英国の経済発展の特徴は、貿易と共に金融の覇権を確立したことにあった。世界を股にかけて稼ぎまくった金融覇権の創始者は、後述するロンドンにおけるマーチャントバンカーであった。金融の覇権を握るためには富が蓄積されることが必要である。その富が、交易によるものであることはいうまでもない。近代のお金は、モノ作りでなくモノの大量な販売や価格差を利用した流通メカニズムによって蓄積されていったのである。すなわち、欧州を拠点とするアジアやアメリカ大陸との貿易構造こそが英国の富の源泉となっていく。英国は、産業革命の発生した最初の国であり、それが世界に君臨することになった大きな要因であるという捉え方が一般的に定着している。だが、英国が18~19世紀に国際政治経済社会での挑戦者として様々な強国をノックアウトしえたのは、そうした「モノ作り革命」が直接的な要因なのではない。むしろ、その前に起きた「モノ売買の商業革命」の貢献度を忘れるわけにはいかない。英国の商業革命とは、インドやアメリカなど植民地を巻き込んだ世界的な貿易の発展による貿易量の急増や取引商品の多様化を指す。
貿易と金融とはきわめて重要な関係にある。モノを売った人が、それを現金として手に入れるまでの間、銀行などからお金を借りるのは、金融取引の一つである。国内取引に比べて貿易取引においては、その期間も長くなり、金額も大きくなる。さらに何といっても国をまたぐという物理的な距離がある。こうした金融を可能にするにはさまざまなノウハウが必要となるが貿易量の拡大によって英国はこうした金融業の地位を不動のものにした。
欧州各国の植民地政策は、スペインやポルトガルの両国が大航海時代を通じて世界地図を押し広げて行ったところから始まる。英国も1600年に東インド会社を設立し、喜望峰からマゼラン海峡まで、インドを中心とした貿易を独占していた。だが、英国はそれに満足せず、当時の強国オランダの海運・貿易での覇権を打倒しようと航海条例でオランダの中継貿易を阻止、結局3度にわたる英蘭戦争でオランダの衰退を決定的にした。さらに英仏7年戦争やスペイン継承戦争の勝利で先進諸国の植民地を獲得しつつ、アメリカを中心とする貿易体制を確立し、挑戦者から世界に冠たる大国に変身していったのである。戦費の調達はどの国でも悩みの種であったが、英国は17世紀末には国債発行制度が導入され、それを引き受ける中央銀行が設立されていた。これは英国の財政革命と呼ばれる。こうした財政の安定化こそが、さまざまな戦争の継続を可能にし、強力な海軍を支えることになったのである。軍事力と金融には密接な関係があった。
銀貨や金貨と並んで紙幣は経済社会でどういう役割を果たしていただろうか。紙幣はまず政府が借金をするための証書として登場する。英国で1694年に世界で初めて設立された中央銀行の最初の仕事は、国に対する貸付であったが、国は中銀から受け取った銀行券で戦争遂行に必要な物資を購入したため、その銀行券が貨幣として流通を始めることになった。中銀の発行する紙幣が、金との兌換を裏づけにして流動性を増し、紙幣の流通市場を形作るというシステムがすでに英国で生まれていたのである。
民間の銀行が発行する銀行券は、ジョン・ローがフランス王室の庇護の下でジェネラール銀行を設立して銀行券を発行したことで有名である。土地を担保とする紙幣を導入するという画期的なアイデアを説いてまわり、この銀行券は大量に発行され、広域に流通し、フランス経済に活況をもたらしたかにみえたが、1710年にはすでにその実態を伴わない紙幣に対しての信用は崩れだすと元には戻らない。
英国ではすでに中央銀行制度ができあがっており、銀行券も広く市中に浸透していた。それだけでなく東インド会社の社債や、南海会社の株式が活発に売買されるなど銀貨や金貨とは異なる金融手段も登場しているのが注目される。だが、18世紀末には国内外の政治的不安などを背景に紙幣を金に換金する動きが高まったため、英国は一時的に紙幣と金貨の兌換を停止することになる。その結果、金との連結性が失われて、紙幣残高は急増しインフレ率が急上昇したため、紙幣価値は下落した。英国はこうした観点からも金の役割を再度重視せざるを得なくなった。英国政府ならびに英国中銀は金が交換価値の尺度であり、貨幣価値の拠り所であることを再確認することになったのである。1816年、英国は貨幣法成立によって世界で最初に金本位制を導入し、1ポンドに相当する新しい金貨を鋳造するとともに、1821年には金と交換できることを記した兌換紙幣を発行することになった。現在流通しているポンド札には「この紙幣の所持人にはXXポンド支払うことを約束する」という英国中銀総裁の文言が刻まれている。現代となってはほとんど意味がないが、その文言を削除しないところに英国の伝統的な通貨制度に対する思い入れを見るようである。

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