海外送金でマネーは動かない
コルレス銀行を利用してどのように外貨送金が行われるかを見てみよう。あなたはやまと銀行の支店の窓口に行って、口
座にある1000ドルの外貨預金をハワイのアロハ銀行に送金するよう依頼した。するとやまと銀行は、あなたからの送金依
頼をSWIFTという銀行間の国際通信ネットワークを使ってコルレス先のヤンキー銀行と送金先のアロハ銀行に伝える。そ
の指示を受けたヤンキー銀行は米連邦準備制度理事会(FRB)が運営する決済システム「フェドワイヤー」を通じてやまと銀
行のコルレス口座から引き落とした1000ドルをアロハ銀行に振り替える
。ついでアロハ銀行はその1000ドルを指定の口座
に入金し、決済を完結させるのである。これを「日本からアメリカに資金を送る」と表現するが、実際にはドルは最初からア
メリカにあってどこにも動いていないのである。
国家の介入
コルレス口座の治外法権は国際金融の基礎をなすもので、これまでそれは神聖不可侵と考えられていた。だが金融租界
であるはずのコルレス口座も、コルレス銀行を管轄する国家の権力から完全に自由であることはできない。そのことを示し
たのが今回の金融制裁で、9.11同時多発テロ以降、テロ資金の追及を最優先とするアメリカ政府は、愛国者法によって、
不正使用されているコルレス口座に介入する方途を得たのである。ここまで来てようやく、なぜアメリカが北朝鮮の資金を
凍結することができたか謎が解けた。コルレス銀行は民間銀行でありながらも、米ドルの決済にあたって、海外の金融機
関にとってはあたかも中央銀行のように機能する
。アメリカ政府は自国の金融機関に対し、「コレスポンデント口座を開設・
維持・管理・運営することを禁じる」と命じるだけで世界中全てのドル預金を差し押さえることができるのだ。全世界のドル
建て外貨準備高の総計は3兆4000億ドルと言われる。これらは日本や中国など世界各国の中央銀行が保有していること
になっているが、この膨大な資金も全てニューヨークのコルレス銀行に預けられている。ドルは唯一のグローバルカレンシ
ーとして全世界で流通しており、一見アメリカ政府の手を離れているかのように見える。だがアメリカは、コルレス制度を通
じて自国の通貨を支配しているのである

不幸の象徴
通貨の偽造はババ抜きと同じゲームである。偽札を手にした者は、一刻も早くそれを他のプレイヤーに押し付けなくてはな
らない。これは北朝鮮の偽の100ドル札を受け入れたバンコ・デルタ・アジアにとっても同じだ。もっとも簡単なのは、ドル紙
幣で預金を引き出す顧客に渡してしまうことだ。マカオには次々と米系の大型カジノがオープンしており、香港ドルや人民
元のほか大量の米ドルが流通している。北朝鮮がマネーロンダリングの拠点としてマカオを選んだ理由のひとつはここに
ある。だが、この方法はいずれ行き詰る。大金を手にした顧客のためにカジノは小切手を発行しており、一般の旅行者には
秘密裏にドル紙幣を持ち出す理由は無い。必然的に偽100ドル札は域内で循環することになり、北朝鮮の偽札を大量に受
け入れてそれを支店窓口で払い出せばいずれマカオのドル紙幣のほとんどが偽札になってしまうだろう。それを避けるには
マカオの外に偽札を運ぶ必要がある。仮にマカオの銀行が偽札を受け入れたとしてもそれを国際金融ネットワークに乗せる
ためには、他の金融機関による検査を通過させなくてはならないのだ。そこで北朝鮮は、外交貢納や外交官特権を利用し
てロシアや東ヨーロッパの大使館・領事館に偽札を運び込み、反体制派の政治組織や地元犯罪組織を通じて、イギリスを
初めとするヨーロッパ諸国で換金を試みたとされている。こうした偽札は両替商などを通じて薄く広くばらまかれたのである。
だがこれは犯罪ビジネスとしてあまりに効率が悪いのではないだろうか。北朝鮮が完璧な偽100ドル札をつくっているのな
ら、外貨不足は即座に解消され、麻薬ビジネスに手を染める必要も無ければ、金融制裁解除を求めて核実験を強行する
理由も無いからだ。一般に、偽札づくりは割に合わない犯罪とされている。そのことはドル紙幣の偽造が北朝鮮政府の”独
占事業”で、他の独裁国家やテロリスト、民間の犯罪者が誰も参入しようとしないことからわかる。麻薬や武器売買によって
本物のドル紙幣を手に入れるほうがずっと簡単だからだ。
送金情報は盗まれている
SWIFTに膨大な送金情報が記録されていることはごく一部の金融関係者しか知らなかった。ホワイトハウスは、CIAに命じ
て秘密裏に送金情報を入手しようと画策したが米財務省がこれに反対し「第二のテロ攻撃を防ぐための緊急かつ一時的
な措置」としてSWIFTに情報提供を申し入れた。SWIFTの取締役には米系金融機関の関係者も多く、同時多発テロ直後の
異常な雰囲気の中で、この要請を拒否する選択肢は与えられていなかった。はじめてSWIFTのデータを目にした捜査当局
は自分たちがとてつもない宝の山を掘り当てたことに気づいた。送金情報の解析によって、たとえば、サウジアラビアや
UAEからアメリカ国内のイスラム系モスクへの資金の流れが簡単に抽出できるのだ。2003年8月、タイの古都アユタヤで一
人のインドネシア人が逮捕された。男は6階建ての高級マンションの最上階角部屋に、中国系マレーシア人の妻と二人で
暮らしていた。アルカイダともつながりのあるイスラム系テロ組織ジェマー・イスラミアの最高幹部で死者190名の大惨事を
招いた2002年のバリ島爆弾テロ事件の首謀者とされる。米政府の発表によれば、SWIFTデータからアルカイダ関係者と頻
繁に資金のやり取りのある人物がタイにいることが判明し、それが逮捕につながったという。ニューヨークタイムズの報道に
よれば、ホワイトハウスがSWIFTの送金情報を入手し始めたのは2001年9月11日の同時多発テロ直後である。それ以降、
海外の金融機関に対して発動された金融制裁は以下の通りだ。
2003年11月 メイフラワー・バンク(ミャンマー)、アジア・ウエルス・バンク(ミャンマー)
2004年5月 コマーシャルバンク(シリア)、シリアン・レバニーズ・コマーシャルバンク(シリア)
2004年8月 ファースト・マーチャント・バンク(キプロス)、インフォバンク(ベラルーシ)
2005年4月 マルチバンク(ラトビア)、VEFバンク(ラトビア)
2005年9月 バンコ・デルタ・アジア(マカオ)
2006年9月 サデラト銀行 (イラン)
コルレス口座に対する金融制裁は伝家の宝刀である。コルレス銀行はその性格上特定取引のみを選別することができな
い。制裁が発動されると、その口座にあるすべてのドル資金が凍結されてしまうのだ。アメリカの金融当局は、その後に、
金融機関から自主的に提供された取引書類をもとに犯罪と関わり無い一般顧客の資金を解除していくことになる。この手
続きには時間がかかるので、いったん金融制裁を受ければ、資金は容易には戻ってこないだろう。だがこれはアメリカが
“宝刀”を簡単に抜けない理由ともなる。預金がいつ差し押さえられるかわからないような通貨を誰も持とうと思わないだろ
う。過度の制裁は、ドルの信認を脅かすのである。
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