月: 2018年6月

オーケストラだけじゃないオーストリアが持つ富の源泉は何か?

街中に馬車がいる牧歌的な都市ウィーン。動物に寛容なのか、犬を連れている人が多く、ペットOKの場所がとても多い。
チップ制度がパリは無いが、オーストリアあり(要求されたのはリンク内だけだが)。
スーパーで売っているビールの種類はオーストリアが多い。パリは3種類しか置いてないようなスーパーもあった。

私のホテルの近隣は観光地ではないはずだが…、なぜかホテル近隣のレストランで食事をすると日本人が居ることが多い。とても不思議で原因は今のところ不明。観光地でないから観光客ではなく居住者? さあ、オーストリアに日本人は何人住んでいると思うね?

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000368753.pdf 28ページ

在留日本人 3000人。フランス40,000人と比べると皆無に等しい。経済規模や人口は全てフランスの1/10と考えると符合する結果だ。このホテルの周辺に3つも日本食があるが、すべて偽物系日本食なのでリトルトーキョーとは言い難い。

パリもウィーンもホテルは旧式。鍵がぐるっと回すマニュアル鍵。アジアでは見たことがない。ホテルの廊下の電気は自動節電。パリでもそうだった。エコ、ケチ、エネルギー問題にセンシティブ。

オーストリア3重苦

資源がない。
植民地がない。
産業がない。

その結果、株式市場は惨憺たる状況であることはすでに述べたが、あまりの状態なのでもう一度しつこく書くと、

EuroStoxx50に採用されているオーストリア企業は一社もない。

ヨーロッパの時価総額の大きな企業で見れば、産業があるドイツを除けば、植民地利権、旧東インド会社が今も色濃く残っている。イギリスとフランスはその傾向が強いが、BP、ロイヤルダッチシェル、トタル、極めつけは、香港の通貨発行権を持つHSBC。インフラ支配という意味では日本では存在感がほとんどないスペイン系のバンコ・サンタンデール、BBVA、テレフォニカなど、南米・旧植民地圏ではご活躍だ。

それなのになぜオーストリアは国家として存在しているのか? 一人当たりGDPが日本より高いのはなぜか? 実際、街を歩いて民を眺めても、それほど貧しそうには見えない。

オーケストラと観光誘致だけでは到底説明不可能だ。オーストリアという不毛地帯を表現するのは下記の絵1枚で十分であろう。

パイプラインの通り道。ロシアより愛をこめて、ヨーロッパにオイルを贈る。エネルギーロードの端点である日本にはない地政学的要因だ。アジアだとパイプラインではなくシーレーンになるが、シンガポールもオーストリア3重苦を持っている。資源がない、植民地がないどころか植民地だったw、産業がない。でも精製と通り道ってだけで国が成り立っている。オーストリアにいるとこんなニュースが急に見えるようになってくる。

OPEC、減産緩和で合意 供給不足に対応

オーストリアはOPEC加盟国ではないものの、石油輸出国機構の本部は首都ウィーンに設置されている。産油国でもなければ、消費する程の人口もなく(800万人)、産業もない。ただの通り道にもかかわらず、なぜかウィーンにOPEC本部がある。

OPECやIAEA(国際原子力機関)の本部がウィーンにある理由は、東西冷戦の狭間。「西欧でも東欧でもありません。中欧です! 永世中立国です。もめごと解決の会議はオーストリアを使ってください。」と言うことで成り立っている。

秋山信将×池内恵「核不拡散論」 #国際政治ch 22
https://www.youtube.com/watch?v=uOgdNyb8jJY&t=2272s
でオーストリア政府が本部ビルをIAEAに、年間1シリングで貸し出したという話をしている。動画の中に本部ビルも出てくるから興味があれば見てみると良いだろう。


なんでお店が儲からないのかを僕が解決する

行き詰っている店主が必ず口にすること

悩みとして必ず出てくるトップ3は決まっている。「食べログ」「ドタキャン」「人材確保」だ。

なぜ食べログが「悩みの種」になってしまうのだろうかというと、「あることないこと」とは言わないまでも、重箱の隅をつつくような小さな問題を論い、低い点をつける人がいるからだ。

ホテルのレビューも同じだ…。俺が泊まるような安いホテルに対して、古い、汚い、朝食がまずい、などと書いている奴が多いので、レビューは見ないことにしている。

若者に辞められないために、一つ考えられるのは給料を上げることだ。そんな財源はない?ないなら作るしかない。彼らは十分な給料、ボーナス、福利厚生を与えるために、価格を上げるのだ。「安い値段で料理を出して、お客さんに喜んでもらいたい」と言うけれど、誰かが犠牲になってまで安い料理を出すのは不健全じゃないか?

「お客さんが来ない」と頭を悩ませているお店に多いのが、「いいものを誰もが食べられる値段で」という価格帯だ。値付けの問題というよりも、料理と価格への思い入れが強すぎて失敗している。出したいものは上を見ていて、価格は下を見ている。これは必ずしわ寄せが出るパターンだ。

しわ寄せはデフレの原因として日本を全体を覆っている。飲食店だけの問題ではない。金融政策以上に、このデフレマインドが強烈に効いているというのが私の意見だ。見かけ上の値上げに過剰反応する国民性なんだ。お値段据え置きで量を減らす。わざわざパッケージを作り直すコストを考えれば値上げが効率が良いのだが、消費者が過剰反応しすぎるので、できない。

きちんとした経営のお店にとってはクレジットカードの控えによって入金管理できるのは、手数料以上にいいところがある。入金が間違えようがなく管理され、自動的にリスト化される。忙しい営業が終わった後にこまごまと計算機を叩く必要なく、だ。またドタキャンの問題解決にもつながるけれど、顧客管理ができる。カード番号から得られる情報は多く、キャンセルが多くお客さんのチェックも可能なはずだ。オンライン予約と連動させていけばキャンセルフィーを請求することもできる。

「現金のみ」で怪しい小遣いを手に入れるのもいいけれど、まったくスマートじゃない。クレジットカード払いを積極的にすることは、お客さんの利便性だけではなく、お店の利便性にも必ずつながる。原始的なところだと、アルバイトがお釣りをちょろまかすなんて言うことも一切心配しなくてよいのだ。

規制の緩さが日本のレストランを育てた

日本は様々な規制が厳しいといわれている。しかし、飲食業に関しては、世界レベルで見ると実はとてもゆるい国だ。パリやロンドンで新しいお店を出そうと思ったら、まず場所の確保が難しい。建築基準が厳しくて、高層ビルがそうそう建たないから場所の空きがないことが大きい。高層ビルがバンバンできてお店を大量に誘致する東京は、状況がまったく違う。また、欧米では酒販ライセンスが非常に難しい。アメリカなら州によって異なるが、エリアや時間帯によって細かく規制されている。お店ができあがっているのに「酒販ライセンス待ち」になったり、結局取れずにお酒を出すことができないお店も多いのだ。衛生面では日本が厳しいと思いきや、そんなことはない。たまたま生レバーやユッケに関しては規制が設けられているけれど、基本的に食品衛生責任者の講習を一人が受ければ良いという形になっている。シンガポールだったら、ウェイターになるのでも同等のテストをパスしなければならないそうだ。日本では考えられないがニューヨークでは寿司を素手で握ったお店が州の衛生法に抵触したという理由で罰せられた。

そういった事情を知る人が訳知り顔で「日本ももっと規制を強化して悪徳業者を一掃しよう」なんていうツイートや発言をしているのを見聞きするけれど、大間違いだ。規制がゆるくて、「誰でもお店を出せる状況」だからこそ、日本の飲食業界は多種多様に発展し、こんなに面白いんじゃないか。

バンコクが安く楽しいのは規制が緩いから、とは思っていたけど、確かに東京もパリよりは規制が緩そうだ。漫画の発展も、「漫画なんか書いているヤツは遊びだから、彼等の労働を守ってやる必要がない」という差別意識が、規制のない自由な競争を促し、世界に対する競争力を持っている面もあろう。労働者を過剰に守る労働基準法は日本のガンだと思っているが、漫画の世界にはそんなもんはねぇ。

現代のコミュニケーションツールを使って産地と直接「つながる」

何よりも大きいの仕入れ。「毎日築地に行く」なんて自慢にもなりはしない。現在のコミュニケーションツールを使えば、産地直送でいくらでも魚や野菜を買えるのだから。直接取引になるのでコストが抑えられるのは当然。流通もよくなっていて、あっという間に新鮮なものが必要な量だけ届けられる。築地のヒエラルキーは厳しく、いいものや貴重な素材は、当たり前のことだが長い付き合いの料理人に渡される。そのヒエラルキーもすっ飛ばせるのが産直との一から作るつながりなのだ。

小さな店なら使う量も知れているだろうから、少ししか取れない貴重なものを送ってくれたり、走りの素材、ときには「他の人は使わないけど、実はおいしいんだよ」と、チャレンジアイテムも喜んで送ってくれる。これは、大規模経営では不可能なやり取りだ。わからないことがあったら「試してみたいけど、どうやって食べるとうまい?」と聞けば、きっと新しい料理のヒントをくれる。

日本はそもそもロジスティクスに強い国だ。インターネットを駆使し、コミュニケーションツールを持つ世代には、前時代の料理人や生産者には真似できない広い世界が広がっている。

私でも石巻でやれることだ。ビジネス目的ではないが、直接生産者とのコンタクトはできる。

職人にしか作れないものは作るな

職人技、職人仕事というとても耳障りが良いのだけれど、実際にビジネスになると決して歓迎すべき言葉ではない。この考え方で成功したのが「牛角」。肉は切り方でおいしくもまずくもなるが、それまで焼肉業界でも「職人」が肉を切り出して、その方法は公表することなく高級外食として君臨していた。「牛角」はそのような肉の切り方を完全マニュアル化、アルバイトでも肉が切れるようになり、こうすることでコストを大幅に削減することができた。これは焼肉業界にとって革命的な出来事だったと思う。

2017/04/21 抵抗勢力、イノベーションを拒む人々 
2017/01/27 三田氏を斬るシーズン3 5/9~トレーディング業務でのAI活用

で既に同じことを述べている。

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堀江 貴文

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ウィーンはドイツに近い

言語がドイツ語なので当然と言えば当然だが、フランスよりはドイツに近い。

物価の感じは、
パリ・香港・シンガポール をそれぞれ欧州・アジアの基準と考えれば、
ウィーンは、上海並みのレベル(2割程度安い)と等しい。

コーヒーに簡単な朝食のような食事がパリの一級地域だと10~12ユーロ、それがウィーンだと8ユーロ前後となる。

飯のレベルは、当然だがパリには負ける。レストランの食事は、「肉!」っていう感じだけの印象が強くなる。海がない国だし、当然だよね。だから、ウィーンではそのビハインドを最小化するためにレストラン食を減らし、アジアフードを入れ、スーパー食を増やす。だが、さすがはパリだった、と今思うのは、スーパーであんまりよくわからずに冒険して買ってもパリでは外れなしだったが、ウィーンではなんぼか外れをひいている

ハム・ソーセージなどの肉系だと若干飽きるので、魚介系も入れようと、魚の酢漬けを買ってみたら…、外してしまった。パリで食べていたイワシのオリーブオイル漬けをウィーンで買ったら問題ない。単なるソーセージでもパリでは「うーん、スーパーの割にうまいじゃないか!」というレベルだったが、ウィーンだと外れで捨てるほどではないが「…、あんまり食いすぎたら飽きそう」とモノにも当たりうる。

そして、主食のパンのレベルもわずかだがパリに劣る。なんかモサモサ・無骨というか。これは主食なのでわずかの差も蓄積される。

飯の事だけ考えれば、「やっぱりパリだよね」となるだろうが、ウィーンの音楽は飯のレベルの差を埋め合わせるに余りあるほどに素晴らしい。来年以降、時間の都合で迷ったら、私はパリではなくウィーンを取るだろう、と思うほどにウィーンの音楽は素晴らしい。なぜならば、質は異なるが、美味しい料理はアジアでも食べることができる。だが、ウィーンの持つ音楽インフラは、世界中どこに行ってもそんな簡単に手に入るものではないからだ。

言語が同じだから法律も近いのか…、

カジノがある。入場料30ユーロって言われたので入らなかったが、とにかくある。ウィーン国立歌劇場からシュテファン大聖堂という誰でも行く観光地の間にあるので、わざわざ探しに行かなくても発見できる。ドイツにもカジノがあるので同じだ。フランスも町中にカジノはあるのだがカジノという名前のスーパーであって、博打を打つ所ではない。

風俗店がある。Studioという名前でかなりな数ある。イメージで言うとシンガポールの怪しいマッサージ屋さん並みにある。かなり怪しくて入る気がしない。人通りが少ないのも影響している。通りに人っ子一人いない夜、ピンクの明かりがついていて、ドアが閉まってる。あのドアを開けて入っていくにはかなり勇気がいる。慣れれば大丈夫なのだろうが、今年は止めておこう。それからドイツにあるFKKはオーストリアにもある。ウィーンのFKKには行くつもりがないからレポートできないが、フランクフルトのFKKは最高だった。ヨーロッパのマカオと言えよう。


オーストリアってどんな国?

日本人がオーストリアに全く興味が無いのがよくわかるのが、ウィキペディアで、GDP数値が2008年更新で止まっている…。

Republik Österreich で見れば2017年まで見えて、
人口 880万人
面積 84000平方キロメートル
名目GDP 420Bil USD

おぅっ! かつてのハプスブルグ帝国、ちっちゃ! 人口少ないので、一人当たりGDPは日本を上回る。隣国はリヒテンシュタイン、スイス、イタリア、スロベニア、ハンガリー、スロバキア、ドイツ、チェコ。海が無く、東欧とも西欧とも言えない緩衝地帯。国家としての数値は、オーストリアはフランスの10分の1と考えるとシンプルかも。貧しい雰囲気プンプン。

産業は…、ATX – Austrian Traded Index なる指数があるらしいが、これら5銘柄で50%以上のWeightを占めるという不毛っぷり。

ERSTE GROUP BANK
OMV オイル・ガス
VOESTALPINE 製鉄
RAIFFEISEN BANK INTERNAT
ANDRITZ プラント

最も分かりやすいのが、Euro Stoxx 50に採用されているオーストリア企業は”ない”!!! レッドブルがおそらく最も大きいオーストリア企業だろうが、非上場なのが口惜しい。

経済規模は小さいが一人当たりGDPに現れているようにそれほど貧しくはない。敏感な諸君ならすぐ気づく。

鉄道職員が居ない。

東京駅や横浜駅のようにプラットフォームが10以上あるような巨大な駅で、各プラットフォームに数人、改札口も何個もあって、各々数人、電車には車掌もいて…、

改札口に1~2人、プラットフォームにたまに居るかな…、電車の車内に車掌は居ない、このくらいがスタンダードだと思う。
一方、都会の無人駅。オーストラリア(ブリスベン・ゴールドコースト、都会じゃないかw)、サンフランシスコ…、そして、ウィーン。
パリも空港の駅でさえ、プラットフォームに駅員は居なく、社内にも車掌は居ないので、行き先の確認をする相手は居ない。そして、ロンドン…

2007/12/09 やっちまった。飛行機乗り遅れた。

この時は、世界の都市を俯瞰で見ることはできなかったのだが、ロンドンでも聞く相手が居なくて、間違った電車に乗ってしまったという事例だ。

人を減らせば、一人当たりGDP、あるいは給与でも上がるという、例として鉄道職員を使ってみた。

行き先を教えてくれる駅員は居ない。
無賃乗車を防ぐ駅員も居ない。

でも、それで鉄道業務は回ってる。

日本におけるROEの向上だ、昇給だ、という議論の時に、「資本を減らす」という財務戦略を検討しているのだろうか? 同じように「無駄な仕事を減らして、従業員を減らせば」、生産性、一人当たりの給料は上がる。

さあ、がんばって!

2017/04/12 抵抗勢力、イノベーションを拒む人々

「どの仕事を廃止しようか?」という話を始めると、自分が担当しているすべての仕事に価値があると言い張る人が出てくるので注意が必要です。こういう人は、「自分の仕事がなくなり、自分自身が不要になること」を恐れています。


バフェットからの手紙 第4版 6/6~会計制度に全てを求めてはならぬ

しかし、もしみなさんが資本集約的な企業の株の100%を過去10年間持っていたならば、標準的な会計方法で完全に、そして入念な厳格さで計上される留保利益はわずかばかりか、あるいはゼロの経済上の価値しかもたらしていなかったでしょう。会計方法に対する批判をするためにこう述べているのではありません。私たちはより良い会計方法を開発する作業をしたいとは思いません。会計上の数値は、企業評価の始まりであって終わりではないということを経営者と株主は理解すべきだということを申し上げたいだけです。

純利益の危うさ、これは会計上の数値は企業評価の始まりと言えば良いのか。

現在、FASB(会計基準審議会)はプーリング法をやめる提案をしており、多くのCEO(最高経営責任者)が争う構えを見せています。これは重要な争いになると思いますので、私たちはあえていくつか意見を述べておきます。まず、のれんの償却費用はたいていまやかしだとする多くの経営者の意見には賛成です。現実と反しているような償却を会計原則で義務付けることは通常極めて厄介です。ほとんどの会計上の費用は、たとえ正確に測定されないとしても、実際に起こっていることに関連するものです。例として、減価償却費によって有形資産の価値の低下を測定することはできませんが、これらの費用は少なくとも実際に生じていることを説明しています。有形資産の価値は常に下がるものなのです。同様に、棚卸資産の減耗費、焦げ付いた売掛債権の償却費、保証料の発生などは実際の費用を反映した費用です。これらの費用の年間発生額は正確に測定することはできませんが、見積もりを行う必要があることは明らかです。 

対照的に、経済的のれんの価値については多くの場合、低下することはありません。たしかに、時間の経過とともにその価値が実際には上昇することが非常に多い―恐らくはほとんど―のです。経済的のれんは性質上土地とよく似ています。両方の資産の価値は間違いなく変動しますが、その変動の方向性はまったく定まっていません。たとえばシーズ社の場合、経済的のれんの価値は7、8年間にわたり不規則ながら極めて着実に上昇してきました。また、私たちが事業を適切に運営すれば、このような成長は少なくともさらに7、8年間は続くでしょう。 のれん費用というフィクションから抜け出すために、経営者はプーリング法というフィクションを利用します。

エンロンの会計操作よろしく、連結対象にするとのれん費用の償却が発生するが、売買目的有価証券に入れた瞬間に、時価評価。

この会計原則は、二つの川が合流する場合、その流れは区別できなくなるだろうという空想的な考え方に基づいています。この考え方において、企業はより大きな会社に合流するのであって、「買われた」などということはないのです(たとえ多くの場合、巨額の「売却」プレミアムを受け取るとしても)。したがって、のれんが生じることはなく、これによる面倒な費用も発生することはないのです。その代わり、存続する企業の会計は、事業がずっと一つの企業で行われてきたかのように処理されるのです。 空想はこれまでにしましょう。合併の現実は通常はるかに異なります。買収する側とされる側が紛れもなく存在し、取引がどのような形をとっていたとしても後者は「買われる」ことになります。そうではないと思われるのであれば、仕事を奪われた従業員にどちらの会社が征服した側でどちらが征服された側だったのか尋ねてみてください。誤解の余地はないでしょう。したがって、この点においてFASBは正しいのです。大半の合併において購入が行われてきました。なるほど、本当に「対等の合併」というのも幾つかあります。しかし、それはごくまれなことです。 マンガーも私も、購入を正確に記録したいと望むFASBを満足させ、同時にのれんの減少という無意味な費用に対する経営者の反論にかなうような現実的な方法があると考えています。まず、買収する側の会社に購入価格を―支払いが株式か現金かにかかわらず―適正価値で記録させます。

ほとんどの場合、この手続きによって経済的のれんを示す巨額の資産が計上されることになります。その後、この資産は帳簿に残したままとし、償却は求めません。その後、経済的のれんの価値が損なわれた場合は(時としてそのようなことは実際に起こりうるのですが)、ほかの資産について価値が損なわれたと判断される場合と同じように償却を行うのです。 私たちの提案する原則を採用する場合には過去にさかのぼって適用し、買収の会計処理をアメリカ国内で一貫性のあるものとすべきでしょう―現在の会計原則とは大違いです。一つ予想しておきます。この計画が実行されれば、経営者は買収をもっと賢く組み立て、会計上の利益に関する非現実的な結果ではなく、株主に実際にもたらされる結果に基づき現金を使うべきか株式を使うべきかを決めることになるでしょう。


バフェットからの手紙 第4版 5/6~ファッションで株を買う経営陣

5章 合併・買収
A.ひどい動機と高値

私たちの買収の決定は、現実の経済的利益を最大にすることを目的としたものであって、事業領域や会計上の数字を最大にすることを狙ったものではありません(長い目で見れば、経済的な実体以上に会計上の見栄えを重視する経営者は、ほとんどそのどちらも達成することはできません)。即座に収益に影響するかどうかは分かりませんが、素晴らしい企業Tの株式を1株当たり2Xで、100%購入するより、私たちは1株当たりXで10%を買う方を選びます。たいていの企業の経営者はまさにその反対のやり方を好み、その行動を正当化する理由は無限にあるように思われます。

武田の役員さーん、全株取得の正当性ホントにあったのかな?

フォーチュン500に入る企業の経営者の一人に、彼の会社がその有名なリスト上のどのあたりに位置しているか聞いてみると良いでしょう。すると必ず、売上高ランキングにおける順位そのままの数字を答えるはずです。しかし、収益性によるランク付けを尋ねたら、彼は自分の会社がフォーチュンのリスト上のどこに位置するのかは答えられないと思います。

私も同意見だ、前から
「素人は、株を買う時でさえ、商品と売上ばかりに注目し、収益構造と純利益を見ない。」
と言っているが、日経新聞の論調も例外ではないな。

新設された企業や創立から間もない企業が過去10年間に生み出した真の価値は膨大な額に上り、これから先もさらに価値が生み出されることについて私たちも喜んで認めましょう。しかし、中間時点の価値がどれほど高くても、企業の存続期間全体では損失が生じているのであれば、価値は生み出されるのではなく、損なわれてしまうのです。このような場合、実際に起きているのは富の移転であり、それも大規模なものであることが多いのです。最近、プロモーターは、恥知らずにも鳥のいない藪を売買することで、何十億もの資金を一般大衆の懐から自分の財布(さらには友人や同僚の財布)へと移しています。バブル市場がバブル企業を誕生させたというのが事実です。バブル企業は、投資家のため利益を生み出すことよりも、投資家から利益を吸い上げることを目的に作られたものです。企業のプロモーターにとって、最大の目標は利益ではなく、IPOとなっている場合があまりにも多く見られます。実際のところ、こうした企業の「事業モデル」は時代遅れのチェーンレターであり、報酬に飢えた投資銀行家が熱心な郵便配達人の役回りを演じているのです。

しかしあらゆるバブルにはそれを弾けさせる針が待ち構えています。そして両者が最終的に出会ってしまった時、新たな投資家たちは昔ながらの教訓を学ぶのです。第一に、ウォール街の輩たちの多くは-そこでは品質管理が褒められることはありません-、買ったものを全てを投資家に売りつけるということです。第二に、投機というのはたやすくできるように見える時が一番危ない、ということです。

私の中のバブル信号、IPOの数はそのうちの一つ。


バフェットからの手紙 第4版 4/6~民が陥りがちな過ちの数々

買おうとしている資産の将来の利益ではなく、価格変動に注目しているのならば、それは投機です。

みなさんは生涯を通してハンバーガーを食べたいと考えましたが、ご自身では家畜を育てていません。さてこの場合、牛肉の価格は上がってほしいと思いますか?それとも下がってほしいと思いますか? みなさんがこの先5年間にわたって蓄えを増やしていくとします。あなたはその間株式市場が値上がりしてほしいと思うでしょうか。それとも値下がりしてほしいと思うでしょうか。多くの投資家がこの答えを間違います。今後、長い間株式を買い越すにもかかわらず、株価が上がれば喜び、株価が下がれば悲しむのです。つまり、これから買うことになる「ハンバーガー」の価格が上がったと言って有頂天になっているわけです。こうした態度はバカげています。

インプライドボラティリティとかけて、俺の相場観ととく、その心は、いつも下落を期待して笑ってる。うーん、今一つ面白くないな…。

リーマンショック以降上がり続ける株価を見てて、憂鬱になっている今日この頃。

当時の私は、どの組織でも優秀で知性と経験豊かな経営者が合理的なビジネス上の判断を行っているものと思っていたのです。しかしその後、そうでは無いと気がつきました。現実には組織由来の旧習が動き始めると、おおむね合理性の出番はもうないのです。それ例は以下のようなものです。

①ニュートンの運動の第一法則に支配されているかのように、企業は現状の方向をかたくなに守ろうとする。
暇の時間を潰すために仕事を増やすかのように、企業は事業計画や買収計画を実行して手持ちの余裕資金を使い尽くす
③トップが入れ込んでいる事業は、それがどれほどバカげたものでも、部下たちによる収益上、あるいは戦略上の詳細な分析によって迅速にサポートされる。
④事業拡張、買収、役員報酬の設定など何であれ、同業他社が行えば、企業は無意識に追従する

イッテー…なんかほとんどすべての大手企業に当てはまりそうな厳しいご指摘w

特定の通貨建てのマネーマーケットファンド、債券、モーゲージ、銀行預金、その他のインカム性の投資、こうした投資対象の大部分は「安全」であるとみなされています。しかし、こうした商品は実際には最も危うい資産です。こうした商品が期日通りに利払いや元本の償還を続けていたとしても、多くの国々の投資家は過去100年の間にこれらの商品に投資していたことで購買力を失ってきました。さらに、こうした悲惨な結果は絶えず繰り返されていくでしょう。お金の最終的な価値は政府が決定します。金融システム上の力学から政府は場合によってはインフレを生み出すような政策に走ってしまうことがあります。このような政策は時として制御が聞かなくなってしまうのです。通貨の安定を強く願っているアメリカですら、私がバークシャーの経営を引き継いだ1965年以降、ドルは86%という驚くほどの下落を示しています。当時私たちが1ドルで買っていたものは、今や少なくとも7ドルはかかります。課税企業の場合、状況はさらに悪いものでした。この同じ47年間、継続的に発行されてきた米財務証券の利回りは年率5.7%でした。これは十分だと感じられるかもしれません。しかし個人投資家が平均25%の所得税を納めているとすればこの5.7%のリターンは実質所得の面では何も生み出していないことになります。投資家にとってはっきりしている所得税によって利回りのうち1.4%がはぎとられ、さらに表面的には分からないインフレという税金によって残りの4.3%が失われるのです。

金利信仰に対する良い事例です。

LTCMが利用していた金融派生商品の一つはトータルリターンスワップでした。これは株式など様々な市場において100%のレバレッジを利用する取引です。例えば取引の当事者A(通常は銀行です)は株式の購入に必要な資産を全て拠出し、当事者Bは資金の拠出を一切せずに将来ある時点で銀行が実現した利益を受け取るか、損失を支払うことに合意するというものです。この種のトータルリターンスワップは取引証拠金制度を無意味なものにしてしまいます。そのうえ、他の種類の金融派生商品によって、規制当局がレバレッジを抑制し、銀行、保険会社およびその他の金融機関のリスク特性を全般的に把握する能力は著しく低下してしまいます。

デリバティブは規制や会計や税制を飛び越えてしまうなぁ…。


バフェットからの手紙 第4版 3/6~ローカル産業たる鉄道・電力事業

私たちが保有する2つのとても大きな事業であるBNSF(バーリントン・ノーザン・サンタフェ・レイルロード・コーポレーション)とミッドアメリカン・エナジー(後にバークシャー・ハサウェイ・エナジーに社名変更)は、他の多くの事業とは違った重要な共通の特性を有しています

両者に対する規制は非常に多く、どちらも工場や設備への大規模な投資ニーズは尽きることがありません。またいずれの会社も地域の評判を高め規制を遵守するために効率的で顧客に満足を与えるサービスを提供する必要があります。その代り、両社は将来の資本投資によって合理的と考えられる利益を獲得することが確実に認められるべきです。

鉄道はわが国の将来にとって不可欠のものです。鉄道はアメリカの都市間貨物輸送の42%(トン/マイルで測定)を担っており、BNSFは他の鉄道会社よりも多くの量-業界全体のおよそ28%を扱っています。ざっと計算すればアメリカ全体の都市間輸送の11%以上をBNSFが担っているのです。人口が西部に移っていることを考えると、私が引き受けている割合は若干高まっているかもしれません。23,000マイルに及ぶ線路とそれに付随する橋やトンネル、エンジンや車両を絶えず維持し、改善していかなくてはなりません。

ミッドアメリカンは240万のアメリカの顧客に電力を供給しています。アイオワ、ワイオミング、ユタは最大の事業者で、他の州でも重要な電力供給会社として営業しています。また私たちのパイプラインでは、アメリカの天然ガスの8%を輸送しています。ミッドアメリカンは2002年にノーザン・ナチュラル・ガス・パイプラインを買収しました。その直後において同社のパイプラインとしての業績は43社中最下位でしたが、最近発表された報告書では第2位となることができました。ちなみに第一となったのは私たちが保有する別の会社のカーンリバーです。電力事業についてはミッドアメリカンと比較できる記録があります。私たちはアイオワ州の会社を1999年に買収していますが、それ以降、アイオワ州では電気料金を上げていません。アイオワ州の他の主要電力会社は同じ期間に70%以上の料金を引き上げ、今では私たちの料金を大きく上回っています。

ちゃんと調べてないんだが、ロックフェラーやエンロンの本を読んでいると、アメリカにも、

旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社に関する法律
電力事業法

に似た法律があるっぽい。地域独占と価格統制を利用して、ロックフェラーやエンロンは鉄道利用料のリベートや電力トレーディングを行っていた。はっきり書いてないが、バフェットもそこを突いてるな。

鉄道や電力・パイプラインは、土地にべったり張り付いているので、グローバルな競争や新規参入に悩まされることがない。航空機の時代に鉄道?と私なら思ってしまう所だ

サーバンス・オクスリー法が2002年に成立したとはいえ、現実が大きく変わることは見込まれません。監査委員会が監査役の逃げ場をふさぎ、彼らが知っていることや疑わしいと考えていることをはっきりと述べなければ多額の違約金を支払うことになると理解させなくてはならないです。監査委員会がその使命を遂行するには監査役に記録すべきことや株主に報告すべきことに関する4つの質問を投げかけてみることだと私は考えます。

1.監査役が会社の財務諸表の作成についてのみ責任を負う場合、多少なりとも経営者が選んだ方法とは違うやり方で作成を行ったことがあるでしょうか。それは大きな違いであるか些細な違いであるかに関わりません。監査役が何か違ったやり方を取ったのであれば、経営者の論拠と監査役の責任の両方について明らかにしなくてはなりません。その上で監査委員会が事実を評価します。
2.監査役が投資家である場合、彼は報告対象機関の会社の財務的業績を理解するために不可欠な情報について-分かりやすい言葉で-説明していたでしょうか。
3.会社は、監査役自信がCEOであったなら従うものと同じ内部監査手続きに従っているでしょうか。そうでなければ、その違いはどのようなものであり、なぜそれを採用したのでしょうか。
4.監査役は-会計面あるいは業務面のいずれかで-収益や費用をある会計期間から別の会計期間に移すことを狙った、あるいはそうした効果が生じる行為に気づいているでしょうか。

監査役は追い込まれれば自分の義務を果たすでしょう。追い込まれることができなければ、結果は見ての通りです。


バフェットからの手紙 第4版 2/6~質の良い株主様に持っていただくために

株式分割はアメリカ企業におけるありふれた行動であるが、バフェットは、これが株主の利益を損なうことを指摘している。

①株の売買の回転率を上げることによって取引コストが上昇すること。(取引手数料とAsk Bid Spreadのこと)
②株価ばかりにとらわれた短期的で市場志向の株主を引き付けること。
③その両方の結果として株価は企業の内在価値と乖離すること。

単元株価格を下げたり、株主優待などの政策には、私も反対だ。バークシャーのクラスBに相当する種類株、議決権のない優先株は最低取引価格をどんどん下げ、誰でも取引できるようにし、普通株の最低取引単位は、1000万円以上とならば、株主総会で不毛な質問をするゴミ株主を一掃できる

総会が非生産的なものとなる原因は、多くの場合、企業の問題よりも自分が壇上で話すことばかりに気を取られるような出席株主にあります。ビジネスに関する討議をすべき場が、素人芝居、恨みのはけ口、あるいは議論を擁護するための場と化してしまっているのです。(これはどうにもならない現実です。人は株価を払った見返りとして、話を聞かざるを得ない立場の顧客に対して、いかに世界を動かすかについて得々と語るものなのです)。こうした状況の下、自分自身にしか関心を持たない株主の常軌を逸した言動によって、企業に関心を持つ人々の出席率は下がり、総会の質は年々、低下の一途をたどっているのです。

アメリカでもいっしょか。国を問わない、民の習性のようだ。

もしストックオプションが役員報酬でないとしたら、それは一体何なのでしょうか。もし役員報酬が費用でないなら一体何なのでしょうか。もし費用が企業の利益の算出上、無視してよいとするならば、どこでそれを計上したらよいのでしょうか」。

むぅ…、株主に対して誠実な会計制度を…。バフェットはこんなことも指摘していたのか…。

取締役会のメンバーとしての必須条件は、事業に精通し、自分の職務に関心を持ち、株主本位に行動することです。ほとんどの場合、単に彼らが有名であるとか、毛色の違う人間を加えるためといった理由で、取締役が選任されています。この慣習は正すべきです

なんか…、これみんな読んだほうが良いんじゃないかな…。

ほとんどのCEOのみなさんは子供たちの資産の受託者又は隣人として喜んで迎えていただけるような人々です。しかしCEOのなかには、近年職場で良くない行動をとるものがあまりにも増えており、数字をごまかし、さほど良くもない業績に常識を外れた報酬が支払われています。とてもお行儀のよい人達が集まる会議室で、CEOを交代させるべきかどうかという問題を提案することはほとんど不可能です。同じようにCEOがOKを出した買収の提案に疑問を投げかけることも気まずいものです。特に、内部のスタッフと外部のアドバイザーが出席し、口を揃えてCEOの提案に賛成しているのであればなおさらでしょう(もし賛成していなければ会議室には居ないでしょう)。

ソフトバンクのアーム社の買収金額に対して社外取締役永守さんが異議を唱えたのはとても健全な例ですね。永守さん自身も「意見の相違があるのは問題では?」と問われて、「孫さんに賛成だけするならば私がここに座っている意味がない」と極めてまっとうなことをおっしゃっていました。

バークシャーが株式を保有することで、最高の取締役ですらさらに効率を高めることができるかもしれません。第一に私たちは通常CEOの仕事とされているような儀礼的で非生産的な活動を全てなくしています。バークシャーの取締役は全体として自らの仕事に専念しています。第二に、私たちが取締役に与える使命は単純です。会社を経営する際には、

①自らがその会社を100%保有していると考える。
②その会社があなたやあなたの家族が持つ資産のすべてであり、この先もそうであると考える。
③少なくとも一世紀の間はその会社を売ったり、合併を行ったりしてはならない。

バフェットからの手紙 第4版 バフェットからの手紙 第4版
ローレンス・A・カニンガム

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バフェットからの手紙 第4版 1/6~進まないガバナンス向上

バフェットとバークシャーは予言を書かない。予言は悪しき慣習であり、しばしばほかの企業経営者が年次報告書に化粧を施す原因ともなっている。

株価の予言をしない。意味無い。

CEOと取締役会の間には慣習的になれ合いの関係が存在するため、取締役会が上司的な役割を果たすことを期待できないことである。これらの主な、解決策として、経営陣のストックオプションを与えることが一つの優れた方法としてもてはやされる一方で、取締役会の機能の重要性も説かれているのである。取締役会の会長とCEOを別個にして機能を切り離すこと、監査や任命権、報酬決定に関する永続的な委員会の設定も、功を奏すであろうという。

SOX以前の手紙ですね。企業統治の向上を目指して法を常に改正し続ける。そして、日本もそれに追随して委員会等設置会社なるものがある。そこでこの話を思い出す。

沈黙 (新潮文庫) 沈黙 (新潮文庫)
遠藤 周作

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遠藤周作 沈黙より

もう一つ注意しなければならないことは、トモギ村の連中もそうでしたがここの百姓たちも私にしきりに小さな十字架やメダイユや聖画を持っていないかとせがむことです。そうしたものは船の中にみなおいてきてしまったというと非常に悲しそうな顔をするのです。私は彼らのために自分の持っていたロザリオの一つ一つの粒をほぐしてやらねばならなかったのです。こうしたものを日本の信徒が崇敬するのは悪いことではありませんが、しかし何か変な不安が起こってきます。彼らは何かを間違っているのではないでしょうか。

なんのつながりがあるのか意味がわからないか? バードレの物質文明に一神教を布教することに対する漠とした不安。これは伏線だ。

日本における「コーポレート・ガバナンスの向上」とかけて、「キリスト教の布教活動」ととく。その心は?

「20年間、私は布教してきた」 フェレイラは感情のない声で同じ言葉を繰り返し続けた。「知ったことはただこの国にはお前や私たちの宗教は所詮、根を下ろさぬということだけだ」「根を下ろさぬのではありませぬ」司祭は首を振って大声で叫んだ。「根が切り取られたのです」

この国者たちがあの頃信じたものは我々の神ではない。彼らの神々だった。それを私たちは長い長い間知らず、日本人が基督教徒になったと思い込んでいた」

「バードレは知るまいが、五島や生月にはいまだに切支丹の門徒宗と称する百姓どもがあまた残っておる。しかし奉行所ではもう捕える気もない」
「なぜでございます」と通辞が聞くと、
「あれはもはや根を絶たれておる。もし西方の国々からこのバードレのようなお方が、まだまだ来られるなら、我々も信徒たちを捕らえずばなるまいが…」と奉行は笑った。「しかし、その懸念もない。根が立たれれば茎も葉も腐るが道理。それが証拠に五島や生月の百姓たちがひそかに奉じておるデウスは切支丹のデウスとしだいに似ても似つかぬものになっておる。やがてバードレたちの運んだ切支丹は、その元から離れて得体のしれぬものとなっていこう。」
そして筑後守は胸の底から吐き出すようにため息を漏らした。
「日本とはこういう国だ。どうにもならん。なあ、バードレ」

ガバナンス向上とセットで「沈黙」を引用するこの笑いのセンス。かなり自信作なんだけど笑ってもらえた?


オーケストラはウィーンの観光誘致ではなくインフラなのである

自分の好きなオーケストラ曲を聞くことができる世界で唯一の都市ウィーン。7~8月は楽団員の休憩期間。ウィーンに行くなら9月~6月だ

ちょっと乱暴な表現なので、詳細に解説していこう。

私が聞いたウィーンフィルのチャイコフスキー交響曲6番は確かに良かったのだが、私が強調したいウィーンでオケを聞くメリットは、個別の演奏や指揮者によるものではない。一般には、指揮者と楽団名を主体としてコンサートに行くようだが、私が一番重視しているのは演目だ。ある一つの曲、交響曲6番なら6番を、ベルリンフィルは、ウィーンフィルはどう演奏するのか、どう振るのか?の差が面白い。極端な話、音大生オケでも十分楽しめる。一方、日本を含むアジアでは、楽団名と指揮者で聞きに行くので、「ベルリンフィル来るのか…、ブラームス? 俺あんまり好きじゃないからパス」 なーんて言っていたら、永遠にベルリンフィルを聞くことはできない

ウィーンで最も多い作曲家は当然ながらモーツァルトだが、モーツァルトの曲でぜひ聞きたいと思う曲はない。モーツァルトを除外し、

ウィーン オーケストラ・オペラ チケットサイト(日本語対応)

で、好みの曲を探すと…、まぁ、いくらでも出てくる。(どのくらい出てくるかは後ほど記す) ウィーンは音楽を除けばなんの取柄もない田舎町なので、優先順位一番で調べ始めたが、その3時間後、私はコンサート会場に居たのである。

「俺の好きな曲、聞いてみたいな~」

2週間以内で複数個の候補が出てくる街って、ウィーンが初めて。ベルリンとかもできるかもしれないが、パリは無理、演目は妥協せざるを得ない。

パリでもオーケストラやオペラなどをいつでも聞くことができ、値段もアジアほどは高くない。
オーケストラやオペラなどの”自分のお気に入りの曲”をいつでも聞くことができるのは、世界でもウィーンくらいであろう。

この2文の違い、重要ね。開催数が違いすぎる! 俺も日本でオーケストラのコンサートに数千~数万円使ったものだ。自分の好きな曲とは限らないコンサートのためにだ! しかし、今の俺にはそんな”贅沢と無駄遣い”はできない。パリだと価格はアジア比では安いが、演目で妥協せざるを得ない部分がある。ウィーンはパリより価格が安く、自分の好きな演目を選んで行けば良い。この違いは非常に大きい。

そして、ウィーンフィルの立見席、驚愕の値段は5ユーロだ。日本公演でウィーンフィルがいくら取ってるか、1万円弱~2万円くらいだろう。香港・シンガポール公演だと日本のように国内複数個所は回れないので、単価はさらに上がる。それが5ユーロ! 650円ですからね!

1.毎日開催 アジアでオケのコンサートを聞きに行ける日なんて、年に数回だけだ。
2.演奏件数が多い 例えば今日だけで見ても、オペラ 3 オケ 20弱
3.価格が安い 立ち見価格は異様だから除外するにしても、通常席で、1/5~1/2くらい。
4.会場が狭い 臨場感あり。ラスベガスでUltimate Fighting Championshipを見た時も会場が狭く良かったが、チケット価格は500USDだったw
5.街が小さい すぐ行ける。近い。今日開催している演奏にはこのホテルから30分以内で全部到着可能。

Music is

of the people 毎日、気軽に
for the people 庶民的な価格で
by the people 民による演奏(※オペラ座近傍のレストランなどでは音大崩れのアンちゃんによるバイオリンだピアノ演奏付きがいくらでもある。今のところ、私は直接の経験はないが。音大崩れといえども、おそらく、運悪くウィーンフィルの議席を得ることができなかっただけで十分な腕前を持っているだろう。)

アウエルスペルク宮殿(モーツァルトがマリアテレジアに求婚した宮殿)、クアサロン(ヨハンシュトラウスゆかりと言いながらもルネサンス・イタリア調)、シェーンブルン宮殿(ハプスブルグ家の離宮)など、挙げればきりがないが、そのような宮殿でのディナーショーがわずか50~100ユーロ程度だ。レストランでの食事とのスプレッドはゼロにも等しい。


オーストリア、海のない国

海のない国…世界中にはたくさんあるが、東アジア、東南アジアだとモンゴルとラオスくらいだ。いずれも行ったことがないので、初めての経験だ。世界地図を見れば、国々は海岸線を奪い合うように国境線が引いている。戦いに敗れた国は、乏しい海岸線をわずかに恵んでもらい、交易が制限され貧しい。これが私の固定観念だが、ヨーロッパではどうだろうか? 多分大体合っていてスイスという例外が存在するといったところだろう。

シャルルドゴール空港、免税店。タバコ
、赤マル、50ユーロ(1カートン)。ただし、オーストリア行きのボーディングパスを見せると、80ユーロだ。節税失敗。EU圏内の移動では無理か…。

ウィーン着。到着口に免税店は…ある! タバコ、赤マル、55ユーロ(1カートン)。ボーディングパスのチェックなし! 一箱当たり2.5ユーロの節税効果はあるものの、絶対金額5.5ユーロは、まだ高い。インドネシアなら2ドルで…、止めよう。そのことを言うときりがない。

ガーン…、実はオーストリアのタバコ(赤マル)の市中価格は5.5ユーロ。一箱8ユーロのパリで買わずに、5.5ユーロのオーストリアで買っただけ。節税効果ゼロッ!残念。

電車4.1ユーロ、30分以内に市内に突入。パリの10.3ユーロの50分と比較し、空港を含めた都市としての規模が小さそうなことが分かる。

銅羅湾の人混みに比べてパリは人口密度が低い…って言い方は無いよな。これでようやくまともな比較対象ができた。ウィーンの人口密度は、パリよりさらに低い。街の構造がパリとウィーンなら比較しやすい。パリは高速道路で囲まれていて市内に、高速道路がない。ウィーンも同様にパリよりもかなり狭い範囲が高速道路で囲まれている。そして、まだ地図だけ見ている状態だが、パリと同様ウィーン市内にも車両侵入規制が存在しそうと想像させる、都市設計が地図上の道路にあらわれている。

私のホテルは、環状高速道路の外。ウィーンは街が小さいので、それでも十分に利便性は高いが、いわゆるど真ん中の観光地ではない。住所はウィーン市だが、輪の外。それだからか、ホテルの前の一般道路の幅が広く、ものすごいスピードで走っている。エレベーターの閉まるボタンを誰も押さないほどのんびりしているヨーロッパだが、ドイツなどは高速道路の運転スピードは150~160kmとかなり早めと言われている。一般道路でも複数車線の道路だと、アジアでは見たことないくらいのスピード、80km弱?で走っている

メインの一般道路の脇道、駐車している車両はまばらに数台、人通りはゼロ。ただし、メインの通りには飲食店が立ち並び、オープンテラスで飲んでいる人はたくさんいる。ホテルから歩いて5分くらいの範囲で日本食の店が3つもあるくらいの大都会だ。ただし、入る気が起こらない露骨な偽物日本食だが。

スーパーも4つくらい5~7分のところにある。パリだと1~2分だったが、それはしょうがない。閉店時間が19:30とか20:00くらいの店が多いので、夕食前に買い物は済ませておいた方が無難だ。でもパリと同じく、20:00くらいでも、みんなまだ飲んでるだけ。そこからお食事なので、かなり遅い晩飯のようだ。しかし、日曜休業の弊害がある。パリでも日曜になると全てのお店が閉じてしまい…、ということを聞いていたが、大手のチェーンは日曜開業。ところがウィーンは日曜閉店率が極めて高い。4つのスーパーは全滅だ。カフェは開業しているので食べ物には困らないが、1ユーロ以下のビールは買えない。

タバコ同様、酒もさらに安い。パリ・マイナス1ユーロの分布。ワインは何と1.9ユーロくらいから始まる。ばっちりドイツワイン(オーストリア・ワインかもしれないが、とにかくドイツ語)、そして期待通り、ビールが500ml缶で1ユーロ(0.8など)を切り始める…。あっ、キタ。水より安いビール(一番安い水よりは高いが、高い水より本当に安い)。


ヨーロッパを一つの地域と捉えた場合のパリの都市としての価値

ヨーロッパ時間の生活

世界中どこにいようが、メインが米国市場のオプション取引、サブでアジア市場の日本株、というのは変わらない。もちろん、ポジション次第でどこにフォーカスするかは流動的だが、当面は不変である。今となってはEUR SWAP Rateなど気にもしてないので、この時ほどではないが、

2008/05/29 ドイツの気になること 

ヨーロッパ時間で生活するとアジア市場が止まって見える(実際、株式市場は止まっているのだが、デリバティブ市場、先物、SWAP、為替は取引されていても、やはり止まって見える)。一方、米国市場を中心に考えるとアジア時間では、夜から未明にかけてのトレーディング、ヨーロッパ時間では昼過ぎ~夜(深夜前)となる。私はアジアでは深夜過ぎくらいに寝て、昼に起きる(市場環境によって米国市場を最後まで見たり、途中で寝てしまったり)ような生活だが、ヨーロッパでは、米国市場は最後まで見る傾向が強くなる。それでも23時くらいには寝ることになるので次の日は早朝に起きることになり、アジア市場も見ることができる、という意味では、アジアに居ようが、ヨーロッパに居ようが、市場に合わせて同じ時間に寝ていることになる。

ヨーロッパ在住の友達

パリで遊んでまーす、というような投稿をSNSにあげていたら、予想に反して、男友達の反応が多かった。一般に、欧州は女遊びは充実していない。欧州観光=女と思い込んでいたのだが、そうでもないらしい。まぁ、彼等は観光ではなく住んでいるのだが、いずれにしても欧州=女が行く所、という固定観念は改めるべきであろう。

「俺もパリ行くからその時に」、「バルセロナ行くけど来たら?」、「ウィーンはオケ安いよ」、「ロンドンには寄らないの?」などなど、多くの誘いをいただく中で、欧州在住の彼等は、EU圏を一つの国より、もうちょっと狭い、週末なので横浜から浦安まで遊びに行こう、の感覚で、EU圏主要都市間移動を考えていることが伝わってきた。郷に入りては郷に従え、すぐに彼らの思考を採用しよう。

SNSのお陰で生活が豊かになる。ウィーン在住の先輩がいるのだが、彼は僕に対して「ウィーンのオケは安いから来てみたら?」と言ったわけではない。私がパリでオペラ・オーケストラを探していて、プッチーニ65EUR、うーん、まぁ、安いよな…と妥協しかけていたところに、彼はSNS上で「久しぶりに3ユーロでオケ立ち見@ウィーン」とポストしたのである。私も普段ならスルーする投稿なのだが、ちょうどオペラを探していたので、たった一言のポストが、私の行動を変えたのである。

パリはやっぱりオケは高いんですか?と聞いてみたら、バスティーユ、あるいはガルニエのオペラでも5~20ユーロで当日券・立ち見があり、朝から並べば不可能ではないということだ。だが、10ユーロ以下でオケ・オペラなどはアジアではありえない価格だ。だからオケを見にパリからウィーンへ、とその時即断即決した。従来1か月だけパリでアジアに戻るつもりだったが予定変更だ。

せっかく時差を乗り越えて、ロングフライトでアジアからEU入りしたので、1か月で退散してまた来るのは効率が悪い。観光で滞在できる最長期間3か月弱をEU圏内の3都市くらいで滞在してしまおう。今年から始めるが来年以降も、4~10月の3か月をヨーロッパ、数か月日本、残りをアジアで過ごすようにしよう。

ヨーロッパ最大の都市パリをアジアの都市と比較するのは難しい

パリは好印象だが、初めての1か月滞在でも困ったことや文句が極めて少ない。つまり国際都市として洗練されているということがわかるが、パリのどういう点が優れているのか?というのが弱い。「初めてでも困らない」という消極的な評価となる。次のウィーンと比較すれば、来年以降のパリの過ごし方が変わってくるだろう。ウィーンはパリに比べれば都市機能やご飯のレベルが下がるというのは想像に難くないが、どの程度違うのだろうか? ヨーロッパに数か月滞在するならば、パリでしかできないこと、パリの価値というのは、ヨーロッパの他の都市との違いを明確に認識している必要がある。

その上であえて、香港やシンガポールとの比較だが、パリの物価は高くない。アジアの都市の中では、香港やシンガポールは物価が高い都市だ。パリとロンドンは、他のヨーロッパより物価が高いのは当然だ。そんな思い、来年を布石と思ってオーストリアに移動しよう。


日本食屋で日本人がバイトしている

海外だったらありそうな風景と思われるかもしれないが、アジアではほとんど見かけることは無い。日本食の経営や店長、あるいはホテルの寿司などの高級店だとバイトは、いる。だが、私がパリ・オペラ地区南部にあるリトルトーキョーで見たのはラーメンや食堂といった大衆店だ。アメリカのニューヨークやカリフォリニアでも見たことあるような気がするが、アジアでは皆無。

どうして、パリでは、日本食屋で日本人がバイトしていて、アジアでは居ないのだろうか?

現地人の給料が日本人より高い。それは香港やシンガポールでは当てはまらない。だから香港・シンガポールでは外国人、主として中国人やマレーシアなど周辺国からの外国人労働者が飲食店の基本だ。

では、どうしてパリでは、外国人を呼ばないのか?

多いのはアフリカ系移民であり、中華系と違い、日本料理の作り方などを教えるのに時間がかかる、あるいは不可能。ダシの概念が中華には…とかそういう細かいことじゃない。箸も使うことと、味噌や醤油などの発酵食品を使うこと、米を食うこと、乳製品が無いこと、など大きく見れば日本料理もアジア料理の特徴である共通項が多い。だから、パリの偽物日本食屋のオペレーションは中国人が行っている。

それならば、厨房に日本人を使って、サービスはアフリカ系でも良いじゃないか? ところがサービスも日本人である。パリでは日本人のきめ細かいサービスが求められている? 絶対違う。露骨な片言のフランス語と、サービスもアルバイトレベルなのがわかる。クレジットカードを切ったら、カードリーダーの使い方も知らない素人レベルだったぞ。俺もカードリーダーの使い方など知らなかったのだが、フランスではカードリーダーは自分でスキャンするので、2日目で覚えたよ。つまり、クレジットカードを持ってないような日本人だってことだ。

この現象で需給が分かった。学生、ワーホリ崩れ、芸術志望?現実逃避など、理由は様々だろうが、憧れを抱いてやってくる日本人がいる。一方、職の供給面で、特殊能力の無いワーホリ崩れが現地で職を得ることはできない。別にフランスだからではなくアジアでも同様なのだが、誰でも持っている特殊能力は、海外では日本語が話せることだけになる。そこで対日貿易量が絡んでくる。

http://www.jftc.or.jp/kids/kids_news/japan/country_tmp.html

ヨーロッパだとドイツ、イギリス、オランダなどが上がっているが、ヨーロッパトップ3国であってもシンガポールやタイにも劣る貿易量なのだ。ましてや、フランスとなるとほとんど付き合いが無いに等しい。よって「特殊能力である日本語」を駆使して日本企業に勤めるという規模がシンガポールよりも少ないのだ。「憧れてくる日本人の数≫日本企業の日本人求人枠」なのである。香港シンガポールで供給が絞られているのは、単に憧れが少ないとも言えるが、それだけでなく、香港大学やNUSなどは必要とされる学力も高いので、ワーホリ崩れの学力では相手にされず、カネだけで入れる美術系の専門学校も皆無であることから学生がいないことも大きいだろう。

フランスの労働基準法上ではバイトという概念は無く正規雇用のみ。解雇が難しくフランス経済の足を引っ張っている元凶だ。私が生活しているうえでもこの上なく迷惑、電車、飛行機などの移動手段がストで止まる・延期などの被害がある。中国では人民解放軍が空を支配し、民間の移動を妨害してくるが、フランスだと労働基準法とストが移動を妨害してくるw パリ市内の電車だけでなく、エアフランスや長距離電車など国際移動も入るので要注意だ。

ただし、零細の飲食店などは労働基準法のお目こぼし対象なので、パリの日本食屋はそれをチャンスに生き残っていくしかない。フランスの労働基準法に則らない、日本流のブラック方式で、バイトを雇っているのが現状だろう。

香港やシンガポールに比べて、マニラやバンコクは物価が安い。どうしてコスト削減のためにそっちに住まないのか? 現地人に文句はないがね、そこに住んでいる日本人を含む外国人と話が合いそうにないからだよ。

香港やシンガポールにおいて、「デリバティブ」と言えば、金融業界以外の弁護士や会計士、あるいはまったく別の業界であっても、「デリバティブとは何か?」を説明する必要ないことが多い。だが、バンコクやマニラでは、デリバティブなんてのは日常用語たりえない。デリバティブなんて時代遅れなものを今となっては知らなくても気にしない。

じゃ、日本人が大好きな小説に話を合わせよう。罪と罰、ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフの殺人を正当化する論理についての議論にしようか。バンコクやマニラでドストエフスキーを読んだ上で内容論じられる日本人って探すの相当難しそうじゃない? パリで探すのはどうかって? 聞くなよw 俺がワンピース読まないと話に入れてもらえそうにねーよw


生活から推測するフランスの法と規制

私はそもそもフランスの法を積極的に学ぶ気はない。一方、ボトムアップ方式、普通に生活していく中で、どのような法律になっているのか? 規制があるのかを推測してから、調べ始めるのは、どこの国でもやっていることだ。税制や規制による制限が、市場を歪める。それは株式市場だけでなく、日常生活や消費活動でも起こっている。それを発見し、自分に都合よく利用することだ。また、様々な国を見ていると、その平均は大きな母集団から計算されたより精度の高い平均(世界標準)となる。世界標準たる平均から外れているものが異常値で、その中に規制による歪みがある場合がある。

例えば、私が買っているもの、世界標準で考えて不当に割安なワインやハムやルーブル美術館は、おそらく政府の補助金が入っている。ヨーロッパを代表する大都市にもかかわらずパリ市内に高速道路・立体交差がない。その状態でも渋滞が発生しないのはなぜか? なんらかの車に対する交通規制、パリ市内に入るための制限があるはずだ。と考えるようになる。

農産物支援、芸術支援、交通規制は歪みだが、アマゾンプライムがAmazon Primeより安いのは価値観の差であって歪みではない。私が知らないだけで日本がアマゾンに極端に優位な法制度となっているなら別だ。Amazonの国家間節税政策に対して、日本は特に牽制せず有利だから、というのならそれは歪みとなる。うーん、ちょっと例が不適切だが…。

パリでプラプラ街を歩きながら生活する中で見つけた歪みを紹介していこう。

八百屋、肉屋、酒屋などの零細店舗が存在する。

日本・香港・シンガポール・タイなどでは零細店舗は、ローカルの巨大チェーンスーパーに飲み込まれてほとんどが姿を消した。程度の差はあれ、地方都市だけではなく東京でも起きていて、八百屋や肉屋に限らず、個人商店は20~30年で見れば、どこであっても激減しているはず。街の電気屋さんはヤマダ電機、古本屋やブックオフ、タバコ屋は酒屋同様にコンビニ、地方都市のシャッター通りはイオンへと変貌した。昔ながらの市(イチ)・複合店舗、香港なら外市、シンガポールならウェットマーケット、パリならMarcheという形は存在するが、いわゆる街の八百屋ではない。

ホテルから歩いて1分以内、これは偶然にしても徒歩圏5分以内に八百屋、肉屋、酒屋が複数店舗ある。一方、パン屋、携帯ショップ、雑貨屋、スタンド(新聞や飲み物を売るキオスクKiosque)などは、香港やシンガポールでも見受けられる。昔のパリは日曜になるとほとんど全ての店が閉じてしまい、何もできなかったそうだ。今は、巨大チェーンスーパーがあるので特に困らないが、パン屋は法律で「日曜でも営業しなければならない」。

ということは…、パン屋は日本で言うタバコ屋と酒屋と同じ。免許制を取っているかどうかは知らないが、政府に届け出が必要ということになる。その制限の分だけなんらかの税制優遇もありそうだ。さらに想像を拡大させ、消えた零細店舗である、八百屋や肉屋がパリの至る所に存在する、のはなぜか。これもパン屋と同様、なんらかの税制優遇や法的保護を受けていなければ、チェーンに飲み込まれて消えていくのが、市場原理と時代の変化の当然の帰結だ。

パリ在住で外食を経営している友人に聞いたところ、零細の八百屋を保護をしているのではなく大手チェーンをいじめる規制をしている、ということだ。零細の八百屋が存在する社会的意義はほとんどないであろうから、この規制はヨーロッパがアメリカより大きく成長率が劣る要因で、経済的に良い規制だと思わない。

2018年初頭、日本滞在時に、日本ではキャベツ、レタス、白菜などの葉物野菜が例年の4倍ほどに跳ね上がっていたことを思い出した。香港やシンガポールにおいて、これほど激しい野菜の価格変動を見たことがない。日本よりはるかに少ない人口で、食糧自給率などゼロに近いような環境でも、ほとんど価格変動しないのである。これは輸入、市場規模が大きいのだ。対して日本の葉物野菜は国産、しかも業者などの取り分を除いた余りを一般消費者市場に回しているので、1億人以上の人口を有しながらも市場規模を異様に小さくしているためだ。フランスでは業者用と一般消費者で価格差はほとんどなく、価格変動もそれほど激しくない。

八百屋と肉屋の存在は、フランスは農業国と言われるが、食肉や穀物を大量輸出しているアメリカに対して、フランスの保護政策は、地産地消・国内消費にフォーカスを当てている結果であろう(その意味では日本に近い)。最終消費、販売を重視する戦略には同意できる。日本も農林水産省と農協を中心に、生産制限・買取・販売価格統制はしているものの、販売保護はしていないだろう。需給変動を変銃的に一般消費者に押し付けた野菜の激しい価格変動やコメの先物がいつまでも盛り上がらないのが、販売を軽視している証拠だ。最後の販売によるエグジットを確保しない生産の保護が、赤字・売れないコメが倉庫に積み上がるような事態を引き起こしている原因であろう。

実はコメの先物化は日本だけでなく、グローバルにもあまり成功していない。詳しくは、この本に書かれている。ちなみに著者はフランス人なので、アメリカ中心の農業事情ではない視点が面白い。

コーヒー、カカオ、米、綿花、コショウの暗黒物語―生産者を死に追いやるグローバル経済 コーヒー、カカオ、米、綿花、コショウの暗黒物語―生産者を死に追いやるグローバル経済
ジャン=ピエール ボリス Jean‐Pierre Boris

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水揚げ港による魚のブランディング戦略でも、同じことを感じていて、最終消費と販売はあまり意識してないように思える。魚の場合、鮮度を保つのが難しいため、地産地消を国内のさらに小さな地域で主張もできて、東京に輸送するまでの時間とコストの分だけ、この漁港では、安く良い品が手に入る、とアピールするのがエグジットを意識した「漁港のブランディング」だと思う。

2018/05/24 何が価値か?呼び名にもこだわり

で既に詳しく述べたことだが、これについてホリエモンが同じことを言っている。

なんでお店が儲からないのかを僕が解決する なんでお店が儲からないのかを僕が解決する
堀江貴文

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小さな店なら使う量も知れているだろうから、少ししか獲れない貴重なものを送ってくれたり、走りの素材、ときには「ほかの人は使わないけど、実はおいしいんだよ」と、チャレンジアイテムもよろこんで送ってくれる。これは、大規模経営では不可能なやり取りだ。直接のやり取りがヒントを生むコスト以上にうれしいのが、生産者と直接コミュニケーションを取れることだろう。激戦の築地で仲買と仲よくなるよりも、産地と直接LINEやメッセンジャーでやり取りする。電話ももちろんありだが、漁師さんが「こんなのあるよ」と、魚の写真を送ってきてくれることもあるだろうから、LINEなどのほうが早いしわかりやすい。わからないことがあったら、「試してみたいけど、どうやって食べるとうまい?」と聞けば、きっと新しい料理のヒントをくれる

堀江貴文. なんでお店が儲からないのかを僕が解決する (Kindle Locations 423-428). ぴあ株式会社. Kindle Edition.

日本はそもそもロジスティクスに強い国だ。インターネットを駆使し、コミュニケーションツールを持つ世代には、前時代の料理人や生産者には真似できない広い世界が広がっている。

堀江貴文. なんでお店が儲からないのかを僕が解決する (Kindle Locations 451-453). ぴあ株式会社. Kindle Edition.

ここで思うことはカギを握っているのが、生産と販売の間にある中間業者、農協や市場の仲買人であることだ。一方、超優良企業の損益計算書では、その中間を一切省いて高収益を上げている。企業会計では販売=売上が逆に入り口になる。エグジットは純利益や株主資本で、上場や売却という意味ではなく、株主利益や時価総額を増やすことがエグジット。日本企業の場合は、顧客サービス、従業員、銀行のご機嫌を伺う経営は垣間見えるが、相変わらず株主は軽視されたままだ。


フランス人は嫌な奴? アジア人に対する差別

10年程前までは、「フランス語以外は話す気ないよ」という態度だったらしいのだが、現在はそんなことは全くない。メルシーとボンジュールだけで生活できてしまう。フランス語がマイナー言語だという認識がフランス人にもあり、外国人=英語あるいはスペイン語で話しかけておく方が無難という低姿勢ぶり。私が泊まっていた11区あたりでは観光客がいないので、フランス語で話しかけられたり、英語が話せない人がいたりするが、観光スポットではないので当然だ。また、差別はあるのだろうけども、私は感じない。ある気配はするが、あっ!と思うほど露骨には存在してない、というのが正確な表現か。

レストランで注文しようと手を挙げていて、店員と目が合ってるのに無視して注文を取りに来ない。これ、差別? そう感じる人もいるかもしれない。でも、ごめんね、これ香港の話なんだわw わかるかね? 同じことが起きても香港はアジアだからサービスが悪いで、パリだと差別だと思うの? 飲食店のサービスなんてそんなもんだと思えば、多少、注文を取りに来るのが遅い、対応が悪いのがグローバルスタンダードで、それを標準とすると、日本のサービスが過剰なだけなのである。いつも言ってるようにマクドナルドの店員が笑顔だったり、コンビニの店員が品揃えと配置を記憶しているなんてことはない! 偶然、そういう店員もいるかもしれないが、原則、そんなことを期待するものではない。シンガポールのマクドナルドなんて店員がおばあちゃんでポスを打つ手が震えてるほどだw

日本と比較してもしょうがないので、アジア比でサービスを比較すると、アジアで食事をしていて、私が不快に感じるのは、片付けの速さである。明らかにまだ食事が残っていても、店員と目が合えば、”Can I clear?”と言ってくる。「あっ、スプーン落としちゃった」と拾って目を上げたら、もう皿が片付けられていた、などという高速クリアーも聞いたことがある。なぜかというと、異様な人口密度による高い不動産価格だから、回転率を上げることが必須なのだ。注文受ける、料理出す、早く追い出して次の客、というのが原則だ。それから日本人のようにご飯粒一つ残してはならないという道徳観はない。だから、ホーカーセンターなどの屋外では、野鳥が残飯をついばみに来る。野鳥と店員が残飯を片づける競争しているのだ。

一方、フランス…、全体的にスロー。片付けも同じ。シンガポールでは店員が、野鳥の如く、皿を狙っていて、片付けのチャンスを伺っていると、仮に食べ終わっていたとしても、せかされている感じがして嫌なのだが、フランスではそれはない。それからシンガポールあるあるで、22:30ラストオーダーの店だとしたら、22:00過ぎるともう危ない。お得意の”Close already”、とにかく片付けも含めて早く帰りたいので、ラストオーダーの時間は嘘であることが多い。逆にフランス、ラストオーダーの時間はあるが、その時間を1時間近く過ぎてダラダラ飲んでいても追い出されない。店にいても良いけどレジを閉めたいからカネだけは早く払えという請求もない。もちろん、店員たちは店の片づけをしているが、とにかく、のんびりしているのだ。

アジアも東南アジアはのんびりなので、東アジア、日本・中国・香港・シンガポール(華僑の国なので)は、明らかにせっかちだ。エレベーターの閉まるボタンは連打だし、オプションはプットを売ってリターンを最初に見せないとダメだ。コール買ってお楽しみは後程って発想はアジアでは流行らない。その近視眼的な目線や忙しなさに嫌気がさしたら、東南アジアかヨーロッパでのんびりするのも良いだろう。

パリのラーメン屋、フランス人客が多いと食べるのが遅い。食い終わっても延々スープ飲む、しゃべってる、みたいなインターネット上の投稿を見た。俺はラーメン屋経営してるわけじゃないから、あー、アジアはこの感覚なんだと思う。食い終わったらとっとと出てけ。香港やシンガポールでせかされている気がして不愉快、と思っていたのだが、ラーメン屋も同じだ。俺も当然、日本人だからラーメン屋なら食ったら出ていくけどな。でも、レストランだと思って食ってて、「食ったら早く出ろ」は、不愉快だろ。

日本人の認知

帰り際に「ありがと」とか言われることがある。俺はフランス人とドイツ人とベルギー人の区別はつかない。彼らは日本人と中国人をどのように見分けているのか分からないが、「ありがと」と言ってきてるということは何かで見分けているはずだ。ドバイなどは日本人は皆無なので無条件で「ニーハオ」と言われたが。

「ありがと、さよなら」以外で珍しい声かけ言葉、というか初めての呼ばれ方は「ヤクザ?」

言葉の意味をわからずに使っていそうだが、そう呼ばれる原因は、
北野映画の影響で、スーツ着ている日本人=ヤクザ
ビジネス街のラ・デファンスがパリ市外にあり、パリ市内ではスーツマンはほとんど見かけない。高級店などではジャケット着用の事というドレスコードがあると聞いていたので、夏物スーツの上着だけ持ってきたのだが、ジャケットすらもほとんどいない印象である。上下で揃えてないし、ノータイでリラックスした感じにしてるんだが、それでもスーツを着ている東洋人=北野映画なのである。

世界中どこにでもいるのだが、変な日本語が書いたTシャツを着ている現地人もいる。地下鉄の壁広告で日本の漫画の広告があった。ただ、奇面組など、連載停止した古いマンガの絵もあり、その広告が何の広告なのか意味は分かっていない。


パリ市には高速道路がない

国別、車と歩行者の優先順位
タイ>香港>シンガポール>インドネシア>中国>日本>フランス

車優先社会

1.タイ、バンコク
車は左側通行で交差点で赤信号でも左折することができる。その際、歩行者の青信号と必ずコンフリクトが発生するが、その際は車は遠慮なく突っ込んでくる。

2.香港
銅羅湾周辺の狭く入り組んだ通りで人が多すぎてまともに走れないので、「そこのけそこのけ、フェラーリ様が通る」とばかりにクラクションを民衆に向けて鳴らす。

3.シンガポール
信号のないところでの道路横断において、車が譲ることは無い。確か、歩行者は横断歩道以外を横断してはならないという法律があったような…

車と歩行者平等社会

4.5.インドネシアと中国、パリのガルニエ・オペラ前
歩行者と運転手はアイコンタクトをかわし、民がヒョコヒョコと横断していくのが一般的だ。車と人が集中しすぎ、発展が急速すぎて、信号を設置するペースを超えている。また国土が広すぎて、信号を密度高く設置すると国家予算が破綻する。車と歩行者の関係には両国はほとんど差がないが、深圳・羅湖駅前のバスやタクシーなどは、歩行者をかなり優先する傾向にある。ガルニエ・オペラはモータリゼーション時代以前の都市設計を保存しているのだろう。またパリで多くある放射線状道路とラウンドアバウト。代表例はガルニエ・オペラ(ここはラウンドアバウトじゃないんだが)とエトワール凱旋門だが、ガルニエ・オペラの中心だけ(少しでも外側には信号がある)は信号がない。

歩行者優先社会

6.日本
ご存知の通り。バンコク帰りの日本だと、横断する時に、思わず車が通りすぎるまで止まってしまう。私を認識したバスが親切にも止まってしまい、迷惑をかけてしまうことも。

7.パリ
歩行者は赤信号でも安全と踏めば渡たる。アジアで慣らした私も本来そうなのだが、右側通行に慣れず。横断の際は左右両方見て…どっちから車が来るんだっけ?とか考えているうちに青になる。

パリの内部では、アジアの主要都市で必須の高速道路と立体交差を見たことがない。数百年前の都市設計のままで、これだけの人口集中をさばけるのは凄い。地下鉄の導入が、近代社会対応のインフラと言え、地下鉄の駅は普通1km間隔だが、パリは500m以下間隔である。かつ普通3~5分間隔の運行だが、パリは2分…いや、もっと短いかもしれない。パリの地下鉄の駅間隔・運行間隔が短く便利なのは確かだが、地下鉄だけで渋滞を解消できるとは思えない。ぐぐろう。

大気汚染とステッカーによる車両交通規制。だよなぁ…。世界の大都市がみんな高速道路で対応している中で、モータリゼーション以前の都市設計で渋滞が起こらないはずがない。良かった良かった。

パリの違法駐車は香港・大阪並みにひどい。路駐も二重駐車もあたりまえ。大阪はなぜだか知らないが、香港とパリは昔から変わらない道路で、駐車場設備などを作ることができないから。


食と文化の謎 7/7~最善採餌理論

ミルク・ゴクゴク派と飲むとゴロゴロ派

ロバート・ロウイーの本に出会うまで、私はミルクについて何も知らないも同然だった。彼は有名な人類学者で、人間の「気まぐれで不合理な」食慣習の事例をいろいろ集めるのが好きだった。ロウイーは「中国人、日本人、朝鮮人、インドシナのひとびとがミルクを飲むことに深い嫌悪感を持っているという、驚くべき事実」を発見した。私もびっくりした。中華料理の愛好家であり、よく食べに行く私としたことが、中華料理にメニューにミルク料理が一つもない、ということに全く気が付かないでいたのである-魚や肉料理にクリームソースが使われていない、チーズものっていなければスフレもない、野菜、麺、ご飯、まんじゅうにバターが使われていない。

ラクターゼ不受容の地理的分布を眺めてみれば、中国人やほかの東アジア、東南アジアの人々がなぜミルクを嫌悪するのか、まったく自明なことのように思われる。つまり、彼らはラクターゼ欠乏であり、消化できないからミルクを嫌ったのだ。この点に関して中国人はなぜインド人と違っていたのか。東洋で酪農を嫌った地域ではインドの農耕システムのような動物を使ったスキ耕作に依存しない、集中的灌漑農耕が行われていた。インドのように大量の使役動物を村の中や近くに飼っておく必要のなかった中国では、雄牛を生ませるために大量の雌牛を飼う理由などなく、それゆえ、動物を農耕に使う副産物としてそのミルクを利用しようなどという気は、まったく起きなかった。

昆虫栄養学

生態学者は、最善採餌理論というものを考えだした。この理論は、動物は、手に入れられるものの中でもっともコスト/ベネフィット比のよい「お徳用」食料を選んでいることを言っていると同時に、特定の食物がどういう条件になるとコストがかかりすぎるようになって、採集したり捕まえるのに割が合わなくなるのかを正確に算定する方法も示している。最善採餌理論によれば、狩猟者、あるいは採集者は、捕獲採集に費やす時間に対して、獲得できるカロリーの比率が最も高い種類のものだけを、捕まえたり集めているであろう、という。

実例で説明すると、いま、ある森に野豚、アリクイ、コウモリの三種だけがいるとする。さらにその森で探し回っての豚を見つけるのに4時間かかり、処理(しとめ料理その他にする)に2時間必要で、カロリーが2万だと仮定してみる。さてアリクイの処理時間も同じく2時間で、しかしカロリーの見返りは1万だけの場合、狩人はアリクイに出会ったら追いかけるべきであろうか。

4時間の探索で野豚しか得られなかった場合、狩人のカロリー収益は

20000カロリー/(4時間+2時間)=3333カロリー/時間

狩人がアリクイも捕まえることにしたら

(20000+10000)/(4時間+2時間+2時間)=30000/8=3750カロリー/時間

3750カロリーは3333カロリーより多いのだからアリクイを見逃す手はない。コウモリの場合はどうか。コウモリの「処理時間」も同じく2時間、しかしカロリー収益は500だけだとすると、狩人はコウモリを取るべきか。

(20000+10000+500)/(4時間+2時間+2時間+2時間)=30500/10=3050カロリー/時間

ダメ。アリクイかの豚を追いかけるのをやめてコウモリをつかまえることにしたら、「時間の浪費」になる。この説は、ある食品-たとえば昆虫-の多寡が、食物「リスト」のなかで占めるその食品の位置にどんな影響を与えているのか、という問題を考えるとき、とくに興味深いものがある。全体のカロリー収益率を下げるような食品は、それがどんなに豊富になろうと、リストに加えられることはない。上位の食品の多寡のみが、そのリストにのる食品の数をかえる。

昆虫は捕まえやすく、重量当たりのカロリーとタンパク質の収益率は高いかもしれないが、大型哺乳類や魚に比べて、また、げっ歯類、鳥類、ウサギ、トカゲ、カメなどの小型脊椎動物とくらべても、大部分の昆虫の場合、それをつかまえ、料理して得られる益は非常に小さい。それゆえ、大型脊椎動物を手に入れる機会が少ない社会ほど、食物品目の幅が広く、そして昆虫類をたくさん食べるのではないかという予想がたてられる。

人肉食の原価計算

人間を食べる人たちが獲物の人間をどうやって調達しているのか、という問題をまず処理しておかなければならないのだ。基本的に食用の死体を手に入れる方法は2つある。食べる人間が食べられる人間を強制的に狩り集め、捕獲し、殺すか、自然死した縁者の死体を平和的に獲得するか、のどちらかである。暴力的手段による死体の獲得は、戦争の一側面である。

多くの部族社会や村落社会で葬制の慣習によって親類の遺体の一部を食べなければならないといっても、それは、たいてい、死者の灰や炭状になった肉、あるいは臼でひいた骨粉である。そんなわずかな量では蛋白質やカロリーの足しにはほとんどならない。もっとも熱帯地域では、骨や灰の摂取は、希少ミネラルをリサイクルする重要な手段であったろう。平和的に獲得する死体が潜在的に持つ食料としての価値に無関心なのは、一つには、そのような食糧の非効率性と健康に対する有害性のためだと考えられる。非効率であるというのは、自然死の場合、たいてい死ぬまでに体重をかなり減らしており、肉があまりに少なく、料理するのにかかる費用を賄えるほど残っていないからだ。健康に有害であるというのは、そういう死体は伝染病の病気にかかっていることがよくあるからだ。これと反対に、戦争で殺したり捕獲したものは、そうした運命に遭遇するまで、良い栄養状態、健康でいた可能性が高い

どの社会でも厳しい制裁があることが、第一次集団内の成人成員が互いに殺し合い食べたりしないようにする防波堤になっている。実際のところ、近親者を殺して食べてはならないというタブーは、人間が集団で暮らし、日々助け合っていかなければならないとしたら、最も基本的な前提条件である。このタブーは、カニバリズムが力ずくで捕獲した死体に対して行われるのであるなら、その死体は社会的に遠い人間-よそ者や完全な敵-のものでなければならない、ということを必然的に意味している。

戦争カニバリズムのコストとベネフィットの予備的概算を少し行ってみよう。戦争を肉獲得のための組織された一つの狩猟形態として見てみると、コストがベネフィットをはるかにオーバーしている。人間は大型動物ではあるが、数匹を捕まえるだけでも莫大な労力がかかる。狩られるほうも、狩るほうと同じくらい機敏で逃げ足が速く、狩についてよく知っている。また獲物動物として、人間はもう一つユニークな特徴を持っている。バクや魚やイナゴとちがって、人間の場合は、その数が狩人の数より多くなればなるほど、獲物としての魅力は減る。それは人間は地球で最も危険な獲物だからであり、狩人に殺されるのと同じくらいの可能性で狩人の何人かを殺すことがあるからだ。最善採餌理論にしたがえば、狩人が出会った人間をとらえることなど、普通はあり得ない。そういうものはパスして、ヤシの木につくイモムシやクモをとったほうが、よっぽどよい

しかし戦争カニバリズムを行う人々は、人肉を目的とする狩人ではない。戦争にいった副産物として人間の肉を手に入れるのだ。だから捕虜の肉を食べるのは、コストとベネフィットの観点から見て、まったく合理的なことだった。非のうちのどころのない上質の動物性食物源をあたら無駄にするのとは全く逆の、栄養を考えれば実に賢い、もう一つの選択肢であり、しかも、フォレ族の場合のような罰則は何も伴っていないのである。捕虜の肉は、余禄の動物性食物として、とくにふだん肉の割り当てが少ない人たち、とりわけ女たちに喜ばれたに違いない。女性はたいてい、肉に飢えていた。そのため、トゥピナンバ族やイロコイ族の女たちが、人食いの宴会を伴う諸儀礼で目立った役割を演じるのである。

捕虜を捕まえ、戦場でそれを食べ、家まで連れ帰るのが軍事的に容易になればなるほど、戦争カニバリズムの程度と規模も大きくなるのではないか、と予想されるだろう。この予想が当てはまるのは、首長制の社会発展段階までである。国家という政治組織形態が登場するとともに、戦争カニバリズムは突然という感じで行われなくなる。国家レベルの社会と、部族あるいは村落レベルの社会との間には、根本的な違い3つある。国家レベルの社会は、第一に、農民や労働者が大量の余剰食物その他生産できる生産力の高い経済を持っている。第二にそういう社会は、征服した領土と人民を一つの政府の傘下に置くことができる政治組織を持っている。第三にそういう社会には、平民や従属民から貢物や税を取り立てることによって政治的及び武力的な力得ている支配階級が存在する。国家レベルの社会の農民と労働者は、一人一人が余剰の生産物と労役をうみだすことができるので、国家の人口が多くなればなるほど余剰生産物の量が増え、税と貢物の基盤が大きくなり、支配階級の力が強固になる。これとは逆にバンドや村落社会は、大量の余剰物を生産できない。バンド社会や村落社会には、打ち負かした敵を中央政府のもとに組み入れられるような軍事的、政治的な組織がないか、あるいは、税の徴収による駅にすがっている支配階級がない。それゆえ、バンド社会や村落社会にとって、勝利者に最も益をもたらす戦略というのは、近隣集団の人間を殺すか、追い散らして、資源に対する人口圧力を低めることである。余剰物を生み出せない捕虜を、奴隷に使うために連れてきても養わなければならない口がもう一人分増えるだけである。捕虜を殺し、食べてしまうということは当然考えられる結果である。

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食と文化の謎 6/7~牛肉とハンバーガーの法的定義

牛肉はどうして最後には王者になったのか。それは、牛肉生産と市場システムの変化があいまってのことであり、それが第二次世界大戦以後に出現したライフスタイルにうまくあっていたからである。20世紀が進むにつれて、アメリカ合衆国の牛肉生産において放牧地が果たす役割は縮小するばかりだった。「肥育用牛」の飼育にかける時間と仕上げ肥育にかける時間がどんどん短くなっていった。品種改良、人工的な牧草栽培、科学的経営によって、肥育用牛は、今や4か月で400ポンドに育てることが可能だ。それらは牧場主から肥育業者に売られ、そこで生コントラックのような機械で最適温度に温めて日夜与えられる混合飼料をなかば強制的に食べさせられる。なかには高蛋白大豆、魚粉、高カロリートウモロコシ、ソルガム(アワの一種)、ヴィタミン、ホルモン、抗生物質が配合されている。牛たちは日がな食べ続け、夜を昼に変えるまばゆいばかりの照明の下、夜通し食べ続ける。かれらがどんなに食べようとかいば桶はいつも餌であふれ、ここでの4か月でさらに体重を400ポンド増やし、解体処理を待つばかりとなる。

牛肉の生産方法の変化とともに重要だったのは、牛肉の消費形態の変化である。まず最初に、郊外に家を持つ階層が育ち、庭を調理と客のもてなしに使うようになった。都市から郊外に逃れてきた人々にとって戸外での炭火焼きは、鬱積したリクレーション願望とグルメ願望の成就に他ならなかった。裏庭の炭火焼きは、食堂も鍋もいらない便利さの上に、手早くできる料理なので、夫が主人役を務め、昔の首長のように祭を主催し肉をふるまうという大役を演じることが多かった。そして、このような裏庭の肉分配者が網に乗せたのは牛肉だった。裏庭料理では豚のひき肉を使うのは技術的に難しかった。豚肉のパテを網で焼けば下に落ちてしまうし、フライパンで焼くのでは、わずらわしい台所仕事からの解放という意味がなくなってしまう

それより大きな問題は、豚肉には寄生虫の恐れがあるために、牛肉よりも長い時間をかけて料理する必要があることだった。信じられない話だが、合衆国農務省は豚肉の寄生虫検査を行っていない。豚肉の中のセンモウチュウを探すには顕微鏡検査しかないが、その方法では時間と費用がかかるわりには十分な効果が望めない。その結果、アメリカ人の約4%は筋肉中にセンモウチュウが住みつき、症状が出た時にも、軽い風邪ぐらいに思い過してしまう。顕微鏡検査はしないかわりに、1930年代、農務省の公衆衛生局とアメリカ医学協会は、豚肉はピンクから灰色にかわるまでよくよく火を通すようにという徹底した教育活動を行った。この警告に従って灰色になるまであぶると、豚肉はすっかりかたくひからびてしまうので、豚の厚切り肉の炭火焼きは影をひそめることになった。バーベキューやスペアリブは脂肪が多くよく焼いてもやわらかくて肉汁も残るので手軽な解決策だが、ハンバーガーやステーキよりも肉がずっと少ないうえに食べづらく、パンにものせられないので、便利な食べ物としてはハンバーガーよりも分が悪い。

郊外への人々の移動に続いて、ほどなく他の社会変化も起こり、それがまたアメリカ人の牛肉好きを助長した。それは、女性の社会進出、共稼ぎ家庭の形成、フェミニズムの台頭であり、しだいに強まる女性の鍋、流し、レンジに対する反感の増大だった。このような社会変化は戸外での盛大な牛肉パーティーの舞台をしつらえただけでなく、アメリカが世界の料理になした最大の貢献、すなわちファーストフードのハンバーガーを登場させることになった。賃金獲得者が二人いる戦後の新世代の家庭にとってファーストフード・ハンバーガーのレストランは-たとえ持ち家がなく、裏庭でバーベキューができなくとも-戸外で食事し、台所仕事のわずらわしさから解放される機会を与えてくれた。しかもその費用は、家庭でほどほどの料理をつくったばあいと大して変わらない額で済んだ。とくに、働いている女性がよくするように、主婦の家事労働をお金に換算するなら、十分見合う金額だった。

私に言わせれば、ファーストフード・レストランの台頭は、少なくとも社会的には、人間を月に送り込んだのと同じくらい重大な出来事だった。かのエドワード・ベラミが、社会的反響をよんだユートピア小説『ルッキング・バックワード』の中でした予言が思い起こされる。彼は社会主義の医大の業績の一つは、資本主義的な食事をやめさせることだと言っている。ベラミの小説中の主人公は。1887年に眠り、夢の中で目覚めると、そこは2000年の世界だった。色々な驚きに出会う中で、彼にとって最も印象深かったのは、アメリカ人がここに買い物をし、料理を作って食事をすることが無くなっていることだった。そのかわり彼らは、新聞に出たメニューをもとに注文を受けて地域の調理場で作られた料理を気持ちの良いクラブで食べるのだ。マクドナルドもウェンディーズもバーガーキングも、ベラミが思い描いたような高級料理や豪華なサロンこそないが、快適に外で食事するという夢の実現に、かつて例を見ないほどに使づいて見せた。資本主義のただなかで成長をとげたマクドナルド、ウェンディーズ、バーガーキングは、中央集権化、効率化、共同化という条件が意味をなさない-食べものは安くて栄養がある上に、いくらでも即座に食べられる。誰も待つ必要はなく、皿その他の食器類は使い捨てだから洗う手間もいらない。

豚肉をファーストフード・レストランのブームに組み込むためのてっとり早い解決策は豚肉と牛肉を混ぜたハンバーガーを売ることだった。現に、フランクフルトソーセージは牛豚あいびき肉の製品で、しかも長らく豚肉産業を支えている屋台骨の一つだ。しかし、どのファーストフード会社も、今のところ、そのような商品を売り出そうとはしていない。合衆国で売られているハンバーガーはすべて、フランクフルトとは違って、牛肉だけでできていて、他のものは一切混ぜていない。たいていのアメリカ人は知らないが、そのわけは簡単だ。法律上、100%ビーフ以外のハンバーガーは存在しないのだ。合衆国農務省令は、牛肉以外の脂身をふくまないひき肉のパテをハンバーガーと定めている。もしごくわずかでも豚肉かその脂身が入っていれば、それは「パテ」、「バーガー」、「ソーセージ」とは呼べても「ハンバーガー」とは呼べない。言い換えれば、政府の定めるところによって牛肉産業は、アメリカでもっとも人気の高いコンビニエンス・フードの特許権ないしは登録商標をもっているというわけだ。現行法規(連邦法1946年、319・15のB)には次のようにある。ハンバーガー 「ハンバーガー」とは、生と冷凍、あるいはそのいずれかの細切れ牛肉に、ときによって牛の脂身、そして調味料を加えたものとする。それには30%以上の脂身、水、リン酸塩、つなぎ、増量剤を加えてはならない。牛のほお肉は、本条の(a)項で定めた条件にしたがって、ハンバーガーの調理に使うことができる。

豚のひき肉は食べても差し支えない。牛のひき肉もしかり。しかし、両方を混ぜて、それをハンバーガーとよんではいけない。それでは、まるでレビ記の再現のように、うさんくさい話だ。しかし、本来の豚肉タブーもそうだが、ある面では無意味にみえるものが、別の見方をするときわめて実際的な意味を持っているものだ。この規定の核心は、牛ひき肉の脂肪含有率はひくまえの肉そのままであるのに対し、ハンバーガーは100%牛肉製品でなければならないと言いながら、30%まで脂身をまぜてハンバーガーが作れるわけだ。次に牛ひき肉について定めた法規を上げ、関係箇所に傍点を施した。

牛こま切れ肉、牛ひき肉 「牛こま切れ肉」あるいは「牛ひき肉」は、生と冷凍、あるいはそのいずれかの牛肉をこまぎれにしたもので、調味料を加えても良いが、牛の脂身を添加してはならない。また脂身は30%を超えてはならないし、水リン酸塩、つなぎ、増量剤を加えてはならない。

この難解な定義と不可解な禁止が意味するところは、つまり、どちらも片方だけでは売り物にならない成分-ある種の牛肉とある種の牛の脂身-を混ぜ合わせたものがハンバーガーであると、連邦政府がお墨付きを与えたということだ。いつの時代も、一番安い牛肉は、仕上げ飼育のできていないやせた放牧去勢牛だ。しかい、この肉をひいてそれだけでハンバーガーを作ろうとしても料理の途中で崩れてしまう。放牧牛でハンバーガーを作ろうとすれば、万国共通のつなぎ剤である脂肪が必要なのだ。そのばあい、動物性であれ、植物性であれ、どんな脂肪でもその役目は果たすだろうが、パテやソーセージではなく、ハンバーガーを作ろうというのだから、それは牛からとった脂肪でなければならない。ここで話は、飼育用地と、そこで4,5か月も1日24時間トウモロコシ、大豆、魚粉、ビタミン剤、ホルモン剤、抗生物質を取り続ける牛に移る。こういう牛は太っていて太鼓腹をしていて、解体した後でそれをそぎ落とさなくてはならない。つまるところ、飼育牛の脂肪と痩せた放牧牛が産業用ひき肉機のなかで合体し、やがて国民的な食糧であるハンバーガー用肉に変身して姿を表すのだ。もし、ハンバーガーを、豚肉と牛の脂身、または牛肉と豚の脂身でつくったなら、あるいは肉と脂身を別々の牛からとることが禁止されたなら、牛肉産業自体が一夜にして崩壊してしまうだろう。

ファーストフード企業は、安いハンバーガーを作るのに飼育牛の無駄な脂身が必要だし、飼育牛業界は、飼育牛のコストをさげるためにハンバーガーが必要なのだ。その関係は象徴的で、あなたがステーキを食べれば、他の誰かがハンバーガーが食べられるようになるし、その逆に、あなたがマクドナルドでハンバーガーを食べると他の誰かがリッツで食べるステーキに助成金を出していることになるのだ。豚肉と豚の脂身がハンバーガーからしめだされたのは、豚肉生産者よりも牛肉生産者のほうが政界に大きな影響力を持っていたからではないかと思われる。牛肉産業は長い間比較的少数の大規模な牧場主や飼育会社に支配されてきたのに対し、豚肉産業を担ってきたのは比較的多数の中小規模農場だった。二者のうち、集中化が進んでいる分、牛肉産業のほうが農務省の法規に対して影響力を持てるのであろう。

厄介な問題が残っている。脂肪の少ないハンバーガー用肉の最も安いものは、オーストラリアやニュージーランドなど、人口密度が低く牧草地が豊富な諸外国にある。ファーストフード・チェーンは、放っておいたら肉のほとんどを外国から買ってしまう。そういうことにならないように、連邦政府は、牛肉輸入を制限する割り当て量を定めている。それでもアメリカ人が消費する牛ひき肉のほぼ20%は外国産である。外国産の牛肉がどのようにして消費者の胃袋に入るか、詳しいことはだれにもわからない。ひとたび税関を通過してしまうと、それがどこをとおり、加工業者はそれをどう処理したか、記録を残している仲介業者はいない。ファーストフード・レストラン・チェーンのなかには、自社のハンバーガーは100%牛肉かつ100%国内産であると強調するものもある。しかし、一方では沈黙を守るものもあって、アメリカ人の肉事情にさらに一つ謎を加えている。

結局のところ牛肉は、100%ビールのハンバーガーの影響によって、つい最近になって豚肉より優位になったということだ。仕上げのできていない放牧牛の肉と、飼育牛の余分な脂身をむすびつけることによって、ファーストフード・チェーンは、穀物を肉に変える変換器として豚肉のハンバーガーを分類上の変則物として禁止したことは、レビ記のタブーと比較的類似以上の意味を持っている。

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食と文化の謎 5/7~牛肉出世物語

アメリカ人は一人当たり年間150ポンドの「赤身肉」を食べる。その重量の60%はビーフと子牛肉(ヴィール)、39%が豚肉、1%が子羊肉(ラム)と羊肉(マトン)で、ヤギ肉の量はあまりにわずかで数字にならない。

1632年、プリマス植民地には、6頭のヤギ、50頭の豚、そしてたくさんのメンドリがいた。ようやく翌年になってやってきた牛は肉用ではなく乳用だった。初期の居住地ではどこでも、牛よりも豚やヤギや羊のほうが大切な肉減だった。1633年、マサチューセッツ・ベイ植民地について記述したウィリアム・ウッドは、「4000人の住人に対して、牛は1500頭、ヤギは4000頭、豚は無数にいて、とても貧しいなどといえようか」と言っている。1634年のジェイムズタウンでは、「良家」が食べる「赤身肉」は豚肉と子羊肉だけだった。植民地の夕食テーブルから最初に締め出された「赤身肉」はヤギだった。乳牛が植民地のミルクの需要を十分に満たすようになるとすぐに、ヤギはめったに口にされない肉になった。植民者はヤギを主にミルクの供給源として飼っていたから、肉は副産物だったのだ。ミルクと肉の供給源としてヤギが牛に勝てるのは、牧場が小さく草が乏しいときに限られる。しかし、植民地アメリカにあったのはそれとは正反対の条件だった。

羊肉の場合はどうか。羊肉は-とくに子羊肉-は味覚の点でヤギ肉よりかなり上位にランクづけられているが、牛肉や豚肉よりはるかにしただ。羊肉もヤギ肉が衰退したのと同じ理由で、食べるに悪く、考えるに悪い肉となった。羊肉や子羊肉が副産物である場合には、羊は大量に肉を供給する効率よい動物となりうる。それだからこそ、伝統的なイギリス料理で羊肉や子羊肉が重んじられるのだ。羊毛用の羊飼育の副産物だった。アメリカ人がヤギと羊を飼育し食べることに興味を失ったのは、一つには、それにかわるものとして豚肉、牛肉、子牛肉がたやすく手に入ったからだ。植民地時代の生態学的・人口学的条件下では、ヤギや羊に比べて豚や牛のほうが効率よい肉源だったことが最近まで豚の牛の二つがアメリカ人の最も好きな肉の首位の座を巡って争うことになった理由なのだる。

うっそうとしたアメリカの森林は、豚飼育に特に好都合な環境だった。植民者がインディアンとオオカミを追い払い、どんぐり、ブナの木の実、ハシバミの実をひろったあとの森に「森豚」とよばれる頑強な品種の豚をはなすと、ほうっておいても自力で生きた。北部の植民地では、豚は放し飼いにされ、自分で餌をあさって生き、冬には囲いの中に入れられた。ヴァージニア以南ではメス豚がトウモロコシを餌に囲いの中に呼び込まれる狩集の時期を除いて、1年中放し飼いだった。殺す前の一か月ほどもトウモロコシを与えれば、肉がしまり、すばやく体重が増すことを農民は古くから知っていた。1700年にはすでに、トウモロコシでの仕上げは市販用豚生産の方法として確立していた。豚とトウモロコシの結びつきは、まさに神の恵みだた。豚牛の5倍の効率でトウモロコシを肉に変えることができる。

農業のフロンティアがアレゲーニー山脈を越えて中西部に進むにつれ、豚、牛、トウモロコシ生産の中心地も一緒に移っていった。土壌と気候は、トウモロコシに理想的だった。道路網が未発達で馬車での輸送には多大な経費がかかった当時のオハイオ盆地では、売り切れないほどのトウモロコシがたやすく収穫できた。余剰トウモロコシをさばく最良の方法は、それを豚や牛に食べさせ、育った家畜を、東部海岸の諸都市まで山を越えて歩かせることだった。(本当を言えばバーボンにして瓶につめ、船で輸送することだったのだが、連邦政府は蒸留酒製造業者に課税し、「ムーンシャイン」(密造ウイスキー)を違法としていた)

輸送手段が発達すると、コーン・ベルトの農民は森豚の飼育をやめ、目方と脂肪の多い品種の飼育に切り替えた。この「ラード豚」は、仕上げの時だけ飼料を与えるという従来の方法を取らなかったが十分に採算が取れた。それはほとんどトウモロコシだけで飼育されてシンシナティに搬送され、解体されたのだが、その量たるや莫大でシンシナティは「ポーコポリス(豚の都市)」と呼ばれるようになったほどだ。コーン・ベルトが広がると、農民は豚のほかに肉牛も飼うようになった。牛は大草原の草と干し草を食べて育ち、仕上げにトウモロコシで太らされてから、山を越えて東部の諸都市までひかれていった。そういうとき、牛は途中で売られているトウモロコシを食べ、豚はそのあとをついていき、未消化のトウモロコシかすがたっぷり含まれた牛の糞を食べていたものだ。

以前には、牛肉と豚肉のどちらのほうが好まれていただろうか。植民地時代後期と19世紀初頭には、塩漬け肉と樽詰め肉に関する限り、国内のほとんどどこでも豚肉のほうが好まれた。そのなによりの証拠に、豚肉のほうが牛肉よりはるか多量に生産されていたにもかかわず、つねに塩漬け豚肉のほうが塩漬け牛肉より値段が高かった。たとえば、1792年のフィラデルフィアでは、豚肉一樽が11.17ドルだったのに、牛肉一樽はわずか8ドルだった。この不釣り合いは南北戦争勃発時までつづいた。

ニューヨークやニューイングランドでは、豚肉好きはそれほど昂じなかったようだ。ニューヨークを例にとって考えれば、北部人は豚の生肉や保存肉よりも牛の生肉を好んだ。ニューヨーク市では、1854年から1860年の間、年平均1億3200万ポンドの牛生肉が卸売されたのに対し、豚肉はわずか5300万ポンドにすぎなかった。北部人が豚肉に対して関心が薄いことの理由の一つに、南北戦争の前、北部では豚が羊に比べて少なくなったことがあげられる。1860年当時のヴァーモントの農場では、25頭の羊に対して豚は1.5頭に過ぎなかった。一人当たりの豚の頭数で考えると、南部と中西部では二頭を飼育していたのに対し、北部では0.1頭にも満たなかった。豚が少なくなったのは、北軍の船の建造や製造工業に供するために森が切り倒されたからであり、トウモロコシ栽培がほとんど行われなくなったのは、乳牛の群れを飼うために、耕地が牧場に変えられたからだ。国民的現象としてのアメリカ人の牛肉好きは、海のかなたのイギリスではなく、ミシシッピー川をわたった大平原にその端を発しているのだ。ここは、豚ではなく牛の飼育にこそ最適な場所だった。そして、草原を牛にとって安全な場所にするためになすべきことは、二世紀前に森を豚にとって安全な場所にするのに必要だったことと同じだった。つまり、インディアンとオオカミを追い払うことだった。ここでは、もう一つ、バッファローが問題となった。飼いならされた動物ではないので市場まで歩かせるわけにもいかず、そのうえ商業的価値はほとんどなかった。そこでバッファロー・ビルのような狩猟者たちは、バッファローを撃ち殺し、現場で皮をはぎ、解体して、選んだ部位を馬車にのせて鉄道敷設の飯場やフロンティアの街に運び、牛にとって安全な草原づくりに一役かったのである。バッファローが姿を消すと、あとは牛の天下、はてしもない大草原で思う存分草をはみ、処理できないほど急速に数を増やしてしまい、当然、牛肉は安くなり軍隊は牧場主から牛を買ってインディアン保留地に供給し、インディアンを飢えから守った。

食と文化の謎 (岩波現代文庫)
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食と文化の謎 4/7~馬は乗るものか、食べるものか

アメリカ人はなぜ馬肉を食べないのだろうか。馬肉の謎は、他の文化を広く見渡すと、さらに深まる。ヨーロッパ大陸の大部分の民族は馬肉を食べる。フランス人、ベルギー人、オランダ人、ドイツ人、イタリア人、ポーランド人、ロシア人、みな馬肉を食べるに良いものと考え、1年間にかなりの量を食べる。フランスでは3人に1人が馬肉を食べ、一人当たりの平均年間消費量は4ポンドであり、これはアメリカにおける子牛の肉、ラム、マトンの一人当たり平均消費量より多い。第二次世界大戦後、販売量は減少しているものの、フランスにはまだ3,000軒の馬肉専門の肉屋がある。

馬肉食は奇妙なアップダウンを繰り返してきている。石器時代にさかのぼると、旧世界の狩人たちは野生の馬を貪り食った。馬を最初に手なずけ家畜化したアジアの遊牧民は、北ヨーロッパのキリスト教化以前の人々と同じく、馬肉を消費し続けた。馬肉に対するタブーがはじめてあらわれるのは、中東に古代帝国が起こったときである。ローマ人も馬を食べるのを拒否した。そして、中世初期には教皇の布告によってすべてのキリスト教徒に馬肉が禁じられると、馬はヨーロッパにおける聖なる牛に今にもなりそうな気配だった。ところがフランス革命の頃、馬肉はヨーロッパの食卓に復帰し始める。19世紀の終わりには、ヨーロッパ人-イギリス人を除く-は再び馬肉を大量に消費するようになっていた。第一世界大戦の直前にはパリジャンは年間1万3000トンも食べていた。ところが第二次大戦後、趨勢は再び逆に向かう。

石器時代の馬狩りの良き時代はたちまちに過ぎ去った。少なくとも地質学的に言えばたちまちである。気温がどんどん上がっていった。草原は森林に代わり、馬はもはや西ヨーロッパで群生できなくなった。しかし、アジアのウクライナからモンゴルに続く樹木のないステップ地帯はまばらに生えた草でおおわれ、野生馬の生き残りの群を養えた。人類が馬を飼いならし、家畜にくわえたのは広大な半砂漠の草原地帯だった。馬が家畜化された正確な場所と時は特定できない。しかし、それが起きたのは他の家畜に比べてずっと後ということだ。

馬はアジアの遊牧民にとって最も重要な生産手段であり、また、かれらが最も誇りにする財産だった。しかし、だからといって英雄や「有力者」の宴のために肥えた雌馬を殺すのを禁止することにはならなかったし、結婚式の客に煮た馬の頭や馬肉ソーセージをふるまうのを禁じることにもならなかった。その点に関して、中央アジアの遊牧民は前章で議論したアラブの中心地域のラクダ遊牧民ベドウィンによく似ている。長い旅の間、馬肉は非常食として欠くことができなかった。のちのモンゴル軍の行動から判断して、馬肉を食べる自由は彼らにとって軍事的に必要だった

馬肉対するタブーが最初に現れたのは、おそらく、アジアと中東の人口密度の高い農耕文明が周囲の遊牧民から馬を取り入れ、自分たちの必要に合わせて馬を利用するようになった後に違いない。中東の初期の諸帝国は多くの人口と反芻動物の群を抱えていたから、大量の馬を飼うのは困難だった。馬は草を食べるので豚ほど人間と競合しないが、牛、羊、ヤギよりはるかに多くの草を必要とする。自然の牧草を食べて育つ馬は、自分の体重を維持するのに牛や羊より33%多くの草を必要とする。また、キルギスでは、雌馬の搾乳は、ちょっとした間違いでも非常に危険なため、経験豊かな熟練者だけに任されている。

農耕文明はなぜ馬を欲しがったのか。馬が家畜化され引具をつけて荷馬車をひかせる技術ができるとすぐに、馬はある使われ方をされるようになり、それが中世まで馬を飼う一番の目的になった。アジアの周辺起きた古代農耕文明は、馬を戦争用のエンジンとして欲しがったのだ。馬を騎兵の乗り物として使い始めたのは紀元前900年ごろ、アッシリア、スキタイ、メディア帝国が起こった頃である。その後、鞍とあぶみが発明されるとともに戦士は馬に乗ったまま剣を振るい、槍をつき、矢を射ることを習得しなければならなくなった。

ローマ帝国の崩壊の根本的な原因を説明しようと多くの説が出されている。しかし、ローマの社会的、政治的問題には他に何か原因があったのではないかという反論の心配などする必要なく、ローマ軍に敗北をもたらしたのは馬だ、と言い切ることができる。南ヨーロッパは、人間と反芻動物が高密度で住み、しかし自然の牧草地を欠いていたので、戦争用の馬を大量に買うのに適していなかった。そのうえ、生粋のローマ人は優れた歩兵ではあったが、騎馬兵としては不慣れだった。ダニューブ川のむこうから馬に乗って帝国を脅かす野蛮人から国を守るため、ローマ人は野蛮人の騎馬兵-スキタイ人、サルマチア人、フン族-を雇っていた。

ダニューブ川の対岸に、一人馬の数の方が多い部族が次々に現れては国境を脅かした。それら「野蛮人」にローマ帝国は結局屈服した。ゴート族と西ゴート族は紀元378年にアドリアノープルでローマ軍を破り、410年にはローマ市そのものを奪った。ヴァンダル族はゴール地方とスペインを席巻し、429年、はるばる北アフリカに至った。ずっとのちに中国からハンガリー平原まで、ユーラシアを征服したモンゴルの騎馬民も同類だった。

632年のマホメッドの死からわずか70年後、将軍アル・タリクに率いられたイスラム軍は、後年ジャバル・アル・タリク、(つづめて言えば)「ジブラルタル」、つまり「タリクの山」と言われるようなる岩場に到達し、スペイン侵略をうかがった。70年の間に、彼らは楊度をメソポタミアから大西洋に前広げていた。彼らが最初にアラビアを征服できたのはラクダのお陰だったが、それ以後は馬が彼らの主要武器だった。彼らの征服の異常に速いペースは、小型の、足の速い、丈夫な品種の馬に乗っていたためと言ってよいだろう。その馬は「今日アラブ種と呼ばれている馬の特徴である凄い耐久力と勇気を雄も雌も持っていた」。

グレゴリー三世の勅令以後、足を怪我したり病気になったり年老いた馬以外は、あるいは飢饉や籠城の時、非常食として必要になったとき以外は、ヨーロッパのどこでもめったに殺されなくなった。馬はまだ極めて経費のかかる動物だった。とくに北ヨーロッパの人口密度が南ヨーロッパの人口密度に近づき始めるにしたがって、また森や高地、残っていた自然の牧草地が姿を消すとともに、ますますそうなった。しだいに、穀物、南では大麦、北ではからす麦、で飼わざるを得なくなり、そのため人間と食物をめぐってもろに競合するようになったのだ。

中世には、馬を持つのは騎士、貴族であることのしるしだった。フランス語で馬を意味するシュヴァルを語源とする「シヴァルリ(騎士道)」という言葉がそのことをものがっている。そのことは領主から馬と甲冑を維持するに足る土地と人間を与えられ、そのかわり軍事的奉仕の義務を負う重装備の騎兵-ナイト(騎士)-に与えられた誉を表している。そういう見方を取れば、封建制度とは本質的に、重騎兵を供給するための軍事的契約だった。しかし、どの馬もそうできるわけではない。ドン・キホーテのロシナンテを思い出してほしい。騎士と120ポンドの甲冑、各種の剣類を負えるだけの大きな馬でなければならなった。16世紀の終わり頃には、良い戦馬は奴隷以上の価値があった。歴史家フェルナン・ブローデルは、フローレンスのコシモ・デ・メディチのような金持ちでも、たった2000人の騎兵の私兵を抱えるだけで破産してしまうだろう、と言っている。スペインがポルトガルを併合できなかったのは馬が足りなかったからだ。ルイ14世治世下のフランスは、戦闘中の軍を維持するのに、毎年2万~3万の馬を輸入しなければならなかった。アンダルシアやナポリで純血種の馬を買うには王の許可が必要だった。

増加する馬を養うため、農民はからす麦の生産を増やさなければならなかった。それは農地を三分することによってなされた。一つは休閑地にし、一つには秋まきの小麦をうえ、一つには春まきのからす麦を植える方法がとられた。馬にスキをひかせ、肥料を使い、畑を毎年後退させることによって、農民は馬を買えるうえに人間の消費用の穀物と家畜の生産高も上げられた。馬の力と三圃農法への転換は農業の生産性を急激に高めただけでなく、同様に急激な人口増加をもたらした。大農民は小農民をのみこんでいった。農業分野における労働力の必要量が減った。町や都市への大量移住を引き起こし、富めるものと貧しいものの間の富の分配の差を広げた。残っていた森はからす麦の作付を増やすために切り払われ、その結果、一般家庭の食卓に供される肉の量が減った。家で飼われていた豚は姿を消し、飢えと栄養不良が増えた。多くの人々にとって技術の進歩が彼らにもたらしたものはまったくの菜食主義の食事だけだった。

そういう困窮化と肉飢餓をしり目に、馬の数は増え続けた。フランス革命直前のヨーロッパには1400万頭、フランスだけで178万頭もいた、と計算している。勅令が何度も-1735年、1739年、1762年、1780年-出され、馬肉食の禁止を強化し、馬肉を食べると病気になると警告した。これは、肉に飢えた人々が禁じられた肉を以前にもまして求めていた証拠である。

1860年代には、パリの馬肉派はグランドホテルやジョッキー・クラブなどで盛んに優雅な馬肉の宴をもよおした。これは1871年のドイツ軍のパリ包囲の時の良い訓練になった。このときパリ市民は、必要に迫られて手当たりしだいに馬-6万~7万頭の馬-を食べた。19世紀末には熱狂的馬肉派は、馬肉生産業を公認化させ、馬肉の品質を保証する政府の検査制度を作らせるまでなっていた。馬肉の公認市場を開設させた圧力は、そういう市場が無かったら、その肉がひそかに、また危険ではないにしても品質が悪くなった状態で売られるであろう不要な馬が大量にいることを前提としていた。19世紀末のフランスには300万頭の馬がいた。その数は1910年をピークに、1950年の200万頭から1983年の約25万頭へと激減した。この減少は言うまでもなく、輸送手段の自動車化、農場での使役動物からトラクターへの代替、軍隊での馬から自動車への交代が原因である。

馬肉に対するヨーロッパ人の好みが奇妙な上がり下がりをくりかえしてきた理由をまとめてみよう。馬が戦争に必要な、稀少で絶滅寸前の動物で、そのうえ他の肉用動物が豊富にあったときには、教会と国家は馬肉の消費を禁止した。馬が増え、他の肉が減ると禁止は緩められ、馬肉の消費量は増えた。この方程式はイギリスにも応用でき興味深い結果が得られる。産業革命が最初に起き、最も早く都市化したイングランドは、18世紀に食糧の自給を止めてしまった。イングランドは、その海軍と陸軍を使って、世界史に例の七つの海にまたがる大帝国を築き、また、自分たちの輸出工業製品の価格に比して相対的に安い値段で食料を輸入できるような貿易交換比率をおしつけることによって、この問題を解決したのだ。イングランドは、18、19世紀にその帝国を広げることで、それまでよりはるかに遠い所にある牧草地の支配権を獲得し、安い値段で自分たちに肉を供給するための家畜を飼えるようになったのだ。

アメリカには約800万頭の馬がいる-世界で一番多い。その大部分は娯楽や競馬や「ショー」のため、また、繁殖用に飼われている。つまり、多くはペットなのだ。馬を食用に飼う精肉産業がアメリカでなぜ発達しなかったのかは理解できる-馬の消化器官が牛や豚に比べて効率が悪いからだ。しかし、他の目的で馬を買う副産物としてその肉を利用したってよいのではなかろうか。最初にいっておくと、アメリカには、実際にはかなりな規模の馬肉精肉業が存在する。ただ、その製品は海外で消費される。アメリカは世界一の馬肉輸出国であり、通貨条件が良ければ、年に1億ポンド以上の生肉、冷凍肉、冷蔵肉を外国に売っている。他の肉よりも安く買えさえすれば、多くのアメリカ人は馬肉を受け入れると思われる。しかし、そういうひとたちも、牛肉および豚肉業界の組織的な抵抗、また馬愛護者の攻撃的な戦術のため、その機会をほとんど得られない。

1980年代はじめ、安価な馬肉製品市場を作ろうとした。最上馬肉を同等クラスの牛肉より高い値段でアメリカ人に買わせようとしても無理と知ったコネティカット州のハートフォードのM&R精肉会社は、前肢部分の肉を使った加工馬肉「ステーキ」や「ホースバーガー」を売り出した。国際市場で馬の前肢肉はソーセージかひき肉用に使われており、同部位の牛肉よりはるかに安い。3つの海軍店での売り上げは、牛製品を大幅に下回る低価格馬肉製品ということで大いに上がった。レキシントン街と53番街の売店では客が列をなし、ニューヨーク市民がそのうち「ベルモント・ステーキ」と呼び始めたその味に舌鼓をうった。しかしM&R社のこの実験は短命だった。怒った自称馬愛好家やアメリカ馬協会、動物人道協会、アメリカ馬愛護協会の不満の声が、牛肉ロビイストたちの耳をとらえるようになった。モンタナ州選出の上院議員ジョン・メルチャーとテキサス州選出のロイド・ベントソンは、海軍長官のジョン・F・レーマン・ジュニアに、強い失望の意を伝えた。海軍は兵士に馬を食べさせているという印象を与えたら、志願兵を集められなくなるのではないか、それに、そうでなくても牛は生産コスト以下で売られているのだし、不況とコレステロールで評判が悪いために牛肉消費量が落ちているのに、というのである。その後まもなく三か所の海軍売店は、どれも馬肉を売るのをやめた。次に、なぜアメリかでは牛肉が王になったのか、という謎に進もう。

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