Chapter2. 鉄道と南北戦争の時代 1840-1870
クックは1850年代後半の金融界で散々苦労してきたこともあり、政府債券に向けていた目を鉄道事業に集中させるべきだと考えた。鉄道事業の方が利ざやは大きく、マーチャントバンカーが自分で経営に参加するチャンスもあった。鉄道は国の生命線であり、エリー鉄道のような会社を避けさえすれば政府債券と同じくらい有望な投資先だった。1870年代の初頭、ノーザン・パシフィック鉄道の債券発行の独占代理人となり、さらに会計代理人となって取締役の任命権を手にした。報酬は会社の株の約4分の3で、会社の所有者となり、投資銀行となった。そして同社の債券を積極的に内外の投資家に販売しようとしたが、どちらもうまくいかなかった。
国内の投資家は、グールドによる金の買占め、その悪名高いグールドが手を出していたエリー鉄道といった悪いイメージが鉄道会社に対してあったので、鉄道会社の株や債券には手を出そうとしなかった。そのためクックは同社の債券販売に苦労している。当時、ウォールストリートの雰囲気はグールドのおかげで張り詰めていた。グールドとラッセル・セイジは運輸会社パシフィック・メール・スチームシップ社の株をめぐって派手な株価操作を行っていた。グールドは、コモドール・ヴァンダービルトによって食い物にされていた同社の株をかなり買い込んでいた。クックのノーザン・パシフィック鉄道の持ち株について詳細が明らかになると、クックの銀行に預金していた人々は急いで預金を引き出し始めた。グールドが株を買い占めているノーザン・パシフィックの経営者の銀行に預金しているのは危険だと考えての動きである。1873年、ジェイ・クック社は運転資金の不足で銀行として営業を始めてからわずか12年で廃業に追い込まれた。これを受けて株式市場は暴落した。フィスク・アンド・ハッチ社、クラーク社、ヘンリー・クルーズ社も倒産し、1869年の暴落よりひどいありさまでウォールストリートが立ち直るまで数年かかった。
Chapter3. ロバーバロン(The Robber Barons) 1870-1890
アメリカ経済は南北戦争が終わると、かつてない勢いで拡大し始めた。人口は増え続け、これにヨーロッパからの移民の流入が拍車をかけ、国内に生まれていた新しい産業に労働力を提供することになる。国土も独立当時の3倍になり、開拓と制服によって新しい領土が加わっていった。南北戦争で拡大に水を差されていた鉄道も、再び営業距離を延ばしていった。1866年、大陸を横断するアメリカで初の電信線が敷設された。翌1867年、鉄道敷設に関するクレディ・モビリエ社事件のすっぱ抜きがあり、国民が抗議の声をあげている。1869年、大陸横断鉄道が開通した。
時代は管理資本主義と呼ばれるときを迎えていた。企業の経営管理は大きく変わろうとしていた。19世紀の初頭以来、株式会社が発展、成熟してきていて、大企業の多くは個人所有やパートナーシップではなく、株式会社になっていた。もはや企業経営者たちは企業の創始者の親戚でもなく、創始者の子孫に婿入りした人たちではなかった。こうした変化が起こると、ウォールストリートは株式会社をめぐって利益を享受し始めることになる。成長を続ける企業は新しい資本を必要としており、そうした資本を求める力が市場にも圧力として働いてきたのである。1873年のパニックで始まった長い経済不況のとき、300以上の銀行が何千という企業を道連れに倒産している。経済サイクルの下降局面で多くの銀行や企業が倒産したことから株主の責任が限られていた株式会社の人気が逆に高まった。この不況を生き延びた企業の多くの株価は下がり、相場師たちにとって乗っ取りやすい状態となっていた。実際、多くの相場師たちが、てぐすねを引きながら大儲けしようと暗躍していた。彼らは企業本来の価値に興味をもっていたわけではなく、株を買い占めて株価を操作するチャンスと見ていたのである。
ダニエル・ドルーの手法
ドルーが約束の品物を届けたとしても、それがどのような状態で届くかは保証の限りではなかった。噂によると彼はニューヨーク州北部で売買が成立した牛に、水も食糧も与えずに鉄道で長距離輸送したことがあり、列車が買い手のいる駅に近づいたとき、やっと牛に水を飲ませたという。牛(カウ)はドルーの「水増し株」として有名になった。この「カウ」という言葉は、現在のウォールストリートではキャッシュ・カウ、つまり莫大な利益を継続的に生んでくれる「金を生む雌牛」を意味する金融商品を指している。ドルーの最大の大当たりは牛の売買ではなく、株式市場での「水増し株」をめぐるものだった。19世紀の鉄道への融資は「水増し株」という特徴があった。鉄道会社の資金は債券で調達され、実際にかかる建設費用以上の資金が集められていた。債券の購入者は鉄道建設の全リスクを負うことになり、いったん計画が破綻すると新しい計画が立てられ、新たにかかる費用は債権者の負担となった。鉄道会社の株主には、その会社の取締役たちが含まれていた。こうした取締役達は株主ではあってもリスクがほとんどなく、彼らが新聞や広告で自社株を褒めると株価が急騰するのだった。水増し株という言葉について、のちにヘンリー・クルーズが標準的な定義を与えている。鉄道株は実勢価格が額面よりも高く、ベアの攻勢に対して脆かった。クルーズはこうした資金調達方法のリスクに気づいていて「ヨーロッパの膨大な労働者を魅了した社会主義というものの誘惑を、このアメリカという国の何百万もの労働者はやすやすと受け入れるであろう。いかに富の分配が不平等であるか、いかに組織化された資本が圧倒的な力を持っているのかも、彼らの目には歴然としている」と述べている。
ロバーバロンたちは、社会や経済の情勢を背負って市場という舞台に登場し、アメリカという国に多様な影響を与えてきた。彼らは企業や金融システムの弱点を見抜くということにかけては見事な才能を発揮したが、ほとんど正規の教育を受けていなかった。ロバーバロンの代表ともいえるジョン・ジェイコブ・アスターやコーネリアス・ヴァンダービルト、フィスク、グールド、ドルー、ラッセル・セイジ、これに続くジョン・ロックフェラーやアンドリュー・カーネギーがロバーバロンの好例で、ほとんど公的な教育を受けていなかった。
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