電脳空間のグローバル・ジハード
「イスラーム国」の知名度が世界的に高まったのは、巧みなメディア戦略の影響が大きい。世界のメディアがこぞって取り上げたくなるような洗練された映像ビデオや、画像を多く用いたきらびやかな雑誌を次々に公開することで、世界の注目を集め、関心を引き寄せ、持続させてきた。それらは、欧米の主要メディアをはじめとして各国メディアに報じられることで世界に広まるだけでなく、SNSを通じてインターネット上に拡散され、個人に直接届きもする。「イスラーム国」が誇示するおぞましい斬首映像については広く知られるが、こういった映像にしても、単に残酷なだけではない。敵と味方のそれぞれに、心理的に最大限の効果を与える技巧と工夫が凝らされている。
メディア戦略の巧みさは、グローバル・ジハード勢力に共通しており、「イスラーム国」に特有のものではない。9・11事件以降、米国の徹底的な対テロ戦争の追跡を恒常的に受ける立場となったアル=カイーダ系組織は、アフガニスタン・パキスタン国境地帯や、イラク・シリア国境地帯などの各国政府による支配が地域に物理的な聖域を見出して、潜伏の場所や活動の拠点を確保していったが、それと並行して、インターネットや衛星放送などメディアのヴァーチャルな空間に、自由な活動の場を切り開いていった。
シリアから発信された欧米人の人質殺害映像は、「アル=ハヤート・メディア・センター」の制作と明記されているが、その様式と技法は際立ったものである。ハリウッド映画を模倣したかのような劇的な身振りとカメラアングルで、人質の背後に処刑人が立ち、刀を振りかざす映像が公開される。最初は殺害予告で、要求を人質が読み上げさせられ、処刑人が期限を切って警告する。米国や英国の空爆の停止といった要求が容れられないと、ほぼ期限通りに殺害映像が配信されるのだが、これも一連の動作が様式化されている。
Abu-Ghraib-prison.jpg
欧米人の人質は、決まってオレンジ色の囚人服を着せられている。キューバのグアンタナモ基地に、あるいはイラクのアブー・グレイブ刑務所にアラブ人やイスラーム教徒が収容され、暴行を受け、屈辱を受けたという記憶は、アラブ世界やイスラーム世界に刻み込まれている。そこで、米国によって収監された者たちが着せられていたオレンジ色の囚人服を、逆に拘束した欧米人に着せ、米国などへの要求を読み上げさせ、殺害する、という手順を踏んで見せる。このようにして、溜飲を下げるイスラーム教徒の一定の支持を得るとともに、あくまでもアメリカ側が先に行った不正に対する「正当」な復讐である、と主張しているのだろう。


斬首映像の巧みな演出
興味深いのは、考え抜かれた演出・脚本とカメラワークである。「アル=ハヤート・メディア・センター」の公式の経路を通じた欧米人の斬首殺害映像については、実際に首を切るシーンは、カットされていることが多い。今にも切る、という瞬間に画面は暗転し、再び画面に明かりが戻ってくると、そこには、殺害された死体が横たわっている。前後関係から、明らかにそこで殺害したとわかるのだが、意図して殺害の瞬間を外して編集しているのである。また、そのような編集が可能になるように、処刑人が適切に演技をしているともいえる。残酷さが強調される人質殺害映像であるが、残酷さのみを追求するのであれば、殺害の瞬間の場面を除いて編集するのは、理にかなっていない。殺害瞬間を外して編集することの効果は、実は大きい。その瞬間を映さず、聴衆に想像させるのは演劇的な手法である。芝居やテレビドラマでは、無数の殺人が演じられるが、そこで実際に殺人が行われているはずはない。しかしある種の演出を施すことで、聴衆は、そこで殺人が行われた、というストーリーを読み取るのである。
「イスラーム国」の殺害映像は、欧米のテレビドラマ並みの鮮明で洗練された映像で、演技をしているかのように処刑が行われるため、インターネット上で世界の人々がそれを「うっかり見てしまう」、さらに言えば、密かに「享受してしまう」可能性を高める。それが毎日どこかのチャンネルで放映されているドラマのように演出されているからこそ、人々はそれを見ることができてしまう。演出を施さない陰惨な殺人の映像であれば、人々の多くは見ていることができないだろうし、たとえ見たとしても、その映像を友人・知人に転送することはないだろう。人格を疑われてしまいかねないと恐れるからである。「イスラーム国」の映像は、見る者に最大限の恐怖を呼び覚ましつつ、それがあたかも演技のように見えることで、そして演技ではありえない決定的な瞬間を外すことで、世界の無関係な人々にとっても視聴が可能になり、転送が可能になる。
イスラーム国が自らの存在を宣伝するには、無関係な第三者によって興味本位で転送されて広まるのが、一番効果的である。そのためには、話題に上る程度の衝撃的な映像でなければならない。しかし同時に残虐すぎてはならず、視聴に耐える範囲の残虐さでなければならない。見た目の残虐さを緩和するのが、処刑人の演技的なしぐさである。それによって人々は、映画やドラマを見ているかのような錯覚に陥って、映像を見てしまい、転送して話題にしてしまう。それこそがこれらの宣伝映像の目的だろう。それほど高度な演劇的演出のテクニックを熟知した人間が、「イスラーム国」の人質殺害映像には関与している可能性がある。イスラーム国による人質殺害の対象になるのは、欧米人に限らない。シリア軍兵士や警察官、支配に抵抗したとされるクルド人の部族や異教徒などが大量殺害される事例が多く報告されている。それらの映像は、携帯電話などで撮影されたとみられる不鮮明な映像である場合もあり、非公式のツイッター・アカウントなどを通じて流出してくる。イスラーム国への共鳴者によるメディア宣伝別動隊とみられる「アウマーク」は、こういった映像も用いて大量の宣伝映像を流通させている。
なお「アル=ハヤート・メディア・センター」は、人質殺害の映像ばかりを流しているわけではない。各地を制圧すると、住民に食料を配る様子を流して「善政」を演出した。イラクとシリアでの勢力拡大の直後に公開した「サイクス=ピコの崩壊」と題したビデオでは、アラブ世界で政権や知識人が常々主張してきた、植民地主義によって引かれた恣意的な国境が問題であるとする民族主義的思想を踏まえて、イラク・シリアの国境線上の障害物を破壊して見せた。「ムジャトゥウィート」(ジハードの戦士を意味するムジャーヒディーンとツイッターのツイートを合わせた言葉か)なる小品シリーズではドイツから渡航した若者のシャイで情感溢れる横顔をドキュメンタリー風に映し出す。プロパガンダ映像の表現と趣向は、実に多彩である。
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