マルサが一度も踏み込んだことが無い「領域」がある。それは大企業である。国税庁の分類では資本金1億円以上の法人を「調査部所轄法人」と呼び、各国税局の調査部が担当している。このうち資本金40億円以上の大企業は東京国税局調査第一部の精鋭、特別国税調査官の担当だ。
国税庁はかつて、大企業に対する査察の可能性を極秘に検討していた。国税内部でも大企業に査察が無いことを気にしていたのである。きっかけは82年12月の衆議院予算委員会。共産党の金子満広議員が大蔵大臣の竹下登を相手に
「国税調査課が担当している大法人、資本金1億円以上ですが、約19000社のうち、1/5の4200社を実地調査した。それだけで税金が新しく取り立てたのが1345億円ふえていますね。つまり1/5のところだけ調べてもこれだけの金額、全部やれば6000億から7000億になる計算に私はなると思うのですね。大企業に甘くしないという点は大蔵大臣、いいですね。大企業に対しては今言ったように青色申告取り消しゼロという中で中小企業、商店はあれだけの件数がどんどんやられます。」
三菱商事副社長加藤竹松は「110億円は米国三菱が売買を依頼された取引先の利益である」と説明した。ところがその「取引先」がタックスヘイブンのバハマにある「パイコール社」という謎の企業であることが判明、国税当局の調べで、同社設立に三菱商事が深く関与しており、米国密微小時の事実上のペーパーカンパニーであることがわかった。税逃れの意図ははっきりしているが、国税当局は重加算税を含めた修正申告で決着させた。
大企業査察摘発第1号は遠くない時期にあるだろうと私は注視していた。しかしそれから20年以上経った今日まで、大企業に査察が入った例は皆無である。ただし、ニアミスがあった。それがまた三菱商事なのである。
ルノワール疑惑
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東京国税局調査第一部は90年秋、三菱商事の税務調査に着手した。その年、三菱商事の税務申告には目を引く項目があった。ルノワールの名画「浴後の女」「読書をする女性」の購入である。
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三菱商事はこの2点をスイス在住のフランス人二人から36億円で購入したと申告していた。三菱商事のような総合商社が個人相手に取引するのは珍しい。担当部署が開発・建設部門のデベロッパー調査部だったことも不自然ではあった。国税局としては当初、購入の事実と価格を確認できればよしという程度の構えだった。ところが調査は意外な展開を見せる。絵画は実は、創価学会から依頼されて三菱商事が代理購入したものであるが判明し、しかも購入先のフランス人2人は実在せず、実際には東京青山の画商から21億2500万円で購入したことが明らかになったのである。三菱商事は実際に36億円を支払っており、差額の14億7500万円が行方不明となっていた。21億円分は画商の手にわたっていたためにすぐに判明したが、残りの約15億円は受取人が不明の上に、現金化された際の裏書に架空名義が使われていたために追い切れなかった。関係者を追及したものの、十分な協力は得られなかった。強制調査権を持たない調査部の限界だった。
しかし東京国税局は「使途不明金として課税されてもやむをえません」という三菱商事の意向を受け入れ、課税処分だけで決着をつけようとしたのだ。91年11月になってようやく査察部が重い腰を上げたが、その矛先はなぜか三菱商事ではなかった。三菱商事に協力して謝礼を受け取った陶磁器販売会社の女性役員と、絵を売った画商がマルサの対象となったのだ。査察の調べで不明だった15億円のうち12億円の謝礼が女性役員らに支払われたことは判明したが、残りの3億円の行方は最後まで謎として残った。
決定的には事を構えず、適当な所で妥協するという微温的な関係が長年続いてきた国税と大企業だが、2004年半ば頃から異変が起き始めた。特に06年になって、国税当局は大企業の海外取引に目をつけ遠慮のないつ聴講生をかけるようになった。課税処分を受けた企業と追徴税額を例示すると、次のようになる。
ホンダ 117億円(04年6月)、京セラ 127億円(05年3月)、船井電機 165億円(05年6月)、武田薬品 570億円(06年6月)、ソニー 324億円(05年、06年6月)、マツダ 76億円(06年6月)、三菱商事 22億円(06年6月)、三井物産 25億円(06年6月)
追徴課税を受けた企業はこの8社にとどまらない。世界的に名が通ったビッグカンパニーがほとんどを占めており、税額も極めて大きい。国税庁は「所得を海外に逃す国際的な租税回避行為を封じ込め、我が国の税収を確保する」という大義名分の下で、国際取引にまつわる課税に力を入れるようになった。20年前にはわずか9人だった国際課税部門の専従スタッフは現在120人を数える。国税当局が頼る有力な武器が「移転価格税制」である日本の親会社が海外の子会社に商品を売った際、第三者間の取引価格(独立企業間価格という)より低い価格で取引すると親会社の収入が減るため本国では税収減になる。国税当局から見ると親会社の所得が海外子会社に移り、相手国の税収となると捉える事ができる。「移転価格税制」はこれを防ぐための制度で、いわば国家間の「税金分捕りシステム」といってよい。米国をはじめ多くの国で採用している。
85年、米国内国歳入省からトヨタ、日産、ホンダが「移転価格税制」を適用されて巨額の追徴課税を受けたことがあった。輸出産業のトップランナーへの思わぬ課税は国会でも大きな問題になり、「黙っていると外国に税金をもっていかれっぱなしになる」(国税庁)として翌86年に日本でも導入された経緯がある。導入当初は日本コカ・コーラなど外資系企業を集中的に調査していたが、やがて国税当局の矛先は日本企業に向けられ始めた。国税庁がまとめた移転価格税制によると課税所得額の推移は興味深い。
01年度 381億円、02年度 725億円、03年度 758億円、04年度 2168億円、05年度 2836億円
02年度から課税強化に転じたことがわかる。
http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/balance_of_payments/bpnet.htm
これ財務省の国際収支統計だが、経常収支の詳細で、1985年からの25年間で、貿易収支と所得収支が綺麗に入れ替わっている。日本企業が国内生産を止め、海外に生産拠点を移した結果と言えよう。そして04年にさらに遅れること5年、09年から海外子会社からの配当益金不算入が導入され、ますますのこの傾向を助長することになっただろう。足したら変わらないので、国税と企業は困らない。困るのは労働市場を奪われた国内日本人なのである。
官庁には法人税の納税義務が無い。営利事業を営んでいないからだ。しかし官公庁が所轄する公益法人や許可法人などの外郭団体は収益事業について課税対象になる。国税当局がこうした外郭団体の税務調査に力を入れるようになったのは95年ごろからだ。公益法人は民間企業よりも法人税率が低くなっており、税制面で相当に優遇されている。官庁系の外郭団体は、長引く不況で苦しんでいた民間企業に比べて所轄庁からの委託業務で安定した収益をあげられる仕組みになっている。にもかかわらず経理処理や金の使い方が乱脈だと各方面から指摘されていた。95年に建設省の「リバーフロント整備センター」(東京都千代田区)が東京国税局から約7000万円の申告漏れを指摘された。
以降、「ダム水源地環境整備センター」「ダム技術センター」「日本気象協会」「日本情報処理開発協会」「林野弘済会」などで立て続けに申告漏れが見つかっている。「ダム水源地環境整備センター」「ダム技術センター」の場合、建設省の官僚らの接待につかった飲食代やタクシー代金を経費として計上していたが、国税は経費と認めず課税対象の「交際費」と認定している。官僚への公費接待をあぶり出す結果となったわけだ。
国税当局の矛先は警察が所轄する交通安全協会にも向けられた。98年春、千葉県交通安全公会連合会が東京国税局の調査を受け、約1億円の申告漏れを指摘された。運転免許証の更新者用テキストなどお関連団体から購入した際、代金の一部を払い戻してもらっていた。これを課税対象にならない「非収益事業」として会計処理しえいたが国税局は「ノー」を突き付けた。これをきっかけに国税庁は各国税局に指示して集中調査を行い、26府県の交通安全協会で申告漏れが見つかった。そして2002年にはついに本丸の警察庁所管「全日本交通安全協会」が所得隠しを摘発された。協会は専門家に監修料を支払ったように見せかけて7年間で4億7千万の経費を水増しし、裏金としてプールしていた
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