マートンが究極の理論家なら、ショールズは理論を実践で試す巧みさで賞賛を浴びた。マートンが控えめなのを裏返したような
議論好きで次から次へと新説を思いついては熱を込めて宣伝し、その大半は陽の目を見ることもなさそうだが、よく想像力の
火花を垣間見せた。実践的な性格だけにソロモンでもデリバティブ子会社を設立するなど、目に見える形で貢献している。その
うえ、税法にかけては一級の専門家で、米国だけでなく海外の税制にも精通していた。ショールズの目に映る税制は広大な知
的ゲームだった。
「税金をまともに払うのは愚の骨頂だ。」侮辱を込めてそう言い放ったこともある。税金を逃れるためにあらゆる手を尽くそうとし
ない人間が居ること自体、信じられなかった。
ショールズ・・・、まー、実践的理論屋が行き着く結論は同じだよな。俺も同じことを言っている。
さて、通常、債券を借り入れる場合、例えば、メリルリンチから借り入れる場合、担保に若干の上乗せを要求される。おそらく国債
なら1000ドルにつき総額1010ばかりになり、リスクの高い債券ならもっと上乗せされるだろう。債券価値の1%に当たるこの10ドル
の当初証拠金を”ヘアカット”と呼ぶ。債券価格が上昇した時に備えて。メリルリンチが身を守るための手段である。ヘアカットは
普通取引規模を抑える役割を果たす。しかし、ヘアカットを免除されれば、そこにあるのは青天井だ。このヘアカットの支払いを
突っぱねるか大幅に割り引かせるのが、ロングタームの当初からの方針だった。発案者は間違いなくメリウェザーだろう。ロン
グタームの取引は、正気の沙汰とは思えないほど複雑で、最終的に数千件に膨らんだが、戦略の基本形はせいぜい十数種類
に過ぎない。そのうち一部は国債アービトラージなど有形の証券を売り買いする取引だ。それ以外はデリバティブ取引で、これ
は有形の商品の売買を伴わない。ロングタームはデリバティブ取引の当初証拠金を支払うことなく、契約をとりつけることがで
きた。つまりあらかじめどこにも資金を預けることなく、賭けることができた。メリウェザーのマーケティング戦略が本当に物を言
ったのはここだろう。銀行もちょっと考えてみれば、自分たちこそロングタームの命運を握っていることに気づいたはずだ。しか
し銀行は、ロングタームを資金に飢えた新興ファンドとは見なさず、著名学者と一流トレーダーをずらりそろえた何か別格の会
社と見なした。よくわからないが、マートンが”ファイナンス仲介機関”と呼ぶところの何かだ。ウォール街の大手投資銀行の出
身だけに、JMは、投資銀行が漏れ穴だらけで、取引を盗み見されかねないと警戒していた。実際のところ、投資銀行の戦略は
たいてい似たり寄ったりだ。このためロングタームは、用心のため、取引の各段階をひとつずつ別々のブローカーに発注するこ
とにした。全体像は誰にもわからない。ロングタームの顧問弁護士ですら、蚊帳の外に置かれた。パートナーたちがよく”戦略そ
の三”などと言い合うのを耳にして、弁護士は、核兵器庫でもつくっているかと思った。細心の注意を払って、一行に依存するこ
とを避け、ジャンク債ならゴールドマンサックス、国債と円スワップならJPモルガン、モーゲージならリーマンブラザーズという
具合に配分した。メリルリンチはデリバティブ取引では最大カウンターパーティだったが、レポ・ファイナンスではずっと下位にあ
った。この”分割統治”式の戦略には、たしかに、ある種の抜け目なさがある。取引ごとに、分野で最強とされる銀行を相手に選
んでいるからだ。しかしそうすることでロングタームは、もっと密接で長期的な関係を築く機会を失った。
ワラントとは、一種のオプションで、パートナーたちは自社ファンドと連動するファンドと連動するワラントを仕組んで、すでに莫大
になっているポートフォリオのレバレッジに、個人的なレバレッジを重ねようとしていた。事実上、全財産をファンドに投資してい
るというのに、特にヒリブランドは、さらにエクスポージャーを高めようと意気込んでいる。ワラントを引き受ければ、チェースは理
不尽なリスクにさらされる仕組みになっていた。ショールズのプランはこうだ。パートナーはチェースに年間約1500万ドル支払う。
変わりにチェースはファンドの二億ドル分のリターンを、運用結果にしたがってパートナーに支払う。もしファンドが急上昇し続
ければ、チェースはわずかな見返りと引き換えに、莫大な支払い義務を背負うことになる。ただ、理論上はファンドに追加投資す
ることで、損失リスクをヘッジできる。ファンドが上昇して支払い義務が生じても、投資した金が同じ程度の収益を生むからだ。
しかし、ファンドが下落したら? オプション理論によると、もちろんマートンとショールズが組み立てた理論だが、ファンドの価値
が下がるにつれ、チェースはヘッジを必要としなくなるはずだった。ファンドが下落すれば、チェースは徐々に、ファンドの中身を
模した資産を売りに出すだろう。ところが、話はそう簡単ではない。ロングタームの資産内容は秘密だからだ。そしてパートナー
たちはその開示をあっさりはねつけた。「じゃあ、どうやってヘッジすればいい?」チェースのヘッジファンド担当のヘッドも、やは
り疑いの目で見た。それでもロングタームは、このワラントを引っ込めなかった。これには節税の点で、ヒリブランドは、これに弱
い、大きな魅力があった。ワラントから発生する収益はキャピタルゲインとなり、ワラント期限が切れるまで税金の繰り延べが可
能だからだ。
LTCMの収益源は、この2つ。天才的なトレーディング手法? 俺はそうは思わない。圧倒的有利なファイナンスと収益を
最大化するための税制を考慮し、さらに金融機関から有利に値段でむしりとったこのワラントにあると思うね。さすが実務
的・天才ショールズ。
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