第5章 トレーディングの現場
第1節 上澄み液を吸うデリバティブとレーダー
証券会社のセールスは、強欲で顧客をだます悪者のイメージが持たれています。しかし、社内には彼らを食い物にしている搾取者がいるのです。それはトレーダー、特にデリバティブズのトレーダーです。社内奥深く潜んでいる彼らは、顧客と接触する機会が無いので、彼等の行動が話題になることはまずありません。それゆえどういう人間達かはほとんど知られていないと思います。
デリバティブズトレードの収益源
仕組債ディールの主導者は販売会社であり、発行体やスワップカウンターパーティーはあくまでも従属者です。ですから、販売会社は発行体・スワップカウンターパーティーを選ぶ権限を持っています。顧客をつかんでいる人が最も偉いというわけです。しかし、しかしです。この世界では偉い人が金儲けできるとは限りません。
世の中にスワップカウンターパーティーが、もし1人しかいなかったらどうなるか?販売会社はこの人にお願いするしかありません。スワップカウンターパーティーは、自分に超有利な条件で発行体とスワップ契約を結ぶでしょう。いやいや、発行体が牽制機能を持っているから、そんな一方的に有利な条件でスワップ取引はできないはずだ…と思いますか?可能なのです。スワップ取引の条件はすべて仕組債に転嫁されるので、発行体はスワップ取引内容の影響を受けません。だから、発行体はスワップ取引の条件がフェアかどうかのチェックをする気など毛頭無いわけです。いやいやそのまえに販売会社がチェックするだろう、と期待するかもしれません。しかし、彼らには自力でチェックできるだけの能力・情報・経験が無い場合がほとんどです。ということで、スワップカウンターパーティーのうまみがここにあるわけです。
当然こんな状況であれば「スワップカウンターパーティーは大儲けできる。そんなおいしい商売を1人でやらせるわけには行かない」ということになり、「スワップカウンターパーティー候補に俺も入れてくれ」と、多くの業者が販売会社に群がってきます。そうなると、販売会社はスワップカウンターパーティーをコンペにかけて選ぶようになります。やっとこれで、販売会社がスワップ取引の条件をチェックできるようになります。
ここまでは、販売会社とスワップカウンターパーティーが別人として説明してきましたが、販売会社がスワップカウンターパーティーを兼ねることは禁じられていません。。むしろ同一会社であるほうが自然です。こうなるとスワップ取引のコンペをしなくなり、牽制機能が働かない状態になります。しかし、ほとんどの仕組債は複数業者が扱っているので、投資家からすると、とんでもない条件で取引させられる可能性は低いかもしれません。つまり、投資家には販売業者を選択する権利があります。ところが販売会社のセールスには自分の会社がスワップカウンターパーティーも兼ねていると、スワップカウンターパーティーの選択の自由がありません。ここで、セールスが搾取されるのです。
多くの人に販売する場合、法律の規定上、売り出し・公募になるので、この場合、上記で言うところのコンペになります。一方、デリバティブの私募の仕組債を買える顧客、あるいは扱えるセールスも同様にかなり限定的です。だから顧客先には、自然とコンペティターが集まります、都内であれば外資の参入もありえます。なのでお客様とセールスは意外にデリバティブの価格に慣れていたりしますので、価格をチェックする情報と経験が無いとは思えません。三田さんのおっしゃるとおり無い場合もかなり多いのですが、超大手顧客は確実にあるので、金額加重にすると、意外に価格を知っているものです。あるスーパーセールスが私に言いました。
「他社よりも良い値段、あるいは他社と同じ値段でディールを決めるのに俺は要らないんだ。他社よりも悪い値段でも、お客様に取引していただく。それがセールスでしょ? より良いものを安い値段でなら君でも売れるよ。」
うーん、無駄にかっこいいw スーパーセールスは変人が多いのですが、言っていることは常に合理的です。
あるセールスの得意顧客が、他社からも同様の仕組債の条件提示を受けていて、どうもライバル社のほうがいい条件のようだ。そこで、
セールス「他社のほうが条件がいいみたい。同じ条件を出せれば絶対取れるから、もうちょっと何とかならないかな」
トレーダー「他社はどれくらいの条件を出しているのかな?」
セールス「そうね~、40ベーシス違うかな」
トレーダー「じゃあ俺は10ベーシスだけがんばるけど、それで限界だな。後は君のセールスフィーを削ってくれよ」
セールス「俺が30も削るの? お前は10だけ?」
トレーダー「いや~本当にね、10削るのが限界なのよ。15も削ると赤字になるから」…①
セールス「そうか、しょうがない。俺の取り分を30削るか」
ということでセールスは自分のフィーを30ベーシスも削った甲斐あってめでたく約定する。
セールス「ありがとう、おかげで約定できたよ」
トレーダー「そう、よかったよかった。本当にギリギリで厳しい条件だけど、お客さんが喜んでくれたなら構わないよ」…②
実はこのトレーダーは悪魔だったりします。①の言葉が真実である場合もあるでしょう。でも、嘘であることはしょっちゅうです。②のように泣かせる言葉を吐いた場合、それは100%嘘です。まず、トレーダーの出している条件が本当にギリギリなのかは、セールスには分かりようもありません。
「私の夢は、一人でも多くのお客様に、デリバティブを正しく理解し、利用していただくことです。」
「私の喜びは、お客様の満足。特に新商品を買っていただく時がデリバティブ・デザイナーとしての最大の喜びです。」
という私の公言と悪魔トレーダーの②の発言が似ているなぁ。悪魔とか嘘つきって言われると私も一言申し上げたい。まず、この事例で出てくるセールスは二流セールスね。一流のトップセールス、スーパーセールスは商品性や価格はもろともせず、売ってしまうので、私とお話しすることはほとんど無いのです。でもそんな人はほとんど居ない。みんなここで出てくるようなセールスばかりなのが現状です。だから私は、国内の支店に出向き、各営業マンに対して、デリバティブ・仕組債の営業サポートをしたかった、あるいは価格や商品に対する不満を直接ぶつけて欲しかったが、それが許されなかった。
イベント的にしか発生しない支店訪問やセールスとの直接討論の場に、私は積極的に出陣していたからこその発言だということをお分かりいただきたい。くだらない社内研修であっても、研修はデリバティブのプロモートの場ととらえ、各支店のセールスたちに「デリバティブでわからないこと、困っていることはありませんか? 何でも答えます。将来的に困ったとしたら場中でもいつでも、俺に電話して欲しい。」とまで言ってきた結果なんだ。ある研修の最後の飲み会で、同フロアの取締役が「おうエキゾ。宣伝しておいたから、この子たちに例の商品を詳しく説明してやってくれ」って言ってきたこともあった。「いや…窓口の女の子は仕組債売れないんですよ。」(コンプラもう少し勉強してくださいと思ったが、神がかった営業力で取締役まで上り詰めた男だったのでそれは言わなかった。)
最終的に夢がかなったのは海外ね。海外は営業サポートはダメとかいう意味不明なルールは無いし、小規模だからセールスが同じチームに居た。他部門のセールスも歩いて30歩くらいのところに居た。そこで神がかった商品開発とリアルタイムプライシングをセールスに示した。
セールス「あのーお客さんがこの連続参照バリアーを離散参照にしたらどのくらい値段悪くなるか聞いてるんですけど…」
俺 ”Give me 30 sec”
セールス 思わず目を丸くして「秒ですか? 新商品なので、2週間くらいかかるのでは?」
俺 「新商品だからディールはできない。離散参照の価格は連続と満期一点参照デジタルの商品の間になるはずだから、ラフなプライスイメージなら新しい評価モデルは要らない。条件を言うんだ! この俺がそれを見て30秒でプライシングする。」
セールス部隊の度肝を抜くリアルタイム・プライシング。冗談っぽく言ってるけど、外人セールス部隊全員がシーンとするくらいの衝撃の発言とプライシングだったのよ? 分かるかな?w もっとも本当に新規の商品の場合は、普通は2週間かかるが、俺に頼めば30分から2時間でプライスイメージは取得できる。客も驚くようなレスポンスで値段を返して、そのプライスイメージでやるかどうか判断を仰いで、新商品申請ね。しかも将来の新商品を予想し、一つの新商品申請と評価モデルで、バリエーションを展開できるようにしてあるのが、次のクイックレスポンスにつながるという天才的なストラクチャリング能力なのだよ。意外に気づかれない要素なのだが、現場のセールス、トレーダーさらには、それを承認するリスク管理部門も、私の新商品申請が持つ拡張性がわからないのだよ。現場のセールス・アクティビティとモデリングと新商品申請が、リンクしてるんだぜ? わかるかね? いや、これホントにw
証券会社の「儲け」の構造 | |
三田 哉
中央経済社 2013-04-06 |
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