私の新人時代の話であるが、配属が決まった後、配属先の事業本部下の部課長が自分の担当の仕事について、新人向けに説明するという研修があった。20人以上いたと思われる部課長・管理職において、たった一人の女性であった。私の記憶には、「全員没個性的なワイシャツを着たおっさん連中なのだが、一人だけ赤いシャツを着ている人がいた。」と残っているくらいで、男社会の現場では異様な存在であった。
女帝(今後のため仮名UM氏としよう)の担当部門は、いかにも女性らしいドキュメンテーション(法律・文章化専門チーム)であり、当然ながら、その研修におけるUM氏のご講話は「デリバティブ契約におけるドキュメンテーションの重要性」であった。新人には理解が難しい内容のため寝ていたヤツもいたように思う。私が出会った女性の中でもトップクラスの頭脳の持ち主であることは間違いないが、唯一の女性管理職という官位は、私だけでなく男社会でそれが認められていた証だった。
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数年後に私がデリバティブが深くたずさわるようになってからUM氏と接する機会も増えたが、UM氏は謙虚に「私はデリバティブのトレーディング以外の雑多なことを色々とやっています。」と、自らを雑用係かのように表現していた。しかし、紙にまつわることは、ほとんど全てをUM氏が担っていたため、特に新商品の企画などは、UM氏の紙が作られなければ全方面がストップしてしまうというくらいの重要な位置に座っていた。
会議の場ではこのような感じでお言葉を賜る。ドキュメンテーションの細かい言葉を取り上げては、「この規定をどう定めるかは、トレーディングの役割。つまり価格有利であるとか、ヘッジが可能であるとかを勘案して、諸君等が判断することだ。」
トレーディングとドキュメンテーション部隊の会議の場であるから、具体的に言えば、Disruption Eventの規定、Corporate Action時の対応・例えば会社が合併した後・Spin Offした場合、倒産ではないものの上場廃止になった場合、トレーディング部門としては、このように規定すると、このデリバティブ契約はエコノミー的に有利とか、これだとヘッジができないからDisruptionにしてくれとか、依頼しなければならない場なのである。そういう場で、先ほどのお言葉が出るということは、いかに当時のトレーディング部隊がUM氏に依存していたかわかるだろう。
何にも知らない読者諸君はまだわかってないだろう?
「日系の会社とかには、居そうだよね、無駄に威張ってるバックオフィス。」 くらいに思っているだろう?
“無駄に”威張っているのではなく、本当に威張っているということが示された象徴的な出来事は、さらに数年後に起きた。
デリバティブのトレーディング部門に、エクイティとは全く関係の無い金利・為替系から外様の課長が送り込まれてきた時の出来事である。
課長が就任してしばらくした時に、私は課長に問われた。
課「Term Sheet書いたことないの? じゃ、誰が書いてんの?」
私「UMさんです。」
課「えっ?うちの課ぢゃないの? Term Sheetはトレーディングでしょう? 本当にお前ら大丈夫?」
課長は、これ以上特に問い詰めたり、執拗に攻撃してきたりする性格ではなかったので、これで終わっただけのことではあったのだが、彼の驚き呆れた顔が、私にはとても屈辱的であった。
従来であればTerm Sheetは「エコノミーに対する最低限のことは書いてあるから、これを基にISDAなり法律に則った書類作ってね。」というトレーディング部隊からドキュメンテーション部隊に対する書類作成依頼書である。しかし、文字通り、紙にまつわる全てをUM氏が担っていたので、Term Sheetですら、ドキュメンテーション部隊で作られているという有様だったのだ。言い換えれば、
エキゾチック・デリバティブの「企画とファースト・ディール」は、ドキュメンテーション部隊がやっている と言っても過言ではない状態だったのである。
私は奪回のために香港やセールス部隊に手をまわし、競争各社のTerm Sheetを集めまくって読み、自らTerm Sheetを書いて提案した。しかし、関係各部署の反応、特に女性スタッフたちの反応が冷たく、
「うーん・・・、何これ? こういうわかりづらいのじゃなくて、”ちゃんと”字で書いて。」
(ちゃんとって・・・字で書いたら意味が不明確になるから、ちゃんと数式で書くように俺が変えたんだろうがっ! という言葉は通じる気配もなく)
私の書いたParibas調の数式Term Sheetは、あっさりと否定された。女性であるUM氏は、女性が多い関係各部署の反応を知った上で、文字表記のTerm Sheetにしていたのだ。
「xml Tag技術を使って、商品毎の作成ではなく、包括的なTerm SheetとISDA書類の作成と管理を・・・」
という提案も「んー、なんかITとか技術系はわかんねーな。技術者雇う金もないし」で終わった。結局、私はUM氏の牙城を崩せぬまま、その事業本部を去ることになり、UM氏の支配体制がその後も何年かは続いていたのである。UM氏も今ではその事業本部を去ったと聞いている。まさか、まだこの体制、続いていないとは思うが・・・まさかな・・・。
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