ここで言及している計算方法は、いわゆる業界標準の計算方法とかなり異なる。しかし、“いわゆる業界標準の計算方法”とは、業界でも傍観者的にオプションを見ている人が多数派で、その傍観者標準と言えよう。何を言っているかというと、BBGや各証券会社などで計算されている”日経平均株価”を現値Sとして捉えているような計算方法のことを言っている! 傍観者的にオプションを眺めている連中は、せいぜい日経平均株価でも見ていて構わないが、実際のオプション市場、すなわち、Market MakerやArbitragerたちは、確実に、”日経平均株価”など見ていない。では実際のオプション市場はどのように形成されているのか? を知るために、下記を参考にしていただきたい。ほとんど職人技、いやもはや芸術の領域に近いだろうが。
1.先物価格とフォワードプライスの規定


 日経先物ミニの上場以来、各限月のフォワードプライスがトレーダブルとなっている。また先物ミニの取引量はもはや無視できないレベルに達しているので、日経先物と日経先物ミニの2つをフィードし、両方を観測しながら、Best Ask/Bid、またそれを考慮に入れた、Best Last Priceが定義でき、トレーダブルなフォワードプライスを規定していく。かつ先物が満期を迎えるたびに参照する先物の限月が代わるので、現在の年月を入れると、自動的に直近3ヶ月を1ヵ月毎、期先を3ヵ月毎のカレンダーを作成する関数も必要となろう。
2.オプション・チェインの作成
 従来のオプション・チェインはアンダーライングと取引所を指定し、上場している全てのオプションの行使価格、限月、P/Cを取り出すものであるが、ここではエフェクティブ・オプション・チェイン、すなわち、計算するに値すると期待されるオプションの行使価格、限月、P/Cを規定する。とりあえず現在は250円/500円刻みを想定しているが、2013年7月以降は、125円/250円と変更することになるだろう。またエフェクティブ・オプション・チェインに必須の中心価格を先ほどのフォワードプライスから規定する必要がある。ここまでやると、上場オプションのLast、Ask、Bidなどの情報が取れることになる。
3.Implied Volatility(IV)の計算 (言い換えるなら現値Sの規定)
 トレーダブルなフォワード・プライスと金利、オプションの属性情報=満期と行使価格、オプションの市場情報=Last、Ask、BidがあればIVの計算が可能となる。トレーダブルなフォワード・プライスがあるならば、配当率は無用であるし、怪しげな日経平均株価の数値はもっと無用である。日本経済新聞社が毎秒算出する日経平均株価なる空虚なトレーダブルでない”数値”を現値Sとしてブラック・ショールズに放り込むのは愚の骨頂。特別気配をも現値とする計算方式、また東証の現物株と大証の先物の取引時間の相違という2大要因から、日本経済新聞社の公表値の日経平均株価は、市場的に無意味であるにもかかわらず、これを現値Sとして計算する仕様が、散見される。当然ながらArbitragerやMarket Makerは、この意味の無い日経平均株価ではなく、トレーダブルな先物のAsk/Bidを見て取引しているため、先物Ask/Bidが変わると同時にオプションのAsk/Bidが変わるというマーケットなのである。ブラック・ショールズのインプットである現値Sとして、日経平均株価を採用したくないというのが、自作IVの最大のインセンティブなのである。
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本来ならば、ここで、私が書いたブラック・ショールズとIV計算のVBA関数のソースコードを貼り付けたいくらいであるが、一般読者も居るので控えよう。一度でもブラックショールズを書いたことがある希少なオプション・マニアな読者は、私のソースコードを見れば、あまりもシンプルで、かつ、短い表現に、「これが天才のソースコードか・・・」と驚嘆のつぶやきを残すことは間違いない
4.Day Count 株式市場の時間軸
 株式市場における、金曜日から月曜朝の3日またぎのClose to Openと、それ以外の1日またぎClose to Openにどれほどの差異があるだろうか? どのような期間で計算しても、金曜から月曜の3日のオーバーナイトが、平日の1日オーバーナイトの√3=1.73倍動くというデータを出すのは難しいだろう。もちろん、計算期間に依存するが、往々にして1.1倍程度である。またアジア市場固有の大型連休(日本の場合は、正月とGW)もあり、翌営業日まで実日数で5日以上なんてことも珍しくないが、これも同様に1よりは大きいものの√5分の動きを見せることは無い。為替のオプションのように、為替レートの動きが週またぎで3日分動くかどうかは別として、為替レートと密接な関係を持つ金利が、Act/Actで金利計算されることから、Act/ActのDay Countも理解できなくはない。しかし、企業活動を主とする株式がアンダーライングで、金利変動がほとんど影響を及ぼさないような短期の上場オプションであるならば、Business Day/ Business DayのDay Countが最も自然なのである。実際、大型連休前にIVが下がり、大型連休後にIVが上がるというような主観もあるようだが、Business Dayで見れば、さほど変わらないのである。
5.Greekの計算、主としてデルタの規定
 デルタリスクとは何か? 「何種類のデルタを観測するか述べよ」という質問は、デリバティブの経験を問う質問と同義であるくらい、奥深い質問である。当ブログでは繰り返し述べていることではあるが、ブラックショールズを株価Sで微分して得られるShare’s Delta、あらゆる業者で、標準的に提供されるDeltaである。これは今持っているリスクが何株分に相当するか示す値で、個人投資家の間では一般にデルタとして使われている数値である。仮に”一つのUnderlyingしか扱わない”のであれば特に問題は無いが、複数のUnderlyingのデリバティブポジションを保有し、その合計として”どのくらいのEquity Delta Riskを保有しているのか”見たい場合は、株数は意味がないので、Share’s Delta × 株価で計算されるDelta Amountが重要となる。Delta Amountは、その金額分の”株”を保有しているのと同じくらいの株価変動リスクを持っているという意味である。もちろん、同じ金額を保有していても銘柄によってそのVolatilityは異なるが、それを大体同じと見なせば、全体で足し合わせることができる数値となる。またDelta Amount/100で%Delta=1%動いた時のPL Imapct金額も計算することができる。
 多少、理論的ではあるが、ブラックショールズを株価Sで微分する=オプションが株価によらず行使価格毎にValuationされる=Volatility Surfaceは、株価によらず行使価格毎に形成される=Sticky Strikeという想定である。一方、オプションが株価からの相対的な距離でValuationされる=Volatility Surfaceは、株価からの相対的な距離で価格形成されるという想定では、いわゆるdf/dsではなく、代わりにdf/ds・dσ/dsで計算する=Sticky Deltaという考え方も存在する。OTCでの取引がメインの為替・個別株あるいは株式指数の長期のオプションの価格変動はSticky Delta性を強く帯びてくる。いずれにしても株式指数のValuationが、Sticky StrikeかSticky Deltaかを特定できない以上、かつまた、Deltaがリスクの主要因とは言えないようなコンビネーション取引によるポートフォリオを管理するのであれば、ここで計算されるような2つのDeltaを観測できるようにしておいた方が無難であろう。
 また上場モノで、満期までの期間が短いポジションを保有するならば、今日のDeltaと翌営業日のDelta=これをTomorrow Deltaと呼ぶことにするが、これらが著しく違う可能性がある。極端に言えば、SQまたぎのポジションを持っている場合、今日の0.8は明日は1.0で襲ってくることもありうるので、短いオプションを扱う場合は特に、df/ds(t+1day)をも観測しておくのが無難なのである。
 以上をまとめると、標準的に計算されているdf/dsはSticky Strike想定のShare’s Deltaであるが、Share’s Deltaと%Delta、Sticky Strike想定とSticky Delta想定、さらにToday DeltaとTomorrow DeltaというようにDelta一つだけとっても様々な見方と計算方法があり、それを自在に計算できないようでは、業者提供のDelta Riskなど利用するに値しないということがお分かりいただけよう。またDelta Riskが主体でない複雑なコンビネーション取引のリスク管理では、これらの微小な違いが、相対的に大きくなることにも言及しておこう。
6.Put・Call Parity
5月23日の大暴落を受けて、改めて自分のエクセルにノウハウが凝縮されていると思った点をもう一点加えておこう。特に長いところが顕著なのであるが、ITMはAsk/Bidが無くなる傾向にある。長めのプットを保有していて、大暴落があると、プットが激しくインザマネーになり、Ask/Bidが消えてしまう。気配が無い場合は逆サイドのコールのAsk/Bidから計算されるVolatilityを取得して、理論値やグリークを計算するようになっていた。我ながら・・・よく作ってあるなぁ・・・と感心した。
【理論:Vanilla・幾何ブラウン】
2012.10.25 アメリカン・オプションをモンテカルロするのが難しい理由 3/5 ~最適行使問題
2012.05.10|Calender Spreadのススメ
2011.03.22: ButterflyはなぜVolga Longなのか?
2010.03.24: オプションセミナーに行ってきました@SGX
2010.01.08: 50% Knock-In PutのPremiumって実現できるの?@理想的な世界にて 
2009.06.30: FX Optionの対称性
2009.05.12: FX Optionの 25Deltaって?
2008.08.13: Vanilla基礎 GammaとVolatility
2008.08.12: Call Optionと金利ヘッジ問題 
2007.12.10: 金利0、配当0(0Drift) ATM Call のDELTAは50%? 50%超? 50%未満?