イスラム教とお金
「あなたには名誉を。私には利益を」
ぞっとする考え方である。わたしたちが真顔でこのようなことを言ったら軽蔑されて人間性を疑われるだろ
う。彼らはもとより生産に従事しないのだからいつか食料や物資が尽きてしまう。そのときはどうするか。
他部族を襲って盗むのである
。必要な物資ばかりでなく、他部族の女子を盗むことも普通だった。また、ま
るでスリリングなレクリエーションのように馬にまたがって他部族の人間を殺戮することも異常なことでは
なかった。そのためにも、アラブ人は速く走れる馬を育てたのだった。他部族を急襲して盗むのは正当な
経済行為だとみなされラジーアと呼ばれた。アラブの伝統の中に暴力と盗みが含まれているのだ。わたし
たちが子供の時に呼んだ盗賊アリババの物語はアラブ人の伝統を伝えていたわけだ。
1990年にイラクはクウェートに侵攻し、これを阻止するために赴いたアメリカの軍隊と戦争になった。いわゆ
る湾岸戦争である。しかし、イラクが他国に「侵攻」したと考えるのはキリスト教が根底にある現代先進諸国
的な見方
なのだ。イラクは経済的に窮し、クウェートの石油を手に入れようとした。これは伝統的なラジーア
なのである
。国家的規模に拡大されたラジーアである。だからイラクには悪いことをしたという自覚がない。
 古代においてもアラブ人は乏しくなる前に働いて稼ぐということをしないできた。汗水たらして働くことは奴
隷がすること、侮辱される行為とされているからである。そこには、できるだけ働かずにお金を得ることのほ
うが偉いという価値観がある。このような地であったアラビア半島の西に紀元七世紀、突如としてイスラム教
という独自な宗教が生まれた。宗教の倫理というものは一般に人間の素朴な暴力性を抑制する働きをする
ものだ。しかし、イスラム教は異なっていた。かえってアラブ人たちの暴力性に宗教という根拠を与えたので
ある。イスラム教の創始者であるムハンマド自身が伝統のラジーア、つまり略奪を頻繁に行ったし、軍事力
によって強引な布教をした。そして神の言葉だとされるコーランには、勇んで戦いに赴く姿勢をことさらに賞
揚する文章が数多く記されたのである。
仏教とお金
悟りを求める人々にブッダは戒律を与えた。経済に直接関係するものは「金銀を持たない」である。貨幣に
触れてはならないというのである。当然ながら一切の商業・生産活動も禁じられた。何かを所有するという
こと自体を捨てるのは悟りの道の一つだった。持ってよいものはたった6つ。3枚の衣、食器としての鉢、坐
具、虫を殺すことなく水を飲むための漉水嚢(ろくすいのう)だけである。食物をたくわえておくのも禁止
だっ
た。歌舞音曲を見聞きするのが禁じられたばかりでなく、雑談も戒められた。話すのは修行に関することの
みとされ、後は瞑想と沈黙が薦められた。つまり、あらゆる退路を断って何の憂いも心にかける事柄もなく
悟りへの到達のためにひたすら励むよう配慮されたのである。
布施は公共事業の代替
執着から離れる生き方を行くのだから、自己の所有という概念からも離れなければならない。したがって自
分の働きで得た財であっても、財を自分のものとして独占所有するのではなく、分かち与えるべきだとされ
た。この分かち与えが布施である。ブッダの死後に教団は在家信者から布施によって大きくなった。紀元前
三世紀のアショーカ王は仏教を信じ、多くの寺院を建立したばかりでなく、港湾や橋の建設、土木事業、病
院建設、薬草の輸送などで有名になった。国家行政という概念のない古代にあって、仏教の布施はいわゆ
る公共事業の代替となったのである。
戒律の誤解
ブッダの死後約百年たった紀元前4世紀頃に戒律の改革案が出されるようになった。まずは飲酒である。
ブッダは飲酒を厳禁としたのだが、ヤシの果汁を発酵させたものならば酒ではないので飲んでもいいので
はないかという改革案が若い修行者から出されたのである。他には、塩の貯蔵。必需品でありながらも塩
は手に入りにくかったからである。また、正午を少し過ぎても食事できるようにしよう、もらってきたものを余
らせないためにも食事は一日二度してもいいのではないかという案もあった。そして大きな問題となったの
は金銀の布施を受け取るべきかどうかということだった。貨幣経済に移行しつつあったので、金銀の布施に
出す在家信者が出てきたのである。ブッダは金銀に触れることを禁じていたのに、なぜ金銀の布施の扱い
に困ったかというと塔や建物の維持に貨幣が必要になっていたからだった。
 ブッダは自分が死んでも供養などしてはならないと告げてあったが、弟子たちはこの言葉を守らなかった

そしてブッダの遺骨を納めた塔を建てた。その周囲にも供養塔が建てられた。教団が盛んになったので僧
院も必要になった。こういう建物の維持費用として貨幣が必要になっていたのである。
呪術信仰と融合した日本仏教
今の日本の仏教は葬式仏教だと批判されている。仏教そのものを伝えようとしている僧侶も居るには居る
が、大半の寺院や僧侶は葬式や法事などの行事を中心に非課税の商売をしている。僧侶が葬式などにた
ずさわるのは、本来の仏教ではなく、古くからの呪術信仰から来ている。僧侶の祈祷に効験があると信じら
れているのである。これは今に始まったわけではなく、日本に仏教が伝来した時からそうだった。
僧侶は金銭に関わることの多くに首を突っ込み、賭博も寺で行われた。賭博は禁止だったのに寺院内はい
わば治外法権の場とされていたからだった。博打の手数料を今でも寺銭と呼ぶ理由がここにあるのだ。そう
いった臨時収入の他に、確かな定期収入が寺院にはあった。農業と信仰心を結びつけた金融業である。農
民はその年の最初の収穫物となる初穂を寺に奉納する。すると寺側では翌年に種籾としてこれを農民に貸
し出し、利息をつけた分多く翌年の初穂を奉納させるのである。この利息は50%である。
著者はシオニストかな??
なーんか総じてそんな感じで書いとったわ。
【治外法権領域】
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