失業したイスラム戦士
1988年4月、スイスのジュネーブで米国とソ連が合意して和平協定が調印され、ソ連軍は翌月から早々に撤退を開始する。驚いたのはビンラディンである。アフガニスタンを目指して大勢のイスラム戦士が世界中からやって来るにもかかわらず、戦争終結にともない、イスラム戦士への需要は頭打ちになることが予想されたからだ。中東・湾岸諸国をのぞけば、中央アジア、チェチェン、東南アジアがイスラム戦士の大きな供給地となっていた。ビンラディンが出した答えはアフガニスタンへ向かうイスラム戦士を供給国でくぎ付けにすることであった。兵隊となるイスラム戦士は当面現地でトレーニングすることを思いつく。当時、東南アジアで最大の供給国であったフィリピンに海外事務所を開設したのは、このような背景があったからだ。
ビンラディンは1988年、義兄のモハメド・ジャマル・ハリファをフィリピンに派遣して、首都マニラに海外事務所を開設する。マニラ事務所は、フィリピン南部のミンダナオ島で活動するイスラム過激派への支援を開始し、テロリストの教育・研修施設を建設すると同時に、軍事訓練に必要な資金や小型武器も提供していった。またソフト面も重視し、各分野の専門家をアルカイダ組織から送り込み、教育活動(テロリスト養成)にも着手した。しかし、湾岸戦争を境に、マニラ事務所の役割も、反米闘争を目的としたアルカイダ工作員を受け入れるなど、国際テロ組織アルカイダの活動拠点へと変質していく。
アフガン戦争には約35カ国から25000名以上のイスラム戦士が集まった。アラブ諸国ばかりでなくフィリピン、マレーシア、インドネシアなど東南アジア諸国からも戦士は参加している。フィリピン人の指導者として頭角を現したのが、のちにアブ・サヤフ(ASG)を名乗るようになったジャンジャラーニである。またインドネシア人のグループを引き連れて登場したのが、広域テロ組織ジェマ・イスラミア(JI)の精神的指導者スンカルやバアシル、最高幹部のハンバリであった。東南アジアからやってきたイスラム過激派はパキスタンの軍事訓練基地やアフガニスタンの戦場で、アルカイダ幹部と同じ釜の飯を食べ、ビンラディンとその側近グループに転倒していった。
白衣をまとった長身のビンラディンは異彩を放つ存在で、アフガニスタンやパキスタンでは大歓迎を受けていたというのが一般的なイメージであろうが、現実はそうでもないらしい。戦場に出向かないでデスクワークに時間を費やし、しかも土地の若い女性たちと結婚したからである。アラブ人の評価が低下する中で、ビンラディンは愛用の自動小銃カラシニコフAK-47を片手に戦場で生活していたというイメージが浸透し、一目置かれるアラブ人となっていた。ところが実際には大半の時間をペルシャワルで過ごしており、けっしてアフガニスタンの戦場で一年を通して生活していたわけではない。ビンラディンの巧みさは、あたかも戦場で生活しているようなイメージを作り上げたことだ。あえて粗末な食事をして、アフガニスタンの洞窟や防空壕で生活している姿をビデオカメラに撮影させた。メディアを通じてドキュメント映像の配信を行うなど、ビンラディンはイメージ操作とPR戦略に極めて長けている。
エキゾの金の法則
金を持っていない人ほど、金を持っているように見せるために金を使い、
金を持っている人ほど、金を持っていないように見せるために金を使う。
これ鉄の法則やね。
ビンラディンの反米感情は、サウジアラビア政府や社会への反感と共鳴して増幅した。標的は米国とサウジアラビアに向けられ、湾岸戦争、9・11後のアフガニスタン戦争(2001年10月)、イラク戦争(2003年3月)へ参加した米国の同盟国や支援国へと拡大していく。爆弾テロはいずれも米国の都市、もしくは米国の同盟国や提携関係にある国家の都市である。1993年2月26日に発生したニューヨーク世界貿易センタービル爆破事件は9・11テロ事件の前兆と言える事件である。実行犯グループの首謀者であるラムジー・ユーセフは事件前後にフィリピンに滞在しており、反米グローバル・テロの拠点としてマニラを利用していた。そして9・11テロ事件の最終謀議が、マレーシアの首都クアラルンプールで行われ、米海軍のイージス駆逐艦「コール」爆撃(2000年10月)の打合せも同じ場所でおこなれていた。
東南アジアのイスラム過激派を考える上で、パキスタンは無視できない存在だ。ビンラディンやアルカイダ幹部がアフガニスタン内戦に深く介入していく際、パキスタンは中継地や後方支援基地として死活的な役割を果たしていた。とりわけアルカイダにとって二つの町が大きな意味を持つことになる。国際貿易港のカラチと内陸にあってアフガニスタン国境まで目と鼻の先にあった街ペルシャワルである。東南アジア過激派にとってもなじみの街だ。パキスタンという国名は、パンジャブ地方のP、北西辺境州(州都ペルシャワル)で多数派を形成するアフガンのA、カシミール地方のK、スィンド地方(州都カラチ)のS、バローチスタン地方(州都クエッタ)の末尾のTANをつなげた国名がPAKISTANである。パキスタンには「清らかな国」というウルドゥー語の意味も重ねられたという。
ほほぅ・・・うまいな・・・知らなかった。
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