最も重要な学問について、

1位:数と計算
2位:幾何 (数は幾何よりも抽象概念だから上位、指で示した1は、何指で示そうが、1は1という抽象性を持っている)

3番目の学科としては天文学をそれと定めることにしようか? 平面の次に、もうすでに円運動のうちにある立体を取り上げたからだ。立体をそれだけで取りあげる前にね。しかし順序としては2次元の次には3次元を取り上げるのが正しい。そしてこれは、立方体の次元や一般に深さを分け持つものについて考えられるものであるはずだ。

しかしそうした事柄はソクラテス、まだ完全に発見されたと言えないように思えますが。

次には深さを持った次元の研究が来るのが順序なのに、その探求の仕方の現状がおかしなものなので、それを飛び越してしまって、幾何の次に天文学を上げたのだ。これは深さを持ったものの運動にかかわるものなのにね。

当時、天文学に必要な数学以上に天文学が進んでいたようだが、2300年後の理論物理学とゲージ理論の時間差である。

どうも君は、上方の事柄について学ぶということがどういうことかをしごくおおらかな解釈で自分の心の中に受け取っているようだね。きっと君は誰かが上を仰ぎながら天井に多彩の模様を眺めて、何かを学び知るような場合でも、その人は目によってではなく、知性によって観ているのだと考えるのだろうからね。僕としては目に見えない実在にかかわるような学問でない限り、魂の視線を上に向けさせる学科としては他に何も認めることはできない。

天文学は空を見上げているだけのバカだと嫌味を言っている。

天空にあるあの多彩な模様(星)は、それが目に見える領域にちりばめられた飾りであるからには、このような目に見えるもののうちでは確かに最も美しく、最も正確ではあるけれども、しかし真実のそれと比べるならば、はるかに及ばないものと考えなければならないということだ。真実のそれとはすなわち、真に実在する速さと遅さが、真実の数とすべての真実の形のうちに相互の関係において運行し、その運行のうちに内在するものを運ぶところの、その運動のことであって、これらこそはただ理性(ロゴス)と思考によってとらえられるだけであり、視覚によってはとらえられないものなのだ。

ちょうど幾何学を研究する場合と同じようにして、<問題>を用いることによって天文学を追求し、天空に見えるものにかかずらうのは止めることになるだろう-もしわれわれが本当の意味で天文学研究に参与することによって、魂の内に本来備わっている知の機能を無用の状態から救って役に立つものにしようとするのならば」

これが実現するのは1900年後、コペルニクスの天文学まで待たなければならない。従来、実験実証によって証明してきた理論物理学は発展しすぎて、宇宙の始まりまで論じていることから、プラトンの言う、視覚によってとらえられないただのロゴスと思考によってとらえられるだけの領域に到達している

18歳当時の私もプラトンのような考えで、数学と理論物理学こそが学問であり、「目に見えない実在にかかわるような学問でない限り、魂の視線を上に向けさせる学科としては他に何も認めることはできない。」というのに激しく同意していたw まぁ、俺も若かった。許してくれや。

数学の中では数論、これが数学の中の哲学、役立たず君。数論のために代数学をはじめとする数学だけではなく、解析や幾何などあらゆる分野を総動員するが、数論によるほかの数学分野の貢献は難しい。そして数学の中でも、統計や金融工学は、言わずもがな、プラトンのいう所の天文学扱いだw ましてや他の学問は言語道断。経済学や心理学など二流の学問として嘲笑の対象であった。そして私が不思議だったのは医療や法律などという「もはや学問ですらない実学」に優秀な学生たちが向かっていることだった。私の友人で法学部なのに、選択科目で取ってる数学に対する質問が、本質的で鋭かったので、「なんで法学部なんかに行ったの?」と思わず聞いてしまったほどだ。いわゆる数学科のエリートコースである灘・数学オリンピック組が、医学部や法学部に流れるというのは、もはや怪奇現象w 現在では合格者最高点が公表されているので、世間の認識では全学部最高得点者が、最難関の医学部以外の法学部や理学部に流れているように見えている。今は大人になったので、その優秀な学生たちが、医学部や法学部に進むのは大いに結構だが、彼等には早くダブルメジャー・トリプルメジャーを認める方向で変わってほしいとは思う。

しかし、心理学や法学をバカにしていたことよりも、コンピュータをバカにしていたことが、もはやトラウマ的後悔(数学を専攻したことは後悔してない)となっている。「子どもがYoutubeばかり見ていて困ったもんだ」と嘆く親御さんに対しても、「しかしYoutubeを否定されるのはいかがなものかと。世界最高峰の機械学習のテクノロジーを使ったあなたへのお薦めはあなどれません! アマゾンは世界中のあらゆる本を読んだことがある先生。教科書を読んだり学校で学ぶのは過去の学問、将来の産業は大人たちがバカにしている遊びから生まれる。」とまで言ってしまうほどのトラウマだw

しかし言い訳なんだが25年前の「情報処理」の授業つまんなかったねぇ…。相対論の授業も、お世辞にも面白いものではなかったので、私が個人的に背景を知っていたから面白く解釈できただけか。25年前の情報処理の授業では、機械学習だ、ビットコインで使用される楕円関数とは…みたいのは無理だろうが、俺なら少なくともプログラミングは無しで、フォン・ノイマン型コンピューターとは何か? チューリング・テスト、インターネットの成り立ちくらいで設計したがなぁ…。情報処理の授業でそういうこと言ってた? 俺が聞く耳持たなかっただけ??

算数や幾何をはじめとして、哲学的問答法を学ぶために必ず前もって履修されなければならないところの、すべての予備教育に属する事柄は、彼らの少年時代にこれを課すようにしなければならない。ただし、それらを教えるにあたっては、けっして学習を強制するようなやり方をしてはいけないけれども。自由な人間たるべき者は、およそいかなる学科を学ぶにあたっても、奴隷状態に置いて学ぶというようなことは、あってはならないからだ。事実、これが身体の苦労ならたとえ無理に強いられた苦労であっても、なんら身体に悪い影響を与えるようなことはないけれども、しかし魂の場合は、無理に強いられた学習というものは、何一つ魂の中に残りはしないからね。

後に各国憲法上で採用された「学問の自由」である。