スワップ取引をブッキングした瞬間に真の評価益が出るから、インチキが周囲にすぐばれるはずだ、と思うでしょう。いやいや、デリバティブズの場合はごまかしが可能なのです。あげればキリがないほどありますが、その中の1例として2011年にある証券会社で評価損が1000億円以上発生してしまったデリバティブズのポジションが話題となりました。突如、1000億円以上の評価損が現れたのです。トレーダーが、自分の巨額損失ポジションを意図的に評価益が出るように操作していたことを、社内の誰も気づかなかったのです。これだけの規模のごまかしが可能なわけですから、ましてや、日々の小さいディールで、しかも、利益を過小評価、すなわち保守的に評価するのであれば、まぁ気づかれることは無いでしょう。
身内に厳しい三田さんのご意見に異論はありません。デリバティブズにそういう面があるのは事実です。デリバティブズであっても、先物や上場オプションにはAsk/Bidがありますので、評価値はその間になければなりません。非常に狭いAsk/Bidなので、そこを動かしても大して大きく損益をごまかすことはできません。また上場モノ以外でもOTCで取引されているものも同様ですが、Ask/Bidが広い場合は若干の裁量権が発生します。三田さんが言及しているのは対顧客で発生したエキゾチックデリバティブはこの世で顧客とカウンターパーティであるデリバティブ・デスクにしか存在しないので、価格を取るのと反対売買はほぼ不可能です。この場合、かなりアウトなボラティリティのレベル、相関係数などで評価を動かせます。一方、損失引当金(リザーブ)のポリシーや評価モデルの変更で天地がひっくり返ることもあります。
(これ、女系家族の10章の山場、宇市(橋爪功)が不正流用を追及された時の名演技。僕はこの表情が大好きです。)
しかし、ここで、はっきりと主張しておきたいのは、いわゆるディーリングでの大損は、パラメーターやモデルドリブンのチートよりも、もっと単純なポジション隠しによるものが大半です。歴史に残るトレーディングの巨額損失は
1995年発覚 大和銀行ニューヨーク支店、1000億円
1996年 住友商事 3000億円
2008年 ソシエテジェネラル 7600億円
2012年 UBS 1500億円
2013年 JPモルガンロンドン 6200億円
という素晴らしい記録wですが、パラメーターがどうのとか、複雑な金融商品ではなく、単純な商品(債券の現先、先物、CDSなど)のポジションを隠す手口が多く、かつまた被害額が桁違いに大きいです。一見デリバティブに見えて、そうではなかったものの例としては、トレーディング損失とは言わない事件であるが、
マドフ事件
2008.12.16: 5兆円詐欺事件に含まれるDerivativesの追跡
で詳しく述べているが、一応、表面上はsplit strike conversionというoption戦略で運用しているとうたっていたものの、そうではなく古典的なポンジースキームにすぎなかったというのがオチである。
かつまた史上最大の倒産劇リーマンブラザーズの負債総額64兆円w(トレーディング損失では無いが)も、サブプライムの証券化はデリバティブ技術の賜物ではあるものの、そもそもアンダーライング=サブプライムローンそのものの評価がまともにできる状態ではなかったのが一番大きな原因である。
時価が無く、取引所取引で無いデリバティブの価格不透明性ばかりを強調されている世の中に反論しよう。もっとも分かりやすい事例として、
上場株式の評価
を投げかけたい。今日の引値が1000円で1000株持っていたら、時価は100万円です。ところが極端に流動性が低い株で、1000円がついたのが13:04、そして引け時点の気配が910円/1020円だったら、引けで売った場合いくらで売れるかわかりますよね?
あるいは気配は1000円/1001円の場合であっても、1,000,000株持っていて、日々の出来高が20,000株しかないような銘柄だったらどう評価しますか?
20,000株しか出来高が無いような低流動株式を1,000,000株も買い集める過程で、株が鬼のように上がります。1000円というのは、史上最高値をつけているかもしれません。そうするとこのファンドはとても成績が良いことになり、ますます資金が集まりますので、その集まった金でさらに積み増して買い上がるとドリームファンドができあがります。そして、最高のパフォーマンスを上げた最高のファンドマネージャーとして、その収益にリンクしたインセンティブ・フィーをもらって退職します。さて、残された1,000,000株を売っていくと、いくらまで暴落するのでしょうか?
低俗なメディアがデリバティブに対する不理解から来る不信をもって、デリバティブを悪者にする風潮は同意しかねます。最も時価が明快な上場株式ですら、このような相場操縦的な行為でインチキが可能であり、これは実在のファンドで起きていたことで、事件化していない深刻な問題です。
証券会社の「儲け」の構造 | |
三田 哉
中央経済社 2013-04-06 |
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