孫子・戦略・クラウゼヴィッツ―その活用の方程式 | |
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孫子については既に読んだので、クラウゼヴィッツの戦争論について
19世紀初頭ヨーロッパで活躍したカール・フォン・クラウゼヴィッツ。現在のドイツやポーランドの北部を領有していた
プロイセンに仕えた軍人で、同時代に活躍したナポレオンの軍隊と戦い負けて捕虜になった経験もある。彼は対ナポ
レオンに一生を捧げつつ「戦争とは何か」「戦争で勝つとはどのようなことか」を生涯かけて探求していた。
二千年以上前の『孫子』と、二百年前の『戦争論』。この二書が、輝かしい影響力の系譜を描くことができたのは、
両書が戦争における普遍的な原理原則を抽出しているからにほかならない。しかし、現代において戦略を学ぶ者に
とって、この二書には好都合な点がある。それは孫子と戦争論とは、真っ向から対立する主張を述べている箇所が
少なくない点だ。想定するライバルの数、ライバルとの関係、奇策や情報に対する態度、。戦略の重要ポイントで、ず
れも180度食い違う指摘が記されている。
戦争論はその冒頭に、戦争の本質を言い表した有名な言葉がある。
戦争とは、決闘を拡大したものにほかならない。
つまり、1対1で雌雄を決する決闘が戦争の雛形だというのだ。クラウゼヴィッツ自身、プロイセンの生粋の軍人とし
て生涯を過ごしている。為政者たちが「どこの国といつ戦うのか」を決定した後に表舞台に登場し勝利を目指す立場
に常にいたわけだ。
必ず「1対1で、やるか、やられるか」の状況で仕事がまわってくる軍人の立場からすれば、戦争はまさしく「決闘」と映っ
たのだろう。
ところが対する孫子の側にはこんな指摘がある。
百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり。
泥沼の長期戦にはまったり、ライバルとの憎悪の応酬をくりかえしたりしないようにしつつ、逆に、自分以外の二者が
泥沼の関係に陥ってくれるからこそ、おいしい状況になることを意味している。孫武がこうした「ライバル多数」の前
提にとった背景にはいわば彼の”政治家目線”がかかわっている。
孫子
亡国は以ってまた存すべからず、死者は以ってまた生くべからず
失敗したら、それを良い反省材料にして次に生かしましょうなどと、悠長なことはいってられないのだ。実際孫武の活躍
したころの中国は弱小な国々が大国に併呑されていく動乱の時代に当たっていた。周王朝の建国時には二百数十あっ
たとされる国々がこのころには十数程度にまで淘汰されている。対する戦争論には戦争全体の最後の決戦ですら常に
絶対とは見なされず、むしろ敗戦国は不利な結果をしばしば一時的な禍にすぎないとみなし戦後の政治的関係におい
てこの禍を回復することができる。
クラウゼヴィッツは、勝敗が決まると講和条約を結んで、また紛争があれば戦争となり、また講和条約を結んで-
そんな、戦争と平和のサイクルを考えていたことが伺える。つまり、戦いは「やり直しが利く」ものなのだ。戦争論という書
物自体リベンジを果たそうとする営みから産み落とされた書物でもある。つまり、戦争の天才、ナポレオン率いる軍隊に
対抗策を講じるためには、まずその戦い方を盗み、分析しなければならない。その筋道が戦争論となる。
孫子は全部で13篇ある古典だが最後の用間篇をまるまるスパイの分析にあてている。情報重視の姿勢は戦争論を含む
ほかの軍事戦略書にあまり見られないもので、孫子のすぐれて現代的な一面といえる。
ところがそんな情報の価値について否定的にとらえていたのが、対する戦争論だった。
戦争で入手する情報は、その多くは互いに矛盾し、より多くの部分は誤っており、また大部分はかなり不確実である。
要するに、情報の大部分は誤りであり、人間の恐怖心や嘘が虚偽の助長に新たな助けを貸す。
情報の価値に関してまるで懐疑的なのだ。この違いについて孫子の場合は政策や兵站、地形といった急激には内実の
変わらないインテリジェンスの活用を主に考えていたので情報の重要性を強調したのです。いっぽう、クラウゼヴィッツは、
実際の戦闘になったとき、電信もない時代で、現場の情報が指揮官に伝わるまでに時間がかかって、実際の戦況がすで
に変わっている事態に直面していました。伝令の報告を聞いている時点でもう最前線の状況は報告と異なっていたのです。
このことをふまえて情報の危険性を指摘したのです。
勝負師の条件
智者は必ず利益と損失の両面から物事を考える。すなわち利益を考える時には損失の面も考慮に入れる。そうすれば
物事は順調に発展する。逆に損失をこうむった時にはそれによって受ける利益の面も考慮に入れる。そうすれば無用な
心配をしないですむ。軍事的天才とは精神力の調和ある統一体である。
孫氏
軍の指揮官に必要な資質とは、智謀、信義、仁慈、勇気、威厳である。
戦争論
軍事的天才の高さはその国民の全体的な精神的発展に依存する。未開な国民の中には真に偉大な将軍は一人も居ないし
ましてや軍事的天才と呼びえる最高の将軍は皆無である。
この指摘がどこまで当を得ているか定かでは無いが、「文化的な教養を幅広く持っているか否か」という観点で「バランス感覚」
「多面的なものの見方」を養うために、ジャンルを横断した教養を身につけようとしてきたのだ。
全ての戦略には使うべき状況がある。
やり直しが利く・利かない、ライバル一人・多数の4象限にわけ、
やり直しが利く・ライバル多数:競争の戦略、プロフェッショナルの条件、ビジョナリーカンパニー、外交
やり直しが利く・ライバル一人:戦争論、遊撃戦論、暴力と聖なるもの、決断力
やり直しが利かない・ライバル一人:五輪書、ソビエト対外政策の源泉
やり直しが利かない・ライバル多数:孫子、君主論、宮本武蔵の生涯
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