1793年2月22日、国民公会は、30万人の募兵案を可決する。全国から兵を徴募しようとするもので、応募が30万に満たない場合は、その不足を抽選による徴兵で補うことが定められた。また同日、職業軍人と義勇兵を統合し半旅団を編成する法案「アマルガム法」も採択される。招聘されたニコラ・ラザール・オッシュは即日、準司令官に任ぜられ、英国のヨーク公爵軍に脅かされているダンケルクの司令部に派遣された。弱冠24歳。アマルガム法により生まれた新フランス軍の中で最も若い副官だった。
サン・テチエンヌ大聖堂は2000人の市民であふれ返る。ジュリアンが中央祭壇に脚を掛けると、壇上で演説を終えかけていた国民公会議員はあっけにとられた。ジュリアンは祭壇中央部まで進み、敢然と口を切る。
「祖国は一つであらねばならない」 大胆な結論と若さに合わない堂に入った話しぶりが、人々の意表をついた。「なぜならば今は、国内外の敵に一丸となって立ち向かう時だからだ。でなければ未曾有のこの危機を乗り切ることはできない。祖国を失いたいのか。どれほどの危険が我らを取り巻いているか、目を開いてみてほしい。現にこのトゥールーズは、先月7日に共和国が宣戦を布告したイスパニアから1時間と離れていないではないか。イスパニア軍が進攻すれば、真っ先に血祭りにあげられる場所だ。」 具象化された危機が、市民たちに息を呑ませた。「祖国はヨーロッパ中を相手に戦っている。国内には無数のトゥールーズがあるのだ。その安全と安定こそ、何ものにも先んじてはかられるべきではないか。いかに財産を確保しようとも、それに埋もれて死んでしまって何にもならない。我々は総力を上げ、この危機を克服せねばならないのだ。我らの結集を妨害し、国力を分散させようとはかる陰謀家」 言いながらジュリアンは上げた拳から親指を突き出し、自分の後方に居るジロンド派議員を指した。
サン・トーバン・ドゥ・ボビニエ村 3500名の農民を率いて蜂起
レ・ゾービエ村 共和国軍ケティノー隊 2500を破る。
ティフォージュ市 ジャック・
カトリノーと合流 4万の農民兵を得て、西フランス最大の都市ナントへ向かう。
ナント 最高司令官であったジャック・カトリノーを失い、初めての敗北。
一市民の銃弾によってカトリック王党軍最高司令官ジャック・カトリノーが息絶えた同じ日、パリでも革命政府の領袖一人が、一女性の小刀により殺害される。犯行に及んだ女性は、ノルマンディ地方カーン市から上京したシャルロット・コルデー、25歳。殺されたのは人民の友の異名を取るジャコバン・クラブの雄ジャン・ポール・マラーだった。
1793年7月27日、ロベスピエールはついに公安委員会に乗り込み、クートンやサン・ジュストと共にその決定権を握る。8月1日ろべス・ピエールの提案受け入れたベルトラン・バレール・ドゥ・ヴィユザックは国民公会で咆哮した。「ヴァンデを破壊せよ。ヴァンデは内外の敵の希望になっている。ヴァンデを殲滅せよ。そうすればヴァランシエンヌはオーストリアから解放される。ヴァンデを破壊させよ。そうすればラインはプロイセンから自由になれる。ヴァンデを破滅に追い込め。そうすればダンケルクは英国の再占領を逃れられる。ヴァンデは共和国を蝕む最大の病巣だ。愛国心をもってこれを挫く者には国家の感謝が待っている。ヴァンデの反乱者どもの温床である森林を切り倒し、畑に火を放ち家畜を殺せ。ヴァンデを焦土とし、逆徒を根こそぎにせよ。
ジュリアンは指示棒を取り上げ、会議机の上に広げられたヴァンデ地方の地図のほぼ中央部を指す。「現在ヴァンデ軍を支えているものは3つです。一つはこのシャティヨン・シュル・セーブル。ここにはヴァンデ軍の最高評議会が置かれ、アジビラや新聞、紙幣を発行する印刷所があります。2つ目はショレ。東のソミュール、トゥアールにもまた西のナント、北のアンジェ、南のリュッソン等への地の利が良く、経済的にも豊かで周辺の農村部から容易に食料を調達できるところに本拠を構えていることが彼らを強くしています。3つ目はこの農村地帯。ヴァンデ軍に兵を提供し、彼らを憩わせ、休ませ、食べさせるこの土地、彼らの地形を熟知し、戦いを有利に展開できるこの地方全体が彼らを擁護しているのです。よって彼らを殲滅しこの戦いを終わらせるためには現在展開中の局地戦をすべて放棄し兵を集結させてまずシャティヨンの奪取、次にショレの攻略、おしてこれらを進行させながら森林と農村部の徹底的な破壊、さらにヴァンデの兵となりうるすべての男性とそれらを生み育てる全ての女性の殺害、以上が必要です。」
総勢35000を率いて、エルベはボープレオーを発向、南下する。32000を率いてショレ市から北上してきていた共和国軍と出会ったのは広々としたラ・パピニエールの荒野付近だった。共和国軍は圧倒的に押され、荒野からショレの街付近まで追い返された。ヴァンデ軍の最左翼が弱いことを発見すると、マイオシェールの窪地を守っていた将軍アクソに伝令を飛ばし側面攻撃を指示した。アクソはすぐさま行動に移り、ヴァンデ軍を急襲、その横隊をくずして内部に突入する。ヴァンデ軍の両翼は分断され戦線は乱れる。お互いに至近距離での打ち合いが始まりあたりには火薬の煙が立ち込めて1トワーズ先も見えなくなった。ジュリアンの指示が届く「ヴァンデ軍は間もなく混乱を起こします。その時にすかさず攻撃ができるように陣容を整え、力を保留しておいてください。そして彼らが敗走したらすかさず追い立ててロワール河を越えさせてください。」クレベールは首を傾げる。ロワールを越えさせてしまえばいくらでも北に逃げることができる。その手前で全滅させなければならないのではないか。いかに偉才といえどもまだまだ子供でありつめは甘いと結論せざるを得なかった。
聖戦ヴァンデ〈上〉 (角川文庫) 藤本 ひとみ 角川書店 2000-04 |
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