道具立てをあらためて眺めて三成は首をひねった。
-この茶はあの男の創意か。
古いやり方の書院の茶の湯で、粗野な面桶をつかうなどは、考えられないことだ。足利家の将軍たちは唐ものをありがたがり、華やいだ飾りつけを好んだ。今は簡素な茶室で、鄙めいた道具をつかう侘び茶がもてはやされる。三成の茶も、大きく考えればそのなかにある。自分は利休の風下に立っているのではないか-。いや、ちがう。侘び茶は利休がはじめたわけではない。その前に堺の武野紹鷗ら、何人の茶人がいたと聞いている。利休という男は、まるで自分が茶の湯のすべてを創始したような顔をしているが、そもそもいったいなにを新しくあみ出したというのだ。
-あの男、茶の座敷を狭く暗くしおった。最初に四畳半の茶の席をつくったのは武野紹鷗だったという。四畳半なら十分な広さがある。利休が作る茶室ときたら、三畳、二畳、一畳半。なぜそんな狭い座敷を作るのか、まことに理解に苦しむ。
-広い。と利休の門人たちは賞賛する。天井を斜めにして網代を張り、床の柱を塗り籠めにして奥行きを出す。そんな工夫をいくつもかさねたせいで、たった一畳半の部屋が広く感じられるという。そんな茶の席にこそ、乾坤に対峙するほどの玄妙があるという。狭い部屋はせまいに決まっている。
「譴責するならやはり茶道具のことがよかろう。あの男の儲け方は、目に余る」 玄以がつぶやいた。
「住吉屋と万代(もず)屋が、しびれを切らしております。あの二人は役に立ちます」 茶碗を置いた久阿弥がつぶやいた。
秀吉には堺から呼び寄せた茶の湯者が8人いた。利休、今井宗久、津田宗久、山上宗二、重宗甫、それに住吉屋宗無、万代屋宗安、そして利休の子道安である。八人衆はそれぞれに茶の湯の興の深さをきそったが、利休のしつらえと手前はたしかに誰が見ても異彩をはなっている。 万代屋宗安などは、利休の娘を嫁にもらったにもかかわらず、岳父に敵愾心を燃やしているらしい。
「利を休めとの勅号をいただいておるくせに、道具を高直に商う咎はたしかに重うござる」 三成はつぶやいた。利休という法号は、秀吉が禁中で茶会を開いたとき、特別に正親町(おおぎまち)天皇からくだされたものである。そんな男だけに、扱いは甚だやっかいだ。
「わたしたちはヨウロッパで、大変素晴らしい聖堂や壁画を見てきました。ヴァチカン宮殿の荘厳さは、世界のなにものにも比しがたいと思います」
「まさに神の栄光を伝えるものだ」 ヴァリニャーノの目にシスティーナ礼拝堂に描かれたミケランジェロの壮大な壁画が浮かんだ。あれこそ人類にとって美の極致である。伊東マンショは、
「大阪で、関白殿の城を見て、正直なところ大きさに驚きました。あれならばヨウロッパの建築にひけをとりません。それに、この屋敷にしても、清潔なことはどうでしょう。ヨウロッパの壮大さにかなうはずはありませんが、この島国には優劣をこえた、まったく別の美学があるのではないでしょうか」
「たしかに関白殿の大阪の城は立派な建築だ。ただ、堅牢さはどうだろう。木の柱に土を塗っただけ城では、あまりに貧相ではないかね。これはもしもの話だが、大砲でも打ち込まれたらたちまち崩れてしまうだろう。日本人はなにごとにも度が過ぎているが、私が一番不思議に思うのは茶の湯においてだ。日本人の奇怪さ、珍妙さは茶の湯にもっともよくあらわれている。なぜ日本人はあんな狭苦しい部屋に集まり、ただもそもそと不味い飲み物を飲むのかね。がらくたに過ぎない土くれの焼き物を飽きもせず眺め、お互いに白々しく褒めあうのかね。あんな馬鹿馬鹿しい習慣が世界のどこを見まわしてもないことは、君たちもすでによく理解していることと思う」
「そなたなら、この茶入にいくら支払う」
「正直なところ高い値はつけかねます」
「利休。南蛮人には、大名物紹鷗茄子も形無しだな。」
「はい。この南蛮人は正直者でございましょう。これはただ土をこねて焼いたばかりのもの。それをありがたがるのは、愚か者の数寄者だけでございます。」
「似たような小壺であっても、一文の値打ちもない物も多いと聞きます。いったい何が違うのでしょうか」
茶を司る坊主は、ヨウロッパの宝石商が行うように、千個の類似品のなかからでも、たった一つの伝説の品を選び出す。老人の顔を、ヴァリニャーノはしげしげ見つめた。じつに、不敵な面構えをしている。
それは、わたしが決めることです。わたしの選んだ品に、伝説が生まれます
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