人間の進化を考える上で必ず持ち出されるものは、戦争と狩猟である。狩猟と戦争が人間の知能を進化
させた・・・全く正しい。しかしこの2つの項目からは人間の最大の特徴である音声コミュニケーションの能力
(それも大変複雑な)の進化をどうしても説明することができない。狩猟や戦争には、せいぜい合図程度の
コミュニケーション能力で間に合うのである。実際、オオカミの群れなどはほとんど打ち合わせらしきものを行わ
ないにも拘わらず大変複雑で巧妙な狩りをする。では何が人間に複雑な音声コミュニケーションの能力を進
化させたのだろうか。それは浮気だ。類人猿の世界を概観してみると、いかに浮気が人間特有の現象である
かよくわかる。一夫一婦制をとるテナガザル、一夫多妻制をとるゴリラはいずれも夫婦が四六時中行動を共
にしている。だから彼らは浮気をしようにもチャンスがない。チンパンジーは乱婚的でそもそも浮気という概念が
ない。オラウータンは単独生活者で元来きっちりとした夫婦関係が存在しない。霊長類全体を見渡してみ
ても、人間のように特定の異性がありながら、時々別の異性とも交尾するという婚姻形態はまずありえない。
人間は唯一の”浮気するサル”なのだ。しかし、人間における数の能力の進化・・・これをどう説明すればよ
いのだろうか。それは浮気ではどうにも説明することができない。ならば浮気と同様、時代、民族、文化、階
級を超えて存在するもの、ほとんどすべての人間の心を捉えて離さず、夢中にさせ、時には狂おしくさえしてしま
うものは何かと考えてみよう。しかもチンパンジーなどには存在しない・・・。それは賭博である。
古代社会では占いは裁判や物事を決める重要な手段であったが、一方で多くの占いの用具が賭博の用具
を兼ねるなど、賭博との密接な関係を保っていた。私は、占い、賭博、裁判、葬儀、協議などについて、起
源や互いの関係などを知りたくて相当な時間をかけて調べてみた。しかしどうにもはっきりした結論を得ること
ができなかった。古代社会ではそういったものの境界が実に曖昧でしかも互いの関係が複雑に絡まりあって
いるのである。ただ一つだけ明らかなことがある。それはそのどれもが神という概念があって始めて存在する文
化だということである。占いも賭博も裁判も、紙に判断を任せるという点で一致する。神の意思に近かったり、
それを言い当てたりできる者が、神からの祝福を受けるのである。そして見逃してはならないのだが、貨幣経
済が始まって賭博が始まったわけではないのだ。賭博は貨幣が鋳造されるずっと以前から行われていたので
ある。世界で初めてコインが作られたのは紀元前七世紀、小アジアの西部の王国リュディアにおいてである。
その後、コインはギリシア世界などへと広まった。それまでにも金塊や銀の粒、子安貝、穀物、家畜など、原
始貨幣と呼ばれるものが存在したが、意外なことに原始貨幣も賭けの対象にあまりならなかった。古代の
文献によると、庶民の男が賭けるものは往々にして妻であり、国王は領土さえ賭けていた。賭博は本来、
自分の体の一部や命、妻子のそれや身の潔白(これは裁判とも関わってくる)を賭けるもので、衣服や家
畜などを賭けることもあった。それが貨幣という、それらに比べれば実害の少ないものに変わったのである。
この貨幣経済の前に賭博があるという順序関係だが、人間主に賭博による数の能力の進化が起こり、それ
が貨幣経済の始まりを準備したというストーリーを暗に示してはいないだろうか。
>援護射撃をすると、貨幣経済の前は女を賭けていたというのなら、博打に強い男が多くの遺伝子を残し
>たことになり、数の能力を発展させたと考えるのが自然だろう。
人間である以上、人は誰でも(特に男は)賭博が大好きである。予想が的中した時のえも言われぬ喜び
はずれたときの悔しさ。たったこれだけの心の動きが我々を虜にする。取り締まっても取り締まっても跡を絶た
ない。見つかったら死刑になるかもしれないし、島送りになるかもしれない。それでも、やる。賭博とは人間界
に普遍の、それなのに全く正体不明の極めて強力な文化なのである。そういうわけで、どの国で賭博が盛ん
か、どの民族がより賭博好きであるかを比較することは難しい。賭博が禁止されている社会主義国にした
ところで、どっこい賭博は生きている。旧ソ連にはソ連時代からマフィアが存在しており、当然賭博も行われ
ていたと思われる。しかしそれでもあえて言うとする。世界で最も賭博が盛んな国は、イギリスである。何しろ
この国には公に認められた賭博会社が存在するのだ。ブックメーカーと呼ばれる賭けの会社は全国に数千
社、それらが出す賭け店(ベッティング・オフィス)は1万店以上に上る。道路に面した窓に馬や犬の絵が
描かれていたらそれが賭け店である。タバコ屋や薬屋のように、イギリスではなくてはならない生活必需品の
店である。賭けの方法は我々には少々馴染みが薄い。胴元であるブックメーカーは、まずオッズを発表する。
これはブックメーカーお抱えのハンデ師が独自につけるもので、ブックメーカーによっても違うしレース日が近づく
につれても刻々と変化する。払戻金は購入時のオッズに従うので、勝った人といえども悲喜こもごもである。
同じ勝ち馬を買ったとしても、どのブックメーカーの、オッズいくつのときに買ったかにより払い戻される金額が
全く違ってしまうのである。馬が出場を取りやめたりすると賭け金は一切戻ってこない。これらの賭博から政府
が税収入を得ているのはもちろんである。胴元の上にさらに国家という胴元がいるというわけだ。ヨーロッパで
民営賭博が完全に合法化されているのは、イギリスのほかにスウェーデンがある。モナコは周知の通り賭博
立国で、公設のカジノが莫大な利益を上げている。アメリカは州によって事情が異なるが、ネバダ州のラスベ
ガスがちょうどヨーロッパにおけるモナコの位置を占めている。しかしアメリカではほとんどの州が賭博に対して
厳しい姿勢をとっている。アジアは土だろう。東南アジアには一大賭博文化圏とでも呼べる広大な地域があ
り、日本の賭博文化も多くはここから来ているという。その総本山をなすのがタイである。こうして例を挙げて
みると私は一つの法則を見出したような気がする。それは君主のいる国は賭博に対して大変寛容であると
いうこと。いや、賭博の盛んな国では君主制が廃止されていないと言ったほうがいいかもしれない。ともかく
賭博と君主制の間には、なんともいえない相性の良さのようなものが感じられるのである。
イギリスには女王、スウェーデンも国王がいる、モナコにも大公がいる。タイ国王は国民の尊敬を一身に集め
る王として有名である。君主が賭博を司るということは、まず第一に、彼が人間と神との仲介者であることを
示すディスプレイの効果を持つ。しかし賭博とはそれだけのものであろうか。権力者が権力を誇示し、それを
維持していくための手段。まさか、そんなはずがない。その権力とは、何を隠そう賭博それ自体によって獲得
されてきたものなのだ。賭博とはうまくやれば富と権力とを瞬く間に手に入れることのできる魔法のような手段
だからである。
>現代でもカジノ産業の筆頭株主は社長自身が大量に持っていることが多い。これこそまさに帝国の君主
>制の名残と言えよう。
知的な営みに熱中する性質は、元上流階級人たちの間にも今にも脈々と受け継がれている。それはかつて
上流階級人が上流階級に留まり続けていくために何としても持っていなければならない大切な性質だったか
らである。ただそれを所有しているだけで楽々と暮らしていける資産を持った人々。彼らにとって生きていくため
に、さらに遺伝子のコピーを残していくために最も重要であることは何だろう。商売の才とか、政治的手腕とか
資産を増やすための才能はあればあるに越したことはない。しかしそれはなくても別に構わないことである。彼
らにとって最も重要なことは先祖から受け継いだ資産をすっかり使い果たしてしまわないこと、そういう放蕩な
性質を持っていないことなのである。放蕩の中でも一番いけないのが賭博である。賭博が資産を減らしていく
スピードは、芸者遊びや食道楽なんかの比ではない。賭博なら一夜にして全財産をすってしまうことだって可
能である。そこで上流階級ビークルは、カモ遺伝子を発見し排除する方法を考案した。学問である。何の
役にも立たない学問、金儲けになんか絶対にならない学問。それらを「アホらしい、つまらん」と思えば、その人
にはカモ遺伝子が乗っている可能性大いにあり。逆に、学問に夢中になってしまう人にはその遺伝子が乗っ
ている可能性が非常に小さい。なぜなら、博打にのめりこむための遺伝的性質と、学問に夢中になるための
遺伝的性質とは、ことごとく正反対だからである。
そもそも学問などと言う変なものに夢中になるには随分特殊な性質が必要である。世の中の森羅万象に
興味を持ち、探求したいと思う心、学んだことをどんどん吸収していく力、記憶力、論理を楽しむ心、深い
洞察力、わからないことをわからないと認める正直さ、自分客観的に見据えることのできる力、何事にも努
力する姿勢、忍耐力、粘り強さ、等々である。一方、カモになるにもそれなりに特殊な性質が必要である。
賭博が金儲けの手段になると思い込んでしまう考えの甘さ、楽した儲かる手段があるのになぜ真面目に働
くのかと考える金銭観、今日さえ楽しければ良い、明日は明日の風が吹くさという楽観的人生観、賭博に
勝ったことは良く覚えているのに負けたことはすぐに忘れてしまうという呑気な記憶力、過去の失敗をくよくよ
悩まない明るい性格、金もないの大盤振る舞いしてしまう人の好さ、宇宙の始まりがどうであるかなど、そ
れがいったい自分とどう関わりがあるんだと開き直る心、理屈っぽいヤツは気にいらねえと敬遠する心。
冷静な判断力や忍耐力に乏しいと言うことももちろん重要である。
>いやぁ・・・言ってることはごもっともなんだけど、こりゃ酷いねぇ。
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