投入した費用、ロビイストの数、そして活動規模からして、外国企業によるロビー史上最大の作戦。米企業以外の企業の中で、最も高額で攻撃的なロビイングだ。日本がその政治的影響力を行使した、唯一の劇的な実力行使と、米マスコミが競って報じたジャパン・ロビーがある。この日本企業とは東芝のことである。東芝機械ココム違反事件をめぐる議会の制裁内容を骨抜きにすべく、1987年~2年間にわたって展開した東芝ロビーの猛攻は、ワシントン政官界を震え上がらせた。
この事件の発端は1982年12月から東芝機械が和光交易を通して、ココム違反の品目である9軸同時制御のNC工作機械4台をソ連に不正に輸出したことに始まる。この結果、ソ連はノルウェーからのコンピュータを組み合わせ、潜水艦のスクリュー音を低下させるのに成功したというもの。事件が発覚し、全米から制裁の声が上がった。東芝制裁条項を議会に働きかけたのは、ジェイク・ガーン上院議員(共和党、ユタ)であった。黒子役はビル・トリプレット上院外交委員会専門スタッフたちだ。トリプレットは依然米国ホンダのワシントン事務所長を務めていた弁護士だったが、一転して日本叩きの急先鋒に浮上した。ガーン議員の選挙区は、全米トップを誇る銅生産州だ。彼は外国銅生産に対する米政府援助を中止させている。同様にミンク生産が全米三位の州であることから、ソ連からの輸入禁止を呼び掛けたりしている。
1986年4月30日に、軍事委員会のメンバーのダンカン・ハンター下院議員(共和党カリフォルニア)が東芝製品の輸入禁止などを盛り込んだ制裁法案を上程した。同年5月15日に上院側では、ガーン議員が所属する銀行委員会からのろしが上がった。ココム違反会社の米政府調達市場からの排除を骨子とする制裁法案をいち早く可決した。6月15日にはチャールズ・ウィルソン下院議員(民主党テキサス)が、東芝製品の5年間の輸入禁止を主眼とする法案を上程するに至る。ダンカン・ハンター議員やヘレン・ベントリー議員ら対日強硬姿勢の7下院議員が国会議事堂前に集まり、ハンマーで東芝ラジカセを打ち砕くという前代未聞の暴挙に出たのである。米議会は怒っているゾーという反日PRには絶妙な効果を表した。米議会の同僚議員や米マスコミからはけっして好意的に思われなかったが、対日感情悪化のすさまじさを内外にアッピールする、計算ずくめのデモンストレーションであった。
東芝は最強のロビー軍団を構成して対処していた。最終的には発効した東芝制裁条項もこれらのロビーによって骨抜きにされたものだったのである。従来東芝は、サンフランシスコを本拠地とするドナルド・スチール事務所などと契約していた。が、会社の存亡を賭けた一大時に発展した以上、ニューヨークの顧問法律事務所に一括して、全てのロビー活動の指揮を任せることにした。その事務所の名は、マッジ・ローズ・ガスリー・アレキサンダー・アンド・ファードンという名門法律事務所である。ニクソン元大統領が、カリフォルニア州知事に1962年に敗れて以来、腹心のジョン・ミッチェル元司法長官と一緒にこの法律事務所のパートナーに収まり、大統領選への準備を着々と進めていたエピソードは有名だ。加えて外交委員会で活躍したマイケル・バーンズ元下院議員にも協力を要請した。この他、ワールドワイド・インフォメーション・リソース社というPR会社を主宰するリチャード・ウェーレンとも契約した。ウェーレンはレーガン大統領の広報担当を長らく務めており、東芝アメリカとの関係で契約が実現した。大手公認会計事務所プライス・ウォーターハウス社も、全面的に顧客先の東芝を応援することになる。
混成チームの事務局長役のホウリハン弁護士は、次のような戦略を立てた。26億ドルのビジネスを行う東芝本体と、今回のトラブル・メーカーの子会社東芝機械を別個のものと分離させ、いかなる制裁からも親会社を守り安泰化を計る。そのために、(1)東芝機械とソ連潜水艦スクリュー音の低下との因果関係の不明確さ、(2)東芝機械の不正を親会社の制裁にあてはめようとする処理の不公平さ、(3)日本のハイテク技術をコントロールするためのスケープゴート説、(4)東芝製品・部品の供給がストップするとかなりの米企業活動に支障が出る、などを主要論点とした。東芝製品の輸入禁止を謳う東芝条項が成立すれば、「3000社の米企業、10万人の米国人が苦境に立たされる」との殺し文句で訴えた作戦は、議員たちを動揺させたようだ。
東芝は全米23州にわたって関連事務所及び工場が散在し、合計4100名の従業員を有する在米企業として根を張っている。彼らが草の根ロビーの先兵となって地元議員へ手紙・電報を送り続け、過剰反応の東芝制裁法案に抗議を繰り返した。東芝に原材料を納入する業者、流通業者、販売店、東芝部品や製品を使用する米企業までもが総動員された。それらの企業は、ATT、IBM、ヒューレット・パッカード社など、大手ハイテク企業が含まれ、彼らのロビイストまでが応援に馳せ参じたのである。提携先のアップル・コンピュータ代表は、「東芝部品の入手が出来なくなると、当社の事業に悪影響を及ぼす」と関係議員に直接ロビーで迫った。
ニューヨークの自動車電話機メーカー・オーディオボックス社が採用している大物ロビイスト、A・マナトスも1枚加わり、俗称「マナトス修正案」と呼ばれる制裁緩和策を議会の審議に乗せることに奏功した。骨子は、米国内で東芝名をつけないで納入先会社のブランドで売られる製品は、制裁対象から外すべき、というものであった。1987年7月20日のニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙をはじめ、一流日刊紙や週刊誌に全面謝罪広告を載せ、東芝社長が米国民に陳謝した。各紙の広告を読ませてもらったが、内容よりもその紙面の下のマッジ・ローズ法律事務所の名が目立ち、ロビイストの作成した文面という印象はぬぐえなかった。ワシントンでは、東芝がどれくらいの大金をこのロビイングに費やしたかが話題のもととなった。ちまたでは東芝および東芝アメリカ両社のロビイング総費用は300万ドル~最高900万ドルにのぼると推計された。
日本のCIA、ジェトロ
日本政府では外務省、通産省、大蔵省の3つ巴の対米交渉・情報収集合戦が、ワシントンで火花を散らす。ストレートに言えば、外郭団体を総動員して、ワシントン包囲網を形成し合っている。大蔵省ではさらにIMF・世界銀行に、2ケタにのぼる大蔵官僚を集結させている。その中で通産省はワシントンを世界の情報最前線基地と位置付け、活発な情報収集を展開中だ。通産軍団はニューヨークのジェトロを別格として、製品輸入促進協会、海外電力調査会、日本石油公団、電源開発、新エネルギー総合開発機構、動力炉・核燃料開発事業団がワシントンに事務所を構えて結束している。在ワシントンの商社マンは「通商・エネルギー分野では、通産省は日本大使館を包囲するほどの布陣を固めた」と指摘する。もちろん大使館には、公使以下3人の通産省からの出向外交官が勤務している。通産省外郭団体の大部隊はそれぞれ持ち場で支援体制を作っている。さらにニューヨークのジェトロ内にオフィスを構える通産省出先のエリート官僚、産業調査員たちは”非公式外交”のニンジャ部隊として毎週ワシントンに出没する。つまりジェトロは通産省独自ルートの中継基地の役割を果たす。米情報機関が「日本にCIAが存在するとするならば、それはジェトロのことを指す」と指摘したほど、ニューヨーク・センター中枢とする全米各地のジェトロ・オフィスの情報ネットワークは凄い。ジェトロ=JCIA説が真実味を帯びてくる。
> ジェトロさんのサイト、アジアの産業実態や数値を見る時にいつもお世話になっています。
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