高級デパートには2万円の値札のついたTシャツが当たり前のように並び、4万円もするスニーカーが無造作に陳列されている一方で、そのデパートを一歩外に出れば北京のタクシーは初乗りわずか10元(約130円)で乗ることができ、屋台で売られている茹でトウモロコシは、安ければたった1元(約13円)で食べられるのである。こうした相反する事象やニュースは、「中国」の中で共存し、外から中国を見るものを惑わせる。本来なら2つの異なる国の事象であるべき両極の現実を一つの国につなぎとめているのも、実は「地下経済」の存在を抜きには説明できない。地下経済は毛細血管のように中国人の暮らしの中に入り込み、日々の生活と切っても切れない関係を築いてしまっているからだ。「およそ中国で暮らしているものであれば、地下経済とまったくか変わりなく生きている者などいない」。地下経済の取材を始めてからであった専門家や識者、そして実際に地下に生きる者たち、旧来の友人・知人まで、彼らが共通して語ったのがこの言葉だった。
地下経済のドン、中国の高級車「紅旗」
「車のナンバーを見てみるんだ。最初の文字が『京O』から始まっているだろう。あのナンバーの意味は、車が公安の持ち物だっていうことだ。軍や公安の幹部は、表向き国産の高級車に乗るように指導されている。でも、本当は乗りたくないから公安には『紅旗』が余っている。そういう車を公安と関係の深い人間に回しているんだ。だから、あれにうっかり追突でもしようものなら、ちょっと厄介なことになるんだ」
「どのくらい借りられるのですか?」
「500万元(約6500万円)までなら、数日間もあればいつでも用意できるよ」
個人の融資の申し込みであれば数十万円が限度という日本人の感覚からすれば、500万元などとうてい信じ難い金額である。だが、男が提示した融資限度額は、中国大陸に限らず中華圏の地下金融の世界では決して常識はずれな数字ではなかった。
「数年前まで、中国では個人が銀行からお金を借りるということはありませんでした。現在も制度としてはありますが、現実にはあまり機能していません。しかし、人間の社会である以上は、個人のお金の貸し借りが存在しないはずはありません。この個人の資金需要にずっと応えてきたのは標会(頼母子講たのもし)のような民間金融の存在でした。中国で言う”民間”とは、すなわち”非正規”な金融を意味しています。つまり”地下経済”のことなのです」
08年2月、中国で初めてスタンダードチャータード銀行(アジア・アフリカを中心に展開する英系のインターナショナルバンクで、かつて香港の紙幣発行券を持っていた)が個人に対する無担保融資を行うと発表したことをメディアは一斉に伝えた。20万元を上限に年利は7.9%~9.9%というないようだったが、このことが日本で言う「サラ金」のような市場が、少なくとも中国にはこれまで表向きなかったことを意味している。そして実体としてこの市場を裏で担っていたものこそが、地下金融だったのだ。
公務員試験の人気倍率で見たとき、ここ数年常に「税務」がトップの地位を占め、「税関」がそれに続くのは、まさに職務上の権限の大きさに加えて、その裏で見込まれる収入への期待値が反映された結果だろう。事実、2010年度の公務員試験の人気倍率では税務や税関は最大で4700倍にもなっている。このように表と裏は常に一定の影響を与え合いながら中国の大地で共存している以上、地下経済は中国社会の重要な構成要素と言えよう。最も地下経済と距離があるはずの官僚機構でさえ、その収入には「灰色」や、時には「黒色」の収入が組み込まれているという現実を知れば、それはもはや「つながりがある」という程度の関係ではない。
改革開放政策に中国が踏み出して以降、90年代を通じてこの国の経済発展を支えてきたのは非国営の民営経済だった。官民のGDP比率で、民間が国営を上回っていく過程において、民間企業を資金面でサポートしたのは、表の銀行ではなく地下金融だったことは明らかだろう。もはや中国における地下経済は、「地下」という言葉の響きにある日陰の存在ではない。地下経済と呼ぶのは正確ではない。むしろ中国”第二経済”というべきではないか。「中国ではエネルギー政策は重要な国家戦略に位置づけられていますが、実は中国の炭鉱業界を金融面で支えているのは地下金融なのです。さらにいま地方では、老朽化した設備の破壊が進む火力発電所にも、非合法の企業は少なくなかった。これもある意味”地下経済”の産物です。さらに誰もが知っている巨大プロジェクトという意味では、有名な杭州湾跨海大橋がそれに当ります。海をまたぐ橋としては世界一の長さを誇る橋ですが、その総投資額の1/12は地下経済から流れ込んだ資金だということは主要な経済官僚ならたいてい知っている話です。
「表のGDPの半分」
地下経済の実態を知ることは、実は簡単ではない。その最大の理由は、そもそも国が強い関心を示し、実態調査に乗り出すことは稀だという事情がある。試しに日本の「地下経済の規模」について、財務省と内閣府に問い合わせてみたが、やはり答えはどちらも「把握していない」「数字がない」というものだった。この問題に詳しい現役の経済官僚と北京で会った。その際に、事前にこんなアドバイスを受けた。「彼の前では『地下経済』とか『地下金融』という言葉は避けたほうが良い。『民間金融』というんだ。こちらの世界では『民間金融』といえば、すなわち地下経済のことだからな」
「中国の民間金融の規模はどのくらいあるのか?」と率直に訊ねてみると、彼は意外にも、
「それは地下経済の規模って言う意味か? 少なくとも、表のGDPの半分近い数字だ」と迷いもなく答えたのだった。08年の中国のGDPは約30兆元とされていたので、その半分と言えば、日本円に換算して200兆円もの規模だ。この数字が正しければ中国の本当の経済規模は日本の1.5倍になる。
中国の地下経済 (文春新書) 富坂 聰 文藝春秋 2010-09 |
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