紛争と難民 緒方貞子の回想 3/5~領土問題への介入

1993年2月17、私は声明文を発表、「通行妨害を受けている輸送体を基地に戻し、セルビア人勢力支配化のボスニアにおけるすべての救援活動を直ちに停止する。サラエヴォにおけるUNHCRの活動を全面的に一時停止し、包囲下にあるこの38万人都市には最小限の要員だけを残し、ほとんどの職員を引き揚げる。サラエヴォへの物資輸送及び空輸を一時停止する。UNHCRの活動が継続できるボスニアの地域ではUNHCRの救援事業を規模を縮小して維持する」「政治指導者側が援助の再開を要望し、輸送体の通行を妨害しないと保証するなら、即座に再開する」
メディアの論評は、私が決定を下す前に事務総長と協議すべきだったとするニューヨークの外交官や国連職員の批判的な見方を反映したものであった。「事務総長と事前協議せずにボスニアにおける援助活動を『現地での活動上の理由で』一時停止するという、昨日のあなたの声明を懸念している 安全地域を設置することによる将来の領土分割への影響
安全地域政策の矛盾
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私を最も驚かせたのは、オルブライト米国連大使が、安全地域はボスニア共和国領土の基礎となると言及した、次の発言であった。「領土が無い国家は無い。こうした安全地域の設置を通して我々が試みようとしていることは、これらの安全地域をいずれはボスニア国家となる地域として確立することである」。ボスニア紛争の人道問題に没頭していた私は、安全地域をこのような意味で見たことは無かった。領土問題は和平協議にとって重要であることは理解していた。しかし、人の命はどうなるのであろう?
安全地域政策は軍事作成上の位置づけであると同時に、対立する政治的利害の産物でもあった。戦争犠牲者を保護する人道的手段としては、政治的かつ軍事的打算と決定に左右されるものであった。ボスニア政府とその支援者にとって、安全地域は来たるべきボスニア国家の領土分割を軸とした政治解決の担保にするものであった。またボスニア政府にとっては、セルビア軍の陣地へ向けて発砲する場所でもあり、自国の軍隊が休息し、訓練し、装備する場所でもあった。セルビア側は安全地域をボスニア東部を支配下におさめるために制圧すべき軍事攻撃の対象と考えた。


NATO軍による一連の航空攻撃の対抗手段として、セルビア側は国連保護軍の兵士を人質にとって、さらなる攻撃に対抗する人間の盾として使った。手錠をかけられた人質兵士の映像がセルビアのテレビで放送された。旧ユーゴ和平会議(ICFY)の共同議長、ミロシェヴィッチ大統領など、国際的な介入が強化されたため、人質はいくつかのグループに分かれて解放された。国連保護軍による武力行使の問題は安保理で討議された。事務総長は「国連保護軍が自衛以外の目的でセルビア軍に武力行使をしたとき、セルビア側は、国連保護軍を人質に取るというような、受け入れがたい高価な代償を払わせる立場にあることにすぐさま気づいた」と述べた。また国連保護軍は「安全地域に対する攻撃を抑止するために、現実の、あるいは暗黙の武力行使を行う方策を放棄し、空軍力の行使も自衛目的のみに限定する」という取り決めを行う案に賛意を示した。安保理では、事務総長の評価と提案をめぐって意見が真っ二つに分かれたため、対応策を出すことができなかった。情勢はますます泥沼化し、国連の兵士が標的となる事態によって国連の活動は極めて困難になった。1995年7月6日、セルビア軍はスレブレニツァ攻撃を開始し、オランダ軍大隊が配置されていた監視所8か所は相次いで陥落した
首都ポドゴリッツァで、ミロ・ジュカノヴィッチ大統領と会談し、モンテネグロはすでに難民の重い負担にあえいでいることを承知の上で、国境を開放し続けるよう要請した。前日宿泊した国境の町ロジャイの町長は、これ以上難民が到着したらお手上げだと悲鳴を上げた。私は待ちの寛大さに応えるため、援助を必要としていることを強調して、いっそうの支援を動員することを約束した。ポドゴリッツァでは驚いたことにセルビア政府のブラティスラヴァ・モリナ難民担当大臣が訪ねてきた。彼女はベオグラードから大統領専用機で先に到着していたのである。そしてラスニックで避難民を訪れた私に感謝し、その地区にはもう避難民はいないと語ったのである。モリナはラスニックにいた避難民はみな私の注意を引くために、「追い立てられた人々のショー」を演じさせるために集められ、連れてこられた村人だと言って、私を納得させようとした。私は世界各国のテレビ局が私の視察を取材していることに対抗するセルビアのプロパガンダにあっていることに気づいた。私は長年難民に関わってきた経験があるので、簡単には騙されない。
私の視察旅行中、セルビアのモリナ難民担当大臣に率いられた政府代表団がしばしば同行した。セルビア政府は、UNHCRがコソヴォのセルビア系少数派住民の命運やクロアチアのセルビア系難民に十分配慮をしていないという態度を取り、会議のたびに非難を繰り返した。プリズレンのある難民収容センターを視察した時、セルビア系少数派住民から成る雑多な群衆が押しかけてきて、なぜ被害を受けたセルビア系住民が住む地域を私が視察しなかったのかと、声高に詰問した。モリナはUNHCRがセルビア系難民に対し、彼女の事務所を通して相当の額の支援を行っていることを伝えていなかったばかりか、当局がこうしたセルビア系住民の間をバスで回り、私の会見に出席させ、皆を扇動するように仕立てたことが後になって分かった。
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