ハデス
ホメロスでは、ほとんどの人々が死後に赴く場所はハデスであった。ハデスとはどんな場所なのか。日本では死者は死後7日目に三途の川を渡るといわれる。ギリシア神話にも彼岸と此岸と分ける水の流れがあり、ステュクスという川がハデスをとりまいて流れていると想像された。古代の墓の調査からは、埋葬された者の口にはしばしばコインが入っていることが判明している。貨幣を口に含ませる習慣は、冥界を流れるアケロン川を渡す際に使者が渡し賃として1オボロスを払わねばならないという俗信に基づくと推測される。三途の川の渡し舟に一文銭がいるという仏教の言い伝えと同じである。この渡し賃は冥土の川の渡し守のカロンに支払われるといわれるが、カロンの名はホメロスにもヘシオドスにも一度も登場しない。
 三途の川のほとりには、死者の衣を剥ぎ取る脱衣婆とそれを木の枝にかける懸衣翁が待ち構えているという。ハデスの入り口にもやはり残忍な番犬が待ち構えていた。三つの頭と蛇の尾を持つケルベロスという猛犬である。ハデスの館に入ってくる者にはじゃれついて歓迎するが、そこから出ようとする者を見つけると一人残らず捕らえて放さず、情け容赦なく食い尽くすという。
オデュッセウスは、戦場で命を落として今はハデスにいるアキレウスの亡霊に出会う。アキレウスは「なんの感覚も無い骸、果敢なくなった人間の幻にすぎぬ者たちの住む場所」に何のためにやって来たのかと、涙を流しながら尋ねる。オデュッセウスはその質問に答えた後、こう述べる。「おぬしより仕合せな者はいなかった。われらアルゴス勢はみな、おぬしを神同様に崇めていたし、この冥府に在って、死者の間に君臨し権勢を誇っているではないか。死んだとて決して嘆くことはないぞ」
だが、アキレウスの返答は、オデュッセウスの予想に反したものだった。
「勇名高きオデュッセウスよ、私の死に気休めをいうのはやめてくれ。世を去った死人全員の王となって君臨するよりも、むしろ地上にあって、どこかの、土地の割当ても受けられず、資産も乏しい男にでも雇われて仕えたい気持ちだ。」
最上位の地位にあろうとも泉下にあっては意味がない、最下位の身分に転落しようとも地上にあるだけでもまだ幸福なのだという死生観がここには認められる。
生を慈しむ思いはオデュッセウス自身の選択にも表れている。オデュッセウスは9日間海上を漂い、女神カリュプソの島にたどり着く。女神は彼を愛し、七年も彼を島に引き止め、その間たえず、自分の夫になってくれるなら不死の身にしてやると彼に言い続けた。しかしオデュッセウスの望郷の念は強く、女神と寝床を分かち合いながらも、食卓では一線を画するのであった。(神の食べ物を食べると地上には戻れない)
やることはやったんだね? ま、そうだよな。俺もそうする。不死ってことはもうちょっと後でやっても結果変わらないからなぁ。老いすぎると捨てられちゃうかもしれないが。ぉっ、いたいた・・・
曙の女神エオスは、美貌のトロイア王子ティトノスを愛し、彼に永遠の命を授けたいと願った。そこでゼウスに願い出ると、その願いは聞き届けられた。しかし美形の王子といえども、さすがに年をとるとその魅力も色褪せていく。やがて曙の女神は恋人を遠ざけるようになり、ついには女神の館の一室に閉じ込めてしまう。やがてティトノスは声だけの存在となり、最後にはセミと化したという。やはり不死は不老とワンセットでなければ意味がないというこということなのだろう。
死すべき人間を父とするアキレウスは、死の定めを逃れられない運命であった。そこで母なる女神は幼いアキレウスを毎晩、冥界のステュクスの流れに浸し、その身体を不老不死に改造しようと試みた。だがある日それが夫のペレウスに露顕し、夫婦仲に亀裂が生じて別居に至ったという。そしてテティスが握っていた部分がステュクスの水に浸らなかったため、そこだけがアキレウスの唯一の弱点となり、後年、いわゆるアキレス腱に矢が命中して彼は命を落とした。
アキレウスって書かれたらわからなかったよ・・・。そうかそうか、この話か。