CDSは、一般読者の関心も高いようなので、少し解説的な記事を書いてみよう。プロ読者諸君は、ちょっと退屈だろうから今日は読み飛ばして欲しい。嫌味炸裂を見たい人は最後まで読んでくれ。
Jan 27 2012 ギリシャ国債CDS2480億円支払いも、市場信頼第一-クレジット市場
【記者:Abigail Moses】
1月27日(ブルームバーグ):ギリシャの債務スワップ交渉は、民間投資家の自主的な参加条件をめぐる対立が続いており、同国がデフォルト(債務不履行)に追い込まれる危険がある。こうした状況の下で、ギリシャ国債のデフォルトに備えるクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)契約の支払いに反対する欧州の政策担当者の姿勢が軟化しつつある。
バークレイズ・キャピタルの推計によれば、ギリシャ政府と国際金融協会(IIF)との債務減免合意は、対象となる2060億ユーロ(約20兆9000億円)相当の国債の保有者のうち50%に対する拘束力しかない。ヘッジファンドは合意に抵抗し、全額返済ないし保険契約による補償を求める可能性がある。
ギリシャは3月に145億ユーロ相当の国債の償還が必要で、国際通貨基金(IMF)は支援と引き換えに民間投資家との合意をギリシャに求めている。欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会のマルコ・ブティ経済部長は今週、全ての国債保有者との合意が成立しない限り、最大32億ドル(約2480億円)のCDS契約からの支払いを伴う解決策が必要になりそうだと発言した。
シティグループの信用ストラテジスト、マイケル・ハンプデンターナー氏(ロンドン在勤)は「政治家はCDSの支払いを誘発する事由について以前ほど心配してはいないようだ。ギリシャ国債のCDS契約に基づく支払いを行う方が、CDS商品がソブリン債のリスクヘッジを提供する能力に対する市場の信頼が失われるよりは恐らくましだ」と指摘する。
信用失うよりまし
欧州中央銀行(ECB)のトリシェ前総裁をはじめとする欧州の当局者は、高債務国の国債の値下がりを見込んだ投資を助長し、債務危機を悪化させる恐れがあるとして、CDSの支払いにつながる信用事由は受け入れ難いと主張してきた。しかし、JPモルガン・チェースとシティのアナリストは、ギリシャ国債のCDSの支払いが実際にはソブリン債の保険市場の信頼感を高め、国債相場の支援につながると考えている。
CMAによれば、ギリシャ国債1000万ドル相当の5年間のCDS保証料としては、前払い分630万ドルに加えて年間10万ドルが必要になる。これは投資家の債権回収率を22%と想定し、この間のデフォルト確率が82%であることを示唆している。
原題:Greek Debt Wrangle May Pull Default Swaps Trigger: Euro Credit (抜粋)
このデフォルト確率、正確には5年間でギリシャがデフォルトする確率で、その確率はマーケットバリューとして存在するということである。それはギリシャ国債のCDSの取引値から、実に簡単に計算できる。CDSの計算というのは難しい数学は一切必要なく、本当に四則演算で計算できてしまう稚拙なデリバティブゆえ、デリバティブ業界では、”CDSの専門家”などと不用意に発言すると、「もしかして、数学とか苦手なんですか? プッ。」と思われるほどだ。(但し、CDSの計算とクレジットリスクの計算というのはまったく意味が違うところは注意が必要だ)
記事上のデフォルト確率82% を導出するために、必要な数値は5つしかない。
持ち高=Notional 1000万ドル、
年限5年、
保証料10万ドル、つまり保証率Credit Spreadで言えば10万ドル÷1000万ドルで1%=100bps
回収率Recovery Rate 22%、
前払いPrepaid 630万ドル。
日本語はさすがに気持ち悪いので、それぞれ直した。
ここで、5年のデフォルト確率という意味を改めて考えよう。今日から5年後の間、どこかでデフォる確率、つまり5年目”まで”にデフォルトする確率である。
一方、年間デフォルト確率というのを想定しよう。
2012年でデフォる確率、
2013年でデフォる確率
2014年でデフォる確率
・・・
というように1年間でデフォる確率の累積から5年のデフォルト確率が計算される。今ここでは簡単のため、1年間でデフォルトする確率は、同じ1年間なのだから、どの年限でも同じと想定し、
2012年でデフォる確率=2013年でデフォる確率=2014・・・=2016年でデフォる確率
ということで、これをForward Default Probabilityと呼ぶことにしよう。
それではここではForward Default Probability=20%と想定して、デフォルト確率とその逆の生き残り(Survaival)確率を計算しよう。
デフォルト確率+生き残り確率=1だ。
1年後までにデフォルトする確率=1年間でデフォルトする確率なので20%。生き残り確率は80%
2年後までは? 20%は1年目でデフォルトしてしまうわけだから、2年目にデフォルトする確率は、80%×20%=16%
一年目の20%と16%を足すと36%になり、2年後までにデフォルトする確率は36%となる。ここまでよろしいか?
次にキャッシュフローを考える。
プロテクションの買い手は保証料として10万ドル毎年払う。これをPremium Legと呼んで記述した。
売り手はデフォルト時に回収できない分を払う。今回収率22%としているから、780.これをProtection Legと呼んで記述した。
次に期待値(確率を考慮したキャッシュフロー)を考える。
保証料はデフォルトするまで払い続けるので、保証料10×生き残り確率×割引率(Discount Factor=DF)。DFとは現在価値割引率というものだが、ギリシャ国債のような壊滅的なCDSにおいては影響は軽微なので無視して1。つまり意味がない掛け算だが一応入れておく。これを年限ごとに計算し、1年目+2年目+・・・と全部足したもの=26.89
一方、売り手はデフォルトした時にだけ払えばいいので、
債券回収不可能額780×生き残り確率×割引率 ”×年間デフォルト率(Forward Default Probability)”
となる。これも全部足したのは524.41となる。
次にCDS取引の時価の計算。
CDSとはプロ同士の世界で取引されるものだから、どちらかがバカ見ているということがない限り、期待値の総和はゼロになるはずである。
ではバイヤーの支払額の期待値は最初に前払い金630払っているので630+26.89=656.89
セラーの期待値はProtection Legの総和そのままで、524.41となる。
であるからこのままではバイヤーが132.5の損、セラーが132.5の得をする取引となる。
ここで、最初の想定Forward Default Probability=20%に立ち返る。これは私が勝手に想定した値であるからして、これを調整してどちらも損も得も無い0に帰着するべきである。それを探していくと・・・
Forward Default Probability=30%程度のところに落ち着き、5年後”までに”デフォルトする確率は83%と出ており、記事上の82%とほぼ一致している。これを正確に合わせるにはDF、Forward Default Probabilityが一定の想定をはずし、5年未満CDSからImplyされるForward Default Probabilityを計算する必要があるが、それをやるかどうかは、ギリシャがデフォる確率が82%なのか83%なのか気になる諸君がやれば良い話だ。
ノンプロ=一般読者諸君は、「CDSからデフォルト確率を計算できる」などというと「小学校4年生程度の学力があればできるねぇ」と鬼のように冷たい表情で返されるということが、この計算過程を見てわかったであろう。
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