94年12月、拓銀に再び激震が走る。大蔵省から「決算承認銀行」の指定を言い渡されたのである。決算承認銀行は経営に問題があり、当局の強い管理が必要と判断される金融機関に対して同省が指定する。過去には住友銀行に吸収された旧平和相銀、地上げ業者への過剰融資が問題となった旧第一相互銀行などが指定を受けた。この事実は顧客や株主はもちろん、行内でも首脳ら10人前後以外は誰も知らない事実として長く伏せられた。95年、拓銀は住友銀行と供に都銀として戦後初の赤字に転落する。その夏、米国の大手格付機関ムーディーズは拓銀を最低のEランクとした。当局から、そして市場から、拓銀に対して次々に下された事実上の脳死判定。破綻へのカウントダウンが始まろうとしていた。
拓銀は国内初の都銀破綻となっただけに、その破綻処理の多くは手探りで進められることになった。しかも営業を引き継ぐことになった北洋銀行は、合併交渉などでそれなりに準備が整っていた道銀とは違い、ほとんど何の心構えもできていなかった。とりわけ大きな問題になったのが拓銀の債券引継ぎだった。受け皿銀行は通常、返済が焦げ付く可能性がほとんど無い正常債権だけを破綻銀行から簿価で買い取り、不良債権は預金保険機構の下部組織である整理回収銀行が時価で買い取る。受け皿銀行は自行の経営にプラスになる健全な債権だけを自由に選択して引き継ぐ権利が与えられていたわけだ。唯一の例外に、破綻した旧兵庫銀行の受け皿銀行として第2分類まで引き継いだみどり銀行がある。しかし同行は第2分類債権の資産劣化によりわずか2年余りで再び経営が行き詰ってしまった。北洋銀行も営業譲渡を引き受けた時点で、大蔵省から「正常債権しか受けない。受けるか否か北洋銀行が判断する」という”約束”を取り付けてはいたが、拓銀債権を精査していくと「回収に懸念がある第2分類債権をまったく引き受けなければ北海道経済への打撃は計り知れない」ことがすぐにわかった。かといって第2分類を簿価で引き受けてしまえば、北洋銀行の財務内容は一気に悪化する。このジレンマを解決するには、第2分類を帳簿上の価格ではなく、もっと価格の低い時価で買い取る方法しかなかった。しかし日本ではまだ一般化していない時価譲渡を実現するには周到な理論武装が必要だった。同行はすぐさま、97年の年末から年始にかけて公認会計士を米国に派遣し実情に調査し、さらにこの分野に詳しい日本債権信用銀行に時価の算出を依頼した。
北洋銀行は「国際的な潮流にあった会計基準を採用し、将来的な回収可能性を厳密に考慮すべきだ」との理由から割引現在価値法という新しい会計基準の適用を要請した。割引現在価値法は将来の貸し倒れ発生率や債権放棄などマイナス面を考慮した現金収入の見積額を、貸付金の実行金利で現在に割り返して算定する。不動産担保についても土地や建物を利用した事業が将来生み出す純利益を基準にして再評価するので、従来の手法に比べ債権の正確な価値を割り出せるといわれている。これに対し、大蔵省は「あくまでも整理回収銀行の時価買い取りと同じ条件。割引率は最大でも10%程度」と国内の会計基準を固守する姿勢をなかなか崩さなかった。当初5月下旬までに取引先に引継ぎ判断を通知する予定が、大幅にずれ込むことになった。タイミングの悪いことに3月ごろから大蔵省の過剰接待問題の処理や、金融監督庁の発足(6月)準備、大幅な人事異動などが重なった。北洋銀行にとって交渉相手すらはっきりしない状況が続いた。
「おばあちゃんが泣きながら座り込んじゃいました。どう対応すれば良いでしょうか。」 支店からかかってきた電話の悲鳴のような声に、本店の幹部は「しまった」と思わず唇をかんだ。拓銀の経営破綻が正式に発表された11月17日。預金者対応マニュアルを全支店に配布するなど、取り付け騒ぎを回避する準備は万全のはずだった。しかしその老人は預金者ではなく、抵当証券の保有者だった。抵当証券は、拓銀の関連ノンバンクのたくぎん抵当証券が発行し、拓銀行員も顧客に購入斡旋した商品だったが、抵当証券は預金保険法による保護の対象にはなっていなかった。たくぎん抵当証券の負債総額は5391億円に上った。1981年の北炭夕張炭鉱の721億円を大きく上回り北海道史上最大、全国でも過去6番目(いずれも当時)の大型倒産となった。たくぎん抵当証券は84年に設立された。最盛期の92年には融資残高を5281億円まで拡大した。ところがバブルが崩壊すると、主な融資先だった不動産業者の業績低迷に伴い、収益が急速に悪化し、貸出額3438億円(97年12月現在)の8割が不良債権化した。拓銀が追加融資や債権の一部放棄などで支援してきたが、2052億円の債務超過に陥り、もはや手の施しようの無い状態だった。破産真性を報告する記者会見はいたってお粗末だった。「5391億円」と発表した負債総額を会見後の同日夜になって「2673億円」と訂正し、さらに深夜になって「3673億円」と再訂正。翌日になって「やはり5391億円が正しかった」と、計3度も訂正する金融のプロとして考えられない失態を演じた。客からの解約の申し出や問い合わせが殺到する中で起こった勘違いで、拓銀の経営破綻による混乱ぶりを象徴した出来事だった。
たくぎん抵当証券の被害者
金融商品としての抵当証券の売買の仕組みは、まず抵当証券会社は土地や建物など不動産を担保に主に事業者に対して設備資金などの融資を行い、その際、不動産に抵当権を設定する。同時に法務局に抵当証券の交付を申請し、認められるとそれと50万円、また100万円など小口に分割して一般購入者に販売する。法務局から交付された抵当証券は実際には財団法人抵当証券保管機構が保管し、購入者には預り証(モーゲージ証書)が交付される。つまり、抵当証券会社が行った事業者への不動産融資を、一般購入者が利息を売る代わりに資金を出し合って立て替え返済しているような構図である。抵当証券会社は事業者に対する融資の貸出金利と、一般購入者への支払い金利の利ざやで儲けを売る。抵当証券会社が存続する限り、たとえ事業者に対する融資に貸し倒れが発生しても一般購入者遺体しては会社が元利の支払いを保障するが、会社が経営破綻して支払い能力がなくなれば、その保証はなくなる。もちろん預金保険対象にもならない。約6500人の購入者から総額約261億円の資金を集めていた。
【金と金融の意義】
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2012.05.08|銀行の戦略転換 1/2 ~メインバンクは劣後ローン
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