イデオロギー崩壊で目覚め
ペレストロイカや教会の華やかな魅力はきっかけに過ぎない。ブームの最大の原因は何よりも共産主義
思想の後退、そして崩壊にある。イデオロギーを強制されてきた国民の心の中にポッカリと空洞ができ、
そこに新たに宗教的関心が生まれたか、あるいは根強く残っていた信仰心が表に出るようになった
のだ。
「党は共産主義は天国を作ると宗教的なことを言っていた。だが、それは嘘だった。つまり共産主義という
宗教がなくなったのだ」
そう。民は常に心の支えを必要としている。それこそが宗教の本質であり、民は、神の存在や経典を求め
ているのではない。
ロシア教会自身も1989年から「信者と教会の利益を守るために」(ある正教会修道院の聖職者)ロシア最高
会議に複数の議員を送り込んでいる。彼らはキリスト教系政党との連係プレーで、これまで教会の監視役
だった国家保安委員会(KGB)系の宗教問題評議会を廃止に追い込み、新しく最高会議内に「良心と信教の
自由委員会」を結成した。
政府の宗教弾圧策で、教会がほぼ全滅した国もある。アルバニアがその典型的なケースといえよう。
1991年12月、アルバニアの首都ティラナで2000人を超える群集が、以前は労働党本部にあったホールに
押しかけた。この国でおなじみのパンを求める行列でも、政治改革を叫ぶデモの一団でもない。彼らが見た
ものは「キリスト」と題された米社製作の宗教映画。アルバニアでは67年以来、ホッジャ労働党第一書記の
独裁体制の下で宗教に関わる活動が一切禁止された。2000人もの市民が集まったのは宗教映画の物珍
しさであり、元来の娯楽の乏しさも相まって異例の熱烈歓迎ムードが生まれた。「キリストがあらゆる問題に
答えを与えてくれる。アメリカはアルバニアに神の祝福が与えられんことを願う。」アメリカは、上映に先立っ
て下院議員が演説、上映後には参観者全員にボールペンが配られた。プロテスタントの布教を足がかりに
してバルカンの最貧国に接近する米国の姿が垣間見える。
イスラム教とユダヤ教 中東の宗教と政治
社会を支配するイスラム教
エジプトの憲法は、イスラムを国教とし、「イスラム法典は立法の主要な源泉の一つ」と定め、「イスラムの精
神」を「国家が寄って立つ基盤の一つ」であると規定する。エジプトは近代におけるイスラム原理主義の発祥
の地でもある。憲法のイスラム尊重の条項は、イスラム教に基づく政治を求める勢力への配慮である。同時
にエジプト憲法は、国民の一割前後がコプト教というキリスト教の一派を信仰していることを考慮し、信教の
自由を保障している。さらに「エジプトは民主主義、社会主義の体制を持つ」として宗教が支配する政治体制
はとらないと受け取れる条文もある。この聖と俗に関する相反する原則は現実の政治においては、ナセル、
サダト、ムバラクの三代の指導者の間、一貫して世俗権力が宗教権威を従属させる形で適用されてきたと
いえる。政府はイスラム原理主義にきわめて強い取り締まり姿勢で臨んでいる。
アルジェリア政変の衝撃
1992年12月、人民議会選挙第一回投票で、イスラム原理主義政党、イスラム救国戦線(FIS)が大勝利を収め
たのを契機に、アルジェリアで政変が起きた。宗教に基づいた政治を求める勢力と、政教分離を守ろうとする
勢力の闘いが、全面対決に入ったのだ。その衝撃はイスラム教圏の国々を揺さぶった。イランを除けば、イス
ラム教諸国、なかでもアラブ・中東諸国はどこも主要な反体制勢力としてイスラム原理主義グループを抱える

からだ。イスラム教圏、とりわけアラブ諸国の人々は自分が何者であるかということを考える時に、まず「私は
モスリムである」あるいは「自分が属する部族の一員である」と考える人が多いように見える。真っ先に「私は
これこれの国の国民である」と自分を規定する人は少ない
。突きつけた言い方をすれば、国家が求める生き方
よりもイスラム教が求める生き方、または部族の一員として求められる生き方(それを大枠で規定するのはイ
スラムの教えである)を選好する傾向があるといえる。だから生活の不満が膨らみ国から受ける恩恵が感じら
れなくなると原理主義組織のスローガンが説得力をもって耳に入りやすくなるのである。そしていまのアラブ・
中東諸国はどこも、社会や経済の運営に不安を抱えている。だからこそ、アルジェリアで原理主義がどれだけ
人々の支持を得るか、そして政教分離の政府が原理主義勢力に打ち勝つことができるのか、そこをアラブ・中
東諸国の指導者は注視している。
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