農水省によれば「国内で供給される食料のうち、国産でどの程度賄えているか」を示す指標だという。これには重量や品目別、飼料ベースなど様々あるが、「食料・農業・農村基本法」によってその向上が定められている指標は二つ。「カロリーベース」と「生産額ベース」の自給率である。毎日のように連呼される「自給率41%」はカロリーベースの数字だ。これは国民1人一日あたりの国産供給カロリーを、一人一日あたりの全供給カロリーで割って算出する。
(国産+輸出)供給カロリー ÷ (国産+輸入-輸出)供給カロリー
ここで注意すべきは、分母となる供給カロリーは、我々が実際に摂取しているカロリーではないという点だ。厚生労働省の調査(2005年)による摂取カロリーは1904キロカロリー。これに対して流通に出回った食品の供給カロリーは2573キロカロリーもある。それではその差700キロカロリー弱、供給カロリーの1/4以上はどこに消えたのか。それは毎日大量に処分されるコンビニ食品工場での廃棄分や、ファストフード店、ファミリーレストラン、一般家庭での食べ残しなどである。誰にも胃袋にも納まらなかった食料、つまり誰にも供給されなかったカロリー分も、分母に入れて計算されているのだ。その量はと言えば1900万トン。日本の農産物輸入量5450万トンの1/3近く、世界の食糧援助量約600万トンの3倍以上に及ぶ。また過小評価される以前に、分子の国産供給カロリーには、全国に200万戸以上もある農産物をほとんど販売していない自給的な農家や副業的な農家、土地持ち非農家が生産する大量のコメや野菜は含まれていない。そう世帯の5%を占める自家消費だけでなく、多くはご近所、知人、親戚など何倍もの世帯へのおすそ分けに回っている。プロの農家が作る農産物でも、価格下落や規格外を理由に畑で廃棄されているものが2~3割はある。それも分子には含まれていない。
ご参考までに現在の農水省のページより、食料自給率の定義
http://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/011.html


国民が一般に自給率と理解しているのは、「健康に生活するのに必要な食料が、身近な国産でどれだけ賄えているか」ではないか。そこで厚労省が定める健康に適正な「食事摂取カロリー」を基準に自給率を試算してみた。年齢別・性別の適正基準に対し、その人口分布を厳密に当てはめてみると、国民一人一日当りの平均カロリーは1809キロカロリーとなる。国産供給カロリー1012キロカロリーをそれで割ると、自給率は56%にもなる。政府が定める2015年度目標の45%を軽々と超え、民主党が目指す50%さえ一気に突破している。これがいたずらに食料不安を抱かせず、常識的な理解に則した自給率の数字と言えるだろう。
また牛肉や豚肉、鶏卵、牛乳といった畜産酪農品の場合、実際に国内で飼育した牛豚鶏などであっても、飼料自給率(家畜が食べる国産飼料の割合)を乗じて計算される。つまり国産の餌を食べて育った家畜だけが自給率の対象になるのだ。そのため畜産物の実際のカロリーベースの自給率は68%だが、農水省の自給率計算では17%まで落ち込み、その数値が全体の自給率計算に用いられているのだ。
もう一つの食糧自給率の計算法
生産額ベースの食糧自給率66%は、他国と比べてどうなのかと農水省のホームページで調べてみたが、いくら探しても出てこなかった。膨大な計算を要する主要10カ国のカロリーベース自給率を50年近く公開しておいて、単純に数字が出せる生産額ベースを算出しないのはおかしいではないか。そこで計算式に数値をあてはめ独自に数字をはじき出してみた。すると驚くことなかれ、日本の66%は主要先進国の中で3位である。さらに農業生産額に占める国内販売シェアは1位。これは日本の輸入依存度がもっとも低いことを表している。生産額ベース自給率1位の米国、2位のフランスは100%を上回っているが、その理由は単純だ。輸入額も多いがそれを輸出額が上回っているからである。一方、全土が北海道より北にあるドイツや英国は、気候的に野菜・果物は輸入に依存せざるを得ない。米国とフランスは自給率が高いとはいえ、輸出に支えられている。つまり外需依存が高い農業の産業構造になっているのだ。しかも主要輸出産品は国際競争の激しい穀物や肉製品、ワインなど。そのため近年では南米や東欧などの新興国の競争力向上に押され、輸入金額が増大し、生産額ベース自給率は下がってきている。
現在、政府が発表する公式自給率はカロリーベースだが、昔は生産額ベースだけが公式データであった。生産額ベースが1965年なのに対し、カロリーベースが突然現れたのが1983年。それ以降、カロリーベースと生産額ベースが併記されるが、1995年に生産額ベースの自給率発表が突然消えてしまう。ところが近年、再び生産額ベースも発表され始めた。農水省はその理由を次のように説明する。
公式の総合自給率はカロリーベースだが、野菜や果実など農業生産で大きな比重を占める部門の動向が、カロリーベースでは反映されない、畜産は資料自給率を乗じて計算されるため、生産活動の重要性が十分反映されない、といった指摘を踏まえ、国内農業生産活動を適切に評価する観点から、カロリーベースを補完するために生産額ベースの自給率を算出することにした。
もっともらしい説明だが農水省は嘘をついている。生産額ベースの方が先に発表されていたのが事実だ。それではなぜ、突然カロリーベースでの算出を開始し、そちらを公式データに採用したのだろうか。カロリーベース自給率の発表が1983年といえば、農産物自由貿易化交渉、いわゆる「牛肉・オレンジ交渉」が賑やかなりし時代である。輸入制限を敷いて国内の果実、畜産農家を保護していた日本に対し、米国などが強く規制緩和を求めていた時期だ。当時の資料にあたると、「カロリーベースで見ればすでに輸入依存度が高い。生産額ベースに比べて自給率がずっと低いことが示せる」といった論旨が述べられている。そして1995年、生産額ベースの発表が途絶えたのは、GATTの多角的貿易交渉、いわゆるウルグアイラウンドにおけるコメの実質的な関税化合意の後である。「コメが海外から入ってきたら、日本農業、国産食料は壊滅する」という論調が宣伝された時期であるが、偶然ではない。
一部に先進国の輸出は国の補助金で伸びたという批判もある。そのおかげで一度売り先ができれば補助金が減る、もしなくなったとしても生産者や関係業者は顧客を維持・拡大しようと必死に努力するようになるものだ。他国の政策にケチをつけるくらいなら、農水省は予算の使い道を見直すべきだ。EU全体で約4000億円の輸出助成金が割り当てられているのに対し、日本の輸出促進予算は22億円。意味の無い自給率向上キャンペーンなどの情報発信費48億円の半分以下というのが、この国の農業政策の現実である。
肉1kgを作る場合、牛肉ならば十数倍の資料が必要となる。国は水田で飼料用のコメを作った農家に10アール当たり八万円の補助金を支給している。仮に反収(10アール当たり収穫量)を10俵で計算すると税金八万円を投じた生産量は600kg。飼料米1kgあたりの税金投入額が133円。これを和牛1kg作るのに必要な穀物量12kgをかけると約1600円となる。つまり国民は牛肉1kgあたり約1600円を負担していることになるのだ。
畜産物は国産資料を食べて育った肉だけが国産カロリーとしてカウントされ、自給率に反映される。現在はトウモロコシなどの輸入飼料を使っている畜産農家が圧倒的に多いため、彼らが国産資料に切り替えれば自給率は上がる。つまり自給率向上を隠れ蓑に、農水省は国民の財布から1600円を抜き取っていると言っていい。2009年、飼料米などを増産するために1572億円の補助金が計上された。しかし、それだけの税金をつぎ込んで作られる飼料は、国内の家畜が食べるわずか数週間分の量にしかならない。そもそも大量に穀物を使う肉食は贅沢な食文化である。食料供給の逼迫を主張しながら、上げようとしているのは飽食の自給率だ。本当に食料を買うお金の無い最貧国の人がこの話を聞けば卒倒するだろう。自給率の名の下「家畜のえさに巨万の富を浪費する日本は罰当たりな国」(バングラデシュの農業団体幹部)と罵られても当然なのだ。
日本のコンバイン台数は97万台で、米国の41万台、中国の40万台に倍以上の差をつけた断トツの世界一である。トラクターの191万台も米国に次ぐ2位で、農地面積の違いを考慮すれば、日本中に農機が溢れているといってもいいほどの台数になる。実際に農地面積当たりのエネルギー投入量は世界一だ。裏を返せば、作業効率の悪い疑似農家が多いと言える。1年間でそれらの農機を使用するのは実質2週間程度でしかないが、各農家がそれぞれに所有しているのだ。農機を製造するにも大量の鉄や石油が必要なので、もっと効率よく活用できれば、環境にも優しいではないか。

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浅川 芳裕

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