利休にたずねよ3/4 ~茶の湯の極意

「そのほう、なぜ、茶の湯を嫌っておる。悪いものではなかろう」
たずねられた黒田官兵衛は、すわりのよい大きな鼻と、ぎろりとした大きな目を秀吉に向けた。
「まず第一は、用心のことにございます。治乱見定め難き今の世におきまして、主客が無刀で狭い席に集まり坐るなど、不用心この上ないことです」
「第二は道具のことにございます。ただ茶を飲むばかりの椀や茶入に、千金の値を払うなど、笑止千万。一文でも余計な銭があれば蔵にたくわえ、有為の者を召抱える時こそ、惜しげなく使うべきでございます。」
「第三は時間にございます。ただ坐して書画を愛で、茶を喫するならばさほどの時間はいりますまい。二刻(4時間)の時間がありましたら、武を練ることも書を学ぶことも、いや、国家百年の経略を練ることもかないましょう。公家ならばともかく、武家がさような遊興に耽れば、いたずらに気がゆるみ、放蕩が習い性となりもうす。いつかは隣国が攻め込んでくること必定」
「わしが茶の湯を嗜むのは、お前のいうた害悪をさしひいても、なお余りある効用があるからだ。ここに茶道具と花がなかったら、周りの者はさだめし気を揉むことであろうな。官兵衛は、いったい何の用で召されたのか。三成あたりは、今頃たいそう気にしておるだろう。何の話をしていたのか、後で同朋衆にたずねるかもしれぬ。道具があって湯が沸いていれば茶の湯の話だ。信じる信じぬはさておいても、人の口には、わしがおまえに、茶の湯を教えていたと伝わる。密議を交わしていたと伝わるのと、どちらがよい
「侘びに身をやつすなどということは立派な家屋敷があっての愉しみ。いつも旅の空にある身には侘び茶がそら寒く感じられます」
宗二の言葉に利休のやわらかな目が、厳しく光った。
「旅で精進しているかと思えば、お前は、すっかり性根を腐らせてしまったようだな」
「いえ、腐らせてはおりませぬ。しかし、侘びの、寂びの、と優雅に唱えられるのは、家もあり、炉も釜もあっての話。すべてが借り物の身では、なんの感興もございません。」 利休がゆっくり首を振った。
「おまえがさように愚かな男だったとはしらなんだ。釜ひとつあれば山科のノ貫(ヘチカン)のように茶の湯はできる。それができぬのは、お前の心が練れておらぬからだ。一物持たずとも、胸中の覚悟と創意があれば、新しい茶の湯が愉しめる。なぜ、それをせぬのか」
わかるなぁ、俺も「地べたに這いつくばって残飯あさって生きていく覚悟できてるよ」って言ってるんだけど、
「そういう暮らし、したことないでしょう? アフリカの飢餓が遠すぎて想像できないように、あなたにとってそれが遠すぎるのではないですか?」
秀吉という男は、貪欲が着物を着て歩いているようなところがある。普通の人間は、骸骨が皮をまとった生き物だが、秀吉は違う。むさぼりのこころが皮をまとい、着物を着ている。だからこそ天下人になれたに違いないが、では、人として、こころの位がどれほどかといえば、けっして高いとはいえまい。欲深くむさぼりの過ぎる男は、たとえ位人臣を極め、天下を掌中にしていようとも、やはり下賤である。
茶室は横に長い平三畳。部材はばらばらにはずせる。黄金の柱を立て、黄金の敷居と鴨居をとりつけ、黄金の壁をはめこみ、黄金の天井をとりつけるだけで、どこでも簡単に組み立てることができる。畳は、どんな赤よりも赤い猩々緋の羅紗。そこにすえた台子皆具の茶道具も、すべて黄金でできている。正面の縁の口に立てた四枚の障子戸も、むろん骨まで黄金で、紙の代わりに薄い紗織りの絹がはってある。その紗もまた、とことんまで赤さをきわめた緋色に染められ、豊臣家の五七の桐紋が、目立たぬようほんのり淡く染め抜いてある。鮮烈な黄金と緋色-。その二つの色だけでできあがった茶の席なのである。ふだん、利休が好む侘びた風情とは対極にある座敷だが、これはこれで、黄金に映えた緋色が、えもいわれぬ静謐さを醸している。「いったいどれぐらいの金がつこうてあるのかな」近衛前久がたずねた。「無垢でございますので、風炉がいちばん重く、ざっと五貫目はございましょう。台子と道具一式にて十五貫目。茶室は、すべて金で作りますと重すぎて運べなくなりますので、檜の板の上に金の延べ板をはってございますが、それでも三貫目はつかっております」 平伏した利休が答えた。

利休にたずねよ
利休にたずねよ 山本 兼一

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