郵便貯金の預入限度額は金融自由化への対応を理由に、なし崩し的に拡大され、1988年には300万円だったのが3年後の91年には1000万円になった。90年代に入るとバブル経済時代の行動やバブル崩壊後に相次いで発覚したスキャンダルなどから金融業界への不信が強まり、国民の資金は政府保証のある郵便や簡易保険に集中するようになる。2004年度末の郵貯残高は214兆円の巨額に達し、当事、最大の民間銀行であったみずほフィナンシャルグループの預金量80兆円の2.5倍を誇っていた。また簡保の総資産は121兆円で、日本生命・第一生命・住友生命・明治安田生命の大手生保4社の総資産の合計額に匹敵するものであった。
郵貯に預け入れられた国民の資金は2000年までは大蔵省の資金運用部に全額を預託する義務があった。預託期間は7年間で金利は10年物国債の利回りに0.2%程度が上乗せされた。
> これが西川頭取が「民間では絶対真似できない金融商品」と吠えたアメリカンスワップション付き10年固定利回り定期預金を、郵便局が提供できた理由である。
2008.04.30 定期預金は金利デリバティブ
2008.03.17 一族家における投資教育 ~貯金と金利
民営化された日本郵政では、運用ノウハウの確立と運用担当者の育成に苦労させられることになるのだが、いきさつを振り返れば、それも至極当然ことなのだった。郵貯は、市中よりも有利な金利で自動的に”運用”でき、資金を集めることだけに専念していればよかったのである。言うまでもなく、預託された資金は財政投融資などの資金となり、これがまた特殊法人のずさんな経営を生む一因にもなっていた。郵政事業は独立採算だったが、預託金には上乗せ金利が適用されたり、法人税や事業税、預金保険料が免除されたりするなどの「隠れた補助金」「見えない補助金」がたくさんあった。こうした「官業ゆえの特典」ともいうべき民間よりも有利な競争条件が市場を歪め、公的金融の肥大化を招いていた。簡保を合算すると郵貯は家計の金融資産1400兆円の1/4を占めるまでになっていた。財政投融資制度の改革により2001年度からは資金運用部への預託義務は廃止された。つまり全額を自主運用しなければならないのだが、郵貯は政府保証付であるのだからリスクの高い運用はできず、国債や地方債に偏重した運用がなされ、巨額の資金が官に流れる構図は全く変わらなかった。財政当局にすれば、巨大な買い手がいるのだから国債発行の規律も乱れがちになるのは当然だ。
ある商社の会長さんから聞いた話、1000万円を渋谷郵便局から引き出し、神田の某銀行の支店に送金しなければならない用事ができたという。郵便局と銀行間の決済ネットワークがつながっておらず、「近くの銀行に現金をお持ちになって、そこから送っていただくといいと思います」。渋谷の街中で1000万円を持ち歩くのは危険なことであり、そもそも郵便局から送金できないこと自体が理解できなかった。銀行に持ち込んだものの今度は不正なマネーロンダリングをチェックする入金ルールがあり、所定額以上の送金には厳しいチェックがある。
全銀システムと郵政のシステムがつながっていない根本的な問題は、大いに技術面にあった。銀行と郵貯では口座データのうちの「店番号」と「口座番号」の桁数が違い、それがネットワークとの接続を難しくしていたのだ。銀行がそれぞれ3桁と7桁であるのに対して、郵貯は5桁と8桁。全銀システムとつながるようにするために桁数を共通化する必要があった。民営化後に全銀システムとの接続が実現したが、これは全銀システム側が、郵貯の5桁と8桁を全銀側の3桁と7桁に”翻訳”して処理してくれたことで実現した。
ファミリー企業との関係を見直す
調達コストの削減と調達戦略一元化、顧客接点の一元化を徹底し、さらにグループの一体化により総合力を発揮していく上で、避けて通れない問題が、いわゆる「ファミリー企業」と呼ばれる関連会社との関係の見直しだった。その実態を知れば知るほど、実に手回しよく作ってあるものだと驚いた。たとえば「かんぽの宿」。かんぽの宿自身はいわば管理会社で、その周りに営繕や清掃の会社を作ってかんぽの宿から仕事を得ている。ユニフォームの調達でも郵政公社と民間事業者の間に挟まる形でファミリー企業があり、コストを膨らませる一因になっていた。とにかく年賀状の印刷にしてもハガキの作成にしても、切手にしても、郵貯や簡保の帳票類にしても、ゆうパックの箱にしても、調達規模が大きいだけにファミリー企業が介在するうまみがあるのだ。情報システムの構築でも緊密な関係にある会社が4社あった。このそれぞれに大手電機メーカーやシステム会社が出資していた。これらは事実上のトンネル会社で、開発の主導権を持っているわけではなかった。そこに何人かのOBが天下り、入札をするとその会社が応札するし、ベンダーが応札してもその会社を通して納入するので、どっちにしてもお金が落ちるような仕組みになっている。ATMを全郵便局に1台ずつ納入したとしても24,000台だり、こんな大規模な調達案件は無い。しかも特殊使用なのでコストが増えるのも当然と考えられていた。こうした関連会社との関係の見直しとコスト削減の連動は民営化したからできることだった。ただ、なかには財団法人など公益法人となっているものも多くあった。公益法人は主務大臣の認可を得て設立されている団体だから、私たちの手で解散したり廃止したりできるものではない。
第一次報告が公表されたのが8月7日のことだったが、この段階ですでに「郵政福祉」という財団法人との関係見直しについての検討結果が明らかにされていた。郵政福祉は郵政弘済会・郵政互助会・郵政福祉協会の3つが統合してできた公益法人で、職員の退職給付の3階建て部分の拠出金を、毎月の給与からの天引きで集めて運用していた。しかし、加入は任意で、加入率は84.6%であった。外部の任意団体に職員の旧都に関する情報を提供するのは個人情報保護の観点からも許されるべきことではない。報告を受けて日本郵政は、直ちに給与天引きを廃止した。そもそもこの団体は特定郵便局の局舎を約1500ほど所有し、公社が家賃を支払う形になっていた。賃料は結構高く、利回りにすると10%で回っていた。しかも財団法人は公益法人なので税金がかからない。その団体が局舎を郵政に貸し出して賃料を得、それを運用して職員の退職金に上乗せするという構造はどう考えてもおかしい。
もう1つ、大きな組織で財団法人「郵貯振興会」があった。ここはメルパルク(郵便貯金会館)の運営をやっている法人でメルパルクは全国に11箇所あり、コンサート会場や結婚式会場として利用されている。ここの経営形態も妙なものであった。メルパルクは「郵便貯金の周知徹底のための宣伝施設」と位置づけられていて、土地や建物は公社が所有しているものの、売上収入はすべて郵貯振興会に入る。賃料なし、税金なしなので利益率は高い。初めて説明を受けた時は、賃料も取らずによくやっているものだと驚き、呆れたが、周知徹底のための宣伝施設なので施設を所有していること自体が宣伝広告費として扱われている理屈にはあんぐりとしてしまった。郵政民営化法では2012年9月までに譲渡または廃止すべきとされている。
監査になっていない監査
コンプライアンスの確立も重要な問題だった。これは普通局も特定郵便局も共通の課題で、監査法人から「2人とか3人の少人数局のコンプライアンスをどう確保していくのですか」と聞かれたこともある。本社の監査だけでは、事務を委託している簡易局まで含めた約24,000の郵便局を精査するのは実質的に不可能だ。やはり、互いの協力関係をベースに、相互にチェックしあう体制を整えなければならない。そのためには支社の機能がどうあるべきかを考え直さなければならないとも思っていた。局長犯罪というのがある。件数も少なくない。一番驚いたのは秋田の郵便局での局長ケースだった。監査はまず金庫にある現金を確認する。現金有り高が帳簿有り高と合っているかどうか見るのである。というよりも、合っていると思われた。どういうことかというと、例えば日銀から届けられた5000万円分の新札は、100枚ずつの束にして50束を1つのまとまりとして袋に入れる。これを「本封」というのだが、監査は本封を破って現金を確認しなければならないのに、それをやらずに「5000万円を確認」としてしまう。実はその中に紙の束が入っていたのだ。その程度の監査しか行われてこなかった。監査といっても本当に形式的で、予告なしに抜き打ちで監査をするようなことは、よほどのケースで無い限りはなかった。
日本郵政グループは、簿価だけで約1兆4000億円という広大な土地を保有している。それらを活用するのは当然のことだ。その象徴となるのが東京、大阪、名古屋の3つの中央郵便局で、いずれも中央駅のそばの一等地にある。2008年6月には東京・丸の内にある東京中央郵便局、同年12月には大阪駅前の大阪中央郵便局、名古屋駅前の名古屋中央郵便局駅前分室の立て替えや周辺地域再開発構想を相次いで発表した。高層ビルを書くとする開発により収益性の高い土地利用を図り、郵便局会社の収益安定とユニバーサルサービスの実現を目指した新しいビジネスモデル作りを促す不動産開発計画となる。ほかにも麻布郵便局や三田のかんぽ生命保険東京サービスセンター、大手町のていパーク(逓信総合博物館)、国債郵便局跡地など大きな物件がたくさんある。郵便局会社が単独で再開発を進めることは難しいかもしれないが、いずれにしてもアドバイザーなどを得て効率的に活用できる余地が大きかった。しかし、これらの計画が、直接的でないとはいえ、私の辞任にまでつながる大騒動に発展しようとは、当時は思いも至らなかった。
自民党は郵政民営化に反対して党を離れ衆議院選挙で勝ち残った、いわゆる造反議員12人について、「郵政民営化を含めた安倍政権の公約実現に邁進する」という誓約書にサインすることを条件に復党を認めた。結局、平沼赳夫議員だけがサインを拒み、11人が復党した。選挙では民営化に賛成の表明こそしたものの、本音では民営化には反対だったという政治家が少なくなかった。そうした政治家たちの静かな鬱憤のようなものを背景に、露骨な政治の横槍が入ったのが2008年9月に発足した麻生太郎内閣で総務大臣に就任した鳩山邦夫氏による「かんぽの宿問題」と「東京中央郵便局再開発問題」であった。郵政民営化法では収益を目的としていない施設を引き継ぎ、経営不安の一因になることを防ぐために、本業とは関係が無い施設(かんぽの宿やメルパルクなど)は、民営化後5年以内に譲渡か廃止すると定められていた。早期の譲渡がが最も合理的であると考えた。かんぽの宿の事業譲渡も東京中央郵便局の再開発計画も福田内閣の増田寛也総務相時代に大筋で了承いただいていたものだった。しかし私の「政治音痴」で思わぬことになってしまった。
2009年1月6日に突然に「出来レース発言」が出てきた。この日、鳩山大臣は大分県日田にあるかんぽの宿に新聞記者を東京から大勢引き連れて現れた。日田のかんぽの宿は比較的新しく設備も豪華だった。その施設を舞台に大臣は、「こんな立派な国民の財産をオリックスに安値に譲渡しようとしている」と声を荒げたのである。後に施設の取得原価が総計2400億円であるのに譲渡価格が109億円であることが明らかになり、これによりビジネスの論理など全く無視した「オリックスグループへのただの安売り」という論調が一挙に広まった。
論点は4つ
まずなぜオリックス不動産なのか。かんぽの宿等を所有する新会社の競争入札で、オリックス不動産が最も高い買取価格を示したからである。この入札は第三者である証券会社にすべて任せてあった。最終段階では譲渡条件の一部見直しを行った上で、2社に最終買取価格の提示を求めたが、オリックス不動産以外のもう1社は価格を提示しなかった。2つ目がなぜ一括売却なのか、個別売却のほうが高く売れるのではないか、という店。私たちがかんぽの宿の譲渡先探しで最も心を配ったのが従業員の雇用の継続だった。かんぽの宿では約6400人の正社員と約2600人の非正規社員が働いていた。個別売却では高く売れる施設もあるかもしれないが、逆に売れないで雇用を維持できないケースも十分に考えられた。むしろ、そういう施設のほうが多かった。3つ目が土地と建物の取得で2400億円もかかった施設がなぜわずか109億円なのかという指摘だ。しかしこれほどビジネスの論理に無知な疑問は無い。4つ目がなぜ経済環境の芳しくない時に売却する必要があるのか、という指摘だ。かんぽの宿は年間40~50億円の赤字を出し続けており、抱えていればいるほど負担が大きくなるのは分かりきっている。
東京中央郵便局の再整備計画ではマスコミが無視した重要な問題があった。実は建物は、正面に向かって左側、線路側が都道に食い込んでおり、それを都に返還することで東京都の都市計画審議会の承認をいただいていた。審議会も建物の正面を保存して建て直すのが妥当だろうとしていた。ところが文化庁は正面と左側面を残さなければ文化財指定にならないという。左側面を残そうとすると、接地面から上を切って正面と一体にして奥に向かって曳き屋をしなければならない。その作業だけで六十数億円もの費用がかかるのだ。これは大きなビルを一棟建てられるほどのお金である。いったい、このお金は誰が用意して誰が回収していかなければならないと考えているのだろうか。
【日本の国家権力】
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2015.02.19 日本は世界5位の農業大国 嘘だらけの食糧自給率
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2012.05.28|眞説 光クラブ事件 3/3 ~国家権力との闘争
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2010.07.05: 警視庁ウラ金担当