イオンが売り出した「5万円テレビ」の衝撃
「32インチが5万円以下!」 シャープの亀山工場が稼働する前の2009年2月、流通大手のイオンが15000台限定で32インチの薄型液晶テレビを売り出した。イオンの5万円テレビは「ダイナコネクティブ」という東京のベンチャー企業がつくった。同社は大学卒業後に韓国から来日した金鳳浩氏が、2002年に立ち上げた会社で、従業員数25人のファブレス企業だった。「ファブレス」とは、製品の企画設計や開発は行うが、製品製造のための自社工場を持たない企業を言う。電機業界では1990年代に分業化が始まり、自社では生産設備を持たないファブレス企業や、ファブレスとは逆に他社から半導体チップの製造の受託生産を専門に手がける「ファウンドリ」と呼ばれる企業が次々に誕生した。また「EMS」(electronics manufacturing service)と呼ばれる企業では、家電製品を組み立てる受託生産を幅広く展開している。
「モジュール」は「すり合わせ」の対極概念
5万円テレビの事例では、液晶パネル、光学部材、バックライトについても標準的な仕様で大量に生産された汎用部品を用いる。テレビの映りを左右する中核部品にも汎用部品を用いる。信号処理基盤やテレビチューナも、異なる会社の汎用部品を力技で組み合わせる。大企業ではな考えられない設計だ。大企業の場合は、「専用部品」を用いて、一体の基板として、自社で設計・生産するのが普通だ。これは、テレビの画質の良さや組み立てやすさを追求するためである。汎用部品はモジュールである。モジュールを寄せ集めるとシステムができ、微調整は必要ない。「すり合わせ」は相手の状況を読みながら微調整を繰り返す方法だが、モジュールを使ってものづくりをする場合は、すり合わせはまったく必要ない。つまり、モジュールとすり合わせは対極の概念である。


世界の産業構造、その3つの潮流
ファブレス企業が、モジュールをEMSで寄せ集めて、安価な製品を作る。これが、堺工場が稼働する直前に、グローバルな「ものづくり」で起こっていた産業構造の変化だった。別の見方では、「国際水平分業」と言える。各々の企業が得意分野を分担し、グローバルに分業することである。この国際水平分業は、シャープのように技術のすり合わせにより、液晶パネルから液晶テレビまでも一か所で一貫して生産する「垂直統合」とは、まったく異なる方法である。180度違う、対極概念と言っていい。これらのことをまとめると、21世紀になった時点で、世界のものづくりの産業構造は、次のような3つの対立概念の潮流のなかで変化していた。
「すり合わせ」対「モジュール化」
「垂直統合」対「国際水平分業」
「国内市場」対「グローバル市場」
このような産業構造の変化の中で、シャープは自社技術の結晶とも言える液晶をもって「究極の垂直統合」で勝ち抜こうとしたのである。果たしてそれは総合的な経営戦略として正しかったのだろうか?
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32インチの大型液晶テレビは、大量に売れる価格帯にある商品、つまり「ボリュームゾーン商品」である。多くの企業が市場を細分化し最も標的とする商品である。このような商品は、設定価格が低く利幅も低い。大量に生産し大量に販売する「薄利多売」が必要となる。ところが、シャープは、これとは対極の市場を狙って、大型液晶テレビで、高品質の「ハイエンド商品」を作ったのである。シャープは、大型液晶の高級品市場が立ち上がると予測し、いや立ち上げるという心意気であった。市場細分化の理論によると、ボリュームゾーン商品とハイエンド商品とは、標的とする購買者層が異なるため、相互の影響は受けないとされる。つまり、ボリュームゾーン商品が売れたとしても、ハイエンド商品の売り上げには影響しない。しかし、大型液晶テレビは違った。ハイエンド商品市場からボリュームゾーン商品市場に向かって顧客が流れ、それまで高価格で手が出なかった層も一気にボリュームゾーン商品市場に殺到した。こうして2010年の末になると、シャープ堺工場に、60インチ以上の大型液晶パネルの在庫が合計100万台分も溜まった。適正在庫の2倍以上の量である。大型液晶テレビをターゲットとして建設されたシャープ堺工場の稼働率は、損益分岐点以下に追い込まれてしまった。
サムスン電子は液晶テレビで赤字を出したにもかかわらず、2010年7~9月期の営業利益は、4兆8600億ウォン(約3600億円)の黒字を出しているのである。ところが2010年7~9月期を最後に「液晶ディスプレイ事業」は赤字体質になっていく。サムスンは、トータルでの営業利益は、ずっと黒字を確保している。だから、液晶ディスプレイ事業の赤字は目立ち、2009年から液晶事業を率いたチャング氏は、CEO補佐となり、事実上更迭された。このように、あのサムスンでさえも、液晶ディスプレイ事業は難しい。産業構造と環境の変化に大きく影響される。しかし私は、これは「サムスンの戦略ではなかったか?」との疑念を持っている。サムスンは「水を低きに導く」戦略、つまり、「肉を斬らせて骨を断つ」戦略で、ライバルを蹴落としにかかったのではないだろうか? 「5万円テレビ」のような価格破壊を、そのためにわざと仕掛けたのではないだろうか?
サムスンの「状況証拠」と「残存者利益」
サムスンが、わざと価格破壊を仕掛けたという「状況証拠」はある。以下、それを挙げてみよう。一つ目は、サムスン電子が、液晶のスポット市場に、安価な32インチ液晶を流した事実だ。ダイナコネクティブの「5万円テレビ」は、サムスンの液晶パネルを用いていた。1万5000台限定であることから、安く売っても出血は少ない。しかし、薄型テレビの価格に与えるインパクトは大きい。2つ目は、サムスン電子全体としては、スマホなどの事業で赤字をカバーし、利益を出していることだ。体力があるから、液晶のシェアを握るためには価格破壊を仕掛けてもおかしくなかった。3つ目は、液晶テレビの販売台数が、2010年当時、年間販売台数4500万台と世界一だったことだ。サムスンの戦略は、グローバル市場を相手に生産規模を拡大する「規模の経済」である。このためには犠牲も払う。4つ目は、サムスン電子の薄型テレビのシェアが高いことである。2010年の4~6月期を見ると、24.4%とダントツの1位である(NPDジャパン、ディスプレイサーチ事業部のデータ)。2位はKG電子の14.1%で、以下ソニー12.8%、パナソニック9.0%、シャープ6.4%と続く。日本企業はすでに、この時点で、韓国企業の後塵を拝していた。これだけのシェアを持っていれば、液晶テレビの価格設定に影響力を持てる。5つ目はウォン安の有利な状況があったことだ。ウォン当たりの円の為替レートの変遷を確認しておきたい。
1980年…0.375円
1990年…0.205円
2000年…0.095円
2010年…0.076円
一目瞭然だが1990年から2000年にかけた10年で約半分となったウォンは、さらに2010年は0.076円まで下がり、円に対し、輸出で大きな競争力を持ったのである。6つ目は、結果の評価であるが、サムスンの「液晶ディスプレイ事業」は、2012年1~3月期になると、2800億ウォン(約180億円)の利益を出している。7つ目は、これも結果の評価であるが、サムスンの薄型テレビのシェアの拡大である。サムスンが薄型テレビのシェアを拡大させたことで、「残存者利益」を享受したことである。競争力を失って市場を退場するものが出れば、残った者がその利益にありつける。
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