インドネシア
インドネシアは、タイとマレーシアと異なり、過去の負債を引きずり続けていた。貿易収支は黒字であったが、経済収支は債
務の利払いから常に赤字であり、輸出が停滞すると経済危機が発生しやすい構造であった。対外債務は95年に1000
億ドルを上回り、DSR(デッドサービス比率、毎年の返済額の輸出稼得額に対する比率であり、20%が危機ラインと言
われている)は30.9%に達した。このため、タイで発生した為替危機がインドネシアに波及したが、その経済に及ぼした影
響はよりひどい結果になった。1ドル=2400ルピアをドルペック制で維持してきた為替レートは一気に10000ルピアを
上回る水準に切り下がり、輸入財価格の暴騰が加工輸出産業の輸出停滞と輸入消費財の価格暴騰、対外借入依存
が高い民間企業の経営を圧迫した。
フィリピン
GDPの産業別構成から、すでに1960年に製造業の比率が高く、アジアの中で早くから工業化が発展していた。しかし
60~70年はほぼ同水準、70~80年は拡大、80~90年は停滞的に推移し、95年の製造業の比率は60年の水準
でしかなかった。フィリピンではNIESやASEANで生じた製造業が経済を牽引する力に乏しかったことを示している。GDP
成長率は80年代に高成長を達成した他のASEANとまったく異なる状況を示し、特に製造業が低成長であり、80年代
にマイナス成長率を記録した中南米諸国に近い状況であった。
上位50社の17外資企業のうちアメリカ11、日本4、イギリス1、スイス1で旧宗主国アメリカ企業が影響力を保持して
いる。アメリカ人はフィリピン独立後も米比通商協定により1974までフィリピン人と同等の権利が認められ、他の外資企業
より有利であり、ゆえに直接投資に占めるアメリカの比重が大きい。フィリピン民間資本はアメリカ企業の優位性と国内志向
的性格から外資流入による競争激化を望まず、したがって外資は輸出加工区や保税工場制度を利用する輸出型か合弁
が中心で、投資環境は他のASEANより悪い状態であった。
社会主義路線から自由化への転換 中国とインド
アジアの2大国である中国とインドは人口稠密、貧困という特徴を有し、ゆえにこれがアジアの典型であると長く世界の人々
に認識されてきた。第二次大戦前は先進資本主義国に翻弄され、インドはイギリスの植民地、中国は列強の権力下に置
かれていた。それゆえ両国は戦後において資本主義経済から自由経済を隔離して発展することを目指した。しかし多くの人
口を抱え、国内需要に依存した工業化が可能とみなされてきた両国であったが、NIESのような経済成果を達成できず、
むしろ多くの開発途上国と同様に保護主義下で育成した製造業の非効率等が問題となってきた。そのため中国は1970年
代末、インドは90年代以降に経済を自由化させる路線へと政策転換した。
中国では集団農業制を個人の生産請負制に切り替えるという改革が1979年から始まり、この市場メカニズムの部分的な
導入が次第に今日言われる改革・開放政策へとつながった。集団農業下では、農業余剰を重工業部門へ移転させるため、
国家による農産物買付の低価格設定と強制買付制度が実施された。また労働報酬体系は農民の収穫貢献度という曖昧
な基準によって労働量に関係なく集団内で平等に分配されるという傾向があった。短期的にはイデオロギーによる鼓舞によって
農民を生産増加に向かわせることができたが、次第に生産拡大のインセンティブは失われていった。これが79年、農産物買付
価格の引き上げ、請負制が導入され、生産拡大と生産性の改善がもたらされた。農業余剰を投入して社会主義経済建設
のために最も重視された工業は重化学部門であり、量的拡大が質的改善に結びつかず、農業と同様に非効率な構造が形成
された。一方で軽工業部門は軽視され、工業部門は国民の欲求を満たすことができなかった。
インドの工業化は社会主義国のそれに類似していた。資本財部門の優先投資により限界貯蓄率を高め、国民所得の増加
を目指した。しかしこれが機能するには、資本財産業を優先するとともに、生産増加による所得効果が貯蓄に向かい、貯蓄が
投資されて増加した資本財生産物を投入しなければならない。さらに資本財が投資され、資本財生産増加→所得増加→貯
蓄増加→投資増加→資本財生産増加という循環が想定された。これを実行するために、循環の漏れが生じないように厳格な
経済規制が導入された。規制政策は、公共部門と民間部門の分野規制、産業認可規制、輸入規制、投資規制、外資規
制、価格規制等の細部に及び、インド工業化の中心政策となった。しかし規制政策はは、認可の遅延、認可に伴う汚職を
もたらし、これが一方では生産停滞と非効率を、他方では独占をもたらした。社会主義的工業化政策によってインドが目指し
た経済発展とその平等な配分は、経済停滞と不平等の拡大をもたらした。
アジア 発展の構図 梶原 弘和 東洋経済新報社 1999-04 |
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