警察は保険金殺人の線を追っていた
事件当初はむしろ、4つの事件を同一犯の仕業だと考えていた捜査員は少なかったと言っていい。埼玉県警の狭山、飯能、川越各署、そして警視庁の深川署と所轄署がバラバラなうえ、かなり広域にわたっていたことで、警察署間の横の連
絡が不十分であったことが影響しなかったといえば、嘘になる。
被害者の周辺捜査にかなり時間を割かれたことは確かだ。被害者や遺族の名誉のために詳しいことは言えないが、被害
者や兄弟などの中に、放浪癖や素行不良といった側面が見られたことに加え、家庭内のトラブルや周辺との人間関係な
どに問題がなきにもあらずだった。保険金殺人の線を追って、連日、被害者周辺の人物を取り調べていた署もあった。
彼の逮捕は、八王子事件でたまたま被害者の父親に見つかり、怒りの鉄拳を見舞われ、散々説教された挙句、通報で
駆けつけた八王子署員に引き渡されただけであり、言わば偶然の逮捕に過ぎなかった。別の言い方をすれば宮崎被告が
逮捕後の取調べで、一連の犯行を自供したからこそ、事件は解決するに至った。
逮捕当初は物証も少なく、供述も曖昧だったので、取調べや捜査の時間を稼がなければならなかった。それにはマスコミ
や世論を巻き込んで、「宮崎は怪しからん奴。あの残虐な犯行は許せない」と思わせることが第一と考えた。その第一弾
は、被害者に同情する世論を利用した被害者の神聖化だ。逮捕後におマスコミ向けに配布することが多い被疑者写真
をこの事件に限ってなかなか出さず、代わりに学校関係者らに密かに働きかけて、マスコミから要請があったら、高校時代の
写真を流すように手配した。その写真というのが、いかにも真面目で神経質かつ理屈っぽそうな感じがするもの。その後、
マスコミを焦らしに焦らした末に、現在の色白でニヤけた、いかにもオタクっぽい写真を出したんで、人々はその”使用前
使用後”のような違いに驚き、ショックを受けて、誰もが宮崎のことを危ない奴と思ったはずだ。そして最後が宮崎の部屋の
写真なんだ。日頃の交流を通じて、マスコミの幹部たち、特に現場を指揮するデスクやキャップクラスの思考回路は十分に
把握していたつもりだ。新しモノ好き、さらに自分たちが経験した時代感覚にマッチした”わかりやすい事件”を好む傾向を
持っていることを熟知していた。こうしたマスコミに対する分析と対策はデスク、記者、カメラマン・・・、と担当別、年代別に詳
細に行われていた。例えば、デスククラスの場合、年代別に見ると何と言ってもフロイトだし、数々の古典的な映画や芝居、
小説だろう。宮崎の部屋を見て、彼らが真っ先に連想したのは「胎内回帰願望」という言葉だったに違いない。そして虚構
の世界に逃避した挙句、虚構と現実の境目がわからなくなり、倒錯していく男・・・という筋書きは、映画や小説で何度と
無く使われてきた”お馴染みの題材”である。何とわかりやすい犯人像、そして絵に描いたようなストーリーだろう。でも誰も
そのわかりやすさに疑問を抱かない。だからこそ、それが大事なんだ。
宮崎被告は75年4月、町立五日市中学に進学したが、中学時代も相変わらず”独りぼっち”だったようである。
「中学時代は男同士で女の子のことを『あの子は可愛い』とか『俺の好みだ』などと言うでしょう。宮崎とはそんな話をしたこ
とがなかったし、少々エッチな話をしても全く乗ってこない」
「将棋は結構強かったけど、たまに負けると顔を歪めるようにして、ものすごく悔しがったのを覚えている。書店に行って、将
棋の本をどっさり買い込み、腕を磨いてから必ず、再挑戦してくるなど負けず嫌いだった。」
「トランプが好きでよく一緒に遊んだが、負けず嫌いで自分が勝つことしか考えない。夢中になるあまり、目が据わってゲー
ムを楽しむことができないんだ。」
誰の話? 俺? 違うか・・・
捜査本部は宮崎被告の部屋から段ボール箱で140箱分、計5793本のビデオテープを押収。とにかく、ビデオに何が
映っているかを確認するため、ビデオの再生見分を行ったが、これが述べ74人の捜査員と50台のビデオデッキを投入し
たにもかかわらず、何と二週間もかかってしまったのだ。だが、そうした捜査員の努力が実って、再生見分を始めて、5日
後に、宮崎被告が被害者の遺体を撮影した問題の箇所が、21分30秒間移っていることを突き止めた。
モノホンのビデオマニアからの批判
「宮崎は我々が言う”完録マニア”。つまり人気番組を一本だけでは済まず、初回から最終回まですべて録画して集め
ないと気が済まないタイプ。それしか自慢できるものが無くて、いわば子供っぽいんだよ。」
「宮崎の部屋にあった4台のビデオデッキと大型のテレビモニターは新しいもので、古くからのビデオファンでないことは一目
瞭然だったし、本格的にビデオのダビングを刷るなら、誰もがつないだデッキやモニターを切り替えるセレクターを使うのに、
彼は持っていなかった。中途半端なビデオファンとの印象を持った」
「通しか知らないような作品を並べて、『俺はこんなものまで持っている』と自慢したいのだろうが、知識の浅さがモロに出て
いて滑稽だ。例えば≪少年ジェット役の土屋健がCMに出て『ウーヤーター』とやっていた≫と解説しているが、CMに出て
いたのは劇作家の鴻上尚史だそ。『大鉄人17』で≪佐藤ルミ役は、島田歌穂≫なんて大嘘を平気で書いている。この
手のミスはマニアとしては失格で、知ったかぶりもいい加減にしろと言いたい。」
悪魔のアナグラム
88年12月15日には、真理ちゃん宅に≪魔が居るわ≫と書いた葉書を郵送。
88年12月20日には絵梨香ちゃん宅にも≪絵梨香、かぜ、せき、のど、楽、死≫と記した葉書を送っている。
89年2月6日、真理ちゃん宅に遺骨入りの段ボール箱を置き、その段ボールの中に「真理」「遺骨」「焼」「証明」「鑑
定」の5つの言葉を書いた紙片を入れた。
「魔が居るわ」は、「入間川」をもじったものだ。
宮崎が被害者宅に送った紙片や手紙を分析した結果、実はそれらが暗号というか、パズルになっていることがわかった。
文字を並べ替えて違う意味の言葉にできるアナグラムというワード・パズルの一種でこれがまた、非常に精巧にできている。
「真理」「遺骨」「焼」「証明」「鑑定」をローマ字に直すとと「MARI、IKOTSU、YAKU、SHOUMEI、KANNTE
I」となる。それを並べ替えると「T MIYASAKI、HAKOTSUME、IENI、OKURU」となり、「T宮崎 箱詰め
家に送る」と読めると言うのである。また「焼」を「YAKI」と解釈すると、「MIYASAKI TSUTOMU HAKONI
IRE KIE」で、さらに「MIYASAKI TSUTOMU KIREINI HAKOE」とも読めると言う。最初は誰もが
“単なる偶然”だと思ったし、これだと「MIYAZAKI」を「MIYASAKI」に置き換えないと成立しないので首を捻る
人もいた。でも専門家に聞くと27文字のローマ字を任意で並べ替えて、宮崎勤のフルネームが出てくる確率は1兆分の
1以下だそうで、これは「当たりだ」と大騒ぎになったんだ。
宮崎勤事件―塗り潰されたシナリオ (新潮文庫)
新潮社 2003-08 |
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