カシオ詐欺事件 3000万ドル流出
ジョセフ・ロバート・ケルソー
1兆ドルを動かし、1000トンのロシア金塊を運用する男と呼ばれていた。その経歴は数奇を極めており、26歳の時イラク
にハープーンミサイル(艦対艦ミサイル)を売却した疑いで米司法当局に拘束されCIAの極秘任務だと証言した。その4年
後、中央アメリカ・コスタリカの偽ドル札とドラッグ疑惑にかかわったとして執行猶予を取り消された際には、連邦関税局
の覆面調査だと抗弁した。結局、ケルソーは2年の収監を宣告されるのだが、関税局は彼が情報提供者であった事実を
認めている。このときのケルソーの調査資料は、イラン・コントラ事件(レーガン政権時代、ニカラグアの共産主義政権転覆
を目的に、イランに武器を売却した資金で同国の反共組織コントラを援助した米軍の秘密工作)の主役オリバー・ノース中
佐が関税局に圧力をかけ押収している。刑期を終えたケルソーは、33歳で情報機関から国際金融の世界に身を転じる。
その後は映画会社MGM買収やロシアの金塊、ザイール政府発行のプロミサリーノート(約束手形)、ギリシア正教会の土
地開発事業などさまざまな経済事件に顔を出し、詐欺師・妄想狂と謗られる一方で、金融界の”闇の王”(タイクーン)と呼
ばれてもいた。 「オブザーバー」紙は、そのケルソーがスペイン・カナリア諸島の開発事業に関連してカシオの資金2500万
ドルを運用していると報じたのだ。
長谷川充之、新潟の裕福な美容室チェーンの息子で、高校卒業後美容師の修行のためにアメリカにわたるが、いつのま
にか「国際ビジネスコンサルタント」を名乗るようになる。
セオドール・T、ニューヨーク在住の日本人で、その正体は謎に包まれているが、金融ブローカーとしてアメリカで大きな成
功を手にしたことは間違いない。事件当時はタイムズスクエアの中心にある超高級アパートメントに暮らし、ハドソン湾に
浮かべた大型ヨットでパーティーを開き、フロリダに別荘を所有していた。米国版「エスクァイア」誌に”7億ドルの債券を動
かす男”として紹介されたこともあるという。カシオをめぐる巨額の金融詐欺事件は、96年暮れにセオドール・Tと長谷川が
知り合ったことから幕を開けた。
香港マネーロンダリング事件
梶山進は指定暴力団・山口組の二児団体五菱会の組長側近で、大規模な闇金融組織を統轄し、「ヤミ金の帝王」と呼ば
れた。2003年8月に逮捕され、出資法・組織犯罪防止法違反で懲役6年6ヶ月の実刑判決を下されている。
2003年2月17日、日本橋茅場町の日本証券代行本社を一人の男が訪れた。男は対応に出た社員にパスポートを見せ、
鞄から割引債の分厚い束を取り出した。これがヤミ金融グループによるマネーロンダリング事件の発端であった。
梶山が保有していた約100億円の割引債は日本国内の資金である。それが香港の金融機関の口座に移されているの
だから、どこかで国内から海外への資金移動が起きているはずだが、この取引では金融機関もその事実を金融当局に
報告していない。なぜこんな不思議なことが起こるのだろう。一見するとS&C東京支店からクレディスイス香港に送金した
際に、資金が国内から海外へ移転しているように見える。だが委託関係を見れば明らかなように、S&C東京支店に入金
されたのはクレディスイス香港の資金である。となると、その後の取引はクレディスイス内での資金の振り替えに過ぎな
い。これをコレスポンデント関係という。トリックは仲介者である山根が割引債を日本証券代行に入庫したところに隠されて
いる。株式や債券などの有価証券の管理代行は、一般には信託銀行で行われている。アメリカの金融機関が日本国債
を購入した場合、国債の束を航空便で郵送するわけではない。日本の信託銀行に口座を持っていれば、そこに購入した
国債を入庫すれば良いだけだ。国債そのものは日本にあるにもかかわらず、この手続きで所有者は日本人から外国人
に移る。信託銀行が非居住者の個人・法人口座に債券を入庫すればその時点で資産が国外に移転したことが認識でき
るから、ここまでは何の問題も無い。ところがこきゃkが割引金融債を信託銀行に持ち込むと話がややこしくなる。日本で
はずっと、信託銀行への有価証券の持込は野放しのままだった。特に割引債は匿名で取引されるため、信託銀行はそ
の所有者が日本人か外国人か判断できず、言われるままに海外の口座に入庫していた。その結果、日本から一歩も外
に出ることなく、いくらでも海外送金できたのである。この方法はあまりに露骨なため、90年代後半には入庫時の本人確
認が行われることになったが、もともと無記名である以上、金融機関はそれが真の所有者かどうか判断することができな
い。そのうえ今回のように国内の金融機関(S&C東京支店)が間に入るといったい誰と取引しているのかまったくわからな
くなる。その結果、実は海外取引なのに国内取引として扱われるという奇妙な現象が起きるのである。
この事件では、割引債を利用したマネーロンダリング以外に、海外のカジノを資金の隠匿に使ったことがわかっている。
カジノはハイローラーと呼ばれる得意客の便宜を図るため、世界各国の銀行に専用の貸金庫を用意している。例えば、
ラスベガス最大のカジノMGMミラージュの貸金庫は新生銀行にあり、ここに米ドル現金を預けておくと、その金額が顧客
の口座にカウントされ、わざわざ現金を持ち込むことなく、ゲームに参加できる。梶山は両替商などで米ドル札を購入し、
総額400万ドルの現金をいくつかのカジノの貸し金庫に預けていた。割引債が金融機関の保護預かりとなり、券面を出す
ことができないなど規制が厳しくなったための苦肉の策だが、ラスベガスは犯罪資金の流入を監視しており、貸金庫に預
けた梶山の資金もネバダ州賭博規制委員会によって凍結され、その後米政府に没収されている。割引債などを使って香
港に送金された資金は、複数回に分けてチューリッヒのクレディスイス本店に送金された。その総額は51億円で、スイス
で凍結されたためその存在が明らかになった。これとは別に、シンガポールの金融機関に送金された53億円があるが、
現地の金融当局の協力が得られず、資金ルートの追及を断念するほか無かった。
金融取引がどれほど高度化しても、それが国内で行われている限り、国家は法によって一定のルールを強制し、司法・
行政権力を行使して違反者を処罰することができる。日本の金融機関は税務当局の調査に協力する義務を負い、犯罪
捜査においても裁判所の命令で顧客情報が開示されるから、理屈の上では金融機関を通したどのような取引も解明可
能だ。それに対して、日本人が海外の金融機関を利用する場合、日本の居住者に対しては所得への課税権が残るもの
の、海外の銀行や証券会社には日本国の司法・行政権は及ばない。これはトラブルが生じても日本の金融当局の保護
が受けられないということでもあり、これまでは各国の金融事情に通じた専門家のみが海外の金融取引を行ってきた。
ところが海外のプライベートバンクが日本人の行員を雇用し、日本人顧客に金融サービスを提供するようになると、こうし
たすみわけは崩れてしまう。マネーはグローバルな金融市場を自由に行き来するが、それを管理するのは「国家」という
地理的な枠組みでしかない。プライベートバンクは市場と国家のこの制度的な矛盾を利用し、国内の法制度に穴を穿ち、
司法行政権の及ばない擬似的なタックスヘイヴンを作り出していく。
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