税し、「ムーンシャイン」(密造ウイスキー)を違法としていた)

輸送手段が発達すると、コーン・ベルトの農民は森豚の飼育をやめ、目方と脂肪の多い品種の飼育に切り替えた。この「ラード豚」は、仕上げの時だけ飼料を与えるという従来の方法を取らなかったが十分に採算が取れた。それはほとんどトウモロコシだけで飼育されてシンシナティに搬送され、解体されたのだが、その量たるや莫大でシンシナティは「ポーコポリス(豚の都市)」と呼ばれるようになったほどだ。コーン・ベルトが広がると、農民は豚のほかに肉牛も飼うようになった。牛は大草原の草と干し草を食べて育ち、仕上げにトウモロコシで太らされてから、山を越えて東部の諸都市までひかれていった。そういうとき、牛は途中で売られているトウモロコシを食べ、豚はそのあとをついていき、未消化のトウモロコシかすがたっぷり含まれた牛の糞を食べていたものだ。

以前には、牛肉と豚肉のどちらのほうが好まれていただろうか。植民地時代後期と19世紀初頭には、塩漬け肉と樽詰め肉に関する限り、国内のほとんどどこでも豚肉のほうが好まれた。そのなによりの証拠に、豚肉のほうが牛肉よりはるか多量に生産されていたにもかかわず、つねに塩漬け豚肉のほうが塩漬け牛肉より値段が高かった。たとえば、1792年のフィラデルフィアでは、豚肉一樽が11.17ドルだったのに、牛肉一樽はわずか8ドルだった。この不釣り合いは南北戦争勃発時までつづいた。

ニューヨークやニューイングランドでは、豚肉好きはそれほど昂じなかったようだ。ニューヨークを例にとって考えれば、北部人は豚の生肉や保存肉よりも牛の生肉を好んだ。ニューヨーク市では、1854年から1860年の間、年平均1億3200万ポンドの牛生肉が卸売されたのに対し、豚肉はわずか5300万ポンドにすぎなかった。北部人が豚肉に対して関心が薄いことの理由の一つに、南北戦争の前、北部では豚が羊に比べて少なくなったことがあげられる。1860年当時のヴァーモントの農場では、25頭の羊に対して豚は1.5頭に過ぎなかった。一人当たりの豚の頭数で考えると、南部と中西部では二頭を飼育していたのに対し、北部では0.1頭にも満たなかった。豚が少なくなったのは、北軍の船の建造や製造工業に供するために森が切り倒されたからであり、トウモロコシ栽培がほとんど行われなくなったのは、乳牛の群れを飼うために、耕地が牧場に変えられたからだ。国民的現象としてのアメリカ人の牛肉好きは、海のかなたのイギリスではなく、ミシシッピー川をわたった大平原にその端を発しているのだ。ここは、豚ではなく牛の飼育にこそ最適な場所だった。そして、草原を牛にとって安全な場所にするためになすべきことは、二世紀前に森を豚にとって安全な場所にするのに必要だったことと同じだった。つまり、インディアンとオオカミを追い払うことだった。ここでは、もう一つ、バッファローが問題となった。飼いならされた動物ではないので市場まで歩かせるわけにもいかず、そのうえ商業的価値はほとんどなかった。そこでバッファロー・ビルのような狩猟者たちは、バッファローを撃ち殺し、現場で皮をはぎ、解体して、選んだ部位を馬車にのせて鉄道敷設の飯場やフロンティアの街に運び、牛にとって安全な草原づくりに一役かったのである。バッファローが姿を消すと、あとは牛の天下、はてしもない大草原で思う存分草をはみ、処理できないほど急速に数を増やしてしまい、当然、牛肉は安くなり軍隊は牧場主から牛を買ってインディアン保留地に供給し、インディアンを飢えから守った。

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食と文化の謎 4/7~馬は乗るものか、食べるものか

アメリカ人はなぜ馬肉を食べないのだろうか。馬肉の謎は、他の文化を広く見渡すと、さらに深まる。ヨーロッパ大陸の大部分の民族は馬肉を食べる。フランス人、ベルギー人、オランダ人、ドイツ人、イタリア人、ポーランド人、ロシア人、みな馬肉を食べるに良いものと考え、1年間にかなりの量を食べる。フランスでは3人に1人が馬肉を食べ、一人当たりの平均年間消費量は4ポンドであり、これはアメリカにおける子牛の肉、ラム、マトンの一人当たり平均消費量より多い。第二次世界大戦後、販売量は減少しているものの、フランスにはまだ3,000軒の馬肉専門の肉屋がある。

馬肉食は奇妙なアップダウンを繰り返してきている。石器時代にさかのぼると、旧世界の狩人たちは野生の馬を貪り食った。馬を最初に手なずけ家畜化したアジアの遊牧民は、北ヨーロッパのキリスト教化以前の人々と同じく、馬肉を消費し続けた。馬肉に対するタブーがはじめてあらわれるのは、中東に古代帝国が起こったときである。ローマ人も馬を食べるのを拒否した。そして、中世初期には教皇の布告によってすべてのキリスト教徒に馬肉が禁じられると、馬はヨーロッパにおける聖なる牛に今にもなりそうな気配だった。ところがフランス革命の頃、馬肉はヨーロッパの食卓に復帰し始める。19世紀の終わりには、ヨーロッパ人-イギリス人を除く-は再び馬肉を大量に消費するようになっていた。第一世界大戦の直前にはパリジャンは年間1万3000トンも食べていた。ところが第二次大戦後、趨勢は再び逆に向かう。

石器時代の馬狩りの良き時代はたちまちに過ぎ去った。少なくとも地質学的に言えばたちまちである。気温がどんどん上がっていった。草原は森林に代わり、馬はもはや西ヨーロッパで群生できなくなった。しかし、アジアのウクライナからモンゴルに続く樹木のないステップ地帯はまばらに生えた草でおおわれ、野生馬の生き残りの群を養えた。人類が馬を飼いならし、家畜にくわえたのは広大な半砂漠の草原地帯だった。馬が家畜化された正確な場所と時は特定できない。しかし、それが起きたのは他の家畜に比べてずっと後ということだ。

馬はアジアの遊牧民にとって最も重要な生産手段であり、また、かれらが最も誇りにする財産だった。しかし、だからといって英雄や「有力者」の宴のために肥えた雌馬を殺すのを禁止することにはならなかったし、結婚式の客に煮た馬の頭や馬肉ソーセージをふるまうのを禁じることにもならなかった。その点に関して、中央アジアの遊牧民は前章で議論したアラブの中心地域のラクダ遊牧民ベドウィンによく似ている。長い旅の間、馬肉は非常食として欠くことができなかった。のちのモンゴル軍の行動から判断して、馬肉を食べる自由は彼らにとって軍事的に必要だった

馬肉対するタブーが最初に現れたのは、おそらく、アジアと中東の人口密度の高い農耕文明が周囲の遊牧民から馬を取り入れ、自分たちの必要に合わせて馬を利用するようになった後に違いない。中東の初期の諸帝国は多くの人口と反芻動物の群を抱えていたから、大量の馬を飼うのは困難だった。馬は草を食べるので豚ほど人間と競合しないが、牛、羊、ヤギよりはるかに多くの草を必要とする。自然の牧草を食べて育つ馬は、自分の体重を維持するのに牛や羊より33%多くの草を必要とする。また、キルギスでは、雌馬の搾乳は、ちょっとした間違いでも非常に危険なため、経験豊かな熟練者だけに任されている。

農耕文明はなぜ馬を欲しがったのか。馬が家畜化され引具をつけて荷馬車をひかせる技術ができるとすぐに、馬はある使われ方をされるようになり、それが中世まで馬を飼う一番の目的になった。アジアの周辺起きた古代農耕文明は、馬を戦争用のエンジンとして欲しがったのだ。馬を騎兵の乗り物として使い始めたのは紀元前900年ごろ、アッシリア、スキタイ、メディア帝国が起こった頃である。その後、鞍とあぶみが発明されるとともに戦士は馬に乗ったまま剣を振るい、槍をつき、矢を射ることを習得しなければならなくなった。

ローマ帝国の崩壊の根本的な原因を説明しようと多くの説が出されている。しかし、ローマの社会的、政治的問題には他に何か原因があったのではないかという反論の心配などする必要なく、ローマ軍に敗北をもたらしたのは馬だ、と言い切ることができる。南ヨーロッパは、人間と反芻動物が高密度で住み、しかし自然の牧草地を欠いていたので、戦争用の馬を大量に買うのに適していなかった。そのうえ、生粋のローマ人は優れた歩兵ではあったが、騎馬兵としては不慣れだった。ダニューブ川のむこうから馬に乗って帝国を脅かす野蛮人から国を守るため、ローマ人は野蛮人の騎馬兵-スキタイ人、サルマチア人、フン族-を雇っていた。

ダニューブ川の対岸に、一人馬の数の方が多い部族が次々に現れては国境を脅かした。それら「野蛮人」にローマ帝国は結局屈服した。ゴート族と西ゴート族は紀元378年にアドリアノープルでローマ軍を破り、410年にはローマ市そのものを奪った。ヴァンダル族はゴール地方とスペインを席巻し、429年、はるばる北アフリカに至った。ずっとのちに中国からハンガリー平原まで、ユーラシアを征服したモンゴルの騎馬民も同類だった。

632年のマホメッドの死からわずか70年後、将軍アル・タリクに率いられたイスラム軍は、後年ジャバル・アル・タリク、(つづめて言えば)「ジブラルタル」、つまり「タリクの山」と言われるようなる岩場に到達し、スペイン侵略をうかがった。70年の間に、彼らは楊度をメソポタミアから大西洋に前広げていた。彼らが最初にアラビアを征服できたのはラクダのお陰だったが、それ以後は馬が彼らの主要武器だった。彼らの征服の異常に速いペースは、小型の、足の速い、丈夫な品種の馬に乗っていたためと言ってよいだろう。その馬は「今日アラブ種と呼ばれている馬の特徴である凄い耐久力と勇気を雄も雌も持っていた」。

グレゴリー三世の勅令以後、足を怪我したり病気になったり年老いた馬以外は、あるいは飢饉や籠城の時、非常食として必要になったとき以外は、ヨーロッパのどこでもめったに殺されなくなった。馬はまだ極めて経費のかかる動物だった。とくに北ヨーロッパの人口密度が南ヨーロッパの人口密度に近づき始めるにしたがって、また森や高地、残っていた自然の牧草地が姿を消すとともに、ますますそうなった。しだいに、穀物、南では大麦、北ではからす麦、で飼わざるを得なくなり、そのため人間と食物をめぐってもろに競合するようになったのだ。

中世には、馬を持つのは騎士、貴族であることのしるしだった。フランス語で馬を意味するシュヴァルを語源とする「シヴァルリ(騎士道)」という言葉がそのことをものがっている。そのことは領主から馬と甲冑を維持するに足る土地と人間を与えられ、そのかわり軍事的奉仕の義務を負う重装備の騎兵-ナイト(騎士)-に与えられた誉を表している。そういう見方を取れば、封建制度とは本質的に、重騎兵を供給するための軍事的契約だった。しかし、どの馬もそうできるわけではない。ドン・キホーテのロシナンテを思い出してほしい。騎士と120ポンドの甲冑、各種の剣類を負えるだけの大きな馬でなければならなった。16世紀の終わり頃には、良い戦馬は奴隷以上の価値があった。歴史家フェルナン・ブローデルは、フローレンスのコシモ・デ・メディチのような金持ちでも、たった2000人の騎兵の私兵を抱えるだけで破産してしまうだろう、と言っている。スペインがポルトガルを併合できなかったのは馬が足りなかったからだ。ルイ14世治世下のフランスは、戦闘中の軍を維持するのに、毎年2万~3万の馬を輸入しなければならなかった。アンダルシアやナポリで純血種の馬を買うには王の許可が必要だった。

増加する馬を養うため、農民はからす麦の生産を増やさなければならなかった。それは農地を三分することによってなされた。一つは休閑地にし、一つには秋まきの小麦をうえ、一つには春まきのからす麦を植える方法がとられた。馬にスキをひかせ、肥料を使い、畑を毎年後退させることによって、農民は馬を買えるうえに人間の消費用の穀物と家畜の生産高も上げられた。馬の力と三圃農法への転換は農業の生産性を急激に高めただけでなく、同様に急激な人口増加をもたらした。大農民は小農民をのみこんでいった。農業分野における労働力の必要量が減った。町や都市への大量移住を引き起こし、富めるものと貧しいものの間の富の分配の差を広げた。残っていた森はからす麦の作付を増やすために切り払われ、その結果、一般家庭の食卓に供される肉の量が減った。家で飼われていた豚は姿を消し、飢えと栄養不良が増えた。多くの人々にとって技術の進歩が彼らにもたらしたものはまったくの菜食主義の食事だけだった。

そういう困窮化と肉飢餓をしり目に、馬の数は増え続けた。フランス革命直前のヨーロッパには1400万頭、フランスだけで178万頭もいた、と計算している。勅令が何度も-1735年、1739年、1762年、1780年-出され、馬肉食の禁止を強化し、馬肉を食べると病気になると警告した。これは、肉に飢えた人々が禁じられた肉を以前にもまして求めていた証拠である。

1860年代には、パリの馬肉派はグランドホテルやジョッキー・クラブなどで盛んに優雅な馬肉の宴をもよおした。これは1871年のドイツ軍のパリ包囲の時の良い訓練になった。このときパリ市民は、必要に迫られて手当たりしだいに馬-6万~7万頭の馬-を食べた。19世紀末には熱狂的馬肉派は、馬肉生産業を公認化させ、馬肉の品質を保証する政府の検査制度を作らせるまでなっていた。馬肉の公認市場を開設させた圧力は、そういう市場が無かったら、その肉がひそかに、また危険ではないにしても品質が悪くなった状態で売られるであろう不要な馬が大量にいることを前提としていた。19世紀末のフランスには300万頭の馬がいた。その数は1910年をピークに、1950年の200万頭から1983年の約25万頭へと激減した。この減少は言うまでもなく、輸送手段の自動車化、農場での使役動物からトラクターへの代替、軍隊での馬から自動車への交代が原因である。

馬肉に対するヨーロッパ人の好みが奇妙な上がり下がりをくりかえしてきた理由をまとめてみよう。馬が戦争に必要な、稀少で絶滅寸前の動物で、そのうえ他の肉用動物が豊富にあったときには、教会と国家は馬肉の消費を禁止した。馬が増え、他の肉が減ると禁止は緩められ、馬肉の消費量は増えた。この方程式はイギリスにも応用でき興味深い結果が得られる。産業革命が最初に起き、最も早く都市化したイングランドは、18世紀に食糧の自給を止めてしまった。イングランドは、その海軍と陸軍を使って、世界史に例の七つの海にまたがる大帝国を築き、また、自分たちの輸出工業製品の価格に比して相対的に安い値段で食料を輸入できるような貿易交換比率をおしつけることによって、この問題を解決したのだ。イングランドは、18、19世紀にその帝国を広げることで、それまでよりはるかに遠い所にある牧草地の支配権を獲得し、安い値段で自分たちに肉を供給するための家畜を飼えるようになったのだ。

アメリカには約800万頭の馬がいる-世界で一番多い。その大部分は娯楽や競馬や「ショー」のため、また、繁殖用に飼われている。つまり、多くはペットなのだ。馬を食用に飼う精肉産業がアメリカでなぜ発達しなかったのかは理解できる-馬の消化器官が牛や豚に比べて効率が悪いからだ。しかし、他の目的で馬を買う副産物としてその肉を利用したってよいのではなかろうか。最初にいっておくと、アメリカには、実際にはかなりな規模の馬肉精肉業が存在する。ただ、その製品は海外で消費される。アメリカは世界一の馬肉輸出国であり、通貨条件が良ければ、年に1億ポンド以上の生肉、冷凍肉、冷蔵肉を外国に売っている。他の肉よりも安く買えさえすれば、多くのアメリカ人は馬肉を受け入れると思われる。しかし、そういうひとたちも、牛肉および豚肉業界の組織的な抵抗、また馬愛護者の攻撃的な戦術のため、その機会をほとんど得られない。

1980年代はじめ、安価な馬肉製品市場を作ろうとした。最上馬肉を同等クラスの牛肉より高い値段でアメリカ人に買わせようとしても無理と知ったコネティカット州のハートフォードのM&R精肉会社は、前肢部分の肉を使った加工馬肉「ステーキ」や「ホースバーガー」を売り出した。国際市場で馬の前肢肉はソーセージかひき肉用に使われており、同部位の牛肉よりはるかに安い。3つの海軍店での売り上げは、牛製品を大幅に下回る低価格馬肉製品ということで大いに上がった。レキシントン街と53番街の売店では客が列をなし、ニューヨーク市民がそのうち「ベルモント・ステーキ」と呼び始めたその味に舌鼓をうった。しかしM&R社のこの実験は短命だった。怒った自称馬愛好家やアメリカ馬協会、動物人道協会、アメリカ馬愛護協会の不満の声が、牛肉ロビイストたちの耳をとらえるようになった。モンタナ州選出の上院議員ジョン・メルチャーとテキサス州選出のロイド・ベントソンは、海軍長官のジョン・F・レーマン・ジュニアに、強い失望の意を伝えた。海軍は兵士に馬を食べさせているという印象を与えたら、志願兵を集められなくなるのではないか、それに、そうでなくても牛は生産コスト以下で売られているのだし、不況とコレステロールで評判が悪いために牛肉消費量が落ちているのに、というのである。その後まもなく三か所の海軍売店は、どれも馬肉を売るのをやめた。次に、なぜアメリかでは牛肉が王になったのか、という謎に進もう。

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海外居住の日本人の特徴 パリ・差別とかは無関係

パリ症候群 憧れを抱いてパリに住む日本人を襲う適応障害の一種。

ご丁寧にWikipediaまである。だが俺の見解では、パリ症候群はパリとか関係なく、日本人が居住を移せばどこでも発生する。下記の

2013/07/04 日本一の田舎はどこだ

田舎というのは日本の民族性と同義である。田舎という概念に地域性はあまり関係が無い

と書いたように、島国・ガラパゴスと言われるように「日本の民族性は、田舎もん気質」なのである。だから、パリだろうがニューヨークだろうが、そこに行けないからといって、香港・シンガポール・カナダ・オーストラリア妥協してる組も全部同じ。もっと言おう、海外居住組だけではない、日本の地方都市から見た「東京」で置き換えても同じことが言えるのである。

海外居住の日本人が言ってる文句
1.建物の建てつけ、水回りが悪い。
2.サービスが悪い。
3.物価が高い。

これはパリだろうがNYだろうが、香港・シンガポールだろうがみんな同じだ。そして、恐るべきことに…、田舎から出てきたやつが東京に対して言っている文句もこれと同じだ。

1.一軒家生活に慣れており、東京のマンション生活が気に入らないのだ。上・隣の住民がうるさい、マンション内のお付き合いが…
2.東京冷たい。
3.東京物価高い。

なっ? 同じだろ?

「日本人妻をもつ外国人夫の悩み」 でググってみよう。これで出てくるのはアメリカバージョンだが、これは日本人女性に限ったことではなく、海外日本人あるある。長いので一部を抜粋するが、

・毎日、おかずが醤油味ばかり。(違うメニューだと言うが、基本的に全て醤油味じゃないか)
・自動スプリングクラーの水はもったいないと言っておいて、毎日お風呂に入る。
・ベットを神聖の場所かの如く、パジャマ以外の洋服でタッチするのを毛嫌いする。
二言目には「甘すぎ」と言う
・服や靴下に穴があると大騒ぎをしてすぐに着替えさせる。
・こっちの国や文化、習慣には文句を言うくせに、日本を少しでも批判をすると、なぜムキになって反論するのか?
・食器洗浄機にいれるのに、入れる前にやたらきれいにするのはなぜ?
・溜めた熱いお湯と凄い量のぶくぶく洗剤で洗ったのに、洗剤を流して!と怒られる。僕の国ではぶくぶく洗剤の泡をパッパと切るだけで終わりで、今まで問題なく生きてきたのに。
・日本から、わざわざバスタオルを買って帰る。吸収率が違うだとー?!
・日本に帰ると塩さえ買ってきます。僕の国にも塩はあります「味が全然違うんだ!」と言いますが、塩は塩です。
僕のワイフはアジア人ですと言わずジャパニーズだといえと言われる
・ 妻はいつも何かにつけて、アメリカってこれでも先進国なの?とぶつぶつ文句を言う

原則は2つ。
非科学的で異様に神経質な衛生観念。
日本(自分が知っているもの)が最良であり、それ以外のものは特に論理性は無く、とにかく悪。

日本人はほぼ全員これに当てはまるので、こんな奴との結婚生活、日本人妻の外国人夫の気持ちがよくわかるわ。「お前の主張が分からない。外国人だと思って論理的に説明して」と言いたいところだが、外国人相手にもこういうことを言っているようなので、もう、どうしようもないな。

生活だけじゃないぞ、ビジネスバージョンもある。海外で働く日本人が言っている文句。これもアメリカだろうがイギリスだろうがアジアだろうが、全部同じだ。

海外で働く日本人が言っている文句。
1.気が利かない。
2.働かない。
3.すぐ辞める。

1.気を利かせて、忖度して、言われてもいないことをやるのは越権行為である。トレーディング部門に居ながらにしてシステム開発までやっていた私はSOX法的に問題とされたのだが、これは大和銀行NYの不正事件、取引とバックオフィスを一人の人間がやれば不正をし放題だからである。悪意を持った人間がいたとしても、それをどのように防ぐかが前提となっているが、日本の組織では性善説と信頼が基礎になっている。しかし、それはコーポレートガバナンスを構築しているとは言えない。最近、日本国内でもコンビニなどで外国人が働いており、「レジの前に行列ができているのに、もう一人の奴が商品を配列している。」と文句を言っているのをよく聞くが、「商品を並べてください」と言われたら、それをやるのが世界の常識! 商品を並べるのかレジをすべきなのか判断するのはマネジメントの仕事である。日本では兵隊がマネジメントも兼ねていて、優秀な兵隊とも言えるのだが、それゆえにマネジメントの責任の不明確化の温床ともなっているのである。

2.外国人は、すぐ帰る、すぐ休む。仕事は成果だけ上げて、仕事に使う時間は最小限に務める。これ世界標準の考え方。「日本の会社は結果じゃなくて犠牲を求める」によく表れているように、何の意味があるのだかよくわからないことのために延々会社にいる。学校に行くことではなくて学ぶこと、会社に行くことではなくて仕事をすることだと思うのだが、日本にはそういう考え方は無いw 育児休暇取得率、有休消化率などにも表れているように、法的に休んで良いんだから休めば良いのに、いざ休むと文句を言う。それでブラック企業? お前どっちなんだよ? シンガポールの産婦人科は、夫婦で行くもの、平日の昼間であってもね。日本の産婦人科に私が行こうものなら、他の妊婦さんに睨まれてしまう。子供の問題ってのは夫婦の問題、奥さんはたまたまお腹にいるだけで奥さんだけの問題ではない。

3.愛社精神と終身雇用制度は存在しない。何度も言っているが、ベースアップのWikipediaに、成果報酬がベースとなる欧米では存在しない和製英語、と書いてあるのが笑える。愛社精神こそが、先ほども述べた不正の温床、父子の隠し合い、社員を守る、上司を守るためには、不正もなんのその。それだけでなくプロフェッショナリズムの欠如にもつながっている。すなわち、業務のプロではなく、あくまでも組織の一員、社員・行員なのである。だから辞めないし、というより、会社の外に出たら通じないのが分かっているので辞められないのである。

まとめると、

海外居住の日本人が言ってる文句
1.建物の建てつけ、水回りが悪い。
2.サービスが悪い。
3.物価が高い。

海外で働く日本人が言っている文句。
1.気が利かない。
2.働かない。
3.すぐ辞める。

もうこれ聞き飽きてるし、どこの国行っても同じなので、これ以外のことを発言できる日本人。連絡ください。

パリ市内をエリア別に東京で例える

オペラ地区(9区) 銀座 最も洗練された所
シャンゼリゼ通り(8区) 原宿、東京ベイエリア お上りさん・田舎者集合地区
8、9、1、2、3、4区 山手線内南部・銀座から赤坂などまで含むイメージ ミッドシティ
5,6、7区 セーヌ川南部の川沿い 品川 ミッドシティちょい外れだが十分洗練された地域
ラ・デファンス(パリ市外) 大手町・新宿西口 オフィス街
コンコルド広場からセーヌ川を越えた所(7区) 霞が関・永田町 お役所通り

ここまで。パリは円形をしており、その真ん中をセーヌ川がぶち抜いている。円形の中心部が洗練されており、中心部でもセーヌ川の北側が、8,9,1,2区が中心のそのまた中心と言えよう。観光に来るなら、多少ホテル代がかさんでも上記のエリアに泊まることを推奨する。一方、長期滞在、あるいは、寝るだけの所にカネなんか使ってたまるかという価値観のお持ちの諸君のために続いて解説していこう。

10区 Gare de Nord(巨大な鉄道の駅、地下鉄の駅ではなく鉄道だ) 上野 大きな駅は利便性が高いが雰囲気は悪い。フランクフルトアムメインに比べれば治安の悪さは感じないので、「雰囲気が悪い」に留めておこう。
18区 新大久保・御徒町 Gare de Nordに近く、雰囲気の悪い、移民街。ただし利便性は良い。
11区 裏東京=山手線の上野から池袋の間 特に何もなく最高の立地条件ではないが十分な利便性。

以上の3箇所は私が実際に行ってみた、非中心街だ。だが、行かなくても大体推測できるエリアは、

13,14,15区(セーヌ川南部) 山手線の外 良くて自由が丘や下北沢、東京なんだけどそこ東京なの?みたいな微妙なエリア。だがこのエリアにはおそらく泊まる価値のある割安物件があるだろう。
パリ市内の円形の最外層 東京23区最外層=蒲田、錦糸町、赤羽 東京スラムエリア(あくまで東京スラムなw)
パリ郊外(円の外、パリ市ではない) 川崎、八王子、青梅 ま、もうそこは良いです。

最後2つは以降数年パリに通い続けても立ち入らないエリアだろうが、そこに泊まるくらいなら、パリではなくフランスの別の地方都市にでも遊びに行った方が良いのではないだろうか。ただ、10、18、11区もある意味では中途半端で、利便性だけは保証するが、パリのお洒落な雰囲気とは程遠い。そうならば他のヨーロッパの国で、のんびりと安いワインを飲めるところはいくらでもあるだろう。私も今の程度のライフスタイルしか追求しないのであれば、10,18,11ではないところを、将来的に見つけ、ここには来なくなるだろう。この地区はあくまでそれまでの中継地点であろう。

11区に来て、初めてフランス語が分からないことを障害に感じる。ホテルのフロントが英語が今ひとつ。レストランのメニューがピクチャーメニュー・英語メニューが皆無。スーパーのセルフレジの最初の画面で言語選択ボタンがない。移民街は、そこら辺は完全英語対応していたが、地区によって、こうも変わるかと思うとパリも深い。一方、現地語が話せない状態で生活することになれているので、「フランス・ドメスティック」を感じたい私にはこのくらいがちょうど良い。

オペラ地区を闊歩する謎の中国人美女軍団の正体

パリにおいてのその他細かい変化

ラウンドリー(6kg 5EUR,乾燥機10min 1EUR程度)もあるのだが、利用していない。湿気がアジアに比べると低いので、自分で洗って室内で乾かしてしまえばよい。たまたま泊まったホテルの窓が大きめで、換気がしやすいことも影響している。アジアの場合は、どうしても室内で乾かすと、くさり水のにおいがするので不快だったが、欧州では特に必要ない。

水、ペリエが安いのだが、アルコール度数を考慮するとビールもそれほど割高ではないので、ビール代わりの炭酸ペリエもやっぱり不要。試しに水道水もガブガブ飲んでみた。次の日のお通じに全く問題は起こらない。髪がバリバリになるという石灰水も、リンスをちゃんとしていれば、特に感じない

何気なくスーパーで買った、ハムやチーズとパンとワインをホテルの部屋で食べる…と書いているが、アリやハエをアジアほど気にしなくて良い(ただし居ないわけではない)環境というのも大きいだろう。アジアではワインは割高なだけではなく、その芳醇な香りがコバエを呼んでしまうことがある。だから、アジアでは、焼酎とウイスキー、というのは実は合理的なのである。これらの蒸留酒なら多少こぼしてもアリもハエも来ないw

エイジアン・アクセを装着しなくなった。非観光地域では、アジア人はマイノリティーなので、それだけで十分目立つ。これ以上目立つ必要はないので、グリグリの数珠などはつける気が失せる。タバコや金をくれと言ってくる人がいることと、気候が良いので、夏用のジャケットを着る程度の格好が多く、アジアにいる時より若干小綺麗に見えてしまうので、これ以上存在感をアピールしてスリを呼びたくない。

ペテン観光都市(ドキュメンタリードラマ)、アマゾンプライムで無料。パリはないが、ヨーロッパだとローマとバルセロナにおいて、観光客相手の詐欺行為で金儲けしようとする連中の手口を紹介しているが、スリの集団と路上賭博(3つのカップのどれにボールが入っているか当てる詐欺行為)が出てくる。母のようなアジア人の老婆がパリの観光地を歩いているとジプシーの女の子たちがマークしてきて、スリをするチャンスをうかがっているということだ。私も観光地ではかなり注意深く、スリ集団、ジプシーを見つけようと努力したのだが、「速足で歩き、バックも持たない、若い男(母に比べれば)」には、彼らは近づいてこないらしく、未だに見たことがない。また、パリの路上でも3つのカップ詐欺師はいる。

たまたま歩いていたらホテルの近くで、黒人の集団に「ヤクザ?」と冷やかされてしまった。つまり、スーツではないのだが、暗くなっていれば上下の色が多少違ってもスーツを着た日本人に見える。
スーツを着ている人もアジア人も居ないパリの場末の地域では、歩いているだけで目立つ
証拠だ。

母から聞く限りでは、オペラ・マドレーヌ地区などを歩いていると、ジプシーの女の子のスリ集団、謎の中国人美女2~3人組、赤いカクテルを飲むヨーロピアンガールを毎年いつも見るという。私も2回歩いてみた(合計4時間ほど)が、いずれも見かけることは無かった。ジプシーについては探さなくても、ガイドブック片手に口を開けて歩いていれば向こうから現れてくれるだろう。

酒を飲まない母の話なので推測でしかないが、オープンテラスにて、ヨーロッパ人と思われる女性たちがほぼ全員、グレナディンシロップの真っ赤なカクテルを飲んでいるらしいのだが…、うーん見かけない。

謎の中国人美女軍団は、母曰く「振り返るほどの美人、しかも2~3人のグループで、ものすごいお洒落をしているからかなり目立つ。」とのことだ。ただ、売春婦でもなく、モデルってほど背は高くなく、観光客でもなく、働いているようにも、学生にも見えないお年頃。パリに住んでる感じで、着ているものも相当にお金がかかっているそうだ。

私は直接見ていないのだが、これだけ聞けば彼等の正体が分かる。中国の超金持ちの愛人(2号)の子供である。金持ちの正妻はビジネス戦略上、法律上必要なもので、中国に縛られていて、美人である必要はない。一方、愛人は、顔だけで選んでいるので、異様なほどの美人であろう。だから、その娘も遺伝子を引き継いで美人である確率が高い。中国の金持ちも、美人なだけで一生養うほどお人好しではない。アジア一国一愛人構想の応用、愛人の娘は、中国共産党支配下からいかに資産を逃すかのために利用するのである。なんらかの名目(留学や社長)として、海外に居住させ、資産を保全するのが、彼らが一族のためにできる貢献である。この類の人種は香港には居ないがシンガポールには居る。

パリ生活で割高なものも買う

パリは、ワイン・ハム・チーズは確かに割安なのだが、それだけで生活していると2週間目あたりで、アジアフードが懐かしくなる。醤油・味噌っぽい調味料で茶色く料理された肉類でご飯をかきこみたくなるのである。

日本食・中華料理などのアジアフード(タイ・ベトナム・韓国なども豊富に各所に)であるが、価格の分布はアジア各都市で異なるが、日本を1とすると、バンコク1、マニラ・ジャカルタ1.5、香港・シンガポール2~3くらいのイメージだ。中国は日本食は2だが、中国の料理に関しては異様に安いので、なんとも表現が難しい。事前の調査通り、パリも2~3なので、驚きはしない。確かに香港・シンガポールは割高なのだが、日本食を避け、中華まで広げたアジアフードを許容するのであれば、シンガポールはホーカー、香港ならアイランドサイドではダメだが、尖沙咀より北部のカオルーン、旺角などのチャーチャンテイ、あるいは深圳に行けば、2~5ドル程度で食べることができる。その意味で安く済ませる逃げ道がある。

だが、パリでは、レストランでもお持ち帰りのような店でも2~3倍、つまり10~20ドル(8ユーロ~15ユーロ)程度である。日本食と中華に区別はなく、両方割高でこういう価格である。香港やシンガポールも、レストランの場合は++などの不当なチャージにより、同じレベルではあるが、パリの方が若干質が下がる

この程度で12.5ユーロ。アジア滞在者は質と値段の違いが分かるね?

中華と日本食の質と値段に区別は無いのだが、日本食の例の方が分かりやすいと思うので、それで説明する。街中を歩いていて適当に見つかる日本食の中で、「パリの質の悪さ」が顕著に表れるのが、寿司である。偽物寿司4大指標と私が認定するメニュー、「カリフォルニアロール、とびっこ巻、ソフトシェルクラブ、サーモンマヨネーズ」この4つがパリの寿司屋には必ずあるw もちろん、これら偽物寿司はアジア域内でも跋扈している。それよりもうちょっとマシなレベル、ウニ・いくら・穴子・白身・青魚くらいはメニューに存在している寿司屋も数多くあるが、パリではウニを除くとほとんど見受けられなかった。

偽物寿司とちょっとマシなレベル寿司は、海外に住んでいて最も割高な寿司屋で、私は行くことは無い。ちょっとマシなレベルとは、日本の全国チェーン回転寿司と同等と思ってよい。ただし、日本の回転ずし全国チェーンと地方の回転寿司では差がある前提。全国チェーン回転寿司レベルで40~100ドルはかかるという驚愕の割高さ。それならちゃんとした寿司屋のカウンターで、まかせ(日本とほぼ同等のレベル)で300~400ドル使った方が割安だ。

もう一度分かりやすくまとめよう。
偽物寿司<ちょっとマシなレベル=全国チェーン回転寿司<地方回転寿司<普通の寿司

かなり低レベルな争いなので通じにくいとは思うが、偽物寿司とちょっとマシなレベル寿司=全国チェーン回転寿司の差程度で、アジアよりパリの方が質が劣る。もちろん、お値段据え置きでだ。

偽物寿司は偽物なので日本食とは呼べないので無視した。ラーメンや定食もあるが、やはり同様、お値段据え置きで、若干質は劣る。これは距離の分だけ当然だと思うし、文句を言うつもりもない。10ユーロ以下のラーメンは写真で見るだけでも、「う~ん、ちょっと」と入る気がしないくらいの写真が掲載されており、まともな写真の店は13ユーロとかw まぁ、香港・シンガポールと一緒かw 格安アジアフードの店は、厨房が中国人ではなくアフリカ系の移民なのも原因の一つの気がする

中華と日本料理では全く違う!というのはもっともだが、こっちにいると両方アジアフード。値段や質のバランスが対アジア比で、同等に劣化しているからだ。醤油と味噌の感じ、中国にもあるでしょう? あの感じはやっぱりアジアフードよ。アジアにおいて、非レストラン系中華(ホーカー・チャーチャンテイ)に逃げた場合と比較すると、中華の価格差は3~5倍で日本食よりも大きい。まぁ、それが本場アジアで中華を食う割安さと思えば、そういう倍率も納得できよう。

価格差はさておき、納得できる面もある。そもそもこんなに離れた欧州の地でアジアフードはマイノリティーなのだ。非観光地を歩いている人種の分布を見れば歴然である。アジア人はほとんどいないと言っていいだろう。私は価格に従った生活をしているので、基本はワインとハムとチーズとフランスパンで、「たまにマニアック=割高なアジアフード」を食べると、アジア人としてのソウルが蘇ってきて、3~5倍の価格差も、のめるくらい、「おいしく」感じるのである。それこそが私が欧州に求めたライフスタイルであり、米がないととか、毎日日本食を食べないと嫌だという人間は、そもそもパリじゃなくて東京に住めばいいw

1~2週間の旅行ならばアジアフードは薦めないが、それ以上の滞在の場合は、週に何度かのレベルで入れていくと、アジアで当たり前に食べていたアジアフードが「おいしく」思えることうけあいである。

ワインの割安さを意識するとパリでは何も買えなくなる。中国では肉まん一つ1.5元(30円)、中国で異様に割安な肉まん価格を基準にモノの値段を見ると何も買えなくなるのと同様だ。滞在2週間にしてようやく意識が薄れてきて、生活感が戻ってくると、ワインと同じ価格の2.5ユーロもする缶コーヒーが買えるようになってくるw

非ラグジュアリーなパリ生活

パリでは香港にいる時より、若干高いホテルに泊まっている。段々贅沢するようになってきている? ブブーッ、おそらくヨーロッパに滞在する数か月間は、この何年かで最も消費支出が小さい期間になるだろう。なぜかというと、ホテルの滞在費は、支出の中で、大きな割合を占めていない。支出の最大項目は「ハーレムナイトとキャバクラなどの夜遊び」で、群を抜いている。それがゼロになるということは…。私にとってはパリとバンコクの滞在費用は、圧倒的にパリが安いwと発言することになるのである。私は永遠に収益拡大を目指し、生活コストの削減に努める。

パリで女遊びは難しいらしいが、別に、それを後押しするのが、両替商のスプレッドだ。最低限のユーロ現金は持ってきたのだが、日本円が余っているので、円をユーロに直接替えようと日本円現金も持ってきた。しかし、街中で見かける両替商で何度見ても、ドル・ユーロでも8%(片道4%)以上、JPYに至っては10%以上(15%以上かも)開いており、遊び金の調達ができないので、女遊びしたくても”できない”のである。あっ、スプレッド払えば両替できるんだけど、私も、スプレッド払えない病、一物多価認めない病を患って長い。それはできんのだ。

一方で、カード社会なので、現金はほとんど必要ない。パン屋で0.8ユーロのフランスパンを買う時や近所の貧乏食堂で2.5ユーロのハンバーガーを単品買いする時、あるいはスタンドでシャルリエブド3ユーロ、はカードが使えなかったが、それ以外、全て、カードが効く。カードを切ってくれる売春婦、あるいはその類の人はいないので、ハーレムナイトなしならば、パリは現金はほとんど持たずに3か月暮らしてしまうことができるであろう。

パリに来る前の事前情報として、ワイン、ハム・サラミ、チーズの類が安い、と聞いていたので、それらをスーパー(Marche)で買って、ホテルの部屋でダラダラ食おう、という計画であった。小売店はカルフールシティ、Franprix、Monoprixの3店舗を愛用しているが、ワインは2.5~4ユーロで選びきれないほどの種類があり、ハムは2~4ユーロで二食分、チーズ、エシレバターなども同様2~4ユーロ。フランスパンは、別途パン屋で出来立てを買うが、0.6~2ユーロで二食分。生野菜をパンにはさんでも良いが、そこまでやると、店で食った方が安いw

それからディップ(名前がよくわからんがとにかくいっぱい)が充実している。他にもマスタード、ケチャップなどのソース、オリーブ、ピクルスなどの漬物、これも、カルフールシティ、Franprix、Monoprixの3店舗を全部回れば、ほぼ選びきれないバリエーション。ディップは若干高く3~5ユーロくらいの分布。一食当たり5ユーロかかっていないような気がするが、これら食材のコンビネーション、あなどれない。その意味では香港やシンガポールのスーパーで買える食材よりもレベルが高く、かつ安いと言えよう。

高級・有名レストランだが、香港・シンガポールなどの外国で食べるより、東京の本店で食べると半額以下! みたいなことがフレンチで起こることを期待していたのだが、フランスは外食産業の輸出とグローバリゼーションに成功しているので、より成熟した市場となっている。だから、パリで食べたら安いということは無く、世界中どこで食べても似たような国際標準価格でしかない。おっさんになって、食べる量や油っぽいのが苦手になっていることを踏まえると、本場よりはむしろアジアナイズドされた「偽物フレンチ」の方がおいしく感じることであろう。

私が書いたことだけを見て、パリの物価が安いように勘違いされると困るので、私が選択していない消費行動についても触れておこう。香港やシンガポールと比べれば、ほとんど変わらないが、日本と比べれば高い。ワイン・ハム・チーズは安いから買っているのであって、同じ店舗、お気に入りのカルフールシティ、Franprix、Monoprixであっても、缶・瓶コーヒーが2.5ユーロもするのである。最安値のボトルワインが2.5ユーロで買えるのに、その横で、同じ価格で瓶コーヒーが売られているのである。ジュースの類も2ユーロ(270円前後)もするので、超高い。

シャルリエブドも3ユーロであっさり買っているが、日経新聞が140円と思えば、その3倍だ。地下鉄も回数券で1.5ユーロ、ワンタイムだと2ユーロなので、決して安くない。タクシーは乗ることは無いだろうが、バンコク以上にぼったくり、トラブル多発らしいので薦めないと言われている。ハーゲンダッツは5ユーロで法外に高く、名物のスイーツも7ユーロ以上、香港・シンガポールと比べれば同じくらいだが、日本と比べると鬼のように高い。

日本食に関してもオペラ地区の南側にリトルトーキョーっぽい、アジア料理が密集しているところがあるが、価格は香港・シンガポールとお値段据え置き、すなわち、日本の2~3倍くらい、ラーメン1杯2000円で、かつ、アジアに比べれば、質が悪そうで入る気が起こらないレベル。この地区の寿司は、カリフォルニアロールにとびっこ巻に鮭マヨネーズみたいな露骨な”偽物寿司”で100ユーロという、笑っちゃう値段だ。中華料理屋のチャーハンも7ユーロと、香港では無理だが深圳なら10元(200円)で食えることを思うと入る気がしない。どうしても、コメを食いたければトルコかインド料理で食えば5~10ユーロで2食分の分量がある。

何が価値か?呼び名にもこだわり

メートル法だからクォーターパウンダーはロイヤル、という細かな拘りの積み重ねも重要であろう。ロマネコンティは知っていても、それと同等の価値を持つ日本酒の銘柄は?と聞いても答えられる人は限定的だ。新米、初ガツオ、ネーミングが安直。というよりネーミングをしていない。わざわざ新ワインではなく、ボジョレーと呼んでみたり、ブルゴーニュだボルドーだシャンパンだと地域による限定品と思わせることで価値があるように名をつけてみたり。世界中に発信をし続ける、努力が背景にある。

フランス料理なんて、オリジナルなものでも何でもないが、コース料理にしたり、オープンキッチンにしたり、ソースだ、ワインとマリアージュとかなんとか言って、ただの肉を焼いた料理を格上げしている。寿司のまかせは、コースにもなっているし、オープンキッチン(お客さんに調理場見せられる清潔な状態に保つのはコストがかかる)だし、かつ、板さんとの非言語コミュニケーション、例えば、おっさんであんまり食えそうもないから、刺身中心、酒中心、シャリ軽めとかまでのアレンジは、もっと評価されるべき。いや、黙っていてはダメだ、その価値をもっとアピールすべきなのだ。現在は、店の名前とミシュランの星だけに頼っているが、「まかせ」というスタイルそのものに価値があるのだ、と発信すべきなのだ

石巻にて

友人の漁師さんが「エキゾみでぇな人が、なんでこんな何にもない石巻に毎年来るんだ?」と聞いてきた。もう何年もの付き合いになるが、港で初めて会った時、漁師さんは船から降りてきて、「エキゾさん来るって聞いてたから、さっきまで生きてた蟹、茹でておいたので食べてください。蟹はここで卸すより北海道に持って行った方が高く売れる。背中押してペコペコする蟹はもたず、輸送に耐えられないので売り物にならないんです。でも味は一緒ですからどうぞ、遠慮なく食べてください」と言った。あまりにもおいしくて3杯も食べてしまい、その後行った鮨屋で何にも食べられなくなってしまったのだが。漁師「船の上で、海水でジャブジャブ洗って、焼いても煮てもブツにして食べても美味しいですよ。」、あなたと同じことを、高級な寿司屋で「うちは東シナ海の魚、そして東シナ海の塩を使って、醤油などを作ってます」と自慢していたんだぞ。

今年彼は「エキゾさん、白子食いたいって言ってたな。昨日、タラが取れたんで今夜あたりは店に出てると思いますよ。」と言った。二日前に行った居酒屋では白子が切れていたのだ。東京では、いつ獲れたかわかる魚出す店はかなり高級店です。石巻の普通の居酒屋で、タラが取れなければない、取れれば出てくるということは、漁と消費が一体化している。漁、水揚げ、加工、流通、消費の過程がT+1で実現している石巻ならではのことだ。店から漁港は車で10分! 漁師と猟師の違いがあるが、これは地産地消のジビエじゃないか!

もちろん日本の中には同様の漁港があるだろう。だが、シンガポールの寿司屋に行けば、今朝築地で落としたウニを空輸で持ってきたと自慢するほどだぞ。300~400ドルほどするがw インドネシアや中国で、安定した電力や道路が整備されている漁港、冷凍船だ、加工工場だ、作ろうと思ったら莫大な金がかかる。そんな簡単に真似できるものではない! ほとんど人が住んでいない女川地域に復興予算で立派な道路が作られている、と批判していたが、その道路がなければ、輸送網が封じられ、女川は水揚げ港としての価値を失うんだ! この環境は当たり前ではないんだ、なぜその価値に気づかないのか!

と吠えまくっていたら、漁師さんが「わしら田舎の漁師ですからこれが当たり前だと思っているんですよ。価値に気づけだ、ブランディング戦略だってことは世界を飛び回っているエキゾさんみてぇな人にやってもらいてぇな」と言われてしまった。

松山にて

「関サバ関アジ、瀬戸内海でとれたサバ・アジをこっち(愛媛側の漁港)に持ってきちゃうと価値が1/3になっちゃうんで、あっち(大分側)に持ってかないといけない。同じ魚なのにな。」 石巻で聞いた毛蟹と同じ話を聞いた。

海はつながっているのに、水揚げ港による魚のブランディングは仲買人による作為的相場形成で、漁や消費を中心に考えればなんの合理性もない。東京には日本中からうまいものが、おカネをかけて輸送されてくるが、地方都市の場合は、地産地消。水揚げしたものを食べる。輸送と保存の過程が遥かに短いから安くておいしいものが食べられる。

まかせの価値を上記の如く、まくしたてていたら、松山の寿司屋の大将が…、「俺が思ってること全部言ってくれた…」と笑っていた。漁師も寿司屋も俺より遥かに魚に詳しいのだが、はっきりと言葉にするのが苦手なようだ。でも、それを世界に向けて発信することが彼らには必要だ。

グローバリゼーションの中での古い街の維持

資本の論理とテクノロジーを追求すると、アメリカと中国に対抗するのは、どの国も難しい状況のように思える。一時代遡って、工業化とモータリゼーションの時代にあっては、日本は量産自動車(完成車だけでなく部品も含む)の会社が今現在でも時価総額的に中心となっている。一方、ドイツを除くヨーロッパ(フランスもだが)、今となっては、第二次産業も株式市場の時価総額で見れば存在感が全くない。

2008/10/15 製造業至上主義的産業構造分析 

で触れているが、時価総額でソートすると「資源・金融・インフラ(電力・通信)」以外の産業が皆無の国がほとんどだ。GoogleやアマゾンやFacebookに対抗・比較できる企業を中国は持っているが、それ以外の国は無い。ドイツ以外のヨーロッパだともっと悲惨で、一世代前の工業化世代でも、GE,Ford,GM,トヨタなどに対抗・比較できる企業は無い。どのくらい経済が停滞しているか見るには、ドル建てで取引されているEuro Stoxx 50のETFとSPDRを比較すれば顕著に視覚化できる。

この15年でかなりひどい差がついているのがわかる。にもかかわらず、イギリスとフランスはドイツに次ぐGDPを維持している。現在のIT系企業群だけでなく、工業化世代の企業も育っていないようないイギリスとフランスが、なぜGDP的(数値)に先進国の地位を維持し、観光客数世界一のパリを有しているのだろうか?

近代資本主義とシュンペーター型競争原理において、完全に後塵を拝しているフランスが、400年前の大航海時代の植民地利権に今でも依存し続け、「おフランス至上主義」による無駄なブランド価値を世界に認めさせることができるのは、なぜだろうか? その一点に対する興味が、私がフランスに訪れた理由である。

グローバリゼーションと大資本の波に、影響はされつつも飲み込まれてはいないで存在できているのは、東京や上海。だが、シンガポールや香港は経済的には豊かだが、そのショッピングモールを見れば、その他、バンコク、ジャカルタ、マニラと代わり映えしない、グローバルチェーン、ファストファッション、ファーストフード、欧米ブランドショップに染まっている。各国の地方都市に至っては、イオン、ウォールマート、カルフール、テスコ、セブンイレブンなどの超大手小売り、あるいはマクドナルド・スターバックス、ファストファッションが、最も栄えた所のメインストリートを完全に牛耳っている。

以上を踏まえた上でパリを歩いてみることにしよう。

パリの軍事博物館から迷ってシャンゼリゼ通りまで行ってしまい、さらにそこからセーヌ川沿いをコンコルド広場あたりから、Saint-Chapelleまで3時間ほど散歩した時、マクドナルド、スターバックス、0軒、Franprix・Monoprixなどのスーパー3軒という状態であった。ローカル小売り、香港ならWelcomeとParkn Shop、シンガポールならFair Priceと昇松、パリだとカルフールシティ、Franprix、Monoprixがあるが、タイのバンコクだとセブンイレブン、MaxValue、タイの田舎だとTescoと、もはや自国の小売りが存在しない状態である。

EUはヨーロッパ地域におけるブロック経済で、関税障壁やブロック経済は長期で見れば必ずマイナスに影響すると思い込んでいたのだが、中国がグーグルやFBなどの米系インターネットメディアを排除した政策は今となっては(もともとは単なる言論統制だったが結果論的に)、テンセントやアリババを生み出した経済合理性のある判断であった。

中国のグーグル排除の遥か以前に、フランスはマクドナルドを排除していた。日本なら京都、上海なら華麗なる一族の撮影地、パリなら8、9、1、2区あたりは、いわゆる「景観を損ねる」建物は建ててはならない、という制限を設けることで、古さと伝統を維持してきた。パリの8,9,1,2区というのは結構広い範囲で景観の維持に努めているのが分かる。シャンゼリゼ通りにマクドナルドがあるのだが、いわゆる赤と黄色の看板ではなく、景観を損ねないように、黒いマクドナルドなのである。

派手さと予算では、ハリウッドに対抗はできないが、カンヌは権威ですよ。クォーターパウンダーなる呼び名は認めない、メートル法とVATで世界を制したフランスでは、クォーターパウンダーはロイヤルと呼びなさい。アメリカに経済的には勝てないのは認めますが、ノーベル賞もミシュランも世界遺産もバーゼルもハーグ国際司法裁判所もヨーロッパで決めます!

という一方で、日本の自虐的歴史観と欧米コンプレックスは、国益にそぐわない。寿司屋にミシュランの星だとか、日本文学にノーベル文学賞を、異様にありがたがる傾向にあるが、自ら価値を認定する気はあまりないようだ。ダイヤモンドの工業用と宝飾用は量で言えば9:1だが市場規模は1:9だ。宝飾用ダイヤの価値は、ダイヤが本来持つ特性・機能の価値の100倍の値段がついているということだ。価格に合理性・市場性がないから、金の先物はあってもダイヤモンドの先物は無い理由だ。カローラとフェラーリの違いも同様だ。

機能や性能では説明できない意味不明の価値はどのように作られたのだろうか? 人類史上、最も成功した広告、デビアスのDiamond is Forever(ダイヤモンドは永遠に)、これによって婚姻記念にダイヤモンドを贈るということで、需要を創生しただけでなく、「記念の指輪を売るなんて…」という気持ちを抱かせることにより、供給=セカンダリー市場をも封じ、独占的に供給をコントロールしたのである。イギリス王室まで巻き込んで、結婚式でダイヤモンドをプレゼントする様子を世界中に垂れ流し、世界中のバカ女に「いいなー」と思わせることに成功している。

パリの軍事博物館

軍事系は各国で色々見てる。ブログ記事になっているものだけでも…

2010/02/23 Air Show 戦闘機の祭典
2012/10/11 北京・ハルビンに行ってきました 7/13 ~初一人行動・軍事博物館
2012/11/22 北京・ハルビンに行ってきました 12/13 ~731部隊遺跡
2014/10/16 ジャカルタ潜伏 7~軍事博物館
2015/09/09 アメリカ・フロリダに行ってきました 4/4~毎日ロケット発射が見れる

無いものねだりというか、日本では絶対買えない軍需セクターに天邪鬼的に興味が湧いた上での行動なんだが。IHIが自衛隊の…とかそういう意味じゃない軍需(一部の事業ではなく100%軍需、武器を輸出してる!)ね。詳しくは↓

2009/03/27 私の株式営業 ~Fiat Moneyの裏打ち

しかし、これに関しては軍需がどうのとかよりリーマンショック後に米国債と人民元を売ってできたキャッシュで09年3月のボトムに株を買ってるってあたりは結果論的には天才だ。

記事にはしてないが、日本でも松島航空自衛隊、呉海上自衛隊、江田島海軍学校、嘉手納基地、南ジャカルタのカリバタ英雄墓地、なども見ているので、趣味なんだろうね。

軍事博物館はどこの国でも過去の事。攻められて、占領されて、取り返して…みたいなことが延々書いてあり、パリでも同じなので、ナポレオンがいかにして攻めたか、ヒトラーにどう攻められ、ノルマンディー上陸作戦以降どう取り返したか…というのが主な流れではあるが、私がフランス語が理解できないから細かくは分からないが、基本的にはずっと戦争しているということが説明されている。

陸続きのヨーロッパで、領土だ国名だというのが流動的に変わってきたというのは、想像に難くない。だが日本において、日本の歴史観、すなわち、領土と国名はずっと変わらないというのを他国に当てはめているのには無理がありすぎる。例えば、お隣の中国は、ユーラシア大陸の一部で、現在の中国の領土を巡って群雄割拠は歴史の必然だ。

https://www.youtube.com/watch?v=-foZ5RcCm8U&t=214s

この動画の詳細が合ってるかどうかは別として、小中学校の歴史年表で、中華民国、清、明、元、宋、唐、隋…、と書くのは誤解を招く表現だ。島国では言い訳にならず、ユニオンジャックの成り立ち、ウェールズ、イングランド、スコットランド、アイルランドを振り返れば、誰も攻めてこない辺境の地・日本だからであり、島国であっても領土の奪い合いや国名の変化は起こる。年号で歴史をとらえる、天皇や将軍の死をもってだけで、時代・王朝名に区切りをつけるのも、同様に誤解を招く。

ヨーロッパの国家の勢力範囲の推移を動画に…、といっても、そもそも現在の国民国家という概念ができたのは…、から議論を始めたら書けたものではない。だが、私が思っていることは、国民国家という概念すらなかった昔は記述が難しいのではなく、今現在であっても、国家とは何か?なんてものは主観に過ぎないということだ。

軍事博物館は各国の主観による歴史観が現れていて面白い。パリの軍事博物館は、ナポレオンの次はヒトラーが多い。隣国だし、パリを落とされてるし。そこまで知っていたが、北部海岸沿い全部占領されてたとは驚いた。地図に、ドイツの部分に「Allemagne」って書いてあるの。

グーグル翻訳の結果 タイトル「距離感」

イギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、日本、ロシア
UK, France, Germany, USA, Japan, Russia
Royaume-Uni, France, Allemagne, États-Unis, Japon, Russie
Großbritannien, Frankreich, Deutschland, USA, Japan, Russland

やっぱ、Allemagne特別でしょ。あまりにも違う。これ一番面白かった発見w

ロンシャン競馬場 賭博場をエレガントにするための方法

競馬、ゲーム、管弦楽、私の趣味の中で薄いカバー、好きだけど僕より詳しい人が周りにめちゃくちゃいっぱいいるレベルの趣味。もう一つの趣味は読書だが、小説以外で僕より多くの本を読んでいる人はいるけど、数が非常に少ない。

管弦楽>ゲーム>競馬と最も薄い趣味だけに
https://ichizoku.net/hobby/20091001/traditional-hobby/
に既に書いてあるように、

競馬だけは意味なくブランド指向。日本の競馬は中央競馬以外は見ない。

正しくは「意味なく」じゃない、詳しくないからブランド指向に走っているだけだ。そんな詳しくない私から競馬を見ると、世界の有名なレース、ドバイワールドカップやアメリカのブリーダーズカップなどが挙げられるがダートなんです。これもまた不合理な差別意識だが、日本の中央競馬的観点では、ダートや障害をさげすむ傾向にある。そういう偏見で判断すると…海外レース最高峰は…、凱旋門賞。その開催地がパリのロンシャン競馬場である

10年程前、未遂に終わったが、パリ旅行に誘われた時、私が真っ先に言ったのが「ロンシャン競馬場見たい」だ。だから今回も優先順位最高。

5月13日開催
フランス1000ギニー、Poule d’Essai des Pouliches(牝馬限定) 500,000EUR 9頭
フランス2000ギニー、Poule d’Essai des Poulains 600,000EUR 8頭

だがネーミングライツを売っているのか、Emilates Cupのようなレース名がフランスギャロップではひっかかる。
場所は円形のパリ市の西南端、凱旋門の先、ブローニュの森の中にある。バスが出ているので森を歩く必要がないが、母曰く、「昔は夜になると売春婦が立っているような場所だ」ということだったが、日曜日の昼間なのに、意味無く立っている派手な女性がバスから数人見えたので、今でもそういう所なのであろう。しかし、あんな森の中で客を取るとはどうするつもりなんだろう?車で移動することが前提なのかな? シンガポールのチャンギビレッジの駐車場に立ってるLBと同じ?

入場料は民席が…忘れたが当日券で、10ユーロ弱くらい、エグゼクティブ席が29ユーロである。行ける場所に制限があるのが嫌だったのでエグゼクティブにしたが、結果的にその必要はなかった。ただし、凱旋門賞は、事前予約やエグゼクティブの必要があるだろう。

重賞級のレースにもかかわらず、まったく混んでいない。高い女性・子供率。鼻が赤くてろれつが回っていない臭いおじさんは見かけられない。民席においてもである。

シンガポールの真実、経済成長の傍らにて

シンガポール人と永住権保持者は、マリーナベイサンズ、シンガポールのカジノの入場料100SGDが必要(外国人観光客は無料)だが、それは「国民の射幸心を煽らないようにするため」「ギャンブル依存症を防ぐため」とか色々説はあるが、そうならばプールズやTotoを全土に渡って購入できるようにしていることと矛盾する。その本質は、日本から来た観光客が「シンガポールは綺麗な所だった」と言って帰っていくだろう。「何を見てるんだ?」と私は疑問に思うのだが、観光客は、MBSとセントーサとオーチャードとラッフルズプレイスしか見ていないのだ。もし仮にカジノの入場料が無料だったら、※プールズやTotoの売り場の前に行列をなしているシンガポールの貧困層がカジノに押し寄せることになる。彼らを見たら、日本人観光客のシンガポールの印象も変わってしまう。経済発展の裏にある格差の存在、それを観光客に見せないための入場料100SGDという意味もあることを忘れてはならない。

※プールズ(場外馬券場のことであり、泳ぐところではない)

MBSやセントーサと同じく、ロンシャンはちょっと不便で端にあり、日本の競馬に比べると若干高い入場料(3倍程度)。ただ、貧困層をはじいている最大の要因は、ミニマムベットの高さである。ミニマム10ユーロw だから日本の15倍? 4点BOX買えば100ユーロ。

ちなみに私はメインの移動手段が地下鉄。地下鉄は貧乏人の乗り物なので、貧困層はパリに多くいることはすでに分かっている。しかし、アル中でギャンブル中毒の貧困層がなぜロンシャンになだれ込まないのだろうか? 今現在できる推測だと高額ミニマムベットなのだが、もっと複合的な理由があるだろう。(例えば、もっと格安ギャンブルが代替品として街中にあふれているなど)

まとめ

凱旋門賞級(フランス1000ギニーもそこそこ有名ではあるはずなのだが)でない限り当日券民席で十分。
エクゼクティブの2階席は見やすいが臨場感に欠ける、ただ外なのでタバコが吸える。
直線1000メートルは期待するな。ぐぐればわかるが、ゴール位置が違うので終始、遠くで走ってるって感じ。直線1000メートルなら新潟に行け。ただ、新潟は新潟で1000m先が遠すぎてゴール近くから見えず、結局いつもの直線コースに入ってからくらいからしか認識できない。その意味ではロンシャンの直線1000mはレース全体を通しで見ることができるので、あの遠さは良いのかもしれない。
芝は深め、触れます。確認して弾力を楽しみましょう。

ルーブル、もはや芸術を超えた歴史と文明の展示

何も調べずに行ったのだが、私が最も驚いたルーブルの展示物は、「ハンムラビ法典」である。ハンムラビ法典がオブジェクトとして現存している、しかもルーブルにある、なんて知ってた?

20ユーロ以下で入れて、ミロのビーナスやモナリザなどの教科書に載っているような、ヨーロッパのアートが飾られている、見学時間は1~2時間で十分だろ、というのが私の認識だった。
(15ユーロの入場料、身分証明書を預ければ+5ユーロでNintendo DSによる日本語音声ガイド)

まず入場前に、ジャンヌダルク「民衆を導く女神」のポスターが貼ってあったので、「ほぅ、これもあるのか…、ジャンヌダルクだしフランスだし当然か…」。確かに建物大きいなぁ、と思ったが、実際にはコの字型の一部を見ただけなので、中心部の入り口から見れば三方を巨大な建物(ドゥノン翼、リシュリュー翼、シュリー翼)で囲まれており、宮殿・城である。通常の写真では無理なので、360度カメラか実際に見た方が規模がわかりやすい。
(よく見ると、民衆を導く女神は貸し出し中で今はありません、と書いてあるポスターだった。7月くらいまで、ルーブルで見ることはできない。)

全体の見取り図や展示物概略を事前に日本語で見ることができる。エジプト・メソポタミア・中東などのコーナーが目を引いた。クフ王のピラミッド、ツタンカーメンが日本に来たり(1974年)と子供にもわかりやすいオブジェクトがエジプト文明にはあるので、子供の頃は好きだった。

一方メソポタミア文明は、去年、ジャレド・ダイヤモンドの「銃・病原菌・鉄」を読んで、文字の開発は極めて難しかったことが書かれていた。

文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫) 文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
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エジプト、中国、そしてイースター島の例を除いて、歴史上、文字は、シュメール文字かマヤ文字から派生的に改良されたか、これらの文字の使用に刺激され考案されたものと思われる。文字を発明した社会がほんのわずかしか存在しないという事実は、文字システムをゼロから編み出すことの難しさを示唆している。シュメール人は少なくとも数百年、おそらくは数千年をかけて文字システムを完成させている。そして文字の発達にはいくつかの社会的要素が不可欠であった。文字が使用されるようになるには、その社会にとって文字が有用でなければならない。文字の読み書きを専門とする人々(書記)を食べさせていけるだけの生産性のある社会でなければならない。

この抜粋ではエジプトも文字を持っていたかのように書かれているが、エジプトの象形文字は現在のアルファベットと同じくらいの表現能力を持つ高等文字で、その起源はメソポタミアだったはず。吟遊詩人ホメロスのイーリアス(ギリシャ神話)なども、なぜ吟遊詩人かというと文字の開発前からギリシャ神話は存在していて口承伝播による継承であった。

https://ichizoku.net/books/20111202/bard/

その後、線文字A、線文字B、楔形文字と文字が発展していき、旧約聖書が今の形に近くなったのはギリシャ語訳の70人訳聖書。などなど、上記のように文字の開発は難しく、独自に文字を開発したのは、メソポタミア・中国・マヤくらいで、インド・ヨーロッパ語族に属する言語が持つ文字の起源はメソポタミアと思えば、メソポタミア文明の格が上がらないか?

ハンムラビ法典もそうだが、壁画や棺って芸術か? ツタンカーメンではないエジプトの棺、二頭の飛牛など遺跡の一部が置いてある。あるいは、マリーアントワネットやルイ16世の家具の展示は、今現在の感覚で見ると驚くに値しないが、逆に、今現在も彼らの生活様式を参考に家具や部屋の感じを作っていると思えば、フランス革命マニアには、面白い。美しい家具だが、家具も芸術? 歴史の展示とも言えるのではないだろうか?

エジプト・メソポタミア・フランス家具コーナーで3時間くらい費やしてしまったw

いわゆる「わかりやすい芸術」コーナーも回った。教科書やブラウザでしか絵画を見たことのない私にとって最も驚いたのが、「ナポレオンの戴冠式」の絵の大きさ。デカすぎて盗めないし、民が買える金額ではないものの、普通の家に飾ることは不可能。城に住んでいないと飾れないくらいの大きさ。ルーブル宮殿は外から見ると古めかしいが、中は綺麗に改装されていて、天井が高いブチ抜き構造。外から見た建物を覚えておいて…、中を回ると「こんな贅沢に縦スペースを使ってるんだ。」と感動できるw

その意味ではモナリザは見なくていい。ブラウザで見れば十分程度の大きさなので2秒ほど見れば良いだろう。モナリザの部屋は大きく、おそらく知っている絵が他にもいくつかあるはずなので、そっちを見れば良い。事前に調べて目標を定めても良いが、適当にフラフラ歩いて、「あっ、こんなのルーブルにあるんだ!」という楽しみ方も、十分に時間がある人はできる。ちなみに私は1~2時間で帰る予定が、5時間半も滞在してしまった…。

オルレアンの乙女の使命、ダイヤのエースを持つ詐欺師など偶然見つけてしまい、触れるほどの近くで見ることができる。

パリの第一印象

入国審査は緩い。陸続きで日本人に対しては3か月も滞在を許可しているので、パスポート出すだけ。「お前、いつまでいるの?帰国の便は?ホテルどこ?」とかいう尋問一切なし。

パリ市内へは、RER B線にて。10.3ユーロ。イギリスと同じゾーン制なので市内はどこでも同じ。しかし、9:00、シャルルドゴール到着にもかかわらず、チケットを買うのに鬼のように並ぶ。待ち時間は15分程度だった。ところがRERの電車の車内はほとんど人がいない。チケットが色々な電車やバスも共同で対応しているため、チケットを買う人=RERの利用者ではないためだ。

最初は同一車両に2人くらいしか乗っていなかったが、市内に近づくにつれて混雑してくる。電車に乗る人は黒人が多い印象だ。アジア人は皆無。

香港の銅羅湾に2か月滞在していた影響か、パリの人口密度を低く感じる。銅羅湾が異常なだけか。渋谷駅に住んでいるようなもんだからな。

それを差し引いても、50mおきにコンビニがあるような、香港・シンガポール・バンコクとは違う。良く言えばゴミゴミしてない・余裕がある。悪く言えば、利便性に劣る。マクドナルド・スターバックスなどのグローバルチェーンもまだ見てない。良く言えばグローバリズムに飲み込まれていないのだが、そこまで褒めるというより、もうちょっと汚い感じだ。私が泊まった18区が東京で例えるなら新大久保だな。9区が新宿で、そこの隣という意味では位置づけは近いだろう。

駅が近くて(徒歩2分)利便性は高いのだが、「駅近=治安が悪い」のがヨーロッパとすると18区はあまりお勧めしない(新大久保は一般的には薦めないだろ?w)。私は今のところこの辺りでもかまわないと思っているが黒人比率も高い。ただアメリカの黒人より怖くないぞw

平均で一日一回、「金をくれ」「タバコくれ」と言われる。ルーブルの外でタバコ吸ってる時にも言われたが、主にはこのホテルの周辺、フランスの新大久保wにて。汚い格好してるつもりなんだけどなぁ。治安は悪いとは思わないし、怖くないんだけど、確かに貧乏そうな人が多いので、もう少し身分相応なホテルに泊まっても良いのかもしれない。

徒歩2分でカルフールCityとFranprixというスーパーがあるので、コンビニやマクドナルドがないというのが利便性が劣るというのは過剰反応だと思われてしまうかもしれないが、香港の場合、徒歩30秒でウェルカム、45秒でセブンイレブン、6歩で地下鉄というホテルに泊まってたりすると、それに比べると「利便性に劣る」わけで、一般的には「非常に利便性が高いホテル」と言えよう。

香港の銅羅湾やバンコクのシーロムに比べると利便性に劣る18区のホテルが持つ、人口密度の低さ、ゴミゴミしてない落ち着きを求めるならば、何もパリじゃなくても、香港ならミッドレベルなどに滞在すれば、銅羅湾ほどの人混みは無い。まだ私もパリに詳しくないが、その時々の気分に応じて、利便性を若干落とし、落ち着いた雰囲気のところに泊まるなどという調整が、自在にできるのがホテル暮らしの利点だな。

タイのパタヤなどで遊んでいるといつも思う、「貧乏白人3点セット=バーガー、ピザ、ケバブ」を売っている店がホテルから30秒w ま、新大久保だからな。ステーキも1Xユーロ程度のレストランも45秒。

ワインが異様に安いことが事前の調査で分かっているので、とにかくスーパーで紙パックに入ったような激安ワインを飲んでみたいんだよ。これらレストランをかっとばして、カルフールへ。紙パックは無かったが、ボトルワインの最安値が2.5EUR。一番高いので30EURくらいだが、4EURも出せば十何種類(赤ワインだけで)の中から選ぶ権利を得ることができる。ワインに限っていうなれば、香港シンガポールの1/3、日本の半額で手に入ると言えよう。ハムやチーズなども1~3ユーロくらいでブリブリ売ってるので、これも安い。

水道水が飲めるのに(一般に石灰味の硬水と言われているが、今飲んでみたが、特に問題は無い)水を買うのは贅沢なのだが、ペリエが1Lで0.66ユーロは安い。ビール価格は標準、日本と大して変わらん。ビール代わりにここではペリエの炭酸水を買うことにする!

しかし、よく見るとビールが高いも間違っていた。ヨーロッパのビールはアルコール度数が高く、8%超も珍しくなく500mlだ。そうすると1.2ユーロは、含有アルコール換算で考えればむしろ割安。ワインほどの割安さは無いが、敬遠することは割高さは全くない。ビールも買って良し!

パリも生活圏に加えた理由

東京、ある友人との会食にて、私が「宗教改革に始まり、フランス革命、産業革命、マルクスの資本論、ロマノフ王朝の終わり、この辺りのヨーロッパにおける近代資本主義、民主主義の流れは好きですねぇ。」 続いてルソーの社会契約論だウェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神だと、まくしたてていたら、友人がふと…、

「エキゾさん…、なんでアジア住んでいるんですか?歴史とか思想とか好きならヨーロッパはお薦めですよ。街そのものが歴史ですから。シンガポールなんて何もないじゃないですか。エキゾさんがもし住むなら、私には見えないものが見えるかもしれませんよ。」

この指摘に返す言葉を失ってしまい、「はい、じゃあ、ヨーロッパ進出決定」ということになりました。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫) プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)
マックス ヴェーバー 大塚 久雄

岩波書店 1989-01-17
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さあて、どこに住もうかなー。ドイツとイギリスは行ったことあるし、プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神に逆らい、あえてのカトリックカントリーが良いなー。バチカンとローマは1時間くらいなので、ローマにしようか、ベタにヨーロッパの頂点パリにしようか…

横浜の自宅にて、母が「ローマとパリで迷ってる? パリ一択で間違いない。私はお前が生まれる前、1ドル360円固定相場制、※持ち出し規制ありの時代からパリで遊んでいるが…、”今現在をもってまだ飽きてない”。ローマ、所詮は二流の都市、南欧のだらしなさが街に現れている。パリは都市として洗練されているし、格が違う。」

※固定相場制時代の持ち出し規制とは、相場が固定されているため、輸出入(円売りドル買い=ドル売り円買い)のアンバランスが生じた場合にレートで調整できないことから、為替の交換に総量規制があった。だから海外に持ち出せる通貨量が制限されており、クレジットカードやインターネットもない時代、日本人が外国に行くと有無を言わさず貧乏旅行を強いられた時代の話である。

固定相場制の時代からヨーロッパで遊んでいる母(ちなみに現在も年に何回かはヨーロッパのどこかで遊んでいる)に強烈にリコメンドされ、またも反論できず。

「友人きっかけでも良いが、たまには親の言うこと聞けよ。ずーーーっと言ってんじゃん。『ヨーロッパは良い』と。ヨーロッパは、まずはパリ。ローマはパリの後で良い。全ての道はローマに通ず…、古いな…。すべての鉄道はパリに通ず!

と言って母がおもむろに取り出したのがヨーロッパの鉄道路線図で、確かに「すべての鉄道はパリに通ず」のごとく、パリを中心にヨーロッパ全土に放射線状に鉄道網が通じているかのように見える。イギリスやロシアまでも視野に入り、地理的な位置づけも確かにヨーロッパの中心にパリはある。

ビザは…、EU圏内は3か月滞在OK。過去6か月のうち、3か月OK。とにかく3か月観光で行けてしまう。香港並みー、マカオ並みーに緩い! アメリカと全然違う!

物価は…、日本に比べると高いが、香港やシンガポールを中心に考えれば、ホテル代や行った人の話を聞く限りでは、ほとんど変わらない。

フランス語か…、メルシーとボンジュールくらいしか知らねーし、今後も覚える気もないが、英語が全く話せない中国人と「孔子の論語」を議論できるスマホ時代。言語の問題は無視する。しかし、例えば有名なシャンゼリゼ通りは、アルファベット表記だと、Avenue des Champs-Élyséesとなり、チャンプスエリーゼーではなく、この文字列でシャンゼリゼと発音するらしい。英語読みしたら確実に通じねーな、こりゃw

家計における固定費は、少ないほど幸せ感が高い

最近友人が、「フツーの人がフツーに資産形成していくための、お金に関する情報サイト」なるものをはじめ、面白いからマメに読んでいるのだが、

「働く女性のくらしとお金に関する調査2018」節約なら「変動費」より「固定費」がオススメです!

これを読んでいて、ふと思いついた。彼は「全てが平均値の完全なるフツーの人など存在しない」と言っているのだが、多分、私は、それにおいても異常値だと自認している。

まず私には収入とか家計という概念は無い。

収入状況を確認する 

何が書いてあるんだろう?と興味本位でのぞいてみると…、
税込収入(額面)、公的年金、医療保険、所得税、住民税…と入力項目が続いており、「あー、全部0だ。書くところがない…」

収入がないので、それに対する支出を管理する家計という概念も同時に存在しない。収入があった時代でも最終的には貯蓄率95%超えてたから家計なんてどうでもいいんだが。そんな異様な「家計」状態の私だが、

> 節約なら「変動費」より「固定費」がオススメ

には同意である。正確にはタイトル通り、

「消費なら固定費より変動費がオススメ」

と思う。消費においても私は異様で、固定費は0である。すごく細かく言うと、アマゾンプライムに3900円(年間)とタイの銀行の口座管理手数料が100THB徴収されているが、それ以外はないので実質0と言って問題ないだろう。4年前まで元奥さんに慰謝料という固定費を払っていたのだが、元奥さんが「5年定期0.25%に預金したんだ、今だったらこんな高金利は無理!」と自慢してきたことが私の逆鱗に触れ、「お前にこれ以上カネ渡しても死に金が増えるだけだから意味がない。慰謝料は今年から止める。代わりに子供に直接贈与する」と一方的に宣告し、毎年渡すカネを微妙に変えているので、固定費ではない。

固定費としての消費は、自動的に・無意識的に金を使ってしまっているような気がする。変動費の場合、「おしっ、これにしよう!」と決めているので、同じ消費でも効用が高い。居住費についても、ホテル暮らしの場合、光熱費やネット代やお掃除代まで含まれており、かつ、どこのホテルにしようかなー、いつまでこの国で遊んじゃおうかなー、などオプション(選ぶ権利)満載だ。固定費がない消費生活ということは、消費金額100%を、いちいち納得し、選択していることになる。節約をしないにしても満足度の高い消費ができるだろう。

「フツーの人がフツーに資産形成していくための、お金に関する情報サイト」に書いてあることが、「異様な人が異様な生活している現状の説明」と、奇妙な一致をしていることが面白いと思わないか?

愛媛の特異点、佐田岬灯台に行ってみないか?

「愛媛県民と私の意識の違い」を随所に盛り込んでいくつもりなので、非愛媛県人は私を自分と置き換えてよいだろう。短い滞在である私がまず行く観光として「佐田岬」を挙げると、愛媛県人は「遠い…、なんで?」という感想を抱く。観光ガイドなどでは、道後温泉、宇和島などが一般的だ。佐田岬に対する意識の違いの原因は地図である。

「愛媛県の地図を見たことがあるかね? 日本地図の中にある愛媛県を見たことがあるかという意味ではない。」

我々は通常、愛媛県の地図は見ない。これから貼り付ける愛媛県の地図を見ると、佐田岬の特異性が理解できる。一方、日本地図の一環として見てしまうと、佐田岬は見えない。まぁ、表示されているので意識して見れば観測可能なのではあるが。では愛媛県の地図をご覧に入れよう。

地図で見ると明らかな異形な場所が目に飛び込んでくるだろう。この特異点としての佐田岬の地形、フロリダ南部、イスタンブールなんかが近いような気がするが、日本では、私は知らない。ここが重要なのだ。松山に来てるから初めて愛媛県の地図を見た。そうすると・・・、今まで見えていなかった幻の佐田岬が見える。諸君ら、佐田岬の異形を知っていたかね? 一方、愛媛県人は知っているのだが、明らかにアクセスの悪い場所で何の目新しさもない。私はアジアの各都市を回っているが、このような発見があるのだよ。「実際に行ってみないとわからないこともある。」 アナログ的な遊びの言い訳に聞こえる発言ではあるが、「幻の佐田岬」の存在は、日本地図で見ている限り、認識するのは困難であろう。

ただ、地図で見ると言っても航空地図で見ると、佐田岬はまた見えなくなる。松山や今治といったわずかな平野が愛媛県において如何に価値があるかということが一目瞭然だからである。愛媛県民の視点は、地図ではなく、より実践的な航空地図で捉えていると言えよう。私は無機質な「地図」で見ているので、「幻の佐田岬」が妙に目立つ存在に見えるのだ。

佐田岬がなぜ愛媛県の代表的な観光地にならないか? だが、それは圧倒的な利便性の悪さによる。

松山-(鉄道・バス 90分~2時間 1280円)-八幡浜-(バス 1時間+ 1290円)-伊方町三崎-(タクシー 30分 チャーターで8000円)-佐田岬駐車場-(徒歩 30分)-佐田岬灯台

ボトルネックは、伊方町三崎(バス停の名前は三崎口)までのバスである。ネットで調べると、一日6本あった。ただその先の、三崎自動車タクシーというタクシー会社に直接電話して問い合わせると1日3本とか言っている。不安になって、伊予鉄バスにも電話してもやはり1日3本と言っている。俺が見ていたWeb Siteのアドレスを読み上げると、伊予鉄バスのスタッフが「南予(なんよと読む)バスですね、ちょっと調べます」とのこと。伊予鉄バスと南予バスの2系統が走っており、伊予鉄は松山から三崎口まで、南予バスは八幡浜から三崎口までなのである。何しろ、一日6本しかないバスで、行きと帰り、そしてタクシーと徒歩でかかる時間を計算する必要がある。複数人の場合は松山からレンタカーで行ってしまうのが最もコストパフォーマンスが良いであろう。

みんなには関係ないことだが、三崎自動車タクシーが番号非通知電話を受け付けず、ホテルの部屋からかけるとつながらず、フロントに頼んで電話を貸してもらってかけなければならないというおまけ付きだ。

電話で三崎タクシーを予約し、いざ出発!

2月4日日曜日9:50分にホテルを出て10:20、松山発の電車を目指す。すると・・・、いきなり路面電車の駅の周りに警察車両。「事故?信号機故障?」 路面電車の駅に向かうと警察官が「どちらまで?」、「JR松山駅です」、「今日は年に一度の愛媛マラソンで、1時間ほど路面電車は運行停止です。」 なにーーーーーーーーーーーーーーー! しらねーよ!そんなの! バスでの移動を促されてそれに従う。結果的には9:56分、勝山町発のバスに乗ったので、良いのだが、そのバスはなんと30分おきだ! 路面電車は数分待てばすぐに来る。だがバスは30分に1本だと? 運良く問題なかったから良いが、民の路面電車をマラソンごときで止めるな!

松山駅にて、八幡浜~八幡浜~と、ん? 値段が2通りある、1180円と1280円だ。ネットで1280円なのは知っていたのであるが、日曜特別割引でもあるのかと、後で精算するつもりで450円の切符を買う。この行為に何が問題あるかわかるかね? なんと、ワンマン電車&無人駅なのだ。普通なら問題ない。だが、私の乗ったのは八幡浜までは直接行かず、伊予大洲で一度降りて、乗り換えなのである。すると、ワンマン電車&無人駅の運用の場合、降りるときに清算しなければならないので、松山から伊予大洲まで払ってから下車し、伊予大洲から八幡浜までのチケットを新たに購入する必要がある。運転手さんが良い人で、八幡浜の駅で精算できますよ、と言ってくれたので無事に下車できたが、厳格に運用すれば途中下車扱いとなる。

さらに、不安を掻き立てたのが、八幡浜に向かう途中で雪が降り始めた。「おっと、ぬかったわ。天気予報調べ忘れた」。調べると、愛媛の天気は「晴れ時々曇り」。思いっきり雪が降っているが、まー、ちょっとくらい外れることもある。すぐに止む雪だ、とタカをくくっていると、まったく止まない。そして雪は降り続けたまま八幡浜へ。そして、バスをしばし、待つ。その間、バスの待合所ではテレビが流れていて、そこでは、例の路面電車停止事件の犯人「愛媛マラソン」を報道している!「あれ? 走る選手の汗が太陽光で反射してる…」。

松山から八幡浜駅あで電車で90分、距離にしてわずか53km、詳しい標高は分からないが、八幡浜駅は海に近く、松山と激しく高低差はあるわけがない。それなのに、松山は晴天の中、マラソンをし、八幡浜は雪が降っている!

バスはすぐに出発(電車の時間に合わせてバスが運行しているので、1日6本しかない割にはスムースに移動できる)、海に向かっているはずが山深く、標高が若干上がり始める。とはいえ、耳に異常を感じるほどではなく、上り坂が多いな、という程度である。だが、雪が…、雪が止まない。むしろ強くなっている! 松山が晴天なのをテレビで確認しているので、この地域だけの特殊現象。愛媛県全体の交通網が麻痺することはあるまい。

「瀬戸内海気候は温暖だと思いますか?」と聞いて、「う~ん、そうかも知れないですけど、冬は普通に寒いです」と答える人も多いであろう。だが、それは認識が違う。松山が晴天なのに八幡浜も伊方町も吹雪いている。私も帰り道に、松山駅で電車から外に降りたら、寒かった。愛媛県人は嘘をついているのではない。だが、この違い、晴天と雪。これが山に囲まれた瀬戸内海気候なのだということがよくわかる。私の母は高松に住んでいたことがあり、「瀬戸内海気候は温暖で過ごしやすい」とよく言っていたが、私の友人の今治出身者は「同じ日本、そんな変わらないよ」と一笑に付したのである。だが、彼は間違っている。彼は長く住みすぎて(多分18年間)、織りなす山々が湿った寒気を取り除いてくれていることを忘れたのだ。

山一つ越えるだけ(トンネルを何個も通っているので正確には一つではないはずだが)で、わずか50km、しかも同じ県内で。晴天と雪ってあるのかね? 松山では雪も降ってないだろうけども、八幡浜の駅から撮った写真と見比べてほしい。

この積雪状態! 50km北上した松山では晴天の中のマラソン大会だ!

ともあれ、バスは順調に進む。この奇怪な地形の伊方町だが、実際に行くと、海は左に見ていることが多く、たまに右側も海になる。だが、左右両側が海になることは無い。だからつまらんと思うだろう? だが、左が海だと思えば、今度は右が海、とバスが進むにつれ、景色が目まぐるしく変わるので、これは最終地点を想像すると、バスで本を読んでいる場合ではない。そして、道中、一番の名所は、堀切大橋である。この地名が現れたら、レンタカーを使っていくならば速度を落としてゆっくり景色を見たらいいだろう。地図で見ると確認できないが、堀切大橋こそが唯一! 両サイドシービューが確認できる場所だ。バス停などもあるので停車しても良いかもしれない。堀切大橋近傍は低速運転、かつ堀切大橋一時停止して記念撮影はお薦めだ。

そして、坂は徐々に下り坂。三崎口に向かうと雪は緩やかになり、無事に予約したタクシーがバス停で待っていた。おそらく伊方町三崎においてタクシー運転手は一人か二人くらいしか居なさそうなので、予約はすべきである。30分運転+1時間(佐田岬灯台への徒歩での往復)+30分運転で、8000円は、私が調べた「適正値段」ではあるが、4000円くらいでもOKしてくれるかもしれない。あるいは待ちも含めてメーターという交渉にもおそらく応じてくれるだろう。伊方町へのODAとチップ込みの8000円だ、まぁ良い。

ミカン畑と風車の風景も素晴らしい。そして駐車場へ。ここからは一人で徒歩だ。普通に歩けば灯台までは30分。今日はかなり風が強い方らしいが、恒常的に風は強い。歩けばわかるが、松山の周辺の山々が、この風の防風体となってくれているのだ。ここは海からの風が容赦なく吹き付ける。よろけてしまうほどの強風が襲いかかるが、その中で、お薦めは、「椿山展望台」。道しるべを辿って行ってみると良いだろう。最終目的地、四国最西端の地である「佐田岬灯台」よりも、360℃絶景は楽しめる。遥かなる九州・大分の大地が見え(正直言うと無い方が完璧なオーシャンビューなのだが)、太陽と海の景色は絶景だ。雪は降っていたが、晴れていた。夏行けば、俺が言った通りになるだろう。ただし風は強い。360度カメラで撮影しても良いかもしれない。

景色的には椿山展望台が最高であるが、せっかくだから、佐田岬灯台も見てみると良いだろう。灯台の内部には入れず、視界に灯台が入るので、椿山展望台の方が絶景なのが残念だ。「佐田岬灯台を解放し、観光誘致せよ」、これがおれが伊方町の広報戦略部に進言したいことではあるが。それ以外にも大砲など、全部見たが、もし強風と寒さで長い間滞在することがつらい場合は、椿山展望+佐田岬灯台の優先順位でかまわない。それだけで99%の満足度を得られる。

仮想通貨は少なくとも、さらに10倍は上がる根拠

フリードリヒ・ハイエクの「貨幣発行自由化論」(正直言うと俺は読んでないw)が、

貨幣発行自由化論 貨幣発行自由化論
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同じくハイエクが「隷属への道」で言及していることは、「国家が通貨発行権を独占していることになんの合理性もない」ということだ。隷属への道を読んで理解すればわかるが、読んでない諸君らのための乱暴すぎる表現ではあるが、ハイエクに反してはいないだろう。

隷属への道 隷属への道
F.A. ハイエク F.A. Hayek

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岩井克人が日本語でそれをわかりやすく解説してくれていて、例えば

資本主義から市民主義へ 資本主義から市民主義へ
岩井 克人 三浦 雅士

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があるが、本を読むのがどうしても無理という「お忙しいw諸君」は、簡単にまとめたWeb Site

https://wired.jp/2016/10/12/katsuhito-iwai-interview/

にある、岩井克人が「貨幣商品説と貨幣法制説の両方を否定している」ところを理解することが、これから書くことを読む前提条件だ

仮想通貨の代表格であるビットコインに対するよくある批判は「なんの裏打ちもない」と「価格変動が大きすぎる」の2点である

香港ドルには、香港ドル7.8ドルに対し1USドルを保有することが発行条件という強い固定相場制、厳密に言えばカレンシーボード制を採用されているので、香港ドルにはUSドルという「裏打ち」がある。一方、当のUSドルにはなんの裏打ちもない。米国政府(正確にはFRBだが)が発行しているのであって、何かの価値を保証しているわけではない。兌換紙幣から不換紙幣への置き換えが起きた時点で、現在の米ドルや日本円には、「なんの裏打ちもない」。裏打ちがある=兌換紙幣、であることと、政府発行(中央銀行発行の意も含む)の区別がついてないならば、先ほど書いた理解の前提がない。俺のブログなんか読んでいる時間が1秒であるならば、「隷属への道」と「資本主義から市民主義へ」を嫁。読め(read)というのは、見る(see)のではなく、本を手にした後、その本に何が書いてあるか、自分の言葉で説明できる状態になることをもって、読んだというんだw わかるか。本を買って本棚に置くことは読んだとは言わねーんだ。

米ドルになんの裏打ちもない by 俺
国家が通貨発行権を独占する理由がない by ハイエク
貨幣商品説と貨幣法制説、どっちも間違い by 岩井克人

この3つは全部同じだということが、仮想通貨がなんの裏打ちもないということを批判するのに値しない根拠だ。

金本位制とニクソンショック、ニュートン平価、万有引力のあの天才ニュートンが、金と銀の交換比率は1:15.2、と定めたのはあまりにも有名なので、そのあたりの単語で適当にググればいくらでも説明文章があるだろう。金本位制という有限資源である鉱物に、予測不能に発展する人間の経済活動が縛られることに問題があったというのが金融史的な、兌換紙幣から不換紙幣への置き換え、また別に変動相場制への移行の理由と言えよう。

しかし、現在、金と銀の比率が1:15.2とはほど遠い比率で取引されているように、また、同じくニュートンが説明できなかった彗星の近日点移動をアインシュタインが説明したように、天才ニュートンといえども300年覆されないことはない。バーナンキさんも黒田さんも頭のいい人ではあると思うが、彼らが実行した金利政策や緩和政策がニュートンが提示した1:15.2の比率よりも、効果が長続きしないことは諸君らも同意してくれるであろう。そんな彼らが高い中央銀行の独立性をもって決定した”金融政策にのみ”によって変動する現在の為替相場を諸君らはどのように考えているのかね? QE3、黒田バズーカーってなんだ?

欧米至上主義と思われるのは不快なので、日本の話をするが、戦国時代、単なる土くれである茶道具が、一国(各藩)の徴税権と同じ価値を持つほどの価格を付けたのは、チューリップバブルとも、芸術的価値とも異なる。当時の日本は銀本位制であり、経済発展著しい戦国時代において、「兌換紙幣(銀本位制下の貨幣)から不換紙幣(=茶道具)への置き換えだった」と解釈することができる。

「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。」 by ロスチャイルド

を地で行くのが、日本史上も起きていて、利休が秀吉に斬られた理由の解釈として、その茶道具のバリュエーションを利休が握るということは、通貨発行権を利休が握る=全てを利休が握る、とも解釈できる。

兌換紙幣の問題点は、ニクソンやそれより300年以上前に利休が指摘してくれていたことだ。そして、今から50年前にハイエクが、さらに日本でも岩井克人が、国家が独占している通貨発行権と不換紙幣の問題点を指摘していて、それを解決したのが、「仮想通貨」なのである。

岩井克人の言うところの「そうした電子マネーが出てきたときに、「貨幣がなくなる」ということをいろんな人が言ったわけですが、とんでもない。貨幣がなくなるのではなくて、貨幣は実体性を失った情報になることでより純粋化しただけなのです」

シッタールタをはじめとする様々な宗教で偶像崇拝が禁止されていたが、その理由は、偶像を作れば偶像そのものを信仰するようになり、思想そのものの本質が薄れることが偶像崇拝の禁止の理由だ。貨幣というのも全く同じことで、貨幣というのは信用のオブジェクト化なわけだが、貨幣が存在することで、貨幣そのものを信仰し、信用という本質を見失うので、「欲しいものはお金」とか意味の分からないことを言う奴が出てきてしまう。

偶像をありがたがる気の毒な人と、法制通貨に”裏打ちがある”と信じ込んで疑わない人は、ある意味同じだ。

米ドルあるいは日本円に、なぜ価値があるのか?

これを論理的に説明することはできない。だから国家が通貨発行権を独占している状態に何の合理性もない。テクノロジーの進化によって、テクノロジーで通貨所有を保証できるならば、兌換紙幣から不換紙幣に変わったのと同じように、法制通貨から仮想通貨に置き換わるのは歴史的必然現象と言えよう。

だから、ビットコインの価格変動が激しすぎる、これは事実だが、それは仮想通貨に問題があるのではなく、貨幣法制説に対しての疑惑が、その価格変動の根拠なのである。難しすぎる??www

理解を単純にするためにコペルニクスを思い出せよ。天動説だろうが地動説だろうが、月や太陽、あるいは遠く離れたシリウスの運動を説明する分には変わりはない。だが、金星や木星のような太陽系内の近所の星の運動を説明するならば、「地球も木星も太陽の周りをまわっているから、地球から見ると木星挙動はこのように見えることになる」という地動説的解釈がシンプルな説明になることがわかるだろう?

それと同じように、新しい通貨体系、金本位制からの脱却と同様、法制通貨からの脱却に基軸を置けば、変動しているのは仮想通貨ではなく、我々が手にしている現行の法制通貨制度が揺らいでいるのだよ。

現行の法制通貨から仮想通貨へ、完全に置き変わることを前提とした場合、仮想通貨は信用創造もしてないし、中央銀行も不要なことから、仮想通貨の時価総額の総和=全世界の流通貨幣量=各国の(マネタリーベースー中央銀行当座預金)と等しくなるべきだ。
現在のところの流通貨幣量は、ドル1500Bil、円1000Bilとなっている。ユーロとか調べてないが全世界で4000bil以上はありそうかなという想像はつくだろう。

一方、仮想通貨の時価総額の総和は、

https://coinmarketcap.com/

の一番下にTotalが出ているが約320bilだ。現在はビットコインがそのうち180bil(50%超)くらいのシェアだが。だから、仮想通貨の時価総額=全世界の流通貨幣量、こういう時代の流れを必然とするならば、仮想通貨の時価総額は少なくとも10倍以上にならなければならない。

ただし、仮想通貨の時価総額と私は言っているのであって、ビットコインが10倍になるとは言っていない。

ITバブルの時、もてはやされていたのは、AOL、Netscape、Sun Micro Systems、Nokia…、挙げればきりがないが、それらはすべて消え、その当時は存在はしていたが上場もしていなかったFBやGoogがITの寵児として世界でトップを取った。それをなぞらえて、ビットコインがSun Micro SystemsになるのかGoogleになれるのか、それは私にはわからない。

と、ここまで読み切った諸君がまだ私の言っていることを理解できてないとは思いたくないが念のため書くと

兌換紙幣->不換紙幣->仮想通貨 

の流れは必須である、それが「仮想通貨は10倍以上になる」(※ハイエクや岩井克人はこんなことは言っていないが、法制通貨に合理性はないという彼らの意見に同意している俺の主張だ。わかるか?)というバリュエーションの根拠だ、と私は言っているのであって、「ビットコインの推奨はしていない」。

顧客本位が割高な投信手数料を止めることとは思わない

巨艦・野村證券も動く!資産運用業界の「大淘汰」時代が始まった

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51841

フィデューシャリー・デューティーは大いに結構だが、問題の本質は、投資信託の手数料がどうのとかそういう細かいことじゃない。最もやるべきことは「健全な資本市場の形成」。それは、株屋ごときの企業倫理でも投信手数料の減額でもなく、上がり続ける株式市場の形成=キャピタルゲインの創生だ。「上がり続ける株式市場が官主導で作れるなら苦労はない!」という批判は当然だ。だが、民主導の資本主義の下で、10~20年という長期で見た場合、全体が上がってない株式市場というのは世界にあるのだろうか? ああ、中国も上がっているから民主導の資本主義下という条件は削除しても同じことだw ほぼ全ての世界中の指数がどの時期で切っても長期間では上がっているのは周知の事実であろう。

米国の個人の株の投資比率が高いのは、「投資教育が進んでいて、個人がビジネスのリスクを理解できているから」。そんなわけねぇんだ! 民が何も考えずに、株を買えるほどに、ずっと上がり続けているからだ。日本の個人が預金が好きなのは、護送船団方式で都銀は絶対潰さないし、銀行預金は預金保険機構で絶対に守るという保証を付けているからだ。もちろん、アメリカに株の損失補償なんてあるわけない。でも何十年もずっと上がっているの。指数もそうだが、オールドエコノミーの鉄板企業なども同様だ。とにかく右肩上がりで株価が上がり続けている企業がいくらでもある。日本で30年チャートが右肩上がりという条件だけでいくつある?成長率がJNJやDISやPFEに劣ろうがそれは目をつぶる。 ユニ・チャームはがんばっていると思うがね。

S&P500とTOPIXの30年のログチャートを比べればわかるが、とにかくずっと上がっているように見えるはずだ。あるいは、”アメリカの時価総額トップ企業ならば全て”、長期チャートは、リーマンショックをもろともせず、右肩上がりのはずだ。日本のトップ企業である三菱UFJFGの長期チャート見てみろ。なんだこれ?

米国の個人のフィナンシャルリテラシーが日本の個人より高いんじゃない。
米国個人「とりあえずJNJでも買っておくか」=日本個人「とりあえず銀行に入れとこ」
なのだよ。要は民の信頼の問題だ。

面白い事例を紹介しよう。俺のシンガポール時代の友人が日本に帰っている。彼は全くの株の素人で、俺のお勧め通り、シンガポールの証券会社の手数料も安く、健全な市場である米国ブルーチップのBuy&Holdを基本としていて、この7年間負けた経験がない。だから、日本で彼は素直に、「株は簡単だ。買って放っておけば普通に儲かる」と発言(2017年2月)し、周りの日本人を凍り付かせたのだ。

わかるかね? 彼は日本人だ。フィナンシャルリテラシーなんてあるわけねぇ。ただ、日本市場での経験がなく、米国市場しか知らんのだ。その彼が「株は簡単だ。買って放っておけば普通に儲かる」と言ったんだ! 正直、この発言には俺も驚いたが、これが「健全な米国の資本市場が持つ民に対する信頼」ということだ。

・民の信頼を裏切り続けた株式市場=株主を軽視してきた経緯 (いくらでも挙げられるはずだが、とりあえず)

1968年まで額面発行増資、時価・セカンダリー市場の軽視の証拠。
貯蓄から投資へ って何年言い続けているか。
グリーンメーラーではあるものの株主としての意見を述べたブーン・ピケンズが指摘した「明確な資本関係もないのにケイレツ?取引って何ですか?」という問題提起は解決しないまま放置。
経団連の会長が「企業は株主のためじゃなくて従業員にためにある」って公言しているのは、経営の姿勢として明らかに不健全。
株主との対話と言いながら、総会屋対策の名残で、6月末のある日に一斉に総会やるって、対話する気はないということ。
ROEを経営指標として株主還元いたしますって、2016年の日経新聞の一面に書いてあるのよ? 今まで何見て経営した来たのか。
ホリエモン事件以降、自主的に止めた会社があるが、親子上場、親子ねじれなど、親会社・子会社の利益相反は今も法的には放置。

・10~20年という長期で見た場合、全体が上がってない株式市場というのは世界にあるのだろうか?

今の株式時価総額はバブル期の最高時価総額を越えたこともあるレベルなのに、時価総額加重で計算されるTOPIXはなぜ下がっているの?
その犯人は、1992年計算開始、1000を基準とした時価総額加重指数の業種別指数の推移を見れば明らかだ。答えは銀行。銀行が合併だ、増資だ繰り返して、株主リターンを殺して、今の時価総額を維持しているのがよくわかる。ただ、それは銀行だけが悪者なのか?
弱肉強食の自然淘汰を隠し、倒産は悪、ゾンビ企業をもたれあいで、生き延びさせるために銀行に融資させる。その体質が全体に影響している。

この「父子の隠し合い」を発生させた原因は、工業化と高度経済成長下において核家族化するなかで、「企業は従業員にとっての家」の役割になった故に、従業員と企業の関係が冷たい法的な雇用契約ではなく、企業が従業員が帰属する社会的主体なったことにある。「海賊と呼ばれた男」でも読んでもらえば、その典型企業だが、「社員を守る」というのが一般的な発想だ。

割高な投信手数料も問題だよ。官主導で圧力かけるのは良いことだろう。だが、そんなもんは重箱の隅だ。

「正しい金融知識を持った顧客には売りづらい商品を作って一般顧客に売るビジネス、手数料獲得が優先され顧客の利益が軽視される結果、顧客の資産を増やすことができないビジネスは、そもそも社会的に続ける価値があるものですか?」
金融庁の森信親長官は4月7日の講演

と言うのならば、「父子の隠し合い」と「会社は家」を止めて、健全な資本市場の形成、弱者(弱社)は退場していただくのが自然な姿でしょう。民が投信を買うのは、「自分では判断できないからプロに任せよう」と思うからだが、「適当にブルーチップ(有名企業と言ってもいいだろう)を買って放っておけば、まぁ、儲かるでしょ」と思う俺の友人の例のような株式市場に絶対に信頼があれば、、アコギな投信など、手数料が割高過ぎるなんて言わなくても、大部分が自然に消えてなくなる。今の日本の時価総額トップ企業を見てみろ。「銀行やNTTで損した」と言っている個人投資家がどれだけいるんだ?それは証券会社やバイサイドの責任か?大蔵省主導で国民に損を押し付けてきたからだろう? 金融庁長官とやらに「この株で損した」なんて企業が時価総額トップにいること自体が「不健全な資本市場」だと思わないのかね?と問いたいよ。

健全な資本市場の形成のために、俺が上記に書いたことを実践することは、日本の歴史と日本人の「互いに尊重し助け合う」という国民性の否定となる。それを両立させる解決案は、俺ごときではとても思いつくものではなく、今現在、俺以外の誰も持ってないのが現状だと思う。それをどう解決していくか、俺はドル中立測度下で、ずっと見続けていこう。

中国の寛容性と不寛容性~VPNが死んでて一切ネットができない

中国、海南の海口に今居るのだが、ホテルの部屋に禁煙・喫煙という概念がない。全部の部屋が喫煙可能で、安いホテルなのに広いので、タバコ臭も残らない。喫煙者に寛容な態度だ。

緊急告知的に、安否確認という意味で、私は今生きている。

計算外の事態でVPNがワークしてない。Facebook,Twitter,LINE,プライベートのE-mailもg-mailからのリダイレクトなので通じない。ネット上のコミュニケーションで今、完全に孤立していて、誰とも連絡が取れない状態だ。現在唯一使えるのはSkypeとこのブログのみ!しかもこのブログは禁止サイトではないのでアクセスできるが、準嫌がらせの対象になっているのか、アクセスが非常に遅い。なので、これが中国にいる間、最後の投稿になるだろう。香港に戻るのは5月6~8日のどこか。

Skype上のお友達ユーザーはそれほど多くないので、事実上、連絡手段が一切封じられている状態だ。

Google,Youtubeができないのは織り込み済みだったのだが、Bloomberg.comまでアクセスできないのには閉口した。Yahoo Finance.comのアジア通貨の為替の確からしさって大丈夫なの? そのレートで取引するわけじゃないから、ちょっと変でも、旅行期間中の一時的な評価損益に過ぎないから、良いんだけどさ。

取引はできる。真っ先に確認してるからそれは問題ない。4/21のSoQでコールのカレンダーが満期迎えて、片割れのコールのネイキッドのロングが処理できてないのよねー。これ自慢話よ?わかるかな? トラディショナル(マンスリー)のS&P500のオプションはAMセトル(寄付き)なので、満期迎えた後、欲張って、残ったネイキッドのコールのロングを高めの指値にしてたら入らなかったの。それを今日、売っちゃうよ。全体でThetaもプラスだし、欲張って全部売らずにちょこっと売るかな、ハハハ。

抵抗勢力、イノベーションを拒む人々

「価値はゼロではないが、明らかに手間暇に見合ってない仕事」は、ひとつひとつは小さくても、積み重なるとグループ内の1割から2割の業務量に達することもあります。恒常的に皆が残業しているような部署で、「ゼロよりマシ」なレベルの仕事を行い続けるのは、明らかに不合理なのです。1年に一度、仕事の閑散期に「部門内の仕事の洗い出しと、不要な仕事の廃止」を行うことを慣習化すれば、他にも多くのメリットが得られます。

ただし、突発的に「どの仕事を廃止しようか?」という話を始めると、自分が担当しているすべての仕事に価値があると言い張る人が出てくるので注意が必要です。こういう人は、「自分の仕事がなくなり、自分自身が不要になること」を恐れています
伊賀泰代.生産性

ハハハ。こういう人が出てきますじゃなくて、過半数どころか8割くらいそれだろw

2013-03-07女帝 ドキュメンテーションのプロ

ドキュメンテーション&リーガル部門の彼らは数学的表記やxmlが理解できないんじゃないの。効率化されて自分の仕事がなくなるんじゃないか?という不安で、俺に抵抗してたんだよ。だから、テクノロジーを受け入れる気がないわけ。フィンテック?AI? この「効率化されて自分の仕事がなくなるんじゃないか?」って恐れてる連中を説き伏せてからやらなきゃいけないのが、日本が後進国よりテクノロジー採用が遅れる理由だよ。単純平均とみなし額面なんて計算してる日経平均先物ラージにまだ最高の流動性があるのも、あるいはDMA・個人投資家がAPIでプログラミング売買している時代に電話で発注してるセールストレーディングなんて部門が存在してるのも同様だ。

東証が一場制(前場・後場ではなくぶっ通しで行う)に移行しようとした時だって、大変な抵抗勢力があったんだ。「昼休みが無くなる!」「昼間のバスケットのクロス取引はどうするんだ!」とか言って。「あ~ん?知らねぇ。アメリカにはそんなのねぇよ」で終わりだと思うんだけど、もう超必死で怒りまくってる人続出なわけ。もしこれ読んでたら是非、昼休みの取引の重要性について書き込んでくれたまえ。二場制の取引所はかなりなマイノリティーで、それは必要ない! んだが、そうやって自分の仕事が少しでも減るのを恐れて、烈火の如く怒る奴を相手にしなきゃいけない東証もご苦労なこった。

「あの人にしかできない仕事」は、当人の高い評価につながっていることも多いのですが、一方でその人は、「自分の仕事を伝達可能な形に要素分解し、他の人でもできるようにすることで、組織の生産性を高めるという貢献ができていない人」ともいえ、組織としては、その人の急な病気や退職、休暇取得の際の多くなリスクを抱えてしまいます。

一子相伝の職人の世界とは異なり、そういった仕事やスキルの抱え込みは、組織の生産性向上より自己保身や職場における自身の心地よさと優先する身勝手な働き方であり、高く評価されるべき働き方ではないのです
伊賀泰代.生産性

うぉーーー、耳が痛い。思いっきり俺だ。馬鹿でもデリバティブのプライシングモデルを作れるようにすべきだった。「微分方程式くらいは高校でやりましたよね?」、「『線形代数って何?』って人は、まぁ気にすんな。」 この発言が悔やまれる。イトーのレンマを知らなくても、フィナンシャルエンジニアリングに何が書いてあるのかも全く理解できないような奴でも、プライシングモデルを構築できるようにするような環境を作るのが俺の仕事であるべきだった。

2014-06-10 自分のアタマで考えよう 1/4 ~新興国から先進国への思考の還流 

「台湾ドル(TWD)NDFが絡むエクイティ・デリバティブのプライシングをどうすればいいか?」とトレーダーに問われた際に、私が即座に答えた。「TWDNDFを実際取引しているトレーダーとも既に話をしていて、TWDNDFのボラティリティ・流動性・取引コストがどの程度か?オンショア・オフショアスプレッドを確定するための取引手法。それを反映したうえでプライシングとヘッジ行動はどうすべきか?ブルームバーグやロイターでどうやってTWDNDFのレートを見るのか?、当時、アジア通貨のオフショア金利はマイナス金利となっていることもあったのだが、ディスカウントファクターが1以上=マイナス金利を許容できないブッキング・プライシングシステム上でどう対応するのか?」 といったトレーディングとプライシングに必要なことを、事細かに説明したら、同チームのトレーダー連中全員が、薄笑いを浮かべていた。なぜかというと、本来は「TWDNDFのディールがありそうだから、どうプライシングするのか検討してみてくれないか?」と言われてから調査するのが、通常だ。だが、頼まれてもいないTWDNDFについて゛個人的な趣味゛で何か月もの時間を使って水面下で「勝手」に調査していて、それを全員の前でプライシングポリシーとして一気にプレゼンテーションしてのけた俺に対して、ここまで公然と業務外行動=サボりを明らかにしたことに、全員薄笑いをしたのだ。怒らなかったのは、良いように解釈すれば「ビジネスの先を読んで言われる前に調査していた」とも、解釈できたからだ。

批判されたことは無かったが、

組織の生産性向上より自己保身や職場における自身の心地よさと優先する身勝手な働き方

なのは間違いない。俺がどうしてもTWDNDFのディールが欲しかったという完全なるわがままだ。もしディールの気配が一ミリでも表れたら、即座にディールできるように香港から、ロンドンや東京にまで手をまわして、極めて自分勝手な理由で準備をしていたのだ。当時としては熱意をもって業務に取り組んでいたつもりだったが、今思えば完全に越権行為だ。俺がトレーディング・ヘッドだったなら正当化されるのだが、末端のくせに自分の意思でトレーティングの方向性を決めるのは、まともじゃないと反省している。

有意義な研修、トップの資質

社内講演会に一流アスリートや有名な評論家を招く企業は非常に多いのですが、トップパフォーマーの育成のためには
・20代で一定規模の組織を率いる若い起業家
・30代でグローバル企業の日本支社で一部門を率いるアジア人プロフェッショナル
・40代でアジア部門統轄を務める外資系企業の日本人ダイレクター
など、他業界の若手トップパフォーマーを公演に呼ぶほうが(たとえ彼らがメディア的には無名であっても)大きなインパクトを与えられます。自分と同じ世代で圧倒的に高いレベルの人を目にすれば、「若くしてここまで大きな仕事をしている人がいる」「自分と同世代なのに、これだけのリーダーシップを発揮している人がいる」と目を開かされます
伊賀泰代.生産性

そうだねー。俺がすぐ思いつく最も簡単に実行できる研修は「CourseraのAndrew Ng氏のMachine Learning」のオープンキャンパス。忙しいトップパフォーマーを呼ぶ必要もなく、休日や仕事終わりに自宅でできてしまうという。機械学習の勉強にもなるのだが、リーダーシップ研修として使えると思う。こういう人が米国企業のAI開発トップやってんだってのを見れば、日本で取り組んでるAIエイエイオーでは意味がないってのはすぐわかる

ビジネス上チーフなりトップとしての働き方、この意味でトップパフォーマーは見ることを薦めたのだが、それ以外にもAIのトップレベルの技術者であり、また大学のあり方も問う。チーフ・トップとしての働き方だけに興味がある者は、コース内のプログラミング実習は飛ばせ。例えば、講義に必要な線形代数の基礎知識について、わずか40分で説明する辺りは、線形代数を理解している者はビジネス上のシンプルな説明の仕方として有用だ。「線形代数って何?」って人は、まぁ気にすんな。それでも理解できるように説明してくれてるから。

Andrew Ng氏の講義の概説 行列とベクトルの掛け算

行列とベクトルの掛け算だが、x(i,1)*v1+x(i,2)*v2+…..+x(i,n)*vnがi=1~nまでn個あるんですが、X・vと書けます。数学的な理解が追い付いていない人、心配しなくていい。x(i,1)*v1+x(i,2)*v2+…..+x(i,n)*vnがX・vと表記できるってだけです。

行列とベクトルの掛け算は、表記の問題らしいです。さらに…

Andrew Ng氏の講義の概説 逆行列の計算

逆行列の計算だが、Xの逆行列はpinv(X)です。inv(X)でも良いのですが、たまに計算できないのでpinv(X)がお勧めだね。

えっ? 逆行列の計算の説明20秒くらいで終わっちゃったw たまに計算できないってのがお洒落でしょ、行列式がどうのとか言わないからw ”Don’t worry”をかなり繰り返してるんだよねぇ、「マシンラーニングは数学」ってのが一般常識らしく、数学に対する苦手意識が多い人が世の中に多いことから、かなりアンドリュー氏が気を付けて話しているのがわかる。

対する俺の説明は、営業部門からデリバティブ・トレーディングに研修に来た先輩に対して、「微分方程式は、高校でやりましたよね?」と突き放したという…。あんまり教える気がないし、知ってて当然って態度だね。ほら、数行前の俺の文章見返してみな。『「線形代数って何?」って人は、まぁ気にすんな。』って書いてるでしょ。ちょっとオツムの弱い人と話してると「中央銀行の役割は小学校の教科書に載っている」とか言っちゃうもんな。これがリーダーとしてのアンドリュー氏と俺の「資質の違い」だ。

さて、生産性の本に戻って、

5章人材をあきらめない組織へ、

というタイトルで、選抜に漏れた中高年グループの育成問題について書かれているのだが、5章まるごと、ブックマークなし。俺はその問題に対して興味がないということだ。じゃ、次。

企業の研修とは仕事の生産性を上げるための投資です。研修を受けたことで参加者の生産性がどれほど上がるか、上がったか、ということは、研修自体の生産性として常に意識される必要があります。ところが中には、「勉強にはなったけれど、仕事の生産性にはあまり影響がない」という毒にも薬にもならないレベルの研修がたくさんあります。
伊賀泰代.生産性

確かに。でも1社目の会社は、かなり専門的な研修があった。必須研修は無いのだが、自由な選択式で、何個かは受けなければならない制度で、ちょっと興味があったネットワーク構築(LANとWAN)みたいのを受講したら、1か月後くらいに
課長「ネットワーク設計しといて」
俺「えっ?、研修受けたばかりでなんの経験もないですよ」
課長「でも研修受けたんでしょ?じゃ、早速業務に活かして。それに経験がないからできませんと言って、いつまでも同じ業務では困ります。」

感覚として研修は「お勉強」と思い込んでいたんだが、この会社では研修=業務直結ってのが驚いた瞬間だったな。

出世街道 2/2 ~役員候補生以外にもある優遇枠

私は役員候補生になったことがないので役員コースについて具体的に書けないが、優遇されていたほうだと思うのでそれについて書こう。前回述べたように優遇のポイントは3つ。

新人・もしくは2年目程度で、仕事の実績がない・もしくはほとんどない にもかかわらず、私に与えられた特権は

1.言えば何でも買ってもらえる。
2.部門横断的な仕事が多い。
3.頭越し外交、2階級上からの指示で働いている。

の3点にすぎない。給料が高いとか、役職が早く上がるなどは無かった。

これについて具体的に解説していこう。

1.買ってもらえるのは、当然仕事に使うもの。自分専用のパソコン(普通は1台だとしたら僕は2台など)・専用サーバー・自分だけが使っているソフトウェアなど。一番わがままで買ってもらったのは、「香港への片道切符」

「香港に勤めるかどうか会社と交渉してる」と当時の奥さんに話したら、「株で儲けすぎて税金払いたくないから香港行きたいなんて個人的なわがままを、あんなデカい会社が認めるわけない!英語も話せないくせに!」と言われてしまった。なぜ彼女がそう発言したかというと、私が読んでいた本が、「租税条約、タックスヘイブン、オフショア」などの言葉が並ぶ本ばかりだったからだ。もちろん、会社が許可してくれた理由は、当時アジア勃興の時代だったので、私のわがままとアジアシフトという会社の方向性が一致しているということである。

2.社内外の専門家と会わせてもらえた。同じ部門の同期や先輩方は、席について仕事をしているのが普通だが、私だけ席を長時間、外している状況が公然と認められていた。そのため席が複数あり、1社目は3つ、2社目は2つあった。聞くところによると、上司に箸の上げ下げまで指示され、監視されながら働いているような人も居たようだが、私はその逆で、目が届かない他の部門に行くことは当たり前だった。

3.入社したてのヒラなので、課長-主任-ヒラ(新人)のようになり、主任の小さなチームの一員として働くのが一般的で、主任(先輩社員)の指導を仰ぐ。しかし私が勤めた2社とも、なぜか最初から「課長特命要員」。若いけど仕事ができるからそうなったのではない。最初からだ。特に一社目は組織が大きく、課の規模も大きかったのだが、不思議なことに課長から直接指示が来た。今思えば、後ろで部長が動いていたな。

2015-02-02 サラリーマンは面白い、サラリーマンはもっと自信を持て

数か月の新人研修が終わり、配属された事務所に行くと名刺ができていたので、喜んで部長に「名刺ができました。部長に顔を覚えてもらおうと思って」と渡そうとしたところ、
「この名刺は1枚4円かかっている。うちの会社の半導体部門は1個何十銭の利益を産むために頑張っている人たちもいる。お客さんに配るのは問題ないが、社内で顔を覚えてもらうために配るモノでは無い。自分の部門の部下の名前くらいきちんと覚えていますよ、エキゾ君。」
と優しく諭されてしまった。どの会社も日本企業なら同じような構造だと思うが、部長、課長、主任、ヒラとなっているので3階級も違い、部長となれば部下は何百人もいるのに、たかが一人の新人の名前をよく覚えていたな、と感心した。でも次の会社の部長も、顔と名前だけでなく学歴、しかも最終学歴だけでなく、高校まで覚えていたので、そういう記憶力に優れた人でないと部長になれないのかもしれないw

部長は俺がどこに住んでいるかも、多分、覚えていたのだろう。当時、横浜の実家在住だったのだが、研修先幕張、事務所大井町、配属先桜木町と、どんどん実家に近づいてきて、通勤時間30分くらいだったんじゃないかな。それはおそらく部長が俺の住所を知ったうえで、近くて通いやすいところに配属してくれたのだろうと思っている。

でもね、会議の風景とか変なのよ。(課長会議)おじさんの中で、俺一人で若い
1社目課長「新しいネットワークの設計と構成について、詳細はエキゾから」
2社目課長「この商品のセカンダリーの値動きについて、詳細はエキゾから」
みたいな感じで、相手は全員おじさん(課長)。

課長特命だから、課を飛び越える仕事になるので、2の部門横断は必須になる。仕事の期間も長期的で日々具体的に何をするというのはない。実績ゼロの新人からそういう仕事ってのが、「俺、優遇されてる?」とは思ってました。ちなみに東大特権は関係ありません。他にも東大はいっぱいいるんで。銀行の行内運動会にて、東大だけ集められて、会議室から運動場を見下ろしながら「見たまえ、あれが諸君らの将来の部下たちだ」なんて訓示があったとかなかったとかジョークがあるが、さすがにそれは経験したことがないぞw

2015-02-03サラリーマンは面白い、SEのお仕事

役員候補生が特別待遇を受けていたのを思い出したのだが、俺も役員候補ほどではないものの、優遇されてるほうだったと思いかえし、上の「サラリーマンは面白い」って言い方はちょっと嘘かもなw 今後気を付けよう。

一言で言うと「新人時代から自由に仕事させてもらった」。私は日本で勤めた2社、両社ともに感謝している。役員候補生ではなかったことは辞めた理由ではない。むしろ最も優秀な奴がきっちり役員候補生に選ばれていたので、その点に関しては健全だとポジティブに評価している。俺みたいな狂犬が大会社の役員ってちょっとおかしいだろ。俺は金さえ、もらえれば、役職は要らない。ただ金が欲しいというより、俺だけ特別な給料だと確かに金は満たせるんだが、

多くは日常的に「自分よりできない人」とばかり働いています。

という状態になり、それが気に入らない。相関1とは言わないが高い相関で高給取りは、優秀な人多いから、職場として働きやすいし楽しい。会話が通じないことがない。こっちの言うことはすぐに理解してくれるし、理解できるように合理的に端的に説明してくれる。グーグルのマネジメントボードレベルは、さすがに身分不相応だけど、イノベーションエイエイオーでフィンテックとか言ってる連中は相手にしたくないなw

ちなみに、高額所得者が多い職場が、環境として良いというのと同じ理由で、今、香港やシンガポールを中心に生活している。生活コストのことだけを考えるなら、もっと物価の安い国はある。ただ、生活費の安い国に住んでいる外国人(日本人も含む)の質が悪い。例えば、香港やシンガポールで働くビジネスマン相手なら、会話の中で「デリバティブ」という言葉を説明なく使用できるが、フィリピンやタイでは非常に難しいだろう。

出世街道 1/2 ~役員への道

トップパフォーマーとは、卓越したパフォーマンスを示すごく一部の社員のことで、特定のポジションについている人のことではありません。

「トップパフォーマーなら放っておいても勝手に成長する」と考える人もいます。トップパフォーマーの潜在力を引き出すためには、同じレベルにある仲間との切磋琢磨が不可欠ですが、彼らの多くは日常的に「自分よりできない人」とばかり働いています。国内では高い評価を受けていても、世界に出ると自分の未熟さを痛感させられる機会が多いアスリートと異なり、彼らは組織や業界を超えて、もしくは国を超えて「自分より圧倒的にできる社員」と出会う機会がほとんどありません。このため本人は「自分には、さらに高い場所を目指す必要がある」という意識さえもないままになってしまうのです。
伊賀泰代.生産性

俺は残念ながらトップパフォーマーではないんだが、思い当たる奴がいるわ。

多くは日常的に「自分よりできない人」とばかり働いています。
国を超えて「自分より圧倒的にできる社員」と出会う機会がほとんどありません。

この状況は、まさにソイツが置かれてる状況で、お気の毒にって感じだな。

年功序列型の組織においても、経営者レースが本格化するタイミングではトップパフォーマーの選抜と育成が始まります。将来の役員候補と認められた部長クラスのトップパフォーマーが、子会社や海外支社、新規事業や今まで経験のなかった部門の責任者を任され、その結果に応じて抜擢されたり、レースから脱落したりと選別されることはよく知られています。一方、若手のトップパフォーマーに対しては、昇格など外から見える形での選抜は入社10年後くらいから、遅い業界では入社以降20年近く行われない場合もあります。なぜ多くの企業は経営者レースが始まるまでトップパフォーマーの意識的な育成に乗り出さないのでしょう?なぜもっと若いうちに彼らの実力を引き出す工夫を始めないのでしょうか?一つは「あまり若いうちから実力差をあからさまにしたくない」からでしょう。選抜に漏れた人がそのまま「あきらめられた人」となってしまう組織では、選抜タイミングが早ければ早いほど、選抜に漏れてモチベーションを下げてしまう人の発生が早く、かつ多くなってしまいます。

もうひとつ、日本的な組織において早期のトップパフォーマー選抜が行われない理由は人事評価の主眼が人材育成ではなく、昇格や評価(ボーナス査定など)にあるからだと思われます。どこの企業でも上に行けば行くほど役職に就ける人の数は減ります。このため前者の選抜は「部長になれない人を落とす」プロセスですが、後者では「役員になれない人を落とす」プロセスではなく、「役員になれる可能性がある人だけを選ぶ」プロセスとなります。
伊賀泰代.生産性

トップパフォーマー、私の言葉で言えば役員候補生だが、役員選抜は部長になってから? もっと早いんじゃないの?日本で2社しか働いことないから、俺の経験ですべてを語ることはできないが、面白い事例を紹介しよう。

新役員就任当日、「バカ殿様のおな~り~!」と見たこともない新役員が各部門を回るのだが、新役員が私の部署に来た時、「おう、WXYZ(仮名)、ここで働いてたのか」と言って帰っていきました。

WXYZって僕と同期のヒラ社員です。しかしWXYZは、なぜかいきなり役員と知り合い。役員としては「トレーディング部門か…、俺セールス出身だし、よくわからんな」くらいのノリだったでしょう。「課長は誰なの?」と聞くこともなく、「WXYZの部署ね」って認識で帰っちゃった。

入社から4~5年目くらいの出来事だったかなー、忘れたけど。でもその時、俺は初めて「WXYZは役員候補生として会社に扱われている」ってことを知った。WXYZは5分話せばわかるくらい同期の中でも圧倒的に優秀だったので、4~5年目で役員候補生だったんだ、なんて言ってる俺は出世競争厳しい会社員に向いてない。どうしてWXYZが役員といきなり知り合いだったかというと、役員候補生は社内の研修が多くて、現職の役員や役員候補生たちとそこで会うの。=俺は、「役員候補生・限定研修」には呼ばれたことないので聞いた話だw 官僚組織とかもキャリアは出世のスピード違うし、部長になってから役員選抜ってのは一般的なのかなー?

図は、正しいが部長の中から選ぶのではなく、ほぼ新人の状態から選ばれている組織もあるだろう。なぜそう思うかというと、私自身は日本の会社で2社ほど働いたことがあるのだが、いずれの場合も、「役員候補生」とまではいかないが「優遇社員」ではあった。ちきりんの言葉で言う「ハイパフォーマー」。だが優遇社員という言葉を使っているのはハイパフォーマーとは若干意味が違うからだ。何かというと

新人・もしくは2年目程度で、仕事の実績がない・もしくはほとんどない にもかかわらず、私に与えられた特権

1.言えば何でも買ってもらえる。
2.部門横断的な仕事が多い。
3.頭越し外交、2階級上からの指示で働いている。

の3点にすぎない。給料が高いとか、役職が早く上がるなどは無かった。

技術が重要なんだけど、技術だけではない現状

ビジネス分野において、なんの問題意識も持たないまま「何か画期的なアイデアを考え、イノベーションを起こせ!」と命じられたらどうなるでしょう。そういうときに起こる現象を、私は「イノベーション エイエイオー方式」と呼んでいます。みんなで拳を振り上げ、エイエイオー!と叫んで気炎を上げる精神論的な手法を揶揄したネーミングですが、そんなやり方でイノベーションが起こることはありえません。ところが現実には「アイデア出しのミーティング」とか「ブレーンストーミング」といった名称を使い、イノベーション エイエイオー方式」の会議がどこでも頻繁に開かれています
伊賀泰代.生産性

イノベーション エイエイオー方式ワロタ。ただ、これイノベーション要らないね。全部そうだよ。フィンテックエイエイオー、AIエイエイオーw なぜそうなるかというと新テクノロジーに取り組んでますって言いたいだけなんだよ。あるいはAIは一切やってないと言いたくない。だから手段と目的の取違が起こって、AIを導入することが目的になり、何をしてるんだかよくわからないことになる。私が取り組んだ商品開発で唯一失敗したw事例を紹介しよう。

上司「面白い新商品作ってくれよ」
俺「面白いとは?」
上司「儲かるやつ」
俺「客がですか?デスクがですか?」
上司「両方」
俺「無理っすね」

解説しようw 金融商品は、結果的に客が儲かったり損したりすることがあるだけで、客が儲かる商品は作れない。デスクが儲けようと思えば、抜き幅を大きくして客から取るということになる。我々にできることは、「儲かりそうに見えるがオプション価値が大して高くないもの」を考えることだけだ。ただ、これは日本を含むアジアでは受けず、実際に売れる商品は「損しなさそうに見えるがオプション価値が高いもの」だけである。早期償還ノックインというのは、長い期間のノックインの場合、ノックインとバニラの価格の相違が小さい。そして高いクーポンは、株が上がると早期償還条項でノックアウトする効果があるので大して価値がない。そして、客があまり意味がないノックインレベルとクーポンだけ気にするように設計されているある意味完璧な商品なのである。

半導体メーカーのインテルが行った「インテル入ってる(Intel Inside)」の広告は衝撃的でした。これによりインテルは「インテルのCPUさえ入っていれば、どのパソコンでも性能は同じである」と消費者に伝えることに成功しました。これによりその後の消費者は「インテルの部品さえ入っていれば、高価なIBMやNECのパソコンを買わなくても台湾製のパソコンで十分だ」と考え始めたのです。この広告でインテルは「パソコンの部品メーカー」から「事実上のパソコンメーカー」に昇格しました。一方「パソコンの組み立て作業はコモディティビジネスにすぎない」と印象付けられたIBMやNECは、その後いずれもパソコン事業を売却しています。「パラノイアしか生き残れない」といわれ、圧倒的な性能を誇る商品を他社に先駆けて次々と開発してきたインテルは、超一流の技術系企業です。それでもこの画期的な広告戦略がなければ、部品メーカーとパソコンメーカーの地位逆転など起こりえなかったでしょう。
伊賀泰代.生産性

インテルねぇ、懐かしい名前だな。2000年以降はほとんど成長してないと言っていいかもしれないが、この環境下で時価総額170bilを維持しているのはすごい。

アップルの成功物語にもさまざまなビジネスイノベーションがてんこ盛りです。ライバルのウィンドウズやアンドロイド商品が売られる店舗に比べ、圧倒的に洗練されたアップルストアの店舗デザインや、極めてシンプルで洗練されたパッケージングなど、顧客コミュニケーションに並々ならぬ投資をしてアップル商品に高いロイヤリティを持つ顧客を育て上げたのも、マーケティング上のイノベーションです。今では、街でアップルストアを見てもだれも驚かなくなってしまいましたが、私たちはそれを目にするまで、あれほど洗練されたデザインの店で売られる情報機器など、見たことがなかったはずです
伊賀泰代.生産性

アップルストアの衝撃か。ちきりん俺より年上なのに若いな。アップルの広告といえば…こっちだ。

これ「アップルはコンピューターを民に開放する」という有名な広告
https://www.youtube.com/watch?v=2zfqw8nhUwA

古すぎ?wイノベーション全く関係ないんだけど好きな広告と言えばPepsi vs Coke adかなんかでYoutubeで無限に出てくるの面白いよね。私が子供のころ、日本でも一瞬放送された…はず。ただその後のバージョンで、モザイクがかけられたりとか、今は放送されたないと思うけど。ライバル企業の製品を出してしまうという衝撃の広告でした。そしてその後、私は大人になってから、ライバル企業の名前が、事業リスクのところにバンバン出てくるアメリカ企業の10-K(有価証券報告書)にも衝撃を受けた。

海外からの皮肉じみたジョークには、「日本人は会議の開始時刻には厳密だが、終了時刻には極めてルーズだ。しかも誰もそのことを悪いと思っていない。開始時刻にルーズなイタリア人と、終了時刻にルーズな日本人には何の違いもない」
伊賀泰代.生産性

ハハハ、海外あるある。会議を仕事に置き換えて、残業問題とかよく聞くね。

非製造業の企画や開発部門における非技術的なイノベーション

各都市から目的都市に直接それぞれ5個の荷物を送ろうとすれば全体では10路線必要になります。しかもそれぞれの飛行機に乗っている荷物は5個だけです。一方、シカゴをハブ空港として設定すれば、飛行機を飛ばすのは4路線のみとなり、1機の飛行機にはそれぞれ20個の荷物を載せられるので、1個当たりの輸送コストは大幅に下がります。(ただし旅客の場合は荷物と異なり乗り換えのストレスなども生じるので、別の最適化も必要)。現在では当たり前のように使われているハブシステムですが、これも最初に考え出され導入された時点では明らかに改善ではなく革新=イノベーションと呼べるの生産性の向上策でした。
伊賀泰代.生産性

確かに。こんなもんは技術革新ではまったくない革新の一例だが、ハブシステムが革新だって意識は日本はほとんどないだろうな。

【ニコ生】ひろゆき ベーシックインカムを実現するには④「中国が素直になった」

で言及されてるコンテナ革命もまた面白い。骨子は、コンテナがあればコンテナを開けることができないというセキュリティが保証され、物流業者に対する信用が不要になって誰でも輸送ができるようになった、というものだ。ただ、タイトルの「中国が素直になった」は、騙すよりまともにやった方が利益率は下がるが規模で言えば儲かる額が多い、ということだ。だから俺が言った「資本主義と法治国家としてまともじゃない方向性が日本の強み」は、間違ってはいないし選択の余地はないが、一流にはなれないことが確実な道でもある。コンテナの事例はブロックチェーン技術というテクノロジーによって信用が担保されれば、金融機関の資本力による信用の必然性が揺らぐということも暗示している。

付加価値が上がったか下がったかを判断するのは、企業ではなく消費者だということです。たとえ「今までよりはるかに良い商品になった!」と供給者が考えても、それだけの価値を消費者が感じなければ、価格を上げることはできません。日本企業は「付加価値を上げる=新たな機能を追加すること」、もしくは、「付加価値を上げる=高機能化すること」と考えているかのようにみえますが、欧米の家電メーカーなどは、「機能を絞る」ことで付加価値を上げる手法も多用しています
伊賀泰代.生産性

伊賀さんのご指摘ごもっともだが、あえて日本をフォローすると、日本にも「機能を絞る=わび・さび」の概念がある。

2011-11-30 利休にたずねよ3/4 ~茶の湯の極意

わび・さび出してる時点で、現在の日本での好事例を探すのに俺も苦労していることの証拠でもあるんだが。戦国時代の経済成長によって、金銀両本位制からの脱却のために用意したのが、一国の徴税権ほどの価値がある茶器が登場したとか、面白い話が満載なので、「利休にたずねよ」は今一度読み返す価値がある本だと思う。

日本では、製造現場における改善運動から生産性という概念が普及したため、「生産性を上げる手段=改善的な手法によるコスト削減」という感覚が定着してしまっています。このため企画部門や開発部門など「自由に発想することが重要な仕事に従事している」(と自負している)人たちは、生産性の向上が自分たちの仕事にも極めて重要であると、長らく認識できないままになってしまっていました。

商品開発、サービス開発から、物流や在庫管理、顧客対応、研究開発や人事、経理、法務などの管理部門も含め、すべての部署で不断に生産性の向上を目指すことが必要なのであり、「うちは製造業じゃないから無関係」「開発や企画だけをやっていて、オペレーション部門を持たないから無関係」という話ではないのです。

非技術的なイノベーション、たとえば「貨幣制度の確立」とか「取引所の確立」といった経済的なイノベーション、「戸籍・住民票制度」や「裁判制度」といった社会制度上のイノベーション、「株式会社=有限責任制度」という法律上、ビジネス上のイノベーションは、すべて非技術的なイノベーションです。
伊賀泰代.生産性

では、私の方からも、「非技術的イノベーション」の事例を。

1987年1月パリ、OECDのある会議でフランスの大蔵大臣が「フランスは、メートル法と共に付加価値税で世界を征服した」と、大見得を切ったのである。

わかるかね? メートル法とVATはイノベーションだ、と言っているのだよ。貨幣制度が生産性の向上ってのは、ほとんどの人に通じないんじゃないかなー?

環境汚染と戦場を輸出し、貧困と格差を輸入する

10人の社員で10億円の利益を上げる企業のひとり当たりの利益は1億円。同額の利益を5人で達成する会社があれば、ひとり当たりの利益は2億円となり、後者の労働生産性は2倍となります。計算式の分子には売上げにや付加価値額、分母には資金や時間、労働者数など、様々な数字が入りますが、いずれの場合も生産性は「成果」÷「投入資源」という割り算で計算されます。

「アメリカのテクノロジー企業は収益は産んだけど雇用は産まなかった」 まー、よく聞く台詞だが、大体がそもそもアップルやグーグルの従業員数も知らずに言っている下らん批判だ。ただ、確かにGMより従業員数は少ない。ただ、ここではかなりわかりやすく伊賀さんが例示してくれているが、先進国企業=給料が高い、そのためには? 

企業名 従業員数 時価総額
AAPL 116,000人、756B
GM 225,000人、53B

という状態だとしたら、GMの社員に高い給料出せるわけねーじゃん。トランプさんが製造業に圧力かけて「雇用をアメリカに取り戻す」と言ってるじゃないか! という論調もよく聞くが、ラストベルトの票に対する気遣いにすぎず、アメリカ経済にとっての重要性は薄い。製造業が雇用が多い? 雇用という観点だけで言うならば、アメリカで一番従業員数が多いのはウォールマート。何人いると思うね? 230万人。GMの10倍です。新興企業でありながら実質上の物流でもあるアマゾンだって34万人。認めたくないかもしれないけど、アメリカで起きたことは数十年遅れで日本で起きるのよ? 将来の自分、あるいは自分の子供は、イオンかセブンイレブンで働くことを覚悟したほうが良いぞw

「では(生産性を上げるためには)投入資源を減らせばいいのだな」という話になるのが2番目の問題です。そこで採用される方法の大半が、昼休みにオフィスの電気を消すとか、コピーの枚数を制限するといったコスト削減策だからです。

それって生産性の向上? と思わず目が点になってしまうような事例ですね。私が出す事例は生産性の向上ではなく、震災後の4月に日本に行った時に、ほとんどすべてのオフィスで電気を消している自粛ムード。新人歓迎会は不謹慎! なんか意味あんの? と首をかしげてしまいました。

一方、海外に目を転じると、非製造業分野でも多くの事例が見つかります。たとえば、米国のクレジットカード会社や消費者ローンを提供する企業は、賃金の安いインドに特別な語学学校を作り、インド訛りのない英語を話すインド人を大量に育成しました。そして彼らを雇用することで、コールセンターをインドに移管してしまったのです。米国在住の消費者は、催促の電話がまさかインドかからかかってきてるとは思ってもみないし、その英語が、インド訛りの矯正スクールで習得されたものだとも想像していないでしょう。

この事例は知らなかったが伊賀さんらしい無難な事例と言い方だ。俺は関係ないのでもっと過激な発言をするがw、製造業が後進国に工場を作るのは、安い土地と従業員だけではなく、公害の輸出(環境規制が緩い国は対策しなくていいからコストが安い)という面もある。米国企業がやってることはそんなレベルだけではなく、例えば、戦場の輸出と軍事の民営化。あまりにもアコギなのでしょっちゅう名前が変わっているが民間軍事企業ブラックウォーター、
ブラックウォーターUSA

詳細については 「戦争請負会社 P.W. シンガー」に詳しい。

戦争請負会社 戦争請負会社
P.W. シンガー Peter Warren Singer

NHK出版 2004-12-22
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2017/12/02 追記

P・W・シンガーの戦争請負会社は、今読んでいる本で、MPRI(LLL傘下)やBRI(ハリバートン傘下)について書かれているが、ブラックウォーターについては書かれていない。参考文献を間違えてた。正しくは、

ブラックウォーター――世界最強の傭兵企業 ブラックウォーター――世界最強の傭兵企業
ジェレミー・スケイヒル 益岡 賢

作品社 2014-08-02
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だ。どちらの本も面白いので読んで損はないだろう。

追記、終わり。

その歴史的背景と必然性については、リンカーン暗殺と反ピンカートン法などもググってみれば、また面白い。

ピンカートン探偵社

アイゼンハワーの「軍産複合体の脅威」演説の前からずっと潜在的にアメリカに存在している問題の一つだな。マイケル・ムーアの映画ボウリングフォーコロンバインなども「アメリカの戦争と暴力の歴史」に触れていて、娯楽として見ても面白いと思う。

ボウリング・フォー・コロンバイン

このように日本語で本は出てるわ、Wikiでの解説もあるわ、映画まであるほどだ。

インドの語学学校まで作るグローバルアービトラージによるコスト削減の例として俺があげたいのは、「収益は、差が生み出す」。その究極のコスト削減、貧困と格差の輸入ともいえる事例は、ブラッドダイヤモンドについてWikiもあるし

ブラッド・ダイヤモンド

本もあるし、「テロ・マネー アルカイダの資金ネットワークを追って ダグラス・ファラー」

https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4532164818/globalcollabo-22/

ディカプリオ主演の同タイトルの映画まである。(それは見たことがない)

また別に

喰い尽くされるアフリカ 欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取る日 トム・バージェス

喰い尽くされるアフリカ 欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取る日 喰い尽くされるアフリカ 欧米の資源略奪システムを中国が乗っ取る日
トム・バージェス 山田 美明

集英社 2016-07-26
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武器と資源のバーター取引、武器輸出規制がある日本企業ではここまでできないので、徹底的な生産性の向上wに関してはどうしても米国企業が例に上がってしまうのだが、多くが日本語ソースで、Wiki、本、映画などで簡単にアクセスできてしまう。また別に、生産性の向上ってよりも究極の節税対策なのだが、皆さんもご存知の米国一流企業はまともに法人税も払ってない。これは株主利益最大化の企業努力であり、その言い訳としての代表格が「知財」。端的に言ってしまうと、スターバックスとしては「うちはコーヒー豆を輸入してるのではなく、「知財」を輸入していて原価が高いんでイギリスでは利益が上がっておらず法人税は払えません!」 というものだw ハンバーガーを売っているのではなく、マクドナルドを売っているのだ! というのと同じ発想。

徹底した「生産性の向上」、本来、俺の言葉で言うと合理化なのだが、それを日本企業がまともに米国企業と競争するのは不可能だ。ブーン・ピケンズが指摘した、トヨタと小糸製作所の明確な資本関係もないのに不透明な「系列企業」という関係により、トヨタが不当に小糸製作所の利益を収奪している! という主張を退けた過去の歴史があるが、こういった「資本主義と法治国家としてまともじゃない方向性が日本の強み」として活かしていくしかない。ファイアーウォールソフトのチェックポイントというイスラエル企業が米国では軍事機密として輸出規制をしていた暗号化技術を輸出することでグローバルスタンダードを勝ち得たという事例を見習うことが重要だ。

これを下品な話ととらえないでほしいのだが、中国がポルノ規制をしているのだから、ポルノ規制がほとんどない日本は、ポルノを中国に輸出してしまえばいいんだ。アダルトビデオの不法コピーとインターネット配信は、あえて目をつぶって、AV女優と会えるイベントなどを、AKB48のような握手券方式を拡張させ、金額に上限なしでオークションすればそれなりのビジネス規模になることは間違いない。俺がやってるオンラインゲームで世界ランキング上位に行くためには月額数百万円単位の課金が必要で、ランキング上位者は、中東のオイルマネーと中国だぜ。ゲームに月額数百万円課金するバカが中国に居るんだから、ポルノでそれを取りに行けばいいんだよ。

シェアリングエコノミー、インターネットで支払います

深圳の自転車シェアリングを見てきたので、早速、中国の密偵に質問だ! しかし我ながら情けねぇなー。時代遅れすぎて泣けてくるわ。

エキゾ: 質問、今日深圳に行ってきたんだけど、自転車のシェアリングが普通に行われている。
エキゾ: 湖南省でもありますか?自転車じゃなくて、自動車のシェアリングは聞いたことありますか?

エキゾ: 以上2つ。
中国のマネキ猫: 湖南省で、自転車シェアニングあります、自動車シェアニングがありません
エキゾ: なるほど。
エキゾ: 中国のマネキ猫ちゃんは自転車シェアを使ったことがあるかな?
中国のマネキ猫: そうです
エキゾ: どうやってやるかわかる?QRコード?
中国のマネキ猫: ありません、私は普通バスを使います
中国のマネキ猫: スマホでシェアニングします
エキゾ: そうか…QRコードがあったんだよなー。スマホのアプリかなーと勝手に思ってるんだけど。
エキゾ: やっぱりそうか。
エキゾ: その自転車シェアリングやっている会社ごとに、アプリがあるのかな?
中国のマネキ猫: aqqをタンロードします
エキゾ: やっぱりそうか。
エキゾ: しかし、金はどうやって払う?
エキゾ: アリペイ?
中国のマネキ猫: インターネットで支払います
エキゾ: インターネットで支払うとは?
エキゾ: クレジットカード?
エキゾ: 支付宝(アリペイ)?
エキゾ: デビットカード「銀聯」?

エキゾ: 俺は全然分かってない変な質問してるのかな?
中国のマネキ猫: 支付宝(アリペイ)です
エキゾ: Good
エキゾ: アリペイのアカウント、中国のマネキ猫ちゃんは持っているのかな?
中国のマネキ猫: 先生が中国へ行ったら、やってみようか
中国のマネキ猫: あります
エキゾ: いいねぇ、俺アリペイないから、現金で中国のマネキ猫ちゃんに渡して、アリペイで自転車シェア。行動範囲がぐっと広がる。

クレジットカードや銀通(デビット)は、インターネット支払い以前から存在した概念で、それをインターネットを使って決済してるだけにすぎねぇんだよ! インターネットで支払うっつったら、普通アリペイだろうが、このボケがぁ!

と自分で自分にツッコミ悲しくなっています。

沖縄で実現しているグローバルスタンダードな雇用体系

労働環境の厳しさが問題視されたファーストリテイリングです。昨今、労働環境の過酷さや早期退職率の高さは、時に「ブラック企業」といったレッテル貼りを通して、採用のみならず事業活動にまで影響を与える大きなリスク要因となっています。しかし同社はその危機に際し、トップ自ら労働環境の改善を約束したうえで、全社員の給与レベル(グレード別)を公開するという大胆な施策を実施。「厳しい環境で成果を上げた人にはそれなりの報酬が払われている」「高い成果を上げた人は、若くても高く評価される職場である」と伝えることで、問題を解決しました。

伊賀泰代.生産性(KindleLocations263-268).ダイヤモンド社.KindleEdition.

これにより同社は、「ユニクロの商品が大好き」「毎日ユニクロ商品を着ている」といった商品イメージへの好印象だけから応募してくる学生を減らし、それなりにプレッシャーのかかる労働環境ではあるが、成果を出せば若くても高く評価される職場で働きたい、という学生を惹きつけることに成功しました。

伊賀泰代.生産性(KindleLocations271-273).ダイヤモンド社.KindleEdition.

> 商品イメージへの好印象だけから応募してくる学生

嫌だねー。採用やったことないけど最も相手にしたくない学生だw ただ、これは学生に限らない。経営、あるいは株のセールストークでも良いが、

「素人は、会社の商品と売り上げだけに注目したがる。」

まー、これも以前に言及したね。

2016-03-09 勝つ投資負けない投資 2/2~社長業 

よく居る素人発言の特徴と傾向w

1.株主と消費者の立場の区別がついておらず、商品や売上だけに注目している
2.飲食など一般消費を対象としたがり、BtoBを無視する。
3.ネットで情報収集。民は文句しか言わないってw意味無い。

いつも例に出す、「マクドナルドはハンバーガーを売っているのではなく、マクドナルドそのものを売っているのだ」ってのが株主的発言だと思うの。マクドナルドのハンバーガーが世界一美味しいわけじゃないのよ。そこあんまり重要じゃない。

2011-02-21 マクドナルドの繁栄の秘密? 研修不要、損益計算書から読むよ

「東大生なら誰でも内定が出る」といった評判を放置してしまうと、年々「滑り止めの内定を確保するためだけに応募してくる東大生」が増えてしまいます。そんな状態でも「東大から応募が多いとはすばらしい」と考える企業もあるのかもしれません。しかし採用の生産性という意味では手間ばかりかかり、最終的には内定辞退が多くなるなど、決していい策とはいえません。

なるほど、採用の現場ではそんなことが起きているのか。ただ逆説的に思うことは、東大を辞退する人ってのはまずいないという前提で東大は合格者発表をするわけだが、早稲田や慶応の場合は、辞退者が出てくるという前提で合格者発表を水増しして行うと聞いている。となると、企業の場合、どのようなヒエラルキーが出来上がっているのだろうか? という疑問が頭をよぎる。「大学生の人気企業ランキング」とか「くだらねぇ、意味無い」と思っていたけど、これは調べる価値がある企業間ヒエラルキーの象徴ってことになる。だから「人気企業ランキングは重要」だと方向性が非効率。それをなくすには、「就職協定」なる一斉採用を止めるとか、簡単に解雇できるように労働基準法を改正するのが最も効率的であろう。でもね、そんな法律改正は必要ないかもしれないと思わされる事例がある。沖縄にて「沖縄はねぇ…、給料が安い、非正規が多い、シングルマザーが多い」という意見を聞いた。まぁ、鹿児島とかでも同じことを聞いたが。非正規っていうけど、それで沖縄社会が成り立っているなら再就職も容易なグローバルスタンダードな雇用体系が、現在の日本の法体系下で実現してるってことだよね?

石巻でも似たような話を聞いてるので、日本の地方都市、福岡や仙台などの一部の盛り上がっている地域を除く、人口減を引き起こしているような地方都市は意外に市場原理が働き、グローバルスタンダードが進んでいるのではないか? だとしたら地方が、終身雇用なる非グローバルスタンダードの日本独自雇用体系に憧れるというのは時代の流れに逆らっている。解雇を容易にする労働基準法の改正という資本主義化ではなく、私企業に実質上のベーシックインカム制度を押し付けている現制度を改めて、国家が行うベーシックインカム導入が効率的だ。民が皆、収入を求めるなら与えればいい。一部の優良企業にたまたま就職した人間だけではなく、全員に与えればいい。そうなると、ベーシックインカム制度というか、ベースアップを首相が企業に強要するか、手段は別として、日本が進んでいく道は「共産化」というのは随分前から私の言っていることだ。みんなで相互扶助、足の引っ張り合い、せいぜいがんばってくれたまえ。

日本に巣食う矛盾、同一労働同一賃金とベースアップ

キンドルを買って、読み終わった本を、無限に置いておける環境になりました。今までは早く売って処分して荷物を軽くしたいと思っていたので、捨てても内容を忘れないようにという読んで、書いて、ブログ=私にとってはもはやネットワークストレージ上にアップするというインセンティブがあったのですが、キンドルはそれする必要ないんだよね。折り目も付けられるし、今まで本は図書館の本だったりとかセカンダリーで売ることを考えて、線も引かないようにしていたのですが、キンドルは線も引けます。

そして、キンドルPCでコピペすると書く必要もないw すげーなー。本当に今更、驚いてるよ。ああ、でも同一タイトルでのコピペの文字数には制限かかってるみたい。まぁいいや、じゃ、書き写しやるよw

頭の良い女性の代表格、伊賀泰代の生産性に触発されて俺もちょっと書きたくなったわ。

量頼みの発想に加え、もうひとつ採用の生産性を下げてしまう理由として、経営者の見栄の問題があります。「ライバル企業の説明会には一〇〇〇人の学生が集まったらしい。うちの説明会にはなぜ三〇〇人しか集まっていないのか?」と文句を言う役員や、その役員を説得できない(もしくは、するのが面倒だからやらない怠惰な)人事部門が存在するために、採用の生産性が下がってしまうのです。

伊賀泰代.生産性(KindleLocations206-209).ダイヤモンド社.KindleEdition.

本来、経営者は人事部に「なぜ一〇人を採用するために、一〇〇〇人も集めなければならないのか?」「一〇〇〇人ではなく、五〇〇人から一〇人を採用できるようにするため、これまでにどのような施策を打ったのか?」と採用の生産性を問うべきなのです。

伊賀泰代.生産性(KindleLocations225-227).ダイヤモンド社.KindleEdition.

この発想でやってる会社なんてあるんだろうか? 10年以上日本で働いていない俺が知らないだけかな?

日本企業はバブル経済が崩壊する頃まで、時に採算を度外視してでも売上げや市場シェアを拡大しようとしていました。経営全体において規模や量が優先されていたのです。海外投資家の株式保有率が高くなった今は、利益率やROE(資本利益率)など資本の生産性や、投資に対する利益率を重視する企業が増えています。しかし率より量を重視するメンタリティは、組織のさまざまな部分にまだ根強く残っています。採用の説明会にできる限り多くの学生を参加させたいと考えるのも、そのひとつでしょう。

伊賀泰代.生産性(KindleLocations220-225).ダイヤモンド社.KindleEdition.

量が優先されていた ではなく 優先されている じゃないの?

以前にも書いたことだが、

2016-03-03 自社株買いは効率の良い株主還元か?

利益率やROEを重視してるのかな? 株主との対話する気あるのかな? この記事ではないが、やはり日経1面で一流企業の経営者が、「ROEを上げるためにどうしますか?」という問いに対して、「売上げや市場シェアを拡大」って答えていたのを記憶しているぞ。

最近の日経でも、思わず開いた口がふさがらなかったのが、

働き方改革へ実行計画、政府、残業上限や同一賃金、関連法案を年内に提出。

2017/03/29  日本経済新聞 朝刊  1ページ 

 政府は28日、働き方改革実現会議を首相官邸で開き、長時間労働の是正や同一労働同一賃金の導入を盛り込んだ実行計画をまとめた。正社員による長時間労働など戦後雇用慣行の見直しに踏み込んだ。政府は今年の国会に関連法の改正案を提出し、2019年度からの実現をめざす。ただ、生産性向上や成長底上げには力不足の面もあり、なお課題を残す。(関連記事3面、社会面、関連特集6面に)
 安倍晋三首相は同日の実現会議で「日本の働き方を変える歴史的な一歩。17年は出発点と記憶される」と発言。「法案を成立させなければ絵に描いた餅に終わる。全力を傾注する」と述べ、早期の関連法案提出を閣僚に指示した。
 働き方改革は首相肝煎りの政策。昨年9月に有識者らで実現会議を設置し、長時間労働の是正や、正規労働者との格差がつく非正規の処遇改善などを検討してきた。
 昨年末には同じ仕事に同じ賃金を払う同一労働同一賃金のガイドラインを作り、今年3月には残業時間に上限を設けることで政労使間で合意した。実行計画にはこうした成果を盛り込んだ。
 検討に時間をかけたのは長時間労働の是正。残業を「原則月45時間、年間で360時間」とし、労使で協定を結べば年間720時間まで認めるとした。特に忙しい月は特例として100時間未満の残業を容認する。経団連は働き手の自由度が狭まるとして上限規制に慎重だったが、首相の裁定で上限設定が決まった。
 労働者全体の4割弱を占める非正規労働者の処遇改善にも取り組んだ。同一労働同一賃金の導入で正社員と非正規の不合理な待遇差をつけないよう徹底。賃金や福利厚生も対象に処遇差をできるだけなくし、何らかの差をつける企業には説明責任を求めた。
 賃上げも重点課題とした。昨秋の実現会議では17年の春季労使交渉で「少なくとも今年(16年)並みの賃上げ」を首相自ら労使に要請、4年連続のベースアップ(ベア)実現を促した。実行計画では最低賃金を年率3%をめどに引き上げ、全国加重平均千円を目指すとした。
 労働者の処遇をよくする改革は一定の前進をみたが、労働参加の拡大や、成長産業に人を移す雇用の流動性を高める議論は深まっていない。転職支援や女性活躍などの政策は企業向け助成金を増やす政策にとどまる。IT(情報技術)をもとに自宅で働くテレワークや兼業・副業は導入が必要としたが、推進策などはこれから詰める。
 政府は4月以降、労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)で改革の方向性を改めて確認。その後、関連法改正案を一括で今年の国会に提出する。19年度の施行を目指す。26年度までの10年で、制度導入の周知や改革内容の点検を進める。経団連の榊原定征会長は会議後、「法案作成などでは労使合意を重く受け止めてほしい」と述べた。

この記事、日経新聞の一面トップだろ? ネットで読んでるからしらねぇけどさ。同一労働同一賃金とベースアップが同じ記事に書いてあるんだぜ? 矛盾する概念だと思ってないのかな?

このWikiがめちゃ笑えるので紹介しよう

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%97 より

ベースアップとは、給与の基本給部分(ベース)に対しての昇給額、または率である。和製英語(base up)であって、職務給が採用されている欧米には存在しない概念である。

笑ってもらえたかな?

三田氏を斬るシーズン3 9/9~HFTはスタットもあるけどアーブでもある

P.126 株の評価額が130万円にめでたく膨れ上がったときのBSは、含み益30万円はBSに表されていて、損益計算書には出さない。

会計専門じゃないんだけど、これ本当? PLに反映させずに含み益計上なんかできるんだ。バランスシートの右、評価差額30万円って書いてあるけど、それ資本の部? そんな項目あったっけ?

デリバティブズ・ビジネスII 三田 哉 (著) – 2015/9/12

P.138 HFTが行うスタッツアーブ(Statistical Arbitrage)の代表的なReturn Reversal戦略と同じ

三田氏を斬るステージ2 2/8~トレーダーって何?

2014年の記事では、「スタットなんてアーブでも何でもないただのスペキュレーションと言っていたのは三田さんも俺も同じ」で終わっていたが、2017年はこれで終わらせてしまってはならない。かくいう私も取り返しがつかないくらい時代に取り残されているのだが、

HFTはアーブだ。もちろん、スタットなんて関係ない。HFTなんて場間アーブだろ?と思い込んで興味もなかったのだが、もう少し凶悪なフロントランを使った強いアービトラージだ。しかも新興市場などの乱れたマーケットではなく、世界で最も進んだ米国市場での話である。

フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち

この本もそれなりに参考になるが、HFTアーブの発生の根拠となる法律とキーワードをまとめると

2004年、NYSEスペシャリストによるフロントランニング 2億4千万ドルで示談。
2005年提案 2007年施行、Reg NMS 最良執行義務 NBBO(National Best Bid and Offer)

HFTの手口の一部だが、まず米国市場ではスペシャリストのスキャンダル”など”により、PTSやダークプールが発達し、多数の取引所ができた。そこで最良執行義務、証券会社はNBBO(一番良い気配)で、顧客注文を約定しなければならないという義務が発生。ところが、数多あるPTSを自前で気配を取れない業者のためにSECはNBBOを提供することにした。SECのNBBOよりも早く、真のNBBOを取れていた連中がいたとしたら? 人よりも狭い取引コストで、執行できるし、例えば、

SEC NBBOが49.6/49.53で真NBBOが49.6/49.55だとしたら、49.55を叩いて、49.54で買いを出してもほぼ確実に取れる。
あるいは、あるPTSで49.8/49.5でそこに49.6の買いを出したとしたら、そいつに買わせないように49.6を取ってしまうこともできる。
また、各PTSで複雑なオーダー、発注して一部出来の残りをキャンセルするオーダーなどを認めさせ、HFTしやすくするなどなど・・・。

日本の場合、まともに取引のあるPTSは2つしかないので、米国ほど盛んなHFTは起こらないだろうが、米国でもフロントランで捕まってない以上これらはアーブと言える。

2016年のティックに関するパイロットプログラム、気配と注文の幅に違いを出すことでHFT対策の運用が始まっている。これにより、ますますHFTアーブの利ザヤは薄くなるとは思うが、日本はまだまだこの領域に達していない。

ミルケンがいて、エド・ソープがいて、フラッシュボーイズたちがいて、世界中の詐欺師たちが跋扈する米国市場は、最先端の法整備と取引所運営を行っていて、日本や俺たちが取り残されているのは「フラッシュクラッシュ」でぐぐるか”Flash Crash”でぐぐるかの内容の差にも顕著に表れている。

三田氏を斬るシーズン3 8/9~クレジットアーブ・割安状態の解消

バブルの歴史

これも日米の資本市場格差を見つめる上では、非常に参考になる本だ。

ウォールストリートの歴史 2/8 ~南北戦争 

でも引用しているが、日本の株式市場は、米国で言うならば、ロバーバロン(The Robber Barons)の時代、グールド、ヴァンダービルト、ダニエル・ドルーといった「相場師」が活躍していた買占めと相場操縦という150年くらいの手法で止まっているのが現状だ。

時代は一気に飛ぶが1980年代、ジャンク債の帝王「ミルケン」がやったことは、詳しくはミルケンの本でも読んでほしい所だが、端的に言えば、ジャンク債の引受先を探すことだけではなく、LBO、割安な銘柄が放置されているならばジャンク債を発行することで資金調達し、株を買い占めて乗っ取ってしまえばいい、KKRによるナビスコ、ということなのだ。ミルケンや金融機関だけではなく、つい最近までGEがやっていたことは、クレジットのアービトラージ、GEの信用力で資金調達し、被買収企業の有利子負債を借り換えするだけで、収益性が上がり、それを金融ではなく製造業の人件費で行っていたのだ。

日本株ブルーチップにおいてPBR1倍割れみたいなことが平気で起きている日本市場は、ミルケンすらまだ現れていないことの証明だ。ブルーチップだよ?財務に嘘があるのか?株価が間違っているのか?持ち合ってるから買占めができない、まぁ、どんな理由が背景にあるにしても合理的で健全な価格形成・資本市場とは言えないだろ? 少なくとも30~40年以上、米国市場に遅れを取っている。日銀・GPIFという政府保有が10%を超える企業も珍しくない、いまだに持ち合い解消とか言ってる、買収対抗策ポイズンピル条項大好き企業、挙句の果てに優良企業のMBO、銀行が買付資金を貸して優良企業を上場廃止にしてしまっている、健全な資本市場の形成の真逆な方向に進んでいる慣性系ではなく、詐欺師が跋扈する米国市場の進歩と改善を見つめてみるべきであろう。

話が関係のない方向に行っている? 違う。これも米国市場の進化と発展に対する三田さんの時代錯誤発言に対する俺の批判の伏線だ。

P.117 ”借りた株を売る”場合は、売り手が自ら株を借りた場合である。株券消費貸借取引で株を借りることになるのだが、一般投資家には縁のない取引である。

デリバティブズ・ビジネスII 三田 哉 (著) – 2015/9/12

いや、今、オンラインブローカーでも一般信用は選択肢にありますよ。まぁ、彼らが消費貸借契約を意識しているとは思えないですが。

P.124 アウトライトのショートなのか、ヘッジのためのショートなのかは、日々の空売り量の変化を見ていればわかることもあるだろう。ダイナミックヘッジをしているのならば、株価変動によって空売り数量が微妙に変化するはずだ。

空売りを伴うガンマトレードって一般的なのかなー? CBはそうなると思うけど、後は原則、スペキュレーターが株の買いの方向、すなわち、顧客のコール買い、プット売りに対して、受けて発生したポジションの”ヘッジ”だと、株は買いのガンマトレードがほとんどだと思うけど。スペキュレーター(ヘッジをしない客)が株売り方向の”オプション”を組むことはかなりレアケースのはず。

P.125 金融機関にいる人間ならば、「燃料価格のヘッジを先物で行って、結果、損を出したのだろう。それが何か問題か?」となるのだが、

いつの話なのだろうか? 前にも書いたが、ヘッジが有効なのは競争相手がいない場合だけだ。

燃料価格のヘッジを完璧に行っている会社は、燃料価格によらず、一定の価格で提供できる。だが、自由競争下で、ヘッジを行っていない競争相手がいる場合どうなるだろうか? 燃料価格が下がったら、安く提供しているアンヘッジの競争相手に客が流れ、燃料価格が上がった場合のみ、ヘッジして一定価格で提供できる会社に客が来る。よって、ヘッジをして価格を動かさなくても、客数の変動のリスクがあり結局ヘッジに意味はない。価格ヘッジが有効”だった”のは、ナショナルフラッグなどと言い、国際線を独占していた時代なら可能だが、少なくともこの10年、LCCなども入り込んでいる中で、まだヘッジをしているとしたら、JALしか飛ばしてない便の分だけの量が適切だ。

ついでに、電力自由化で電気代が安くなるなどと安易に言っているが、空のグローバリゼーションと同様、ヘッジができなくなれば、エネルギー国際価格に電気代が振り回されることになることを、日本人は理解した方がいい。

エンロン内部告発者 5/6~電力自由化の下の悪意ある供給者

三田氏を斬るシーズン3 7/9~期待値負のギャンブルに挑め

P.52  筆者個人の話だが、チャート分析家の意見・コメントを気にしたことは無い。新聞では、そういったコメントは必ず読み飛ばすことにしている。

デリバティブズ・ビジネスII 三田 哉 (著) – 2015/9/12

それは俺も同じwだが、

ザ・クオンツ 世界経済を破壊した天才たち

的発想は無視できない。この本では、クオンツのロジックにまでは踏み込めていないから読んでも明らかにはならないが、彼らの挑戦はサイコロの癖、確率は1/6ではない、ということを見出そうとしていたのは間違いないだろう。この本で出てくる「エド・ソープ」が何をやったのかは後述するとして、その前に、三田さんの

(1+2+…+6)/6=3.5として計算して答えを出す。

この発言が罪なのである。もちろん理論的に正しい。おそらく三田さんの人となりは酒もタバコもギャンブルもしない性格であろう。酒とたばこはどうでもいいが、「ギャンブルは期待値が負の時間の浪費」と決めてかかっていることだろう。ブラックジャックというカードゲームがあり、最適行使をすれば、期待値99%とも言われているが、でも99%。1%はカジノの取り分として設定されている。と考えるであろう。だが、エド・ソープは、「ラスベガスをぶっ飛ばせ」でおなじみのカードカウンティング、すなわち、ディーラーの手元にある残りのカードに何が残っているかを記憶し、有利であれば賭け金を増やすという賭け方で、ラスベガスに革命を起こした張本人である。我々が一度でもカードカウンティングの可能性を吟味したか?

(1+2+…+6)/6=3.5として計算して答えを出す。サイコロが、均一になるように精巧に作ってあるかは疑ってみるべきかもしれない。

この発言が罪なのはお分かりいただけよう。理論屋ではなく実務家を名乗るならば、俺も三田さんも「実務家」としての努力怠っていると反省すべき具体的事例だ。ここのところずっと米国市場の取引がメインになっているが見れば見るほど、米国市場と日本市場の資本市場としての質の差が大きいのが分かる。その原因として、

1.市場としての時価総額や流動性
2.市場参加者の多様性
3.市場参加者のリテラシー(フィナンシャルリテラシーの意味か)

が違いすぎる。というのがもっともな説明だろうが、それは我々の責任逃れの言い訳に過ぎない。

P.18 トレーディングでの失敗談を書かれたデリバティブズトレーダーが、一生に一度しかない失敗を本に書かれたと憤慨していると聞く。そこで、彼の話題を再び紹介しよう。(後は略、本を買って読んでくれw)

P.89 モンテカルロシミュレーションの誤差より
「なぜ、試行回数が10万回なの。そこで止めた理由は?」この質問に対して統計的な用語を使った説明ができなければ、ソイツはもしかしたら・・・いつも銀座の1番窓口で宝くじを買うために朝早くから行列に並んでいるヤツかもしれない。

この憤慨している彼と、銀座の窓口で並んでいる彼には罪はないのだ。もうちょっと言うと扱う価値もないどうでも良い存在だ。

つまりね、ラスベガスの収益を向上させるためには? 客を増やすことだ。中国人なり、石油王なりを連れてくることだが、それは営業マン、三田さんの言う所のセールスの仕事であり、我々には関係ないことだ。だが、エド・ソープはたった一人で(正確にはMITの連中を大勢連れて行っているのだが、考えた張本人という意味で)カードカウンティングを行い、シングルデッキから6デッキ、さらに現在では、オートシャッフルのローリングの機械がテーブルに備え付けられているのをギャンブラー諸君は見ているだろう? カジノにおいて期待値1以上のプレイをすれば、カジノには革命がおこり、すべてのオペレーションが変わったのだ。

中国人や石油王をたくさん連れてくれば、カジノの収益は上がるが、カジノのルールと運用は変わらない。

我々(とは三田さんと俺であり、憤慨しているトレーダーと宝くじを買うために並んでいるヤツではない)がすべきことはシングルデッキから6デッキに変えさせる革命なのだ。日本市場では、ホリエモンがそれを行った。デリバティブはあまり関係ないが、分割の際の新株発行や、メディアにおける親子のねじれの解消には一役買ったわけで、彼は一人で「ルールを変えた」=革命を起こしたのだよ。ホリエモンは頭は良いが株式市場に関してはアマチュアだ。だが、プロたる我々が、彼ほどの革命を起こせていないこと、そのものが「罪」なのだ。

憤慨しているトレーダーや宝くじを買うために並んでいるヤツにデリバティブを理解させるのは、カジノで脳みそ垂れ流している馬鹿なギャンブラーに「ソフトセブンティーン(エースを含む17)の場合はヒットしたほうが良いですよ。単純に考えて、ソフトセブンティーンが悪くなるのは、5~9が出た場合のみ。その確率は5/13なのだから有利ですよね?」と滾々と説明するくらい意味がない。エド・ソープがカウンティングしていた同じカジノにバカギャンブラーが100人以上居ただろう。流動性だ、参加者の多様性だ、リテラシー? そんなもんは一切ルール変更には関係ない。

三田氏を斬るシーズン3 6/9~裏か表の確率は50%ではない

2-3 モンテカルロシミュレーションの悩み
P.75 ~76 
サイコロを振るとやめらない
確率計算ができる人ならば、1から6までの目は等確率で出現するから (1+2+…+6)/6=3.5として計算して答えを出す。これが、解析的に解く場合に相当する。解析的開放は常にエレガントだ

サイコロが、目の穴の質量×重心からの距離(モーメント)も含めて、均一になるように精巧に作ってあるかは疑ってみるべきかもしれない。実際に”サイコロを振る”という試行をして、答えを推定する方法がモンテカルロシミュレーションである。

デリバティブズ・ビジネスII 三田 哉 (著) – 2015/9/12

三田さんの気持ちは痛いほどわかるが、「時代錯誤」と言わざるを得ない。三田さんを批判すると120%自分に返ってくると言ったが、それはなぜか? 俺の方が若いからだよ。テクノロジー、文で書くと同じだが俺の言葉を実際聞けばかなりイライラする発音だ。専門用語はアクセントが後ろに行く。専門用語・業界用語にみるシングリッシュとの共通性 ITや機械学習の専門家がテクノロ”ジー”とIT業界人っぽく発音するのはやぶさかではないが、私のような、「にわか」は”テクノロ”ジーとアクセントは前にもってきて発音すべきなのである。書いてある意味がわからん諸君は次回俺に会った時に「テクノロジーって発音してみて」と言ってくれ。相当に「イライラする」w「テクノロジー」の発音をお聞かせしようw

テクノロ”ジー”と発音しても許される人のテクノロ”ジー” 開始20秒で聞けますよ。

話が脱線してしまったが、テクノロ”ジー”の進化によりモンテカルロの計算コストは劇的に下がった。そして解析的に解けるエキゾチックは相当に限定的なことから、いかに効率よくモンテカルロするか、が非常に重要なのである。私も解析的手法こそが最も美しいと信じてはいたものの、実際に私が最も使ったのは皮肉なことにモンテカルロである。それを一般的に一冊の本にまとめたのが、

統計学が最強の学問である 

そして三田さんの発言で最も罪なのは、

(1+2+…+6)/6=3.5として計算して答えを出す。サイコロが、均一になるように精巧に作ってあるかは疑ってみるべきかもしれない。

で話を終わらせてしまっていることだ。三田さんもお気づきのとおり、サイコロはおそらく均一ではない。1兆回ほど振ってみれば2が1/6をわずかだが優位に上回る結果が出るかもしれない。1と6が最も軽く上に出そうだが、対面にあるので、2と5の組が最も質量に差がありそうというかなり強引な推測だがw ま、俺のくだらん推測が合っているか間違っているかは話の本質ではない。

ただ1兆回サイコロを振るのはあまり現実的ではないので、実現可能な例を示そう。乱数を使って、0か1をランダムに作り出すことにしよう。仮に(0,1]区間の一様な乱数なら、乱数>0.5なら1、そうでないなら0という乱数「裏か表」である。この結果を機械学習に食わせて、裏に賭けるべきか表に賭けるべきか、判定させようというわけである。もちろん、結果の数が10とか100個であれば機械が間違った判定をするのは当然だが、それを億、兆と増やしていけば、乱数裏か表に対してどっちに賭ける方が優位というのはないはずである。ところが、私の友人の専門家に聞くと、「実際にやったことはありませんが、データセットの数を増やせば増やすほど、機械はどちらが優位かというのを答えることになると思いますね」と答えた。

彼が何を言っているのか、今なら翻訳できるので三田さんでも分かるように翻訳すると、乱数>0.5なら1なのか、乱数≧0.5なら1と設定するのか、あるいはそもそも(0,1]区間で発生させる「一様な乱数」と言っているが、この乱数も所詮はプログラムで作られた乱数であり、本当に理論通りのランダムを実現できてはいない。エクセルのRand関数程度であれば乱数周期が短いのは周知の事実であり、1兆回もコインを投げることなく、その癖は露呈するだろう。機械学習は乱数生成プログラムが確率0.50000000000000001の癖を持っていれば、データセットが多ければ多いほど、それを有意とみなすだろう、ということなのだ。

三田氏を斬るシーズン3 5/9~トレーディング業務でのAI活用

ついでながらに、「にわか機械学習」病の俺の発言をさらに加えると、当時、ブロックのプライシングモデルは、市場データ、つまり、今日の株価や出来高なども考慮するので、参照データは動的ではあったが、算出ロジックが固定的な数理モデルであった今ならまさに「機械学習」、日経新聞的に言えばAIの出番で、参照データ、トレーニングセットの数=ブロックのディールの実績数が増えれば増えるほど、少しずつ精度が増していく設計で作るだろう。固定的な数理モデルでは、過去の株価と出来高と、相関と・・・などを取ることが決まっていたのだが、今ならもっとダイナミックに参照データも拡張可能にし、例えば離散的な顧客属性、生保・信託・ヘッジファンド・銀行・事業会社・個人などの情報を加えても良いし、意味はないかもしれないがインプライドボラティリティの情報も食わせてみても良いかもしれない。いずれにしてもUnsupervisedな機械学習を取り入れて算出することになろう。

また職人芸のインプライドボラティリティの推定にに話を戻すと、機械学習などにこだわる以前の次元だ。そんなものは使わずとも、短期で計算したヒストリカル・ボラティリティと長期で計算したヒストリカル・ボラティリティの2つを使えば、IVの推定はかなり説明できる。完璧ではないが、この2つは大体のボラティリティの水準とVol of Vol、ボラティリティのボラティリティが「大体」分かるからである。先ほど三田さんが指摘しているように短期のHVとか長期のHVといういい加減な言い方ではHVは全く計算できないのだが、それでもその2つ、あるいはもう一個加えて3つくらいの期間のHVを見ながら、「職人芸」で推定しているのが現状だろう。それはそれで良い。ただ、それをモデル化せずに、「アホみたいにデカいオプション」をディールして、その価格の根拠、IVはどう推定している?と聞かれて、えーーっとーー、HVいくつか見ながら「職人芸で」w なんて言って監査通ると思うか?

OTCでワイドめに気配出して、取られなかったから真の値はその間にあるだろう、というのがデリバティブで取られている手段だが、それは各トレーダーが月末に業者に保有していてかつOTCで全く気配のない全銘柄の気配を出すという苦労の下で実現したものであって、三田さんや俺の努力不足によって、彼らに発生してしまった「雑務」の一つであることを我々は反省しなければならない。月末の「祭」と呼ばれる売り買いの気配を出して、どこかの業者にバシッと約定されたりして、「何をアマイ気配出しているんだお前は!」と怒られるのは、その担当トレーダーであって我々ではない。しかし、その責任は我々にあることを認識しなければならない。

いくつかのHVなどを参照しながらIVを推定するモデルを作ることはできるだろう。だが、「機械学習かぶれ」の俺からすると「お洒落じゃない古典的なこじつけ数理モデル」に思えてならない。

原則は機械学習でも「古典的なこじつけモデル」と同じだが、どうするかというとまずIVが存在する銘柄のIVを可能な限り取り出し、それらに対して「古典的なこじつけモデル」によってどのように推定・回帰すれば良いかで決める。Supervised Learningを想定するならば、短期のHVと長期のHVを使って、IVの存在する銘柄のOTMの価格が極力説明できるような回帰ロジックを探し出すのである。Unsupervisedの方がより冗長で「お洒落な感じ」もするが、ブロックのプライシングのようにニュースや文字情報なども加えられる拡張性までは必要ないであろうから、IVの推定程度なら2つのHVとあともう一つくらいで悪くない推定モデルが作れるだろう。

いいかね? 俺は職人芸そのものを否定したり、マーケットにないIVの推定は機械で完璧にできる、と言っているわけではないのだぞ。暗算ではとても出来そうもないエキゾチックデリバティブのプライスを評価モデルが出す値を「信じる」という行為が問題なのだ。宗教じゃねーんだよ、信じるんじゃない、考えるんだ!

それから、俺も自分でウザイのはわかっているがこの「にわか機械学習病」に関しても一つ言及しておこう。俺がかつてツイッターで、

トレーダーならATMオプションの価格は大体σ√t/2πになることを経験的に知っている。私はそれをブラックショールズで示したののが以下だが、http://ichizoku.net/derivatives/20080425/1yatmvolatility3070/ … AIはBSを教えずともその経験、σとtとオプション価格を教えるだけで、同じものを導出できる。

とつぶやいている。このつぶやきを、いいねしたり、リツイートしたりしてくれた素人のフォロワー諸君には申し訳ないが、この私の発言は、「完全に機械学習の誤用である」。ここに書いてあるように「大体σ√t/2πになることを経験的に知っている。」ものをわざわざ新たに推定ロジックを作る意味はないんだ。明確ではない「職人芸」をキチンと対外的に説明できるようにモデル化すること、そして、その精度を上げることが機械学習を使う意味なのである。

俺のことを「にわか機械学習病」と思うだろうが、それでも書いているのは、こういう新しい要素をドンドン取り入れて「発展・変化」していかない限り、デリバティブのトレーディングは斜陽産業から脱出することはできないのだ。

三田氏を斬るシーズン3 4/9~職人芸の非論理性

P.73~74 そもそも、オプションマーケットが存在していれば、取引価格から逆算されたボラティリティ(インプライド・ボラティリティ)が参考になるから価格評価するのに、ヒストリカル・ボラティリティなど見なくともよい。これといった推定法が存在しない中で、推定をしていかなければならないデリバティブズトレーダーは、やはり職人なのだ。

デリバティブズ・ビジネスII 三田 哉 (著) – 2015/9/12

うむ、俺も自らをデリバティブ・デザイナーと言ったり、寿司職人みたいなもんだ、と言っていた。しかし、それは2015年までの話だ。今はもう考え方が違う。こういった推定法が存在しないのは事実だが、その中で、適当にプライシングして、それを「職人芸」と言ってしまった時点で、それは”思考停止の罪”だ。2015年までの私なら、こんな一文は全く気にせず、読み飛ばしていただろうが今は違う

少し話は長くなるが昔話を思い起こそう。私が入社1年目の最後、課長から「何か希望は?」と言われたので「やはりデリバティブを扱う仕事を…」と言ったら、課長が「では自己ポジションの管理システムの担当にしよう。しかし、あくまでも自己ポジションのシステムであり、デリバティブのシステムではないッ!」とくぎを刺された。しかし、いざ担当すると99%の仕事がデリバティブであった。というのは株の取引は自動的に約定が入力できるのだが、OTCデリバティブは業者間だろうが対顧客だろうが、1個1個の契約なので、それを入力するのが私の最初の仕事だった。それを1か月くらいやった後だろうか、課長から「株の引当金の計算やって。これ、超重要だからねっ!デリバティブよりも!」と言われた。私はヒラ中のヒラだったので、私ー上司(主任?)-課長ー部長というラインになるのだが、日本の会社はこのツリー構造というより網の目のようなネット構造なので、ヒラに課長や部長が直接的な指示を与える所があるのが面白いw

株の引当金の計算とは何のことかというと、1000円の株を50万株持っていたら、その価値は1000円×50万株で計算されると思うかもしれないが、その株の流動性次第では50万株も売ると株価が下がってしまう。そのマーケットインパクトを引当金として計上する株の評価モデルを作れ、ということなのだ。ただ、これは引当金計上の目的なのだが、同時に、ブロックトレードの際に、お客様にお支払いいただくスプレッドのモデル化でもある。ブロックトレードのプライシングを数理モデル化するということだ。もちろん、現株のトレーダーが私のモデルに従って取引していたわけではない。ただ、トレーダーのプライシングと引当金の差が、そのトレードの収益としてその日は計上されることにはなる。

何の話をしているのか、何がつながっているのか理解できたかね?

つまりブロックのプライシングなんてのは現株トレーダーの「職人芸」なわけだよ。だけど彼らは20年も前に、モデル化して、対外的に説明力のある「評価」をしたいと私のところに言ってきたわけだ。彼らは私のモデルに従ってプライシングしていたということを意味しない点をしつこくもう一度強調しておこう。一方のデリバティブは? インプライドが存在しない銘柄や行使価格の「評価上のインプライド・ボラティリティ」は、どう決めてる? 未だに「職人芸」だろ? 

ま、株のトレーダーの連中も、意識が高いというより、ポジションがでかすぎて、会社全体のPLにも影響あるので、そこに「職人芸」の要素が入ってしまうと上場会社として会計的に問題があるからという必然性はあったのは事実である。だが、それは鶏と卵だ。そういう努力をしてないから、デリバティブ部門は、そんな職人芸が許されるポジションしか持たせてもらえないんだ! 「MSCBの引受を株の部門に取られた!」と憤慨していたのは私だが、今なら「当然だ」と理解できるよ。

三田氏を斬るシーズン3 3/9~正規分布と対数正規分布

2-2 ボラティリティは何を選ぶべきか?

20年以上前のことだが、会社の研修で米国人講師が”ボラタリティ”と連呼していた。今思うにこの講師は、ド田舎の出身者だったのかもしれない。

デリバティブズ・ビジネスII 三田 哉 (著) – 2015/9/12

オージー?とか一瞬思ったけど、オージー訛りは、aを含めばエイとは読まずアと発音し、一番有名なのはtodayはトゥダーイと発音するのだが、Volatilityはiなのでその例に当てはまらない。ただ、私の友人でeightyをアイチと発音したオーストラリア人がいるので、もしかしたら可能性はある。いや、超勝手な推測で、その「米国人講師のボラタリティ」という発音を聞いてもいないのだが、間違いなくオージーと読むw

しかし10年以上海外住んでも一向に改善されない「スーパージャングリッシュ」のくせに、オージー訛りを笑うとはw

P.53 会議中に「正規分布という表現は誤りです。正しくは対数正規分布です。言い直してください」などと指摘すると本人は尊敬されると思って言っているのだろうが、逆に嫌われるものである。

確かに俺も、そこをあまり区別せずに使ってしまうこともあるが、例えば、金利とくに円物の金利デリバのトレーダーと話す時は、明確に使い分けている。彼が「どうせ1ドルの違いでしょ?大したことない」と発言した時は、「俺はお前と違って対数正規分布の人間だからなぁ」と返すわけだ。あるいは、

ブラックショールズは間違っている 
BLACK-SCHOLESは間違っている2 

という記事でも書いたことだが、よくいるブラックショールズを全然理解してないくせに「株価は正規分布してないし、BSはスキューを説明できない」とか俺の前でヌカしているヤツを見ると「まぁ、まず正規分布と対数正規の違いくらい理解してからモノを言えよ、なっ」とほぼ100%の確率で発言することになろう。

P.70 どの期間のサンプルデータからヒストリカル・ボラティリティを計算したのか、つまりサンプル期間はいつか、リターンデータは日次ベースなのか週次ベースなのか、といった点を明示しておかなければならない。

そうね、だけど幾何ブラウン運動においては、どんなに細かく切ろうが、その形は変わらない自己相似性を持っているのがランダムの特徴だ。もっとも株価は幾何ブラウン運動ではないから、こういう差も確実にあるんだがね。5分ボラティリティだって計算できるからねぇ。

何を唐突に非生産的な話をしているんだろう、

と思われてしまうかもしれないが、これは次から始まる「本格的な三田批判」の伏線に過ぎない。ただ三田さんを批判すればするほど、それは俺の身に120%で返ってくる反省の意味を込めて全力で批判しよう。

三田氏を斬るシーズン3 2/9~プレスリリースの奇怪な日本語

1-6 第三者評価機関の能力
P.43 新株予約権のプレスリリースにて 「割当先の権利行使については、モンテカルロシミュレーションによる算定の結果・・・」

デリバティブズ・ビジネスII 三田 哉 (著) – 2015/9/12

本文中のプレスリリースは、三田さんも意味不明・解読不可能と書いているプレスリリースなので、全文引用はしない。だが、もう少しまともな会社の新株予約権のプレスリリースにおいても、第三者割当の新株予約権の価格についての正当性を説明するために、新株予約権の価格は「モンテカルロシミュレーションによる算定」で、「安全利子率X%、株価変動率Y%の想定で・・・」、などという奇怪な言葉が並んでおり、しかも、どの会社も判を押したように同じ文言で書いている。

これもネタがかぶるんだが、俺流のツッコミは既に書いている。
広報担当者必見、ストックオプションのプレスリリースのひな形を見直すべき

ここでいきなりページが飛ぶが、

2-5 アメリカンオプションの計算
P.103 時点Pと満期までの間の時点Qの3回行使可能ならば、作るべき株価の経路は、

現時点~時点P、時点Pから時点Q、時点Qから満期 まで 10,000×10,000×10,000の株価を発生させることになり・・・

とあるのだが、俺も全く同じことをブログに書いているので (ご参考までにリンクを張ると・・・)

アメリカン・オプションをモンテカルロするのが難しい理由 1/5 ~ペイオフ・アプローチ手法・モデル
アメリカン・オプションをモンテカルロするのが難しい理由 2/5 ~TREEとモンテカルロの基本構造
アメリカン・オプションをモンテカルロするのが難しい理由 3/5 ~最適行使問題

アメリカン・オプションをモンテカルロするのが難しい理由 4/5 ~バミューダンのバリュエーション

n^2個の乱数と計算が必要とされるので、n=10,000で設定してしまうと、合計で100,000,000個の乱数の生成と計算をすることになる。

ぐわーーーっ。ホントに同じこと書いてるーwww

アメリカン・オプションをモンテカルロするのが難しい理由 5/5 ~TREEのGREEKS計算

自分でも同じことを言っておきながら、三田さんが書いた時だけ指摘するのも非常に心苦しい状況ではあるがあえて書こうw そういうクラシカルにまともにやればそうなるのだが、回帰とバックワード・モンテカルロで計算するようなソフトが、第三者評価機関=大手の弁護士事務所で、標準化されているらしい。有利発行の判断、三田さんがいう所の第三者評価機関は、大会社の新株予約権の発行の場合は、大手の弁護士事務所になるだろうが、彼らは法律の専門家であって、まともに最適行使問題を解ける弁護士は居ないことが想像に難くない。

新株予約権をモンテカルロで解くというのは金融業界では一般的ではないが、弁護士先生の間で愛用されている「ソフト」では、それが標準的であり、それを我々が指摘して改善させていないのが問題だ。日本市場を飛び交う大会社の「プレスリリース」は、実に恥ずかしい状態のまま放置されている。また強引にリスクフリーやボラティリティを奇怪な日本語に置き換えているのも、読んでいるだけで身体が痒くなる。

P.111 金商法第202条について

漢字が全体の7割を占めている。なんという文章だ。どうせならば”デリバティブ”の部分を”金融行性工具(中国ではこう書くらしい)”と書いて欲しい。

この原因は、デリバティブの日本語表記が、金融派生商品という完全なる誤訳だからだ。デリバティブの漢字表記はもちろんできるが、このあまりにも現実と異なる誤訳で定着してしまったため、「使いづらい」というのが現状であろう。やはり倉都康行さん風に「金融複製技術」と言えば、デリバティブ商品なら金融複製商品だし、デリバティブ取引なら金融複製取引と表現できる。

デリバティブズ・ビジネスII

三田氏を斬るシーズン3 1/9~現金決済と現物決済のエコノミーの差

俺もしつこいねー。三田さんが本を出版されるたびにいちいちブログに取り上げることにしている。約1年近くブログは停止しているのだが、三田本は読んだら書かずにはいられない、ある種の「中毒症状」が私にはあるので、しつこく書こう。三田さんと俺の両方を知っている人物にとっては、この「揚げ足とり」が笑いになるのだ。何度も書いているが、三田さんと俺は同じ職場にいたことは無いし、面識もないw 俺が一方的に愛を感じているだけだ。では、こんなところにして早速斬っていこう。

P.14 デリバティブズ取引の決済には、現物決済と差金決済の2種類がある。エコノミーで考えると両者に違いはない。

いや、エコノミーに違いはあるw これ、既に書いたような気がするのだが、過去記事を検索しても見つからなかったので、もう一度書こう。ここで書かれているような株の受け渡しか、現金決済かが問われる基本的なエクイティーデリバティブ、フォワードやオプション取引の株価に関して共通するイベントは3つで、それぞれ、

値決め日 時間 0 としよう。
(支払日) (τ)
満期日 t
受渡日 T

満期時点におけるいわゆるフォワード価格=S*exp{(r-d)t} という理論値は、全く間違っていないのだが、実際には満期日から何日か経った後で株あるいは現金が受け渡される=Settlement Delayが存在する。すなわち、T=tであれば、エコノミーは一緒なのだが、時間的な違いがある場合、そのエコノミーはどうなるだろうか。

S*exp{(r-d)t}=S(t)と書いてしまうが、
差金決済=Cash Settleの場合、受渡価格は、T-t期間中の金利分が加算され、S(t)*exp{r(T-t)}となる。
一方、現物決済=Physical Settleの場合、受渡価格はS(T)である。すなわちT-t期間中のキャリーコスト分だけわずかに異なる
上場モノあるいは円モノの場合、この期間が短い・金利が低いので問題はないが、国外発行体を使ったMTNなどの場合、T+3からさらに余裕をもってT+5以上にしたり、CB(転換社債=新株予約権付社債)などに至ってはさらに長い場合もあり得る。

本質ではないので()付きで記述しているが、現金の支払が発生する契約の場合は、支払日を起点としたT-τだとかT-t-τという時間軸で割り引くことになるだろう。

これ書いたよなー? なんで検索で出てこないんだろう。書かなかったかな~…。まぁいい。

デリバティブズ・ビジネスII

本が切れた、ついにキンドル始めました

本とタバコと酒。これらがない状態で過ぎていく時間が多いほど、損した気になる。ネットと水と食料ほど重要ではないものの、豊かな生活に本は必須アイテムだ

ホームレス生活4~5か月、本の在庫を持って移動するのは重く、新規購入を控え、ブログで書評を書くのもやめ、高速で読んでいたら、やはり4~5か月で20冊ほどの在庫をすべて読んでしまい、読んでは捨て、読んでは捨てを繰り返し、ついに本がなくなってしまった。捨てたら罰が当たりそうな岩波の「マルクスの資本論」 1/8、2/8の2冊だけが残されている。

キンドルPC版をインストールして、とりあえず、友人がすすめてくれた本を検索。

おっ! あるじゃないか? ん??

kindle-shop-jp

ショックだ・・・。あまりにもショックだ・・・。さっそくチャットで質問してみたら…

お問い合わせ内容: 石黒耀 死都日本 という本がキンドルで見つかりました。今、香港なのですが、「あなたの国では利用できません」と出ています。仮に日本で買ってダウンロードして、香港に移ったら読めなくなってしまうのでしょうか?
06:47 PM JST 大久保(Amazon): お問い合わせいただきありがとうございます。Amazonカスタマーサービスの大久保でございます。
06:48 PM JST 大久保: このたびはKindle本のご利用について、ご心配やご不便をおかけしておりますことをお詫び申し上げます。
06:48 PM JST 一族エキゾ: とりあえず、キンドル端末ではなく、PC版で様子を見ております。
06:49 PM JST 大久保: 現在香港とのことで、海外からのご利用でのお話となるかと存じます。この場合、より高度な知識のある部署からのお話が必要となるため、内容を引き継いでこのチャットをお繋ぎいたします。
恐れ入りますが、少々このままお待ちください。
06:49 PM JST 一族エキゾ: やっかいな質問で申し訳ありません。よろしくお願いいたします。
06:50 PM JST 大塚(Amazon): お待たせいたしました、担当代わりまして大塚と申します、よろしくお願いいたします。
06:51 PM JST 一族エキゾ: はい。今、香港なのですが、時折、シンガポール、タイ、インドネシア、中国、フィリピン、日本などを移動しております。どこなら買えて、買ったものが国によっては読めなくなることを心配しております。
06:52 PM JST 大塚: Amazon.co.jp で販売されている多くのKindle本の販売権には、地域の制約等があるため、現在は、日本国内のお客様にのみ提供しております
06:52 PM JST 一族エキゾ: わかりました。では日本に行った時に買います。一度買ったものはどうなるのでしょうか?
06:53 PM JST 大塚: はい、日本国内在住時にAmazon.co.jpからご購入いただいたKindleコンテンツは、海外へ移動後でも、クラウドからいつでもダウンロードできます
06:53 PM JST 一族エキゾ: 素晴らしい。
でもAmazon.co.jpで提供しているものは海外からは、どこの国であっても、買えないということですね?
06:54 PM JST 大塚: はい、申しわけありませんが、現在そのような制限がかかっております。
06:54 PM JST 一族エキゾ: 販売権に依るのか。ほとんどの書籍の販売権は日本に帰属すると。勉強になりました。理解しました。ありがとうございました。
06:55 PM JST 大塚: とんでもございません。ご不便をおかけしておりますが、どうぞよろしくお願いいたします。
現時点でその他ご不明点はございますか。
06:55 PM JST 一族エキゾ: ではついでにもう一つ。一つのアカウントでいくつかの端末が利用できると聞いております。
06:56 PM JST 一族エキゾ: 例えば、PC Aで日本で購入します。香港でキンドル端末を新しく購入し、そのアカウントにアクセスした場合、同じアカウントなら買った本はクラウド経由で読めるのでしょうか?
06:58 PM JST 大塚: はい、おっしゃっていただいた方法であれば、ご購入いただいたKindle端末で、購入したKindleコンテンツがご利用いただけます。
06:58 PM JST 一族エキゾ: 一つのアカウント、何個の端末まで行けますか?
06:59 PM JST 大塚: 一つのアカウントに対して、端末登録台数に制限はありません。
ただ、一つのKindleコンテンツを同時に配信出来るのは、基本的に6台までとなっております

07:00 PM JST 一族エキゾ: そんなにできるんですね。壊れた場合にはどんどん追加して、壊れた端末では受信しないから問題ないと。よくわかりました。迅速なご回答ありがとうございました。
07:01 PM JST 大塚: 恐れ入り。その他は気になる点などございますか。
07:01 PM JST 一族エキゾ: いいえ、ありません。どうもありがとうございました。
07:01 PM JST 大塚: こちらこそありがとうございます。それではこのたびのご案内は以上となりますので、このままウィンドウ右上の「チャットを終了」から画面を閉じて、チャットを終了してください。
その他ご不明な点がございましたら、ご遠慮なくお問い合わせください。
07:01 PM JST 一族エキゾ: はい。

すごーい。このタイムスタンプわかりますか? 超クイックレスポンス。対応も見事ですね。さすが天下のアマゾン。時価総額Top10入りも納得だわ。キンドルって客層良さそうだよね。ある先輩曰く「バカは本を読まない」。だからスタッフさんのレベルも高い。ブルームバーグのヘルプデスクのロンドン時間にいる日本人もかなり優秀だったが、アマゾンのスタッフもなかなかすごい。

日本からじゃないと買えないんだー。まー、端末6台も行けちゃうなら、実質、「日本に帰らずとも」適当な端末で買わせれば、好きなタイミングで買って読めるということだ。

あれ? でもこの時間、日本時間で表示されているな。アマゾンはグローバル企業なんだけど、Amazon.co.jpはドメってる表れの一つ。なんでもグーグルはサーバーを世界中にばらまき、専用線を引いているので、ジャカルタからでもクイックだが、Amazon.co.jpにジャカルタからアクセスすると超遅いらしい。今度ジャカルタで実験してみよう。アマゾン、時価総額1位になるには、そういう発想が必要だぞw

香港ドルの残高がわずかになってしまった

9月末からジャカルタに遊びに行くので、インドネシアルピアの資金調達をしに、長慶大廔に行ってきました。まずは銀行でHKDをおろしてっと…。ついでに残高チェックを…、ムムッ、残高がかなり少ない。まだ大丈夫だが、次に香港に戻ってきたとき、確実に資金ショートだなぁ。とはいえ、同銀行にUSDがもっさりあるはずなので、それを香港ドルにすればいいし、中国にも、もっさりと元預金があるから困りはしないのだが…。

Chongking
Chongking

久しぶりの長慶大廔。まずは、前回、オーストラリア旅行の残金を換金する。私一人なら計画的にこういったことは起こらないのだが、投資一族のルールでは、「旅行代は出してやるがお土産の概念は俺には無い。だからお土産代は自分の小遣いから捻出せよ。」ということになっている。さらに、「現地通貨は俺がその日のスポットで売ってやる。余ったら最終日に俺が買い取ってやる」というルールもあるので、彼らが過大なお土産金額を要求してきて、案の定、そんなにお土産を買うわけもなく、余らしてしまったのだ。ただ、俺も甘くない。最終日にもスポットで買い戻してやるとは言っていない。過大要求の罰として2円抜きだ。

AUDに対する現地通貨への交換のスプレッドは、シンガポールのアーケードは0.3%程度(Midから)だったスプレッドも香港では1.0%(Midから)と広い。わー、財布の中のHKDがさらに増えたーw

そして、次はIDR(インドネシアルピア)と。ん? INR(インドルピー)はあるけど、IDRを扱っている店がほとんどなく、スプレッドは5%もある! 一物多価は許せん! 

やっぱり香港は東アジア、そしてシンガポールはASEANなんだなー。

と改めて思う。シンガポールのアーケードでもIDRのスプレッドはあまりタイトではなく1%弱は確実に取られるのだが、いくらなんでも5%も払うと、「スプレッド払えない病」が発症するか、「スプレッド払えない教」の経典に反するので無理。

これならば、スカルノハッタ空港の両替商でやったほうが得だ。あるいはブロックMのPlaza Blok Mの4Fにある両替商もなかなか良い値段なので、そちらでやっても良い。その際にHKDだとスプレッドが広そうだからUSDに替えておこう。

3000USDくださ~い。

香港はカレンシーボード制という強固な固定相場制なので、97年アジア通貨危機の際でも「HKDの為替レートは微動だにしなかった」ほどの安定性を持つ。ちょっと嘘か、通貨アタックを受けるとHKDは確かに動かないのだが、金利が上がるので、不動産と株が大暴落して大変だったんだがな。ま、それはどうでもよくて、固定相場制なので、HKDUSD間のスプレッドは0.1%とタイトだ。ここでHKD->USDにしておいてから、インドネシアにおいてUSD->IDRを取引すれば効率が良いだろう。

アジア通貨 ~HKD 通貨発行差益(シニョレッジ)

すなわちインドネシアの両替商でUSDのスプレッドが香港ドルのスプレッドより0.1%以上タイトであれば俺の勝ちだ。一応、現地で確認するが、0.5%くらい違いそうと予想している。HKDがUSDとスプレッド変わらないってことはあり得ないので負けは無いな、うんうん。

そして、財布の中のHKDがほとんど無に帰した。

そんなことを思いながら、帰りはフェリーで帰ろう~っと。香港島100万ドルの夜景を30円で楽しめるフェリー。好きなんですよ。夜景じゃないし、今日は一人なんだけど、乗って帰ろう。なんて尖沙咀の海沿いを歩きながら、ふと・・・、

ん~~~! 俺はとんでもないミスを犯している! 気づいた人いるかな?

これは循環取引だ。いや、将来的な循環取引を引き起こす、必負法だ! (注:これ僕の造語なんですが、読みはヒツマケホウが好ましいです)

俺は香港ドルが近い将来ショートするからドルを売って香港ドルにする予定だったんだ。なぜ香港ドルを売ってUSDを買ってしまったんだろう? 銀行窓口に行って、余っているUSDを下せばよかったんだ。ああ、3000ドルの0.1%×2=6USDも無駄に使ってしまった。

別に今すぐに香港ドルに換金する必要が無いので、戻ってくるまでの相場変動で、香港ドルが安い時に買い戻せば0.1%のスプレッドなど…という言い訳も、香港ドル=カレンシーボード制では、通用しない。0.2%もHKDが動いたら大ニュースになるくらい絶望的だ。

憎い憎いッ! カレンシーボード制が憎いッ! くやしいのぅ~くやしいのぅ~

もうええわー、フェリー止めた。電車で帰ろう…。

※計算間違いで、長慶のUSDHKD取引のAsk/Bidスプレッドは2%もある。HKDにスプレッドなんてあるわけないという固定観念で1桁間違えてしまったようだ。だが、私が取引した方向、HKD売りのUSD買いに関してはスプレッドがほぼゼロ。インターバンク7.756に対して、長慶が7.755なので、インターバンクより良い値段w なのだが、その逆のUSD売りに関しては長慶は7.6がベストビッドということだ。銀行で確認すると、銀行の取引値はミッドに対して対称で、7.718/7.793となっており、USD買いは長慶、売りは銀行ということを覚えておくとよいだろう。

つーかねー、AUDに関しても、長慶マンション、全然値段よくねーわ。銀行で交換した方がいい。

すべてが逆のオーストラリア、行ってきました

AUD(オーストラリアドル)、今まで一体いくら取引してきたのだろう? エクスポージャーとして大きく取ったことは無いが、日本にいるときから、割引債、DDBの類を継続的に取引していて、累計取引金額はそれなりの金額になるはずだ。割引債の複利効果が好きでね。余計な細かいクーポンが来ないのが、めんどくさくなくてよい。FXの毎日のスワップポイントで喜んでいる人たちとは、根本的な思想が違うのを感じるわ。今は債券取引を止めているので保有残高はゼロだが、為替先物で「疑似的」に保有している。しかし、2016年?から、利付債の途中売却の譲渡益も課税対象になったらしいなぁ。う~ん、これは日本における債券投資には激震だと思うのだが、みんなどうしているんだろうか…。

さて、今回初めて、さんざん取引してきたAUDの実物キャッシュを手にした。だが金額が小さすぎて、フィジカルセトル感がなく、特に何も感じなかった。残念。

 

オーストラリアも事前登録ビザETAが必要。即時発行なので、空港でWifiがつながるなら着いてからやっても間に合いそうだ。無審査で即時発行するなら、空港でカネだけ取ってやってくれれば良いのに…、と疑問に思うだろう?

後に語るであろう、オーストラリアに対する「違和感」事象の一つなので、最初に書いておこう。

香港やシンガポールに住んでいて、オーストラリアに行くと、あまりに対照的なので、色々な所で違和感を感じる。

香港・シンガポール:狭い、人が多い、安い人件費はいくらでも輸入できる、非農業国、資源は無い。

対するオーストラリア:広い、人が少ない、人件費は高い、農業国、資源国。ついでに南半球で季節まで逆転だw

 

おそらく安い人件費は輸入しているが、農場や炭鉱が主で、街中のサービス業では見受けられなかった。いかに少ない人で、運営するかという工夫が至る所でされている。ビザの無審査なのに、空港でETAを対応しないのも、その政策の影響であろう。

「入国審査は厳し目で、特に食べ物・生き物、靴についた土にまで、いちやもんをつけてくる」、と聞いていたのだが、メルボルン入国だったのだが、そういった嫌な感じは特になく、スムースに入国することができた。外国人観光客なのに無人ゲート、パスポートを突っ込むとゲートが開く。ほら、ここでも、無人化による運営でしょ?

シンガポールの空港でウイスキーを買っていこうかと思ったのだが、そこでも、免税店の販売員に「一応、1ボトルまでOKなんだけど、経由便の場合、大丈夫かなー?あんまりお勧めしないなー。」と言われ、なーんか嫌な感じだなー、と思ったが、そういったこともなく。メルボルン入国し、免税店でウイスキーを買ったところ、「国内線の場合は、ウイスキー1リットル瓶の機内持ち込みまでできる」ようで、日本と同じ緩さで意外だった。ただし、タバコは異様な値段だ。免税店をもってしても1カートン 108AUD。今まで見た中で記録的に高い。しかも、免税店でもパッケージを見せる形ではおいておらず、ロッカーの中にしまわれており、銘柄を知っていないと買うことができない。タバコ撲滅キャンペーンだな。こりゃ、どんなに良い所でも、タバコをやめない限り、相当に住みにくい。ただ、その割に、ブリスベンの町中至る所に灰皿はあり、喫煙者も少なくない印象だ。タバコの持ち込みは「50本」まで非課税だ。この非課税枠を活かすしかない。

ブリスベンとゴールドコーストに行ったのだが、ブリスベンの空港から、ブリスベン市内中心部、ブリスベン・セントラル駅から徒歩圏のホテルまで、タクシーで30~40分、40~50ドル程度。外国人運転手っぽいが、ナビでアドレスを入れて、その通りに運転しているので、ぼったくりの印象は無い。

 

ホテルのロビー、これかなり強烈。

ブリスベンとゴールドコースト、2つのホテルに泊まったのだが、両方ともフロントが24時間対応ではない。故に入り口は、夜間から朝にかけてロックされている。これ、深夜・早朝到着便だったらどうするんだろう? そもそも飛行機も深夜・早朝到着便が存在しない?

ホテルに荷物を預けても引換券をくれない。フロントの横に置いておくだけだ。だから夜をまたいで荷物を預けるのは危険すぎる。夜はまたいでいないが、昼間の間、ロビーの横にただ置いてあるだけ。もし誰かが「自分のものだよ」って顔して持って行ってしまったら、どうするつもりなんだろう? 勤務時間が短く、ホテルのフロントが変わらないならば、どの荷物がどの客のものか、フロントの従業員が覚えていて問題ない、ということなのだろうか?

ちなみにホテルのエレベーターに閉まるボタンはなかった。香港の場合、2階以上のフロアには、「下り」ボタンしかないことがあるが、アジアで閉まるボタンがついてないと発狂してしまう奴が頻発しそうなだけに、のんびりとした国民性を感じる。

 

シムカード

Optus シムカード、2ドルと10ドルがコンビニで売っている。電話できるがネットできず。APNの設定が必要なのにどこにも書いてない。電話して聞いても答えられない。結局、近所のYes Optusに行き、解決した。一日500MB上限で2ドルかかるらしい。ただ、3日くらいで切れたので、それを越えて使うと追加で取られているのだろうか? 2ドルのシムも売っているが、チャージ用ではなく、これまたシム。Activationの設定全部やり直さないと使えない。しかも、データ通信はできない。データ通信はミニマム10ドルのチャージが必要だそうだ。「じゃあ、売んなよ、馬鹿ヤロウ、買っちまったじゃないか!」と思うのは私だけ?

 

電車

brisbane
電車、ネット上の路線図(緑のライン)が途中で切れてる。続きの路線へのリンクもない。
「Gold CoastのFlorida Gardensに行きたいんだが、どうやって行くんだ?」と聞いたら、「フロリダはアメリカだ」と言われた。「この路線図の一番下に乗っている駅名だ!」 後にわかることだが、路線図をよく見ると、Gold Coastには路面電車があり、長距離鉄道とはつながっていない。でもさ、まったく関係なくてつながってないなら、今度は逆に載せるなよな~。

Brisbane-Mooloolaba
ネットで調べると電車一本で行けると書いてあるのだが、実際には直行電車の数は非常に少なく、途中で止まって、バスが速いということでバスに乗り換えが必要だったりする。
ブリスベン以外の駅はほとんどが無人駅。
電車のドアはボタンで開ける田舎電車スタイル。
チケットがゾーン制は聞いたことあるが、ゾーン制+時間制限あり。
ブリスベン行きたいんだけど、どのバス?と聞いたら、「34」と答えた。これバスの番号ではなく、なんと来る時間。田舎だから本数少ないから時間で答えてるのよ。

 

路線を全部書ききらないのは、鉄道がオーストラリア東海岸全体に広がっていて、きりがないからであろう。

 

私が混乱し、首をかしげているのが、伝わりますか?