株式の市場価値の増減を、投資家リターンを測る物差しと取り違えたところだ。市場価値とは、一般に時価総額と呼ばれる指標、投資家のリターンは時価総額とはまるで別の概念だ。リターンは株価の変動だけでなく、配当が支払われている限り、その水準にも左右される。リターンと時価総額を混同している投資家は多く、専門家でも取り違えることがある。短期的に見れば、日次ベース、週ベースで比較すると、相関性はほぼ完璧と言っていい。だが期間を長く取ると、相関性はずっと弱くなる。長期投資家の立場から見て、リターンの最大の源泉となるのは、配当だ。
IBM株の値上がり率は、年率11%超と、スタンダード・オイルのそれを約3ポイントも上回っていた。だがリターンで比べると、IBMの成績は、スタンダード・オイルにかなわなかった。1950年から2003年にかけて、スタンダード・オイルの株価上昇率は約120倍だった。IBMでは約300倍だ。だが1950年にスタンダード・オイル(現在のエクソンモービル)株を買って、配当を再投資し続けた投資家は、2003年の保有株式数が当時の15倍になっている。IBMではわずかに3倍だ。投資家にしても投資アドバイザーにしても、配当再投資がどれほど長期的なパフォーマンスを左右するか理解していない向きが多い。短期的な値上がり率ばかりが注目を集めて、肝心な長期的なリターンが見向きもされなくなっている。これも、成長の罠にはまった兆候の一つと言える。
時価総額とリターンが必ずしも相関しない理由は、ほかにもある。たとえばAT&Tは、S&P500が組成された1957年、時価総額で見て世界最大の企業だった。1983年末、同社の時価総額は約600億ドルまで膨らんでいた。ここで司法省から分割命令が下り、地域電話会社が分離され、AT&Tの株主には別途7社の株式が分配された。再編を経て、1984年末、AT&Tの時価総額は前年の600億ドルから200億ドルに減少していた。ところが分割された地域会社を含めると、投資家のリターンは前年を上回っていた。時価総額が66%減少したというのに、スピンオフ銘柄を保有し続けた投資家の資産は前年比30%増えていた。この逆も起こりうる。時価総額が増加して、リターンが下落するケースだ。企業が新事業の資金調達を目的に新株を発行する時、そうなる場合がある。あるいは、別会社との合併に伴い新株を発行する際にも、そうなりやすい。
スピンオフ銘柄を保有するか売却するか?
投資家はスピンオフなどで交付された株式を保有すべきか、それとも売却して再投資に回すべきだろうか? スピンオフ銘柄を保有し続けた場合と、そうしなかった場合とで、どこまで結果が違うかを調べるため、「子孫丸抱え」ポートフォリオと「直系子孫」ポートフォリオのリターンを比較してみた。純粋にリスク対リターンの観点から言えば、どちらを選んでも大差は無い。だが、税金と売買コストの観点から見れば、スピンオフ銘柄を保有する方法は、売却する方法に比べて、かなり有利になる可能性が高い。「子孫丸抱え」ポートフォリオでは、1株たりとも売却しないが前提であり、新たに買い増すのは、配当その他の現金交付金を再投資する時だけだ。したがって取引コストは最小限で済む。しかも、ごく稀な例外を別にして、1株も売らないので、売却益は発生しない。こうしたコスト節約はけっして馬鹿にならない。リターンを押し下げるかなり大きな要因の一つに、取引コストと税金がある。
消費者向けセクター 一般消費財と生活必需品
生活必需品とはそれが無くては暮らしが立たない製品をいい、売上が景気変動に左右されにくい。たとえば、食品、飲料、タバコ、石鹸、バス・トイレ用品、日用雑貨などだ。一方の一般消費財とは、生活に必要なわけではない財とサービスをいい、たまにしか買い換えられず、売上は消費者の可処分所得に左右される。たとえば、自動車、外食、百貨店、娯楽などがこちらに含まれる。この分類の曖昧ぶりがよくあらわれたのは2003年4月、スタンダード&プアーズは、ウォルマートを一般消費財セクターから生活必需品セクターに組み替えた。この小売業界の巨人が、食品市場に参入して成功を収めたからだ。定義はどうあれ、両セクターの企業の運用成績を比べると、そっくり裏返したほど対照的だ。
コカコーラ、フィリップ・モリス、プロクター&ギャンブル、ペプシコなどが長期的に特に目覚ましい運用成績を示している。S&P500の生き残り上位20銘柄のうち、生活必需品セクターが12銘柄を占めているほどだ。一方の一般消費財セクターは変動の激しさが特徴となっている。まず自動車メーカーがセクターを支配し(GM、クライスラー、ついでにフォード)、次にそのサプライヤーが台頭し(ファイアストン、グッドイヤー)、次に大手小売店が主流を占めた(シアーズ、JCペニー、ウールワース)。どれもこれも運用成績はまるで冴えない。従来型の小売店はウォルマート、ホームデポなどに駆逐され、自動車メーカーは、輸入車の攻勢と高い労働コストに打ちのめされた。現在はセクターの上位5位のうち4社までを娯楽会社が占めている。タイムワーナー、コムキャスト、バイアコム、ディズニーの4社だ。現在のS&P500一般消費財セクターから当初採用銘柄の生き残りを探そうとすれば時価総額の順に上から数えてじつに11番目(フォードモーター)まで下がらなければならない。一般消費財セクターは、主要10セクターの中でただ一つ、S&P500の当初銘柄のリターンが新規採用のそれを上回っていないセクターでもある。当初銘柄に含まれるGMの成績がとんでもなく低く、新規銘柄のウォルマートの成績が飛びぬけて高いことが、逆転現象を引き起こした主因だ。
一つのセクターの中で、自動車と小売が凋落し、ホームデポやウォルマートが台頭して娯楽企業がのし上がってくるまでの移り変わりは、創造的破壊の概念を銘柄選別に当てはまれば、綺麗に説明できる。くらびれた古い企業が、若く活力ある企業にとって代わられる図だ。だが、次の点を指摘しておきたい。創造的破壊の原則が実際に投資家の役に立ったのはこのセクターに限られる。新たな企業の運用成績が、古い企業を上回ったセクターは、これ以外に一つもない。
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