2013年12月にバンクオブアメリカ・メリルリンチはビットコインに関するレポート(以下BAレポート)を公表した。ビットコインの経済価値についての定量的な分析なので、興味深い。同レポートはビットコインがeコマースで約1割の比重を持つ決済手段になり、国際送金産業において主要な役割を果たすようになるだろうとしている。そして1BTC(ビットコインの単位)=1300ドル程度がフェアバリューであろうとしている。
BAレポートはつぎの3つの分野について分析を行っている。eコマースにおける決済、国際送金、そして価値保存手段だ。
第一のeコマースについては50億ドルのビットコインが必要と推計する。その根拠は次のとおりだ。2012年のアメリカのB2C eコマース売上高は2240億ドルであった。他方で12年の個人消費総額は11兆ドルであり、世帯の預金及び現金の合計は0.7兆ドルであった。後者を前者で割った値は0.06だ(BAレポートはこれを「貨幣の流通速度」と言っているがこれは誤りだ。この値は流通速度の逆数であり「マーシャルのK」と呼ばれる)。過去10年間の平均値は0.04だ。つまり1ドルの年間個人消費のために4セントのマネーを保有していることになる。eコマースの流通速度が通常取引と同じだとすると、100億ドルのマネーが必要になる。このうち10%がビットコインになれば、10億ドル相当のビットコインが必要だ。世界経済におけるアメリカ経済のシェアが約2割であることを考慮すれば、全世界での必要額は50億ドルと推計される。
第二は、国際送金におけるビットコインの価値だ。現在、国際送金業務を行っている企業としては、ウエスタンユニオン、マネーグラム、ユーロネットが大手で20%のシェアを占めている。これら三社の株式時価総額の平均は45億ドルだ。ビットこいがこれら三社の平均と同程度の役割を果たすようになると考えればその価値は45億ドル程度になると考えられる。
第三は、価値保存手段としての価値だ。ビットコインが銀と同様の評価を得られるとするとその市場価値は50億ドルに達する可能性がある。
これらを合わせると、約150億ドルになる。ビットコインの発行総額と比較すると、1BTCの市場価値は1300程度と評価される。以上の推計に関してはいくつかの技術的な点を指摘しうる。
第一に、eコマースのための必要額について。ここで用いられている値を流通速度に換算すれば25程度になるが、この値は高すぎるのではないだろうか? 流通速度は分子と分母にどのような変数を持ってくるかで値はかなり変わる。日本の場合、経済全体の貨幣残高としてM2(現金通貨+国内銀行等に預けられた預金)、売上高として法人企業の総売上高を取ると、最近時点での流通速度は1.6程度である。仮に流通速度が2であるとすれば必要額は推計の約10倍となり、500億ドル程度となる。またeコマースの約10%がビットコインで決済されるとしているが、この仮定に格別の根拠はない。別の値を想定すれば結果は大きく変わる。
第二に、国際送金業務の価値について、「ビットコインの価値が三社の時価総額の平均になる」というのも確たる根拠はない。ウエスタンユニオンの時価総額は90億ドルだからそれと同じになるとすれば90億ドルになる。また現在の国際送金業者の扱いを全て代替してしまえば、ビットコインの価値はずっと大きくなる。
ブロックチェーンを用いる仕組みとして、ビットコインは唯一の者ではないことにも注意が必要だ。すでに類似コインが200以上登場している。したがってビットコインの供給量が一定限度に抑えられるといっても全体のコインの供給量が一定になるわけではない。また、インターネット上の通貨が直ちにすべてを代替してしまうわけでもない。多数のコインが出てきたときに均衡がどうなるか。政府は介入すべきか。するならどのようにすべきか。これらは、経済学のテーマとして極めて興味深いものがある。
ビットコインの送金コストはどの程度か
0.01BTC以上の取引は無料。最近では1BTC=460ドル程度。したがって、5ドル程度以上の取引なら無料になるわけだ。それ以下の取引の手数料は場合によって違うが、典型的な場合は0.0001BTC程度、これは0.5セント程度だ。つまり5円程度である。なお、ドルなどの現実通貨と両替する場合には、そのコストがかかる。どの程度かは両替所によって異なるが、普通は1%程度のようだ。ビットコインにおいてもきわめて小額の取引の手数料は一定率以下に引き下げられない、という事情がある。なぜなら、細かい取引が増えてしまうと、ブロックチェーンに負担がかかって、全体の取引が滞ってしまう危険があるからだ。
以上で見た「コスト」は実は表面的なものだ。なぜならブロックチェーンを維持するにはマイニングが必要であり、それには電力コストがかかっているからだ。そのコストはなんらかの形で利用者が負担している。経済的に有益なサービスはタダでは提供できない。それはビットコインの場合も同じなのである。問題は、そのコストが従来の送金手段に比べて低くなるかどうかだ。マイニングに成功したコンピュータは、1回25BTCの報酬を得る。これは利用者負担になっている。それは具体的にどの程度であろうか? UBSはコストは4%程度であるとし、「クレジットカードが1~3%程度であるのに比較して決して低くない」としている。これは取引手数料と採掘されたビットコインの合計を取引額で割った値である。したがって取引量が増えれば、コストは低下する。現在はまだ利用者が少ないのでコストが高いが、将来は低下する可能性が高い。
ブロックチェーン革命は認めるけど、現時点でビットコインを利用する理由はないな。コストが4%とはちょっとありえん。私の場合、先進国通貨同士の両替+送金はベーシスオーダーだw
日本ではビットコインはほとんど使われていない。これは以下のようなデータを見ても確かめられる。既に述べたように、ビットコインを受け付ける現実店舗は全世界で約4000ある。しかし、日本ではわずか26だ。これは韓国の32や台湾の30よりも少ない。アメリカ1602の1.6%でしかない。両替される通貨で見ても日本円の比率はきわめて低い。2014年5月での全体の中でのウエイトは米ドルが85%、人民元が7%、ユーロが5%だ(bitconincharts,Exchange volume distribution)。この他に英ポンド、香港ドル、ポーランドズロチなどがあるが日本円はこの統計に出てこない。
まぁ、そりゃそうだ。日本円が国際通貨として今一つ、すなわち外国人による日本円の利用がほとんどないこと、だから日本円は日本人利用なのだが、その利用者たる日本人が円信奉者でドルの保有さえ、「為替リスク」と思い込んでいるからだw 同様の理由で、米ドル利用が多いのは、おそらくアメリカ人が使っているというより、自国通貨が信用できない、あるいはドルにペッグしていて存在しないも同然の国家の国民が、世界には多数居るので、ネットの買い物ならそれでやっちゃおうという、基軸通貨特権によるものと思われる。
仮想通貨革命—ビットコインは始まりにすぎない 野口 悠紀雄 ダイヤモンド社 2014-06-06 |
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