貧しい国々が豊かな国々に貸している
開発途上国の成長が、世界的な低金利やバブルの発生に結びついたとする発想を、2005年に先鋭な形で提示したのが、
減連銀議長のベン・バーナンキである。彼の論点を要約するとこうだ。GDP比で6%台に上ったアメリカの経常収支赤字、つ
まりアメリカによる対外資本輸入は、その当時重大な問題とみなされていた。しかるに、一方で経常収支赤字(対外資本輸
入)を持つ国があれば、他方には必ず経常収支黒字(資本輸出)を持つ国が居る。それではアメリカの経常収支赤字の増加
に見合って、経常収支黒字を増やしている国はどこか。統計を見回すと、新興国、とくにアジアの新興国が大幅に経常収支
黒字を増やしていることが判明する。このいびつな構造は豊かな国々の側の事情によって、つまり豊かな国々が過剰な支
出をして、それをファイナンスするために借り入れまで必要な状態に陥ったのか、それとも貧しい国々の側の事情によって、
つまり貧しい国々が、国内投資をファイナンスしてもまだ余るほどの国内貯蓄をするようになったために対外資本輸出を行っ
ているのか。この点を確認するためには世界金利の変化を見ればよい、とバーナンキは言う。なぜなら豊かな国々の借り入
れの増加が、グローバル・インバランスの原因である場合には、国際資本市場で資金供給が逼迫するだろうから、それを反
映して、世界金利は上昇するだろう。他方で、貧しい国々の貸し出し上昇がグローバル・インバランスの原因である場合には、
国際資本市場で資金供給は緩慢になるだろうから、金利は低下するだろう。しかるに、近年の世界金利は低下傾向にある。
これは新興国、開発途上国側の過剰貯蓄がグローバル・インバランスの原因である事実を示唆する。そうバーナンキは指摘
する。
アジア通貨危機後に資金が逆流
世界経済は、なぜ貯蓄過剰の状態に陥ったのか。この点については豊かな国々と貧しい国々との間の経常収支パターンの
変化が起こったのが1997年であるという事実が鍵になる。1997年に何が起こったのかといえば、すぐに思い浮かぶのがアジ
ア通貨危機である。この危機をきっかけにして、アジアの新興国は資本輸入に依存した経済発展を嫌い、むしろ国内投資を
抑制してまでも国内貯蓄の余剰を創出して、それを海外に輸出するようになった。その資本がますますアメリカに向かうように
なった結果、アメリカの計上収支赤字が膨張した。グローバル・インバランス発生のメカニズムをバーナンキはそのように推測
する。
なぜ新興国で投資対象が不足するのか
グリーンスパン前連銀議長はこの問題について次のように述べている。
「開発途上国の家計や企業は、先進国に比べて所得が低いにもかかわらず、所得のうち貯蓄に回す割合が高い、先進国で
は、たいてい担保を裏づけとして貸し付ける膨大な金融ネットワークのおかげで、家計や企業のうちのかなりの部分が、現在
の所得を大幅に上回る支出が可能になっている。途上国ではこうした金融ネットワークが圧倒的に不足しており、所得を上回
って支出するように誘導されることが無い。さらに、大半の途上国はいまだ生活するのがやっとの状態にあるため、万が一の
場合に備える必要がある。家計は頼れるものを求めているが、政府のセーフティ・ネットが十分に整備されていない国が多い
ため、家計が身を守る唯一の方法が貯蓄になる。」
「IMFによれば、1980年代、90年代の名目GDPに対する貯蓄比率は、先進国が21~22%で、開発途上国では23~24%だった。
開発途上国は過去5年間、先進国の2倍のスピードで成長した。貯蓄比率は中国が牽引役となり、2001年の24%から2006年
には32%に上昇した。貯蓄比率が高まったのは、文化が保守的で消費が出遅れたうえ、貯蓄の伸びに投資が追いつかなかっ
たからである。先進国の貯蓄比率は2002年以降20%を下回っている。
IMFの調査報告をもとにして、新興国の経常収支のパターンを、地域別に観察してみることにしよう。これまでは貯蓄過剰の状
態にあるのは、アジアの新興国であるとして議論を進めてきたが、現在はラテンアメリカの新興国の経常収支も黒字なのであ
る。経常収支の黒字がどのような形で資本収支の赤字(つまり資本輸出)に実現しているかを確認するとアジアの場合には、
外貨準備の増加が顕著に見られる。為替レートの急激な自国通貨高が生まれないように行っている為替介入がアジア新興国
の資本輸出の重要な部分を構成するわけである。アジアばかりか、ラテンアメリカまでもが近年はむしろ、国外に資本を輸出す
るような行動をとっている中で、現在でも一つの地域だけは例外的に、経常収支の赤字を記録し、国外から資本を輸入し続けて
いる。この地域だけは経済学の教科書どおりに、資本輸入に依存した成長戦略を選択しているわけである。その地域とはヨーロ
ッパの新興国、つまり東欧である。直接投資のフローについてはアジア新興国も受け入れ側に回っている。もちろんこの点では
東欧も同様である。しかし、対内直接投資のGDPに対する比率を見ると、東欧は4-5%であるのに対し、アジアは2%ぐらいに過ぎ
ない。東欧の資本輸入で際立っているのが、株式投資以外、つまり借り入れである。東欧の政府はEUへの加盟を視野に入れて
為替介入をさほどしていないため、外貨準備も小さい。
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