通貨革命の影響は、通貨にとどまらない。その中核であるブロックチェーン技術は、より広範な応用範囲を持ち、さまざまな経済取引に拡張可能だからだ。金融資産の取引が今はない分散市場に移行する。新しい資産が作り出されて所有権の概念が変わる。経営者がロボットに置き換えられた企業が登場することさえありうる。一方で優れたアイディアを持つ人は直ちに事業資金を調達して事業を現実化できるので社会の進歩は加速されるだろう。顔が見えないサイバー空間においてかつての地域共同社会にあったような信頼関係を確立できるとの主張もある。そして人々が自由意志で参加する世界政府が作られ、地球規模での直接民主制を実現できるというのだ。これらは現段階では構想にすぎないが、根拠のない妄想ではなく、実現への道筋が示された可能性として語られているものだ。本書の副題を「ビットコインは始まりにすぎない」としたのは、こうした意味だ。

後に野口さんも述べているが、野口さんもビットコインに投資すべきか否かを問うているのではない。もっと言えば私もそうだが、先行者利益が上がるとも限らないという否定的な意見も述べている。IT革命の時、現在のアップルやグーグルを想像できたか? 当時注目されていた企業群、ネットスケープ・AOL、サンマイクロシステムズ、ノキア・・・、こいつら全部回避して現在生き残っている優良企業だけを選定できたかね? 大きな時代の変化の片鱗として見ておくべきだという見解はごもっともである。ビットコインと表題で謳ってしまっているので、この本ではビットコイン・ビットコインと連呼しているが、ビットコインと言わず新ネットワーク電子通貨と読み替えれば恣意性が無くなるだろう。
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今世界ではどの国も一つだけの通貨を持ち、法廷貨幣の発行権は国と中央銀行が独占している。人々はこの制度が唯一の者だと考えているが、ハイエクは、この制度のために財政膨張がもたらされ、また景気変動が起きるとした。そして、貨幣発行における政府の独占を排し、銀行が独自の貨幣を発行する制度を提唱した。ここでは中央銀行は存在せず、各銀行が自ら発行する貨幣の量を調整する。それらの間で競争が起こり、優れた貨幣が生き残る。

1913年までのアメリカを思い起こす限りはハイエクの考えには懐疑的だ。FRBあえて連邦準備銀行と訳すが、その設立前は各州が勝手に通貨発行していた。その結果、圧倒的な資本力を持ったのがジョン・ピアモント・モルガンをはじめとするロック・フェラーやカーネギーで、国家の根幹たる民主主義をも脅かすほどの巨大資本と独占だったはずだ。FRB設立により、モルガン家の通貨発行権を剥奪し、スタンダードオイルは反トラスト法(独占禁止法)で解体された。
中央集権と地方分権は相反する考えとして、一般的だと思うが、私の考えでは資本主義(集中)と民主主義(分散)もまた集中と分散というバランスの中では相反する思想だと捉えている。野口さんが仰っている通り「時代の偉大な循環」という観点では集中と分散を繰り返しながら人類は発展してきたので、IT化とグローバリゼーションは分散化の流れであることは確実だろう。
近代金融史的に見れば、2008年は境になると思うが、Beforeリーマンショックは、金融コングロマリットの形成(集中)であったのに対し、Afterリーマンショックでは、1931年のグラススティーガル法を思い起こさせる銀証分離が起こっている。集中と分散が周期的に発生する限りでは無いのがアメリカのすごいところで、金融コングロマリット化の最中でも、NYSEとNasdaqの台頭、ひいてはダークプール・PTS(私設取引所)の拡充、これらの存在を最良執行義務という法で担保し、分散化も同時に奨励している。東証・大証併合、金融緩和にGPIF、国家に集中の方向でしか話題が無い日本市場は全国有化の道を歩んでいると主張する私の見解もあながち否定できないだろう?

2014年の2月末、ビットコインの私設取引所であるマウントゴックス(Mt.Gox)が取引を停止した。多くのマスメディアはこれをビットコインの取引そのものが停止されたかのように報じた。「取引停止」「ビットコインの脆弱性露呈」等々の見出しが誌面に躍った。しかし、崩壊したのはビットコインと通貨を交換する両替所に過ぎず、ビットコインそのものではなかった。例えて言えば、アメリカ旅行から帰ってきてドルの使い残しがあった。成田空港の両替所で円にしようとしたら、事故で閉鎖されていた。このことをもって「ドルは崩壊した」と言うようなものである。重要なのは「両替所はビットコインの維持システム(取引をブロックチェーンに記録し更新するシステム)の外にある」ということである。両替所はビットコインシステムの利用者であり、運営者では無い。だからマウントゴックスが破綻してもビットコインの運営そのものには影響が無い。いま、銀行強盗があって日銀券が盗み出されたとしよう。この場合、「銀行は広い意味での通貨制度の一部だから、日銀券の脆弱性が明らかになった」と言うだろうか? 普通はそうは言わない。ガードが甘かったのは被害にあった銀行である。日銀はそこまで責任は持ってない。ましてや個人が自宅で保管している日銀券の盗難までは到底責任持てない。「これは日銀券維持システムの外で起きた事件であり、日銀券の信用が失われたわけではない」と考えるのが普通だ。
「システムの中核部分で問題が生じる」とは日銀券の場合で言えば大量の偽札が流通した時である。こうなれば日銀券の信用が損なわれる。ビットコインの場合で言えば中核部分であるブロックチェーンが攻撃され、そこで問題が生じた時である。そうなればビットコインの信用が損なわれる。しかし、今回起きたのはそうしたことではない。マウントゴックスが破綻したとき、P2Pによるブロックチェーン更新作業は何ら支障なく続いていた。したがってビットコインの取引そのものはもちろん継続していた。これで明らかになったのは次の二つだ。第一はマウントゴックスのサイトがハッカーに十分な備えをしていなかったことだ。第二はハッカーがビットコインの価値を認めていたことである。ブロックチェーンを破壊してしまえばビットコインの価値はゼロになってしまうので経済的利益は得られない。誰も価値が無いものを盗もうとはしない。「盗まれるのは価値があるからだ」というのは、犯罪行為を分析する際の基本命題である。

ハハハ、さすが元大蔵官僚。戦後の日本において「泥棒がカネを盗んだ」というニュースを誰よりも喜んだのは、まんまとカネを盗んだ泥棒ではなく、通貨を発行している側の人間なのである。
【胴元・市場創生者】
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