インド原爆の父 ホミ・バーバー博士
バーバー博士は、イギリスのケンブリッジ大学で核物理学を学んだあと1944年にインドに帰国、翌45年に設立された
「タタ基礎研究所」の所長に就任して、インドの原子力研究をスタートさせた。インドの核兵器開発は中国の核実験成
功がきっかけだったが、バーバー博士自信の核兵器開発への決意は、それよりはるか前に形作られていた。インドが
独立を果たしたわずか11日後の48年8月26日、インドの主だったリーダーが秘密裏に集まって独立後のインドの基本
政策を討議した。席上、バーバー博士は一同に向かって「力を使わない者に、力は形成されない」と述べ、「強いイン
ド」作りを執拗に主張したという。「58年までには核実験を実施したい」。その後62年の中印国境紛争でインド軍が大
敗するや、バーバー博士は原爆製造の必要性を公言するようになり、64年10月の中国による核実験成功の直後に
は「インドは18ヶ月以内に核実験を行うことができる」と言明するに至った。バーバー博士の最大の功績は、その広範
な交友関係を通じて、イギリス、カナダ、フランス、米国から原子炉建設や燃料、重水の提供に至るまで、様々な支援
と協力を取り付けたことだった。
米国の失政
宿命の対立関係にある隣国パキスタンとインドの核実験に使われたもともとのプルトニウムを抽出したシーラス原子
炉の輸出国であるカナダは激しく反発したが、ソ連は「インドが核爆発の平和的利用技術において世界水準に達す
る道を開いた」と、事実上支持する態度を取ったほか、フランス原子力委員会に至っては祝意を表した。中国はコメ
ントなしに速報。米国は「インドの核実験に使われた物質は米国が提供したものではない」ことを強調するとともに、
「米国は引き続き核兵器の拡散には反対していく」ことを表明したにとどまり、国際社会の対応は大きく分かれた。
インド核実験成功のカギを与えた、トロンベイの再処理工場の基礎技術は、米国が初期の原爆を開発するのに成功
したビューレックス法と呼ばれるプルトニウム濃縮方法で、米国はこの技術をトロンベイ工場に全面供与し、24人の
インド人技術者の訓練にもあたった。米国はなぜ、危険な各関連技術・施設を気前よくインドに提供してしまったの
だろうか。その理由はアイゼンハワー政権が打ち出した「平和のための原子力」構想にあった。その基本的考え方
は、核兵器の拡散を阻止する最善の方法は、原子力研究で最先端を走っている米国が、友好国の平和利用研究を
積極的に支援することによって、これら友好国が軍事利用への道を自制するようになることだというものだった。この
ようなきわめて楽観的な考え方に基づいて米国は、インドの原子力研究を育てるために、保証金付の借款、研究費、
訓練などの大盤振る舞いをし、1300人ものインド人科学者やエンジニアが米国内で教育・訓練を受けた。このように
みてくると、米国の場当たり的な政策の責任はきわめて重いといわざるをえない。
インドが開発したとみられる核兵器は、長崎に落とされたのと同じプルトニウム型であるということだ。またパキスタン
が核兵器開発に必要な多くのものを外国から輸入に依存しているのに対し、インドの核兵器開発は基本的には「自
己完結性」を有していると言える。インドは自国にウランを埋蔵しており、IAEAの推計によれば1キロのウラン抽出に
80ドル未満という比較的低いコストで済むものが35000トンもあることだ。自国産の天然ウランを使って、マドラス、ナ
ロラ、カクラパルの原発、さらにはシーラス、ドゥルーヴァ、FBTRのプルトニウム生産炉でプルトニウムを生産し、これ
をトロンベイ、タラプールのプルトニウム再処理施設で兵器級プルトニウム(純度93%以上)に精製するという、一連の
サイクルを自国内で行っていることだ。第三は原発炉、プルトニウム生産炉いずれにも必要不可欠な重水をインドは
大量に国産する能力を持っている点だ。第4は1958年に設立された「国防研究開発機構」傘下に、47の研究所、8つ
の国有製造企業、科学者・技術者約6000人、専門技能工10000人を抱え、裾野の広い技術基盤を保有しているこ
とだ。第五は、36万9000トンに及ぶトリウムを自国内に埋蔵しており、万一自国産の天然ウランを掘り尽くしても、ウ
ランに変わるプルトニウム生産手段を確保していることだ。トリウムはウランと一緒に高温ガス冷却炉で燃やすことで、
ウラン233を生産でき、これを燃料に高速炉でプルトニウムを生産することが可能だ。インドはこの、トリウム燃料サイ
クルに取り組んでいる。インドの核兵器開発の特色は、インドの各関連施設はパキスタンに比べて膨大であり、大量
の兵器級プルトニウムを生産できる点にある。また熱核兵器である水爆を製造するための設備を持っている点も見
逃すことはできない。インドは計画中のものも含めて8つもの重水製造工場を持っているために、水爆製造に必要な
三重水素(別名トリチウム)を多量に生産できるうえに、もうひとつ水爆製造に不可欠なリチウム6の生産・精製も行っ
ている。唯一ともいえる弱点は、純度の高いベリリウム金属を国内調達できないことだ。核物質のコアを取り巻く反
射材にベリリウムを使えば、爆縮圧縮を2倍を高められる。こうすれば原爆製造は最少量のプルトニウムで済む(臨
界量を最小化できる)ので、原爆を小型化・軽量化できるのだ。そのため、インドは80年代に大量の高純度ベリリウ
ム金属を輸入している。
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