チャイナタウン、すなわち中華街を土地の日本人はなぜか「南京町」と称した。そしてその地にすむ中国人たちは「唐人街」と呼び習わしていた。横浜の開港は1859年であり、中国諸港の南京条約による開港は1842年であるから、上海や広州は17年先輩である。上海語と広東語は通じないが、筆談で解決することができた。西洋人は日本人と中国人の違いもその程度と考えたようだ。実際その頃の日本人の漢文能力はきわめて高かったので、筆談で何とか用を弁じることができた。後年、孫文が日本の支持者と意思を通じ合ったのも主に筆談に頼っている。それでも思い通りにならない時は英語を使うこともあった。
何言ってんのよ? 現代日本人の漢文能力でも筆談は有効だ!
この時代を生きた学者で優れたジャーナリストでもあった梁啓超が、
「日清戦争は日本と李鴻章の戦争であった」
と述べたがまさにその通りである。李鴻章は清国のトップであるが、それは彼が育てた淮軍と北洋艦隊が彼を守っていたからである。彼は武器弾薬を自分たちの工場で作り工場で作り、軍糧は自給自足し、招商局で運輸業や貿易を経営し、給料も中央に頼らずにすむ。彼には当然ライバルが多い。両江総督の張之洞をはじめとして、その数は決して少なくない。だが、彼にはどうしても歯が立たないのである。彼に戦争させる。- これしかない。もし清国が戦うとなれば、戦える軍隊は李鴻章の淮軍しかない。大軍団を要しながら李鴻章が軟弱外交に終始したのは戦えば自分の軍隊が傷つくからである。10年前のベトナムでも黒旗軍が勇戦してフランス軍を破ったのに、フランスにベトナムの保護権を認めている。
「小国の日本に負けるはずはない。」
と一般清国民は思っている。しかし
あっ、清国民? 臣民だろ?
「海上での交戦に我勝算無し。」
開戦直後、李鴻章は皇帝への上奏文のなかで、そう述べている。1888年以後、清国海軍は一隻も軍艦を購入していないこと、そのため旧式で最高時速が18ノットなのに対して、日本は最近購入のものが多く時速23ノットのものがあることを挙げている。はじめから彼は負けることを覚悟している。彼のライバルたちは、主戦論者である。主戦論者は軍隊をもっていない。大軍をもっている李鴻章はなるべく戦いたくない。どうしても戦いが避けられない時は、なるべく早いうちに停戦に持ち込もうとする。今度の日本との戦争もそうであった。下関の講和条約を李鴻章は急いでいた。北洋閥の力をできるだけ温存して、事態を収拾したいのである。実は日本側も外国の干渉をおそれて、一刻も早く調印にもって行きたかったのだ。現にロシア軍3万が清国の北部に移動中という情報があった。干渉には武力を背景にするのが常識と言われた時代である。
広大な中国、大きな軍事力を持つ中国は、現代においてもこの時代と変わらない弱点をもっている
清露密約の調印は6月3日にお粉荒れた。密約の有効期間は15年で、期限切れの1910年、清国の調印者李経邁が、ロンドンの『デイリー・テレグラフ』に、全文を暴露している。
1.日本がロシア、清国、朝鮮を侵略した時は、本条約を適用し、一切の兵力をもって相互に指示する。
2.単独不講和。
3.作戦中は清国の港をロシア軍艦に開放すること。
4.ロシア陸軍の応援を確保するため、黒竜江、吉林両省を横断してウラジヴォストークに至る鉄道の建設に同意する。建設、経営を露清銀行に許与する。
5.戦時、平時のロシア軍の鉄道使用を認める。
6.有効期間は15年とする。
となっていてあきらかに軍事同盟の条約である。それなのに有効期間内に起こった日露戦争では清国はこの条約を守らずに中立の立場をとった。海防派の李鴻章にとって海から来る敵、すなわち日本からの侵略に備えての密約であった。だが、敵は海から来るとは限らないことがわかった。数年後、義和団事件で清国が混乱した時、陸から来た侵略者ロシアが東北(満州)を占領した。

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陳 舜臣

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