私は21歳でオリンパス傘下のキーメッド社に入社して以来、オリンパスに30年の歳月を捧げ、思いがけなくもその社長となりました。当時、日本の有名企業では、日産のカルロス・ゴーン、ソニーのハワード・ストリンガー、日本板硝子のクレイグ・ネイラーらの外国人トップが活躍していましたが、私とこの3人には明確な違いがあります。彼らがそれぞれの事情で外部から社長になったのに対して、私は「生え抜き」の「サラリーマン」社長でした。私は会社に長年の忠誠を尽くし、世界の同僚たちと協力して身を粉にして働き、海外の販売会社、地域統括法人で利益を上げ、そして、2011年4月、オリンパス・グループを率いる社長になったのです。妻子をイギリスに残し、代々木公園近くの渋谷のマンションに単身赴任して、日本の優秀な「ものづくり」企業であるオリンパスの改革を前進させる使命を全うするつもりでした。
2011年10月13日、解任の前日、私はオリンパスのCEOとして東北を訪れていました。東日本大震災でボランティアをする社員たちを励ますためです。朝9時、臨時取締役会開始の時刻になりました。オリンパスの取締役会は、時間厳守の日本の文化の習いで、指定された時間には会議室に全員が揃っているのが通例でした。そしておおむね定刻通りに終わるのです。その日の出席予定者は取締役13名、通訳者2名、秘書室の記録役が1名でした。しかし肝心な人物が一人欠けています。この会議を招集した当の本人、会長の菊川です。こんな日に遅刻なんて、と私は苛立ちを覚えました。9時2分、左隣に座る副社長の森と目が合いました。いつもの無表情で、その顔からは何の感情も読み取れません。私はわざと大袈裟に時計を見て、眉を上げました。菊川さんはまだですか? 森は身を乗り出し、私の無言の問いかけを無視して英語でこう聞いてきました。
「マイケル、東北はどうでした? 色々と感じるところがあったでしょう?」
東北の荒廃した光景がまだ生々しく記憶に残っていました。ボランティアたちのすがすがしい姿勢と比べて、場を取り繕うような彼の質問は本当に下卑たものに感じられました。腹の底から怒りがこみ上げてきました。
「ふざけるな!あなたたちの腹はわかってる。さっさと始めてくれ」
私が会議の目的を理解していると悟り、森は慌てて上司を探しにいきました。9時7分、小走りの森を従えて、ついに光沢のある青いスーツを着た菊川が登場しました。彼は取締役たちに会釈をすると、不安そうな様子でネクタイをいじりました。そのネクタイは、彼がしばらく前に買った3本セットの一つで、帝国ホテルの高級ブティックで1本500ドルもしたと自慢していたものです。彼の革靴はぴかぴかと輝いていました。
「本日の取締役は過去のM&A活動についての懸念を話し合う予定でしたが、その議題はキャンセルされました。代わりに二つの動議があります。最初の動議は、ウッドフォード氏の社長、CEOおよび代表取締役からの解任の提案です。ウッドフォード氏には一切の発言を許可しません。なぜなら審議の結果に利害関係があるからです」
菊川が決を採り、私以外の取締役12人が一斉に挙手をしました。秘書室の記録役が挙手した役員の名前を書き留めながら、会議室を一回りしていきます。それはまるで喜劇のようでした。議論も無いのです。ただ黙従あるのみでした。不思議なことに私は笑い出したくなりました。あまりに非現実な出来事でした。私の同僚たち-その中には二十数年来の知人も居ます-は会社の利益をとるべき立場にありながら、会社の不利益を全員一致で支持したのです。それだけではありません。彼らは不正の証拠をすでに見ていたのです。つまり、法的責任を問われかねない立場にいたのです。
「二つ目の動議です。ウッドフォード氏をアメリカとヨーロッパを含む、すべてのオリンパスの海外法人のCEOおよび会長の職から解任し、それらの職を森久志氏が引き継ぐことを提案します」 再び取締役全員が何も言わずに挙手しました。秘書室の人間が道化のように記録を取ってまわり、取締役会は閉会となりました。時刻は9:15、開始から8分しか経っていませんでした。
逃げるんだ、ここから出なくては。私の直感はそう告げていました。自分のオフィスに戻り、金庫の中から印鑑と三井住友銀行の預金通帳を取り出しました。特に日本語の印鑑には触れられたくありませんでした。不正行為が行われていたのですから、関係者が偽造文書をでっち上げる可能性があると思ったのです。人の気配に振り向くと、開け放していたドアから、取締役のひとり川又洋伸が秘書室長の無口な男性を連れて入ってきました。川又はなぜか笑顔でした。日本人は決まりの悪いときに微笑むものだとは知っていますが、彼の笑いはそのような微笑とは違いました。彼は楽しんでいるようでした。「会社の携帯を返してください」 川又の無礼な言葉に怒りが込み上げてきました。私はCEOや社長ではなくなりましたが、依然、取締役の地位にありました。日本の会社法では株主だけが取締役を解任できることになっているのです。「サムスンのギャラクシーは返すけど、データは消去してある。iPhoneは英国法人から支給されているものだから、返さない。妻が心配するといけないから。意味はこれも取りあげるつもりか?君は警察官か?」
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