実際この本はM資金とロッキードについて書かれているのですが、今回は噂のM資金詐欺について
抜き出して書いてみたいと思います。
消えてはあらわれるM資金
M資金というのは戦後わが国経済の復興のために絶大な権力をふるったGHQのマッカート経済科学局長の
イニシャルから取ったものといわれる。マッカートが吉田茂と組み、蓄財した資金が日銀に保管されており、
これを低利で貸し付けるという話が端緒である。その資金の大もとは戦前、国民が戦費のために国に供出した
数十万カラットのダイヤモンドを日銀が保管していたが、占領が解かれた後、確認してみると、ダイヤの量は
四分の一に減少しており、この紛失したダイヤを隠匿、換金した「地下資金」が三兆円というのが通説である。
平成19年に発覚した社会保険庁の年金記録不備問題などからすれば、ありうる話ともいえるが、大蔵・日銀
関係者は一笑に付すばかりだ。しかし、この話を精査した者は見当たらず、詐欺師のあいだではいまでも
立派に通用している。
その後、大蔵省の隠し資金、ユダヤ資金、オイル・ダラー、香港ダラーと資金源は変転を遂げていくが、
いずれも蜃気楼のまま消えている。
M資金詐欺は1965年から始まり、大企業だけでも20社を超えて話が持ち込まれ、はかない夢を追った多
くの男たちが踊らされた。取引の指定銀行は例外なく日本興業銀行だった。M資金の標的になる会社は不
祥事が噂されたり、資金繰りに苦慮していたり、事業拡大を目論んでいたりで、詐欺師たちはたくみにその
情報をキャッチ、接近をはかった。
その最たる例が、全日空の大場哲夫であり、日本鋼管(のちにJFEスチール)の赤坂武であり、富士製鉄
(のちに新日鉄)の永野重雄だった。
大蔵キャリアへの接待攻勢
「官僚も人の子。カネが好きだ」池田・佐藤栄作内閣で大蔵大臣を4期務めた田中角栄の名言である。
「護送船団方式」で昭和初めから金融行政を横並びでおこなっていたからである。大蔵省の意見は絶対、
全国の津々浦々の相銀・信金・生保・損保の支店まで行きわたっていた。そこで各行の企画部員は大蔵省
や日銀に日参し、行政指導がいつ下命されるのかを探るのが仕事の中心だった。その結果生まれたのが
東京・新宿の「ノーパンしゃぶしゃぶ」の接待であり、隠れて京都へ出張しての女遊びだった。さすがに検察
の手が入り、複数のエリート官僚が、あらたな有望な人生を台無しにした。
「飲む、打つ、買うは男の甲斐性」というが、これは昔の極道の世界、また一夜成金のお大尽にしか通じな
い価値観だろう。一介のサラリーマンが真似たら、人生を台無しにする。サラリーマンには住宅ローンがよ
く似合うのである。しかし、「陰の権力」を握っている役人には、その誘惑が多い。運輸官僚に限っても造船
疑獄の壺井玄剛、本書に登場するM資金の大庭哲夫、関西国際空港の服部経治らである。
全日空M資金スキャンダルの主役
全日空社長は大庭哲夫、明治36年(1903年)生まれの65歳。早稲田理工学部を卒業し、昭和8年逓信省
航空局入り。大物運輸事務次官、若狭得治の大先輩にあたり、日本航空社長の松尾静磨の完全な子飼い
であった。
夜遊び好きの大庭は、交際費の無い航空庁長官のときから、紀尾井町にある高級料亭「福田屋」に通った。
そこで航空庁人事科秘書係長の池田正男は、架空の接待相手を作り、銚子なども水増しして、食糧費
(役所の接待費)をひんぱんに計上する役目をやらされた。
長谷村資 昭和23年東北大経済学部を卒業して日本銀行に入り、同30年日本輸出銀行審査部に出向。
昭和35年アラビア石油、39年佐藤栄作秘書、43年全日空。
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