月別: 2018年10月

プラトン「国家」~2/13 年収1ドルCEOジョブズと租税回避

正しさ、正義、ということですが、果たしてそれは、本当のことを言う正直な態度の事であり、誰かから何かを預かった場合にそれを返すことであると全く無条件に言い切ってよいものでしょうか。それとも、ほかならぬそういう態度でも、時と場合によっては、正しかったり正しくなかったりすることもありうる、と言わねばならないでしょうか。

誰かから金をあずかっても、その返還と受領が害になるような場合、しかも返す人と受け取る人が友であるような場合には、それを返すことは「借りたものを返す」ということにはならぬと、そういうわけだね? シモニデスは正義とは何かということを、それぞれの相手にふさわしいものを返し与えるのが正しい、ということらしいが、ただこのふさわしいもののことを借りているものという言葉で表現したのだから。

シモニデス、医術と呼ばれているものは、何に対して、どのような借りているものを、すなわち、本来それにふさわしいものとして何を、与える技術の事なのでしょうか?

友と敵に対して、利益と害悪を与える技術だということになります。

してみるとあるものの有能な守り手は、そのものの有能な盗み手でもあるわけだ。

よく判断を誤り、実際には良い人間でないのにそう思ったり、あるいはその反対だったりすることがしばしばあるのではないか?

多くの人たちにとって、彼らが人間の判断を誤る限り、友に対しては害を与え-その相手は実際には悪い人間-、敵に対しては益をなすーその相手は実際には良い人間なのだからね-のが正義である、ということになるだろう。

トラシュマコス「もし正義とは何かを本当に知りたいのなら、質問する方ばかりに回って、人が答えたことをひっくり返しては得意になるというようなことは、やめるがいい。答えるように問うほうがやさしいことは百も承知のくせに!」

後の「裁判制度」である。法を定めたとしても、それを杓子定規に適用し、正義と不正を判断するのが難しい。当時から裁判制度はあり、それによりソクラテスは処刑されるのだが。

優れた人たちが支配者の地位につくことを承知するのは、金のためでも名誉のためでもないのだ。なぜなら、支配の仕事のための報酬をあからさまに要求することによって、金で雇われた者と呼ばれることも、役職を利用して密かに自らの手を汚すことによって盗人になることもともに彼らの欲するとことではないからね。もし、支配者となることを彼らに招致させようとするならば、強制と罰とが彼らに課せられなければならない。強制されるのを待たずに進んで支配者の地位につこうとするのはみっとももないことだと一般に考えられているのも、おそらくは、こういうところから由来しているのだろうね。罰の最大なるものは何かといえば、もし自分が支配することを拒んだ場合、自分より劣った人間に支配されるということだ。立派な人物たちが支配者になる時には、こういう罰が怖いからこそ、自分が支配者になるのだと僕は思う。

Forbes The World’s Billionaires
https://www.forbes.com/billionaires/list/#version:static

後の「1ドルCEO、スティーブジョブズ」である。ビリオネアは、相続で得たロレアルのリリアンばあちゃん(最近死んでそのまた娘の新しいリリアンばあちゃんになったが)を除き、生涯現役だ。誰もが持ちえぬその富を、もっとも効率よく配分する、それが彼らの責任なのである。

人に不正を加えることは利(善)、自分が不正を受けることは害(悪)であるが、ただどちらかといえば、自分が不正を受けることによって被る害の方が、人に不正を加えることによって得る善(利)よりも大きい。そこで人間たちがお互いに不正を加えたり受けたりし合って、その両方を経験してみると、一方を避け他方を得るだけの力のない連中は、不正を加えること儲けることもないようにお互いに契約を結んでおくのが、得策であると考えるようになる。このことからして、人々は法律を制定し、お互いの間の契約を結ぶということを始めた。そして法の命ずる事柄を『合法的』であり『正しいこと』であると呼ぶようになった。これがすなわち、正義なるものの起源でありその本性である。つまり正義とは、不正を働きながら罰を受けないという最善の事と、不正な仕打ちを受けながら仕返しをする能力がないという最悪の事との中間的な妥協なのである

後の「米国超大手グローバル企業の租税回避」である。合法的な節税であるw


プラトン「国家」~1/13 プラトンとマズローの段階欲求説

ソクラテスの弁明がプライム・リーディングで無料だったから、適当に読んでいたら意外に面白かったので、2400年前と旧約聖書並みに古いが、「プラトンの国家」でも読んでみるかと、さっそくアマゾンでポチってみました。アマゾンの戦略通りの動き? 僕の印象ではアマゾンやYoutubeの「あなたへのお薦め」の精度は本好きの友人が一人増えたと思うほどに、的確なアドバイスで、とても気に入っています。

例えば、適当にYoutubeのあなたへのお薦めに従っていただけなのに、「ダン・アリエリーの行動経済学」の講義であったり、ヨーロッパで美術館が異様に安かったので美術館巡りをしていて、そこで飾ってあった絵は一体なんだったのか?とふと思いを巡らせただけで

ドラクロワ=絵画における3つの革命
https://www.youtube.com/watch?v=FrvWy61XOdE&t=1371s

こんなのに辿り着き、さらにそのお薦めを見ていくとさらに拡大し、それらを参考にしながら今度はアマゾンで「美術史」などのキーワードで本が出てきて…と無限に拡大できる。

ただ、アマゾンは、ほんの出来心で「エッチな漫画」を一度でもクリックしてしまうと、お薦めが、それ一色になってしまうので、言動には注意しなければならない繊細なお友達ですが。

「国家」全篇の構成

正義の定義-国家と個人における-(第2~4巻)
理想国家のあり方と条件、とくに哲学の役割について(第5~7巻)
哲人統治者のための知的教育
不完全国家とそれに対応する人間の諸形態(第8~9巻)
 理想国家(優秀者支配制)から名誉支配制への変動
 寡頭制国家と寡頭制的人間
 民主制国家と …同様…
 僭主独裁制国家と …同様…

概要のさらに抜粋だが、どう? これだけ見ても、ちょっと面白そうでしょ? 2400年前に民主制国家語るかね? ちょっと聞いてみようではないか。

ソクラテスの弁明では、ソクラテスが神々を否定し、ダイモーンなる邪教の推奨や若者の堕落の原因となったから…と処刑の理由が述べられているが、それが何なのかが、どうもわかりにくい。国家の方がより具体的でわかりやすいと思う。

老いについて

我々の大部分の者(ソクラテスと同じくらいの年寄り)は、悲嘆にくれるのが常なのだ。若いころの快楽が今はないことを嘆き、女と交わったり、酒を飲んだり、陽気に騒いだり、その他それに類することをあれこれやったのを思い出しながらね、そして彼らは何か重大なものが奪き去られてしまったかのように、かつては幸福に生きていたが今は生きてさえいないかのように嘆き悲しむ。老年が自分たちにとってどれほど不幸の原因になっていることかと、めんめんと訴えるのだ。

しかし、ソクラテス、どうもこの私には、そういう人たちは、ほんとうの原因でないものを原因だと考えているように思えるのだよ。なぜって老年が本当にそういったことの原因だとすれば、この私とてもその限りでは同じ経験を味わったはずだし、私だけでなくおよそこの年齢に達した人なら、みな同じことだろうからね。こういった事柄にしても、身内の者たちとの関係がどうのこうのということにしても、その原因はただ一つしかない。それは、ソクラテス、老年ではなくて、人間の性格なのだ。端正で自足することを知る人間でありさえすれば、老年もまたそれほど苦になるものではない。が、もしその逆であればそういう人間にとっては、ソクラテス、老年であろうが青春であろうが、いずれにしろ、つらいものとなるのだ。

民はいつの時代も、「老い」や「金欠」の”せい”にしているものだ。ちなみに全部は書かないが、このケバロスの意見に対して、ソクラテスが反論する。

「あなたがそのように言われましても、多くの人々はあなたのおっしゃることをそのままには受け取らないでしょう。あなたが老年を楽に堪えておられるのは、べつに性格のおかげなどではなくて、あなたがたくさんの財産を持っているからこそなのだと、こう考える事でしょう。」

と続いていく…面白いでしょう? 
ここでは「端正と自足することを知る」という非常に短い表現にとどめているが、この後の展開まで読んだ上ならば、この表現は、

後の「マズローの段階欲求説」の第5欲求、自己実現欲求を満たした者と、現在から遡れば拡大解釈できる。

もちろん、「マズローの言ってることは2400年前にプラトンが言っていた」とまでは言わない。だが、似たようなこと、その原型になるようなこと、今でも議論されているようなことと同じことを2400年前に議論していた、とは言えるだろう。今後、

「後のマズローである」

というような表現を多発していく。原始的な議論故に、現代の議論をいくつかかいつまんで読んだ後で、プラトンの「国家」を読むと、意外に広くカバーしていて面白い。マックス・ウェーバーの社会学、宗教観と経済学を同時に捉える見方を2400年前にしているのは「さすがはプラトン」だ。