馬は、日清戦争の段階ではアラブもサラブレッドも使われていない。雑種ですらない。日本馬であった。大隊長である好古も、西洋人が日本騎兵を見て笑ったように「馬のような馬」に乗っていた。ただ一人例外があった。沢田中尉という若い将校がひとり洋雑種の馬に高々と乗っていた。この馬はかつて東京戦でフランス軍が使った馬を陸軍が種馬として買い、日本馬と交配させて生まれたもので、沢田はそれを手に入れ、新馬のあいだから自分で調教してきた。
> JRA発足、競馬の意義、競走馬・サラブレッドの育成である。
日本人というのは明治以前には「国民」であったことはなく、国家という観念をほとんど持つことなくすごしてきた。かれらは、村落か藩かせいぜい分国の住民であったが、維新によってはじめてヨーロッパの概念における「国家」というひどくモダンなものをもったのである。明治政府は、日本人に国家とか国民とかいう概念を持たせることにひどく苦慮したようである。このため、「天子様の臣民」という思想を、植えつけようとした。忠義の観念は、封建時代の大名とその家来において既に濃厚な伝統がある。これをおしえることのほうが、国家と国民の関係を道徳において説くよりわかりやすかった。
好古は、結婚をすれば家庭の雑事にわずらわされて研究もおろそかになり、ものごとを生み出す精神がぼけてくる。というような説を立て、同僚や後輩たちに向かってもそう主張していた。「科学や哲学は、ヨーロッパの中世の僧院のなかからおこった。僧侶たちは独身であるため、自分の課題に対しわきめもふらずに精進することができた。そのようにたとえ凡庸な者でも一心不乱である限り多少の物事を成し遂げるのである」 「情欲が起これば、酒を飲め。諸欲ことごとく散ること妙である」
> 確かにお酒飲んだ後は何にもできないw
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