中国株式会社幻想
上場企業の大半は国が保有する株式の3割前後を市場に放出する。国有企業とは本来は党・政府官僚の利権・経済統制の手段であると同時に、従業員とその家族や地域共同体の生活単位だった。上場すれば一般株主の利益を考慮しなければならない。企業家精神が必要だが、そうはいかない。92年から93年にかけて、株式市場制度をひとまず整えた。株式は所有主大別に分類した。一般投資家向けに公募される「A株」、外国人投資家向けに国内または海外で公募する株式で国内市場に上場するのを「B株」、香港市場上場を「H株」、ニューヨーク市場上場を「N株」、ロンドン市場を「L株」、シンガポール上場を「S株」と呼ぶ。これら上場、流通する株式のほかに、政府や政府機関が保有する「国有株」、国有企業と国有企業関連企業が持ち合う「法人株」の2種類の株式に分類した。国有株と法人株は株式市場で売買しない「非流通株」である。
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2001年末時点で非流通株は株式発行高の6割以上で、実際に流通するのは1/3どまりである。しかも会計基準、投資家向け情報開示、配当・割り当て増資などの条件が所有者によって区別されている。政府は株式を売り出す当事者であり、保有者であり、さらに市場を監視・監督する。国有企業自身も政府の一部なのだから、いわばオーナーがプレーヤーと監督を兼ね、それをチェックする者はいない。実態はインサイダー情報を全て保有する政府及び政府機関であり、国有企業の支配者でもあり、その幹部である党員である。共産党員が会社を所有し経営権を握っている。市場そのもの淘汰機能はゆがむ。駄目な株は売られ、優良な株は買われるが、インサイダーである政府がプレー、監督するのだからインサイダー取引は避けられないし、流通株は限られているから投機対象になりやすく、誤った情報や根拠の無い憶測だけで株価が大きく変動する。所管官庁の幹部党員は資源や人事を握っており、企業のボスである。企業の上場は総額や社数が限定されているので、許可が要る。限られた上場枠をめぐって、ボス同士が競争し、上場基準を満たすために粉飾する「包装」上場が後を絶たない。2000年4月からは上場枠の割り当て制は撤廃されたが、「包装」かどうかをチェックするのは投資家にとって至難の業である。規制当局が時価発行増資適確基準として、ROE10%以上にするとたちまち上場国有企業は一斉に10%をぎりぎり上回る利益を出すような事態が起きる。
上場企業はいわばショーウインドーの商品のようなものである。ボスである党幹部兼中央政府機関や地方政府幹部立会いの下に、国有企業を持ち株会社と子会社に切り分ける。赤字部門や非成長部門だけを切り離し、資産を過大に評価し、子会社間で債務と資産を交換し、収益性の高い資産を集中する「資産注入」方式をとった会社を上場する。これは政府・党幹部だけに責任があるわけではない。海外上場株の場合、唯一の評価機関になるはずのアメリカ系を中心とする大手会計事務所のコンサルティングと、上場のテクニックを教える投資銀行が上場時に入る莫大な手数料目当てに、国有企業に群がるのである。大手会計事務所の始動で作成された英文の見事な財務報告書によると、役員会が英語で行われ、社外役員もいるなど、一見するとまぶしいが、その親会社の工場は不採算部門の合理化に反対する労働者のデモに囲まれている。上場企業といっても、帳簿上、資産が移管されただけで、実際の資産っは同じ工場や生産拠点にある。従業員にとって見れば、なぜ収益が上がるぴかぴかの兄弟企業と同じ身内で同じ敷地で働きながらクビを切られるのか、理解できないのだろう。
会社法はもちろんある。株式会社組織は取締役会である「董事会」、監査役会である「監事会」、経営実務を執行する社長である「総経理」の三頭立てになっているが、多くの国有企業は企業内共産党委員会の党書記が会長(董事長)、総経理を兼務してきた。政府首脳はさすがに2002年あたりから国有企業での党書記と会長の兼務の禁止を打ち出したが、会社人事など実験を握っているのは党書記であることに変わりはない。大株主とは政府であり、実権は企業ごとに利害を持つ特定の党幹部である。監査役会はつまるところ、経営首脳と同じく株主=党=政府の代行機関なのだから、監視役として機能しないのは当然である。経営者である董事長や総経理は、経営責任を取らされるケースはめったにない。経営者とて経営不振や投機の失敗は見過ごされる半面で、個人的には社用を名目に会社の費用をふんだんに使える。個人リスクゼロでギャンブルまがいの投資や投機に走りやすくなる。儲かれば役得も増える。
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99年9月の共産党第4回中央全体会議では国有企業の流通株式比率の増大を打ち出した。市場から資金を吸い上げて、国有企業の財務体質改善や国有企業が負担してきた社会保障基金補填のための財政資金に当てる。同時に、流通株を増やして市場の活性化を狙った。「国有株の減持」と言って、株主の一極集中を是正し、国有持ち株を市場に放出して上場株式のうち国有株の比率を5割以下にし、将来は2,3割まで下げる。広範囲な株主の圧力を通じて上場企業のコーポレート・ガバナンスを改善する。しかし、この政策が発表された途端に株価が暴落し、休場にまで追い込まれた。2001年に中国石油化学など超大型国有企業の新規株式発行や増資を行った際に、市場では大量に国有株式が流れ込むとパニックに陥り、株価は急落した。2002年6月には国有株放出を完全に停止すると発表して、市場の動揺をやっとおさめた。
投機的な株式市場の改革のために98年12月、全人代常任委員会で「証券法」を可決した。アメリカ基準を採用し、銀行業と証券業の分離、銀行借り入れによる株式取引の禁止、国有企業による株式の売買や株の貸し借りの禁止などである。証券監視委員会(CSRC)はディスクロージャー規制を整備した。国際会計基準に準じた会計基準、監督・監視体制罰則の強化など、99年以降に政府の手で法体系が整っていた。CSRCは毎年数百件の不正を摘発している。アメリカは厳しい罰則をかけて見せしめにしており、中国の場合もそれに習ったわけである。国際会計基準に沿ったのは、ニューヨーク市場に上場して国際的に認められた一流企業の栄誉を手にできるからである。ディスクロージャーはまだ不十分と見る専門家も多いが、例えば売掛金や未払い金の明細を明らかにして利益粉飾の疑いに対応するようにした。もちろん、架空取引、連結対象にならない別会社を作ってそこに投機をやらせるなど粉飾のやり方は多様で、会計専門家も見分けられないのは万国共通である。中国の場合、そもそも資産注入方式で上場企業を設立し、不良資産を大量に抱えたボロボロの親がいる。とにかくその子、特に香港やニューヨークに上場するのは国際基準を満たし、最高のファッションで身を包んだ貴公子になろうとする
2000年にニューヨーク、香港市場にIPOした国有企業のペトロチャイナの石油生産量は日量213万バレル(2003年上期)の準メジャー(国際石油資本)級である。会計監査を世界四大会計事務所の一角であるプライスウォーターハウスが、上場幹事はゴールドマン・サックスが、経営改革にはマッキンゼーとドイツ銀行が、企業買収・合併はJPモルガンが担当した。外国人を含む社外取締役制度を導入し、英語で取締役会を開くという触れ込みで上場した。ストック・オプションを導入したほか、管理職の給与は株価と業績に連動させている。アメリカ会計基準に基づいて情報を開示し、半期ごとにインターネットでも英文で事業報告を発表している。同社上場を可能にしたのは、例によって「資産注入」方式である。親会社の中国石油天然ガス集団公司(CNPC)から大慶油田などの全国13箇所の油ガス田、15ヶ所の精製所、21の販売会社など中国国内の収益資産と従業員48万人を受け継いだ。親会社のCNPCの非上場部門には不良資産の大半と従業員150万人が引き継がれた。上場後、ペトロチャイナは52,300人削減したのに対して、非上場部門は25万人減らした。株式上場して公開されたのは全発行株式のうち10%で、90%はCNPCが保有している。つまり、見かけはアメリカ型の株式会社だが実体は国有企業である。CNPCの合理化、不採算部門切捨てては続き、殺人事件が起きるなど労働争議が頻発しているが、ペトロ・チャイナはそのトラブルから遮断され、外国の投資家の目には順風満帆の優良企業に映る。
この資産注入方式は97年7月の香港返還前に、国有企業が米欧系投資銀行やコンサルタント、会計事務所の入れ知恵で乱発した。上場駅は中国本土に還流せずに、香港の不動産や株買いに回り、香港株式のバブルの一因となり、返還後に暴落した。投資家の目をくらませる意味での資産注入は、別会社を仕立てて会計を不正に操作する「特別目的法人」方式に通じる面もある。アメリカ市場制度を根幹から揺るがしたエンロン・ワールドコムなどが駆使した手法で、アメリカ企業では禁じ手に近い。四大会計事務所にとっては中国はまた別世界なのだろう。ペトロ・チャイナだけでなく、資産注入は一般化している。今度は国有銀行のニューヨーク上場、香港上場にも適用される。日本でも負債の大半を国鉄清算事業団に移管して、きれいな身体で民営化、上場したJRもいわば同じ手法だが、中国ではこの禁じ手がアメリカ系会計事務所、証券会社の手で実行され、不採算の国有企業がまるで魔法をかけられたシンデレラのように美しいお姫様に変わる。会計基準はこの魔法の杖であり、使い手があるからこそ効力が出る。アメリカの会計事務所や投資銀行は魔法使いである。魔法使い達は国際会計基準という杖を駆使して、魅力ある潜在的な資本主義大国を選んだのである。
【個別株外国株】
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