1章2章は天地万物の創造の記事であるが、1章2節~2章4節前半 と 2章4節後半~2章25節の両部分に別れ、前の部分が祭司資料、他の部分がヤハウェ資料であることは用語、思想その他から明瞭である。
祭司資料の創造記 (1-1~2-4前半)
1章1節と2章の関係は問題で種々の読み方があるが、我々は一応次のように解する。すなわち1節は表題的意味のもので、2節で創造の仕事が始まり、創造の素材である混沌たる「原始の海」そのものが何処から来たかは触れてない者と見るべきである。(この「原始の海」の原語がバビロニアの創造神話における「混沌の怪物」と関連することは周知のことであるが、ここではかかる宗教史的関連は考察の外におく)。いわゆる無からの創造なとどいう問題をここで持ち出すべきではない。祭司資料は無と有の対立としてではなく、混沌と秩序の対立から創造を考えている。2章2節で「7日目に完了し、7日目に休まれた」というのがおかしいのでギリシア訳、シリア訳、サマリヤ五書等はより合理的に「6日目に完了し」と変える。しかし神の安息こそ創造の完成である!7日目の「神の安息」は直接いわゆる安息日の設定を意味するものではない。しかし捕囚期以後祭司階級の間で特に重んぜられるに至った安息日の制度はすでに創造の昔天に原型があったと見るもので、この1-1~2-4の創造記が祭司資料から由来することの有力な理由の一つである。その他この7日にきちんと分けたこの創造記はその「言による創造」、その他の点から見て思想上4節後半以下の第2の創造記より後代のものたることは明らかであろう。
ヤハウェ資料の創造記 (2-4後半~25)
2章3章にだけ「ヤハウェ神」とあり、4章以下のヤハウェ資料においては「ヤハウェ」とだけである理由は必ずしも分からない。元来ヤハウェとだけあったのに、祭司資料の創造記と一緒にされて、「神」が加えられたか。「ヤハウェ」は歴史的に見れば恐らくモーセ以後知られるに至ったイスラエル人の神の名。7節 「土くれ」「塵」の意味にとるべき場合もあるが明らかに「土」の意のことがある。「地」は「アダーマー」、「人」は「アーダーム」で関連する。8章の「エデン」は同じ語がヘブライ語では「喜び」の意を持つが、アッカド語edinuの荒野の原意のほうが強く、パレスチナから見て東のシリヤ砂漠あたりを元来の楽園のあったところと考えているらしい。「楽園」(パラダイス)は70人訳のこの箇所で「園」の訳に用いられた言葉。元来はペルシア語。
七十人訳聖書 ヘブライ語聖典をギリシア語に翻訳したもの
四資料説 旧約聖書編集以前、ヤハウェ資料、エロヒム資料、申命記資料、司祭資料があったと言われている
ハァハァ、常識が無さ過ぎて読むのが疲れます・・・。
カインとセツの系図をまとめましょう。
ノアの洪水 (6-5~9-17)
ヤハウェがノアに言われた。「君も君の家族も箱舟に入りなさい。私は君がこの時代の人たちの中で私の前に義しい者であるのを見たからだ。すべての潔い動物の中から雄雌7匹ずつを、潔くない動物の中から雄雌2匹ずつを、箱舟にもって入らねばならない、それに天の鳥をまた雄と雌7匹ずつ、それは全地の面にそれらの動物の種を絶やさないためである。何故ならもう7日経つと私は40日40夜地上に雨を降らせ、私の創った生きとし生けるものを地の面から滅ぼすからだ。」
全滅
神はノアとその子らを祝福し、「君たちはふえかつ増して、地に満ち、地を支配せよ」
バベルの塔 (11-1~9)
全地は同じ言語を持ち、同じ言葉を話していた。人々は東のほうから移って、シナルの地に平地を見つけて、そこに住みついた。人々は互いに言った、彼らは石の代わりに煉瓦を、粘土の代わりに瀝青を用いるようになった。「さあ、我々は一つの町を建て、その頂が点に達する一つの塔を作り、それによって我々の名を有名にしよう。全地の面に散らされるといけないから」 ヤハウェは天から降りて来られ、人の子らが建てていた町と塔とをご覧になった。ヤハウェが言われるのに「ご覧、彼らは皆同じ原語を持った一つの民である。そしてその始めた最初の仕事がこの有様だ。今に彼らの企てる何事も不可能なことはなくなるであろう。よし、我々は降りていって、あそこで彼らの言葉を混乱させ、彼らの言葉が互いに通じないようにしよう。」 ヤハウェは彼らをそこから全地の面に散らされたので、彼らは町を建てることを放棄した。それゆえその町の名をバベル(乱れ)と呼ぶのである。
旧約聖書 創世記 (岩波文庫) 関根 正雄 岩波書店 1967-01 |