表音アルファベットは独特の技術である。象形文字や音節文字など、色々の種類の文字があったけれども、意味論的に無意味な文字が意味論的に無意味な音声に対応するように用いられる表音アルファベットはただ一つしかない。視覚の世界と聴覚の世界の、この厳しい分割と並行は、文化の問題として言えば、粗雑で容赦がなかった。表音文字で書かれた言葉は、象形文字や中国の表意文字のような形式では確保されていた意味と近くの世界を犠牲にする。しかしながら、こういった文化的に豊かな文字の形式は、部族の言葉からなる呪術的に不連続で伝統的な世界から、冷たく画一的な視覚メディアの世界に、突然に転移する手段を提供しなかった。中国社会は幾世紀にもわたって表意文字を使用してきたが、その家族および部族の継ぎ目のない網の目が脅威にさらされることがなかった。
したがって表音アルファベットだけが「文明人」-書かれた法典の前に平等な個々の人-を生み出す手段となった技術である。そう主張することができる。個人と個人の分離、空間と時間の連続、法律の画一、こういうものが文字文化を持った文明社会の主要な特徴である。インドや中国のような部族の文化は、その知覚や表現の広範さと微妙さの点で、西欧文化よりはるかに優れているのかも知れない。けれどもわれわれはここで価値の問題にかかわっているのではなく、社会の形態にかかわっているのである。部族の文化では個人とか個々の市民とかの可能性は考えられない。
幾世紀にもわたる表音文字文化の時代を通じて、われわれは論理と理性のしるしとして推論の連鎖を好んできた。中国の文字はこれと対照的で、表意文字一つ一つに存在と理性についての直観全体が賦与され、視覚的な連鎖に心的な努力と組織のしるしとして役割をあまり与えない。
いかなる連続、自然的あるいは論理的連続にも、因果の関係は示されていないのだということを18世紀に証明したのはデイヴィッド・ヒュームであった。連続は単に付加であるにすぎず、因果ではない。イマニュエル・カントに言わせると、ヒュームの議論は「わたくしを独断のまどろみから目覚めさせた」というのだ。しかしながら、連続を論理と見るのが西欧の偏見であって、その隠された原因がすべてに浸透するアルファベットの技術にあるということに、ヒュームとカントも気づいていなかった。

「コミュニケーション」という用語ははじめ道路や橋、海路、河川、運河などと関連して広義の用法を持っていたが、のちに電気の時代には情報の移動を意味するように変わってきた。たぶん、電気の時代の性格を規定するのにこれ以上ないほど適切な方法は、まず「コミュニケーション(伝達)としてのトランスポーテンション(輸送)」という観念の生じてきたことを研究し、つぎにその観念が輸送から電気による伝達の意味に変わるのを研究することであろう。英語のmetaphorすなわち「暗喩」ということばは、ギリシャ語のmetaに、「向こうまで運ぶ」あるいは「輸送する」の意のphereinがついてできたものである。

失業対策委員会のメンバーである経済学者と話す機会があった時、私は新聞を読むことは一種の有休雇用と思わないかと尋ねてみた。案の定、彼はいかにも腑に落ちないという風だった。しかしながら、広告をほかのプログラムと結びつけるあらゆるメディアは、一種の「有給学習」である。やがて将来、子供は学習することによってお金を支払われることになろうが、そのとき教育者は、センセイショナルな新聞が有給学習の先駆者であったことを認識するであろう。この事実にもっと早く気づくことができなかったのは、一つには、機械と産業を中心にした世界では、情報の処理と伝達は主要事業にならなかったためだ。しかし電気を中心にする世界では、容易にそれは支配的事業となり、富の手段となる。

19世紀末の絵画と聞けばすぐに思い出される印象主義の世界は、スーラの点画主義、モネやルノワールの分光の世界に、その極致を見出した。スーラの点描画法は、電信によって画像を送る現在の技法に近似しており、また走査線によってつくられるテレビ映像やモザイクの形態に近いものである。すべてこういったものは、のちの電気の諸形態を先取りしたものであった。なぜならおびただしい数のイエス=ノーの点と線を持つデジタル・コンピューターと同じように、これらの技法はどんな事物であれ、その対象となるものの輪郭を、おぶただしい数の点を使って撫でるように触れていくからである。

サルヴァドール・ダリは人々の熱狂を引き起こすのに、ただサハラやアルプスを背景にして、たんすやグランド・ピアノを背景とまったく関係のないそれ独自の空間に置いて見せさえすればよかった。事物を印刷術で特色である画一的で連続的な空間から解き放つというそれだけのことで、われわれは現代芸術と現代詩を手中にしたのである。その解放によってどれだけの大騒動がもちあがったかを考えてみれば、印刷術による心理的圧迫がどれほど大きかったかを推し量ることができよう。