ラスプーチン一派で、次にスパイだと疑われたのはアンドロニコフ公だったのはいたしかたない。彼は派手な生活を送り、愛人達に莫大な金を使っていた。「彼の使った金額は、およその額さえ推定できなかった」と彼の執事キルテルは後に証言している。「私の妻が1日おきに、ロシア・アジア銀行から1000ルーブルずつ彼に届けていた。妻はお金を小切手で受け取っていた。彼はアパート代として月額600ルーブル払っていた。客達が、朝食、昼食、夕食に来ない日はなかった。客達は集団で来て、主人が家にいようがいまいが気にしなかった。オフラーナは、これらの費用はすべて、ドイツ軍の金でまかなわれているという報告を受け取っていた。翌年、ラスプーチン問題調査委員会が公を取り調べたとき、反逆罪の証拠は見つからなかった。委員会は、彼はあまりにも軽はずみで、妄想に取り付かれていたので、徹底した反逆者に離れなかったのだという判断に納得した。彼には何の政治的理想もなく、ラスプーチンと同様に、彼の政治家に対する意見は自分との個人的な利害関係に基づいていた。