あまりにも凄惨な事件の調書や証言に基づいている本なので、内容を書くのが憚られるほどです。6年にもわたって、事件として発覚せず、7人もの人間が殺された。時間が経過しているため、物証に乏しく、裁判の証言が多いが、私は当事者の証言に触れずに、この本の内容を抜き出そうと思う。
捜査は難航した。二人が名前を含めて完全黙秘を続けたからである。しかし、福岡県警はまず、恭子の供述によって3カ所のアジトを突き止めた。1つ目は、小倉北区内にある「マンションM」にある3階の部屋。1階にはカラオケスナックがあり、事務所と住居の賃貸が半々くらいの、何の変哲も無いマンションだ。捜査員が部屋に入ると家財道具はなく、ゴミ袋や折り畳んだカーペットが置かれており、引っ越した直後のようだった。障子で仕切った二つの和室(共に6畳前後)、台所、洗面所、浴室、トイレというごく質素な間取りだが、尋常ではない、さまざまな細工が施されていた。玄関のドアスコープには内側から鍋敷きが掛けられ、新聞受けにも内側から段ボール紙が貼られている。全ての窓に遮光カーテンが、玄関には足元まであるアコーディオンカーテンが下げられており、玄関ドアのチェーンは、ほとんどドアが開かないほど短くしている。訪れた者も室内を覗けない。ドアチェーンを短くして外すのに時間がかかるようにしているのは、誰かが逃亡するのを防ぐためだろうか。そして、あらゆる窓やドアに、多数の南京錠やシリンダー錠が取り付けられていた。和室と台所の間のガラス戸には和室側から、台所から洗面所に通じるドアには台所側から、洗面所からトイレや浴室に通じるドアには洗面所側から、施錠できるようになっていた。つまり、他の場所から和室には複数の鍵をあけないとは入れないのである。その和室はというと、子供用具も含めいろんな物が残されていて、家庭的な生活があったと感じさせられる場所だった。また、その施設方法からは、浴室かトイレに誰かを閉じ込めていたことも推測できた。トイレには細工が見当たらなかったが、浴室内の小窓には黒いビニールが貼られていた。薄汚れた青いタイルの洗い場は、幅93cm、奥行き146cmと非常に狭く、タイルには張り直された痕跡があり、表面は目地がそげ落ちるほど擦り減っていた。強力洗剤で何度も磨き洗いをしたようだった。浴槽も手狭でやはり磨かれたらしく、銀色のアルミの表面はピカピカに光っていた。
2つ目のアジトは、そこから歩いて15分ほどの閑静な住宅街にある「ワンルームマンションV」だった。捜査員が室内に入ると「勝手に外出しません」「もう逃げません」などと血で書かれた紙が押入れの引き戸に貼られていた。3つ目は小倉北区内にあるアパートの1階の部屋。捜査員が入ると4人の男の子(うち二人が双子)がパジャマ姿でテレビを観ており、捜査員が名前を尋ねるとしっかりとした口調で答えた(後に偽名であると判明)。年齢は5歳、6歳、6歳、9歳。この子たちは児童相談所に緊急保護された。それまでほとんど外出せずひっそりと室内に閉じこもり、小学校にも通っていなかったという。3つのアジトの家宅捜査で押収した資料から、県警は両容疑者の身元を割り出した。それを追求したところ、ようやく二人は本名や年齢などを認めた。捜査が進むにつれ、二人の背景も浮かび上がってきた。高校時代の同窓生で内縁の夫婦関係にあり、約10年前の詐欺事件で指名手配を受け逃亡していた(すでに時効成立)。またDNA鑑定で、アジトにいた子供のうち5歳と9歳の男の子が、二人の息子である子とも判明した。
家宅捜査では浴室のタイルや配管などを押収し、マンション周辺の下水道に溜まった泥まで採取した。1万点を超す押収・採取物の科学鑑定(血液のルミノール反応など)を進め、骨が投げ捨てられたという大分県の海のフェリー航路を中心に海底捜索も行った。しかし、是が非でも欲しい有力物証はやはり発見されず、結局17歳の少女の、何年も前の記憶を頼りに立件するしかなかった。
純子への初めての暴力は車の中だった。純子は次第に自分が悪いという心理状態に陥っていったという。これは典型的なバタードウーマン(DVの被害女性)の心理状態である。夫や恋人との二人だけの閉ざされた世界で、「おまえが悪い。だから俺はこんなことをするんだ」と暴力を振るわれていると、大概の女性は自己を非難する思考を植えつけられる。自尊心が壊され、「殴られて当然な自分」という自己イメージを抱くようになるのだ。
家庭における奥さんの独裁者的支配も、夫側の「俺が悪い。だから奥さんは傍若無人な振る舞いをするんだ」という心理により発生し、増長していく。莫大な費用のかかる結婚式に始まり(あんなもんを積極的にやりたがる男は一人も居ないだろう?)、日頃の無駄遣いと浪費を執拗に追及されお小遣い制度になり、女の大仕事、出産を期に、男の地位をますます蔑むようになり、男の退職後は存在の意味が無い粗大ゴミと見なすようになる。全ての家庭がそうではないと思うが、よく聞く典型的な恐妻家は、男(夫側)の自己否定と罪悪感を長年にわたって植えつけられたことにより発生する。
私はこれまで起こったことは全て、他人のせいにしてきました。私自身は手を下さないのです。なぜなら決断をすると責任を取らされます。仮に計画がうまくいっても、成功というのは長続きするものではありません。私の人生のポリシーに「自分が責任が取らされる」というのはないのです。(中略) 私は提案と助言だけをして、旨味を食い尽くしてきました。責任を問われる事態になっても私は決断をしていないので責任を取らされないですし、もし取らされそうになったらトンズラすればよいのです。常に展開に応じて起承転結を考えていました。「人を使うことで責任を取らなくて良い」ので、一石二鳥なんです。
株式投資や企業経営に向かない典型的な社会の負け組発言だな。使われる側が責任を取らなくて良いのが、この世であり、実際の判決だ。まさに支配される者の特権なのダッ
高校を卒業してすぐに入社した福岡市内の菓子店は10日ほどで退職し、布団販売の家業を手伝い始めた。数年で父親から実権を譲ってもらい、3年後には柳川市内の自宅を本店とする有限会社とした。結婚もして一男をもうけた。それから2年後の昭和60年には、周囲に水田と瓦葺の家屋しかない自宅敷地内に、鉄筋3階建ての自社ビル(延べ床面積144坪)を新築する。翌年には株式会社として「ワールド」を設立。資本金は500万と、株式会社としては小規模であったが、会社の登記簿の営業項目には、「貿易業」「採掘、開発、製造加工業」「広告、出版業」「製材業」「海上運送業」「損害保険代理店業」「医療施設、スポーツ施設、飲食店、旅館業」など17項目も羅列されている。貿易で扱う商品も鉄や石油、船舶や航空機まで含まれるなど、さながら大商社である。それもそのはず、松永は三井物産の登記簿のコピーを司法書士に見せ「営業項目をこれと同じにしてください」と頼み込んだのだった。しかしワールドの実態は、詐欺商法を繰り返しながらの自転車操業だった。空手チョップ、四の字固め、通電、背後に暴力団がいるという脅し、仕事のミスを突く罰金などを多用し、松永は従業員達を恐怖で支配していた。そして出身学校の卒業生や教師などに連絡を取らせ、「在庫を抱えて倒産するかもしれないので協力して欲しい」と頼み込んで高額な布団セットを売りさばかせる方法で、暴利を貪っていたのである。なかでも松永の才能が遺憾なく発揮されたのが、ワールドの従業員に騙された者に善意の人間を装って近付き、取り込んでいくという手法だった。
従業員の同窓生に、布団購入の契約をしたあとに支払いをしぶる男性がいた。松永は数人の従業員を引き連れて男性の家に上がり込んだが、罵声を浴びせるのはもっぱら従業員達で松永は一人黙り込んでいる。しかし突然、勢いよく立ち上がり、「あなたの背後に霊がいる。運気を吸い取っている!」と絶叫すると、スーツのポケットから黒い数珠を取り出して目を閉じ、眉間に皺を寄せ、「輪廻」「転生」と呪文のようにつぶやきながら拝み始めた。男性が恐る恐る「霊が憑いているって本当ですか?」と尋ねると深くうなずき、「最近、異常はありませんか?」と悩みを聞きだした。仕事が無いと打ち明けられ、松永は「なら、うちで働けばいい」と、男性を強引に自社ビルに連れ帰ると、ビルの裏にある木造家屋に押し込めた。そこは「生け捕り」にされた従業員のタコ部屋だった。その後、約2年間、男性はそこでの過酷な生活を強いられながら、高額な布団セットの販売に手を染め続けたという。こうして松永はワールド時代に少なくとも1億8千万円を荒稼ぎした。
さぞかし成功しているように見えるが、詐欺、現在で言うところの情弱騙しは、客自身を食ってしまうので長続きしない。その対象となる客もまた、詐欺にかかってくれる限定的なお人よしで、持っている資産額も極小であることがほとんどである。惜しいな、三井物産の登記簿を読む時間があるのなら、米国マクドナルドの10Kでも読んで、5ドルでハンバーガーを売ってるのになぜ儲かるのか?という仕組みを理解すべきだったな。「成功は長続きしない」ではなく「バカを食う詐欺が長続きしないのだ」。
一家の心理状態は「集団で様々な虐待や生活制限を受けていた」という点で共通している、強制収容所の囚人達からも推察できる。『強制収容所における人間行動』の著者であるユダヤ人精神科医コーエン医師の研究によると、ナチス収容所の囚人達の心理状態は恐怖から無気力へと移行し、しまいには、いつ自分の命を奪うかもしれないナチスの隊員への過剰な依存心に転じていったという。また囚人同志は助け合いよりも争いを繰り返し、より弱いものをいたぶり、中には肉親を平然と見捨てるものもいた。そしてナチスの手先となって仲間の囚人達を監視し、暴行や殺害を加える「カポー」という存在まで生まれたのである。マンションMの監禁生活の中で一家は代わる代わる松永のカポー的な存在と化した。身内同士で裏切りと虐待を続け、それが互いの殺し合いにつながっていったのである。
私がムンバイで見た路上生活者は、究極の貧困状態にあり、そこにはただ、絶望による無気力が感じられた。観光客である私の財布を強奪しようという気力すらも無いのである。
松永は以下の理由から自分には誉を殺害する動機が無いことを主張した。「死亡当時も私は、譽さんのことを『金のなる木』と思っておりました。たしかに仮登記によって土地を担保に借金することはできなくなりましたが、サラ金から借りるという方法もあり、誉さんにはどんどんサラ金に回ってもらう予定でいました。それから譽さんは高圧ガスとかボイラーの免許を持っていたので、会社を立ち上げて、商工会議所や国民金融公庫などからお金を借りることも考えていました。『わたしが頼めば同和資金から借りられる』と譽さんは言っていましたからそれも利用しようと思っていました」
消された一家―北九州・連続監禁殺人事件 (新潮文庫) 豊田 正義 新潮社 2009-01-28 |
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